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士郎×雪夜
おまけ②
しおりを挟む俺の友人は感情の起伏が少ないロボットのような人間だった。精密機械のように淡々と仕事をこなす様は見ていて気持ちがいいほど綺麗で美しいとすら思っていた。
友人の名は士郎。俺が務める三橋病院の跡取り息子で心臓外科医のエキスパートである。花形部署ではあるが地獄のような忙しさもある心臓外科で、士郎は事も無げに仕事をこなす。
本人はいつも夢も希望も考えたことがない、と言うがそんなもの無くても人間ここまでの才能があれば人生楽しいだろうな……と勝手なことを考えてしまう。士郎の天才的な手術の腕の良さには羨ましさもあるが、頼もしさの方が勝っていた。嫉妬なんてものよりも頼れる相棒としての立ち位置を得られた俺は仕事上、それ以上を望むことはなかった。
そんな士郎に恋人が出来た。
前の恋人は母親が勝手に連れてきた女性というのだからママは怖い怖い、と思っていた。
しかし、次の恋人は男だと言うのだから目がとび出そうなほど驚いた。
堅物真面目、ロボット感情、精密機械の男が、よりによって男。しかもフラれた所を狙ったように出会った奴と。
面白くてたまらなかった。こんなどこにも隙がない男を夢中にさせている男がどんな男なのか知りたくてウズウズしていた。
すると、そんな機会は突然訪れた。
「あ……すみません。心臓外科医局はどちらでしょうか。地図見たのですが広すぎてよく分からなくて」
男にしては可愛らしく、一見すると女の子と間違えそうな男に声をかけられた。どうやら配達のようで、コーヒーの香りが漂う箱を持ってキョロキョロとしている。
可愛い。
可愛ければ誰とでも寝る男として自他ともに認めている俺は、この目の前の男の子は全然守備範囲だった。
案内して連絡先でも聞こうか、なんて思った瞬間だった。
ここは心臓外科病棟の方で、スタッフステーション前。看護師や薬剤師、患者だって通りかかる。今も多くの人間が通りかかっている中、道を聞いてきた彼は、向こうからやってきた人物を見て周囲に突然花が咲くほど微笑んだのだ。
そして思い出す。俺の友人の恋人…いや、もう養子縁組をしたから配偶者と言っても過言ではない相手は、コーヒーショップの店員だったはずだ、と。
「士郎さん!」
スタッフステーションは時が止まった。いや、みんな仕事の手を止めただけだ。実際は時計の針が進んでいる。けれど世界が止まったと思うくらい、全員の動きが止まって、その声がする方に目と耳を向けていた。
「雪夜。やっぱりこっちに来てたか」
「ごめんなさい、医局?のある建物がよく分からなかったから。こっちで聞こうかなって」
「ここは病棟で、俺が案内してたのは医者の部屋だったんだ。まぁでも辿り着いたなら良かった」
「むっ。僕ももういい歳なんですから、迷子にはならないですよ」
「今なってるな」
「れ、玲香さんにちゃんと教わったのに……!」
誰だコイツは。
少なくとも患者の病状説明以上に長く会話をしている士郎は初めて見た。目を見開いて二人の様子を見ていると、スタッフ全員、奥にいる看護師長すらビックリして目が点になっていた。
そう、だってロボット士郎の表情が笑っているのだ。
微笑んで、牽制とばかりにさり気なく腰を抱いてる。しかも気づかれないようにつむじにチューしてるだと? おいここ職場だぞお前。
「これが僕が作ったコーヒーで、お菓子は玲香さんが作りました。ちゃんと食べてくださいね」
「……さすがに捨てたりしない」
「玲香さん、食べてくれるかなってソワソワしてたから、帰ったら感想教えてください」
「ああ」
「あとこっちは皆さんで飲んでくださいってマスターが。全員分は無いかもですが…コーヒー苦手な人も居るでしょうし」
「ああ。ありがとう」
「じゃあ僕お仕事の邪魔になるので帰ります。玲香さんにも、長居は皆さんに迷惑がかかるからダメよって言われてますので」
「出口まで送る」
「……迷子防止ですか?」
「俺がもう少し一緒に居たいだけだ」
なんだ、アイツは。
雪夜が持ってきたコーヒーの箱を近くにいた俺に気づき、無言で渡してくる。あ、配っとけってことね、はいはい。あの微笑みの百分の一でもいいから俺に向けろよ。何年の付き合いだと思ってんだ。
ステーションから離れていく二人の後ろ姿は新婚だけど、恋人のようにも見える。雪夜の腰にさり気なく手を回しながら体格差のある士郎が歩調を合わせ、そして雪夜が何か耳打ちしているのか士郎の耳に囁こうとすれば士郎は雪夜の口元に耳を近づけている。
あれがこの病院トップの心臓外科医だ。年下の男にデレッデレだった。
しかも玲香って、母親公認。いや養子縁組だから公認なのは当たり前か。しかし養子縁組していることを知らないスタッフは玲香の言葉を聞いて阿鼻叫喚していた。「母親との仲も良好…もう無理だ」「男ならそーでもないでしょって思ってた今までの自分をぶん殴りたいくらい可愛かった……」「今時の新婚夫婦より甘い雰囲気あった……」どんよりと重い空気がステーション内を支配する。
俺はその膝を折って落ち込む女性たちに肩を叩いてコーヒーを渡して慰めていくくらいしか出来なかった。
そんな彼女たちに『あの子を手に入れるために高級マンションを買って、わずか半年でそれを手放してさらに豪邸まで建てている』と言ったらショックで倒れるだろうな、と思うのであった。
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