上 下
9 / 35
士郎×雪夜

おまけ②

しおりを挟む

  俺の友人は感情の起伏が少ないロボットのような人間だった。精密機械のように淡々と仕事をこなす様は見ていて気持ちがいいほど綺麗で美しいとすら思っていた。

  友人の名は士郎。俺が務める三橋病院の跡取り息子で心臓外科医のエキスパートである。花形部署ではあるが地獄のような忙しさもある心臓外科で、士郎は事も無げに仕事をこなす。
  本人はいつも夢も希望も考えたことがない、と言うがそんなもの無くても人間ここまでの才能があれば人生楽しいだろうな……と勝手なことを考えてしまう。士郎の天才的な手術の腕の良さには羨ましさもあるが、頼もしさの方が勝っていた。嫉妬なんてものよりも頼れる相棒としての立ち位置を得られた俺は仕事上、それ以上を望むことはなかった。

  そんな士郎に恋人が出来た。

  前の恋人は母親が勝手に連れてきた女性というのだからママは怖い怖い、と思っていた。
  しかし、次の恋人は男だと言うのだから目がとび出そうなほど驚いた。

  堅物真面目、ロボット感情、精密機械の男が、よりによって男。しかもフラれた所を狙ったように出会った奴と。

  面白くてたまらなかった。こんなどこにも隙がない男を夢中にさせている男がどんな男なのか知りたくてウズウズしていた。

  すると、そんな機会は突然訪れた。

「あ……すみません。心臓外科医局はどちらでしょうか。地図見たのですが広すぎてよく分からなくて」

  男にしては可愛らしく、一見すると女の子と間違えそうな男に声をかけられた。どうやら配達のようで、コーヒーの香りが漂う箱を持ってキョロキョロとしている。

  可愛い。

  可愛ければ誰とでも寝る男として自他ともに認めている俺は、この目の前の男の子は全然守備範囲だった。
  案内して連絡先でも聞こうか、なんて思った瞬間だった。
  ここは心臓外科病棟の方で、スタッフステーション前。看護師や薬剤師、患者だって通りかかる。今も多くの人間が通りかかっている中、道を聞いてきた彼は、向こうからやってきた人物を見て周囲に突然花が咲くほど微笑んだのだ。

  そして思い出す。俺の友人の恋人…いや、もう養子縁組をしたから配偶者と言っても過言ではない相手は、コーヒーショップの店員だったはずだ、と。

「士郎さん!」

  スタッフステーションは時が止まった。いや、みんな仕事の手を止めただけだ。実際は時計の針が進んでいる。けれど世界が止まったと思うくらい、全員の動きが止まって、その声がする方に目と耳を向けていた。

「雪夜。やっぱりこっちに来てたか」
「ごめんなさい、医局?のある建物がよく分からなかったから。こっちで聞こうかなって」
「ここは病棟で、俺が案内してたのは医者の部屋だったんだ。まぁでも辿り着いたなら良かった」
「むっ。僕ももういい歳なんですから、迷子にはならないですよ」
「今なってるな」
「れ、玲香さんにちゃんと教わったのに……!」

  誰だコイツは。

  少なくとも患者の病状説明以上に長く会話をしている士郎は初めて見た。目を見開いて二人の様子を見ていると、スタッフ全員、奥にいる看護師長すらビックリして目が点になっていた。

  そう、だってロボット士郎の表情が笑っているのだ。

  微笑んで、牽制とばかりにさり気なく腰を抱いてる。しかも気づかれないようにつむじにチューしてるだと? おいここ職場だぞお前。

「これが僕が作ったコーヒーで、お菓子は玲香さんが作りました。ちゃんと食べてくださいね」
「……さすがに捨てたりしない」
「玲香さん、食べてくれるかなってソワソワしてたから、帰ったら感想教えてください」
「ああ」
「あとこっちは皆さんで飲んでくださいってマスターが。全員分は無いかもですが…コーヒー苦手な人も居るでしょうし」
「ああ。ありがとう」
「じゃあ僕お仕事の邪魔になるので帰ります。玲香さんにも、長居は皆さんに迷惑がかかるからダメよって言われてますので」
「出口まで送る」
「……迷子防止ですか?」
「俺がもう少し一緒に居たいだけだ」

  なんだ、アイツは。

  雪夜が持ってきたコーヒーの箱を近くにいた俺に気づき、無言で渡してくる。あ、配っとけってことね、はいはい。あの微笑みの百分の一でもいいから俺に向けろよ。何年の付き合いだと思ってんだ。

  ステーションから離れていく二人の後ろ姿は新婚だけど、恋人のようにも見える。雪夜の腰にさり気なく手を回しながら体格差のある士郎が歩調を合わせ、そして雪夜が何か耳打ちしているのか士郎の耳に囁こうとすれば士郎は雪夜の口元に耳を近づけている。

  あれがこの病院トップの心臓外科医だ。年下の男にデレッデレだった。

  しかも玲香って、母親公認。いや養子縁組だから公認なのは当たり前か。しかし養子縁組していることを知らないスタッフは玲香の言葉を聞いて阿鼻叫喚していた。「母親との仲も良好…もう無理だ」「男ならそーでもないでしょって思ってた今までの自分をぶん殴りたいくらい可愛かった……」「今時の新婚夫婦より甘い雰囲気あった……」どんよりと重い空気がステーション内を支配する。

  俺はその膝を折って落ち込む女性たちに肩を叩いてコーヒーを渡して慰めていくくらいしか出来なかった。

  そんな彼女たちに『あの子を手に入れるために高級マンションを買って、わずか半年でそれを手放してさらに豪邸まで建てている』と言ったらショックで倒れるだろうな、と思うのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

処女姫Ωと帝の初夜

切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。  七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。  幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・  『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。  歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。  フツーの日本語で書いています。

騎士団長の俺が若返ってからみんながおかしい

雫谷 美月
BL
騎士団長である大柄のロイク・ゲッドは、王子の影武者「身代わり」として、魔術により若返り外見が少年に戻る。ロイクはいまでこそ男らしさあふれる大男だが、少年の頃は美少年だった。若返ったことにより、部下達にからかわれるが、副団長で幼馴染のテランス・イヴェールの態度もなんとなく余所余所しかった。 賊たちを返り討ちにした夜、野営地で酒に酔った部下達に裸にされる。そこに酒に酔ったテランスが助けに来たが様子がおかしい…… 一途な副団長☓外見だけ少年に若返った団長 ※ご都合主義です ※無理矢理な描写があります。 ※他サイトからの転載dす

浮気をしたら、わんこ系彼氏に腹の中を散々洗われた話。

丹砂 (あかさ)
BL
ストーリーなしです! エロ特化の短編としてお読み下さい…。 大切な事なのでもう一度。 エロ特化です! **************************************** 『腸内洗浄』『玩具責め』『お仕置き』 性欲に忠実でモラルが低い恋人に、浮気のお仕置きをするお話しです。 キャプションで危ないな、と思った方はそっと見なかった事にして下さい…。

無愛想な彼に可愛い婚約者ができたようなので潔く身を引いたら逆に執着されるようになりました

かるぼん
BL
もうまさにタイトル通りな内容です。 ↓↓↓ 無愛想な彼。 でもそれは、ほんとは主人公のことが好きすぎるあまり手も出せない顔も見れないという不器用なやつ、というよくあるやつです。 それで誤解されてしまい、別れを告げられたら本性現し執着まっしぐら。 「私から離れるなんて許さないよ」 見切り発車で書いたものなので、いろいろ細かい設定すっ飛ばしてます。 需要あるのかこれ、と思いつつ、とりあえず書いたところまでは投稿供養しておきます。

初めてを絶対に成功させたくて頑張ったら彼氏に何故かめっちゃ怒られたけど幸せって話

もものみ
BL
【関西弁のR-18の創作BLです】 R-18描写があります。 地雷の方はお気をつけて。 関西に住む大学生同士の、元ノンケで遊び人×童貞処女のゲイのカップルの初えっちのお話です。 見た目や馴れ初めを書いた人物紹介 (本編とはあまり関係ありませんが、自分の中のイメージを壊したくない方は読まないでください) ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 西矢 朝陽(にしや あさひ) 大学3回生。身長174cm。髪は染めていて明るい茶髪。猫目っぽい大きな目が印象的な元気な大学生。 空とは1回生のときに大学で知り合ったが、初めてあったときから気が合い、大学でも一緒にいるしよく2人で遊びに行ったりもしているうちにいつのまにか空を好きになった。 もともとゲイでネコの自覚がある。ちょっとアホっぽいが明るい性格で、見た目もわりと良いので今までにも今までにも彼氏を作ろうと思えば作れた。大学に入学してからも、告白されたことは数回あるが、そのときにはもう空のことが好きだったので断った。 空とは2ヶ月前にサシ飲みをしていたときにうっかり告白してしまい、そこから付き合い始めた。このときの記憶はおぼろげにしか残っていないがめちゃくちゃ恥ずかしいことを口走ったことは自覚しているので深くは考えないようにしている。 高校時代に先輩に片想いしていたが、伝えずに終わったため今までに彼氏ができたことはない。そのため、童貞処女。 南雲 空(なぐも そら) 大学生3回生。身長185cm。髪は染めておらず黒髪で切れ長の目。 チャラい訳ではないがイケメンなので女子にしょっちゅう告白されるし付き合ったりもしたけれどすぐに「空って私のこと好きちゃうやろ?」とか言われて長続きはしない。来るもの拒まず去るもの追わずな感じだった。 朝陽のことは普通に友達だと思っていたが、周りからは彼女がいようと朝陽の方を優先しており「お前もう朝陽と付き合えよ」とよく呆れて言われていた。そんな矢先ベロベロに酔っ払った朝陽に「そらはもう、僕と付き合ったらええやん。ぜったい僕の方がそらの今までの彼女らよりそらのこと好きやもん…」と言われて付き合った。付き合ってからの朝陽はもうスキンシップひとつにも照れるしかと思えば甘えたりもしてくるしめちゃくちゃ可愛くて正直あの日酔っぱらってノリでOKした自分に大感謝してるし今は溺愛している。

奴の執着から逃れられない件について

B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。 しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。 なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され..., 途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

処理中です...