彼に囲われるまでの一部始終

七咲陸

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士郎×雪夜

一年記念日

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  都心にある閑静な場所にあるマンションは、セキュリティの厳しい場所にある。下手したら家族ですら入れないくらい厳しいセキュリティのある場所で、両親に住所は伝えてあるが、絶対に入れないようにしてある。

  母親はいわゆる教育ママであった。母は少し学生時代に失敗をしたことがあり、歪んだ学歴コンプレックスを持ち、一人息子である俺にそれを求めてきた。幸い、俺は勉強で挫けたことがなく、学歴で母親と衝突することはなかった。しかし母はそれだけではなく、友人関係や恋愛ごとにも口を出してくるようになった。
  父親は進学先を聞いて来たり、就職について尋ねるくらいでさほど干渉してくることはなかった。跡継ぎにならないと言ったら別にそれでも構わないというくらいには非干渉的で親子関係というには薄い関係だと思う。

  だから余計に母親が鬱陶しかった。学業をおろそかにしたことがないにも関わらず、関係ない友人関係や恋愛関係にも幼いころから口出しされ、うんざりしていた。流石の親子関係の希薄な父も「やりすぎだ」と窘めることがしばしばあるくらいだ。父も学生の頃はそれなりに遊んでいたらしい。子供の頃の友人関係には、悪いことをしていない限り親が入るべきではないと母に言ってくれたくらいだ。
   しかしそんな父に母は怒り狂って手が付けられなかった。俺ももうそのころからは諦めて、友人を積極的に作ることは止めていた。


  大学に入ってからようやく自分の時間をそれなりに確保できるようになった。その時に理人と友人になった。理人はかなり学生生活を謳歌していたと思う。羨ましい反面、母親のせいですっかりそういう遊びに興味を失くしていた俺に「お前…ジーサンみたいだな」と言ってきた。自分でもそう思うくらいには枯れていた。

  だから今の自分は信じられないくらい充実している。雪夜と出会って人生が大きく変化した。
  街路樹を見て季節の移り変わりがこんなに美しいものだと感じたことは一度だってなかった。恋人たちが騒ぐイベントがあっても、心が躍ることなどなかった。世界はこんなに綺麗で美しくて、誰かと一生一緒にいて、できれば長生きしたいと初めて思った。これが恋でなくては、いったいなんなのだ。


  雪夜は穏やかな人だった。名前の通り、シンシンと雪が降る夜のように静かで凪いでいて、寒かったらそっと手を握って温めてくれる人だ。雪夜が大声で笑ったのは、ふざけて擽りあった時くらいだ。
  雪夜は同性愛者である自分に少し後ろめたさを感じているようだった。けれどそれでも俺のことを好きだと伝えてきてくれた瞳は、緊張で潤んでいたのにまっすぐに凛としていた。

「一年前、まさか本当にオッケーしてくれるなんて思ってませんでした」

  仕事は全て理人に押し付けて(だからその代わり聞かれたことはぺらぺらと喋ってやった。あれが残業代である)、俺は本当に定時に帰った。本当に定時に帰ってくるとは思ってなかった雪夜は驚いていたが、雪夜が作って待っていてくれた食事とデザートを美味しく平らげた。最後にもう少し二人でお酒を楽しんでいたら、どちらともなくお互いテーブルの下で足を絡ませ、すっかりその気になって二人でベッドに向かった。

  キングサイズのベッドに雪夜を押し倒し、覆いかぶさるように深いキスをしていると合間に雪夜は呟いた。瞳は潤んで、目の下が酒のせいだけじゃなくほんのりと赤みを帯びていてとても煽情的だ。

「いつも言うな。それ。俺が先に惚れたと何度言ったら伝わる?」
「だって…」

  確かに俺は自分をゲイだと思ったことは一度もない。雪夜に惚れた時も、まさか、と疑ったくらいだ。
  けど会えない日が続く度に心が渇くのを感じた。雪夜に会いたくて毎週カフェに通い詰めて、自覚しかけていた俺はもう認めるしかなかった。男である雪夜が好きで仕方ないんだと。

「こんなに素敵な人が僕の恋人だって…一年経っても信じられないです」
「そうか。なら、身体に教え込むしかないな」
「ぁ…っ、もう、それ、ちょっとオヤジ臭いですよ…あ、ああっ」

  服の隙間に手を差し入れ、雪夜のしめやかできめ細かな肌を堪能するように撫でると、囁くように喘ぐ雪夜がクスクス笑いながら俺をオヤジ扱いした。ちょっとだけムッとして雪夜の首筋に軽く噛みつき、服で隠れる場所に跡を残した。

「雪夜。愛してる」
「僕も…士郎さん、大好きです」

  そしてもう一度深いキスをした。訂正したい、やっぱり世界が美しいのではなく雪夜が美しいのだ。どんな美女にだって欲情しなかった俺はそんな風に思いながら雪夜の身体を堪能して開いていった。



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