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士郎×雪夜
ストーカー
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彼と付き合ってから一か月が過ぎた頃に体を重ねるようになった。流石は心臓外科医だとあまり医療に詳しくない僕も心の中で納得してしまうほど、彼の手腕に僕は少し恐れおののいた。男を抱くのは初めてだという彼に教えたのはたったの一回。それ以降は彼にあれよあれよという間にリードされ、いつの間にか気を失うほど気持ちよくさせられてしまっている。こんな彼にのめり込んでは別れるときにしんどくなる。そう頭では分かっていても、体は快楽に正直であった。
「…なんでこんなに上手いんですか。前の女性ともこんな感じなんですか?」
多分彼に手加減されたのか気を失わずにピロートークができた日に尋ねた。彼はペットボトルの水を口にしてこちらを見た。こちらは満身創痍で、しかもまだお互い裸の状態。彼の裸は暇があればジムで鍛えているらしく、鍛えられた体を見ているとちょっとムラっとくるので枕に顔を埋めてチラッと見るだけにする。見ないという選択肢は勿体ないからできない。
「初めて言われたが?」
「嘘だ。絶対嘘だ…」
「嘘じゃない。自分でもたまに驚いてる」
「驚く?」
「ああ。雪夜としてる時の自分は際限がなくて困る。今だってさんざんしたのに雪夜を見ているとまたしたくなる」
「いやっ、回数の話じゃなくて上手さのはな…あ、ちょ、まって、まだ…っあ」
ペットボトルをベッドサイドに置いた彼が僕にまた覆いかぶさってきた。何が彼の琴線に触れたのか分からないけれど、凶器ともいえるソレは、先ほどしたばかりだというのに非常に元気が良くて僕を喘がせるのはとても簡単なことのようだった。
そして、付き合って半年が経った頃のこと。夏の暑さの厳しい熱帯夜の日だった。 その日はバイト仲間の子が急遽体調不良で代わりに僕が出勤した。
まだ僕と士郎は同棲しておらず、お互いの家に行き来していた。この所、バイト先のカフェから僕は誰かに付けられているような気がして、けれど気の所為だとも思いたくて誰にも言えず、なるべく遠回りしながら人通りの多い道を歩くようにしていた。
僕はそれなりに可愛い顔をしているとよく言われる。しかしストーカーされたことはなかったし、怖い人や怪しい人に捕まったこともない。今にして思えば、運が良かったのだと思う。
あと少しで家に着く。ホッとした瞬間、目の前に男の人が立っていることに気づいた。びく、と肩を揺らして怯えたが、後ろを追われていたはずなので前にいるはずが無いと思い直し、通り過ぎようとすると腕を掴まれた。
「ひっ……!」
「崎本雪夜くん。あの、ああ、可愛い。雪夜くん。あの、怯えないで。あの男は今日居ないんでしょ。知ってるよ、今日は会えないんだって」
なんで知っているのか。そう思ったけれど、確か昨日士郎がカフェに来た時に話した覚えがある。多分近くに居たのだ。
「は、離して…っ」
「あの、あの男は、雪夜くんを汚してる。雪夜くんはこんなにも可愛くて、白くて、き、綺麗で、可愛いのに。あの男、あの男が」
「離してください…!」
掴まれた腕を振りほどこうとしたが、力が強い。自分の腕がミシ…、と音を立てているのが分かる。男の馬鹿力に顔をしかめると、何を勘違いしたのか男が急に騒ぎ始めた。
「なんで!なんでそんな顔をするんだ!ぼ、ぼぼぼぼくは君を救ってるのに!あの男から助けてるのに!あの男には笑顔じゃないか!」
ひ、と小さく悲鳴を上げてしまう。怖くて身体が上手く動かせない。興奮した男の目は血走っているし、顔も真っ赤に紅潮し、急に唾を飛ばして大声を発している。辺りは暗いのにはっきり見えるほど男の姿は化け物のように恐ろしかった。反対の手にギラリと光る何かか見えた。尖っていて、それはナイフだとすぐに理解した。
「何してるんだ!」
耳に届いた声はあのバリトンボイス。士郎だ。男は聞こえた声に驚いてあんなに力強くつかんでいた腕を外してどこかに逃げるように去っていった。振り返ると彼が本気で心配している顔をしてこちらに近づき、僕の体を引き寄せて道端であるにも関わらず、強く抱きしめてくれた。
「大丈夫か、雪夜」
「は、はい…どうして士郎さん。今日は、当直って」
「同僚に今日と別日を交換してくれと頼まれたんだ。せっかくだし雪夜を驚かせようと思って来てみたら」
「そ、っか…そうなんだ。あはは…」
やっとホッとできたと同時に腰が抜けてしまい、彼に寄りかかってしまった。
「無理に笑うな。いつからだ」
「…分からない、少し前からだと、思います」
なんで言わなかったのだと、怒られてしまう。けどそう怒りながらも、被害にあった僕よりも苦しそうに眉をひそめた彼の腕がさらに力強く抱きしめてくれているのが分かって、言わなかったことを後悔した。
「ごめんなさい…」
「ダメだ。許さない。だから、一緒に暮らそう」
「えっ?」
どうしてそんな話になるのかと驚くと、士郎は真剣な眼差しで、本気の顔をしていた。
「でも」
彼は大病院の跡取り息子だ。僕と付き合うのは一時の気の迷い、というか遊びみたいなものだと思っている。あの時士郎はフラれて傷ついていて、その傷を埋めたのがたまたま男の僕だっただけで、本来なら家族になれる女の子の役割のはずだ。
ここで一緒に暮らすとなると、別れる時に少しばかり手間になるのでは?と僕は士郎に対して心配してしまう。僕としては嬉しいけれど、もっと士郎を好きになってしまう気がしてならなかった。
「でもじゃない。決定だ。引っ越し業者は俺が手配する。もちろん手伝う。いいな」
「…は、はい…」
あまり表情の変えない彼が本気で怒って、本気で僕と同棲しようとしているのだ。僕の声帯は勝手に返事をしてしまっていた。
「…なんでこんなに上手いんですか。前の女性ともこんな感じなんですか?」
多分彼に手加減されたのか気を失わずにピロートークができた日に尋ねた。彼はペットボトルの水を口にしてこちらを見た。こちらは満身創痍で、しかもまだお互い裸の状態。彼の裸は暇があればジムで鍛えているらしく、鍛えられた体を見ているとちょっとムラっとくるので枕に顔を埋めてチラッと見るだけにする。見ないという選択肢は勿体ないからできない。
「初めて言われたが?」
「嘘だ。絶対嘘だ…」
「嘘じゃない。自分でもたまに驚いてる」
「驚く?」
「ああ。雪夜としてる時の自分は際限がなくて困る。今だってさんざんしたのに雪夜を見ているとまたしたくなる」
「いやっ、回数の話じゃなくて上手さのはな…あ、ちょ、まって、まだ…っあ」
ペットボトルをベッドサイドに置いた彼が僕にまた覆いかぶさってきた。何が彼の琴線に触れたのか分からないけれど、凶器ともいえるソレは、先ほどしたばかりだというのに非常に元気が良くて僕を喘がせるのはとても簡単なことのようだった。
そして、付き合って半年が経った頃のこと。夏の暑さの厳しい熱帯夜の日だった。 その日はバイト仲間の子が急遽体調不良で代わりに僕が出勤した。
まだ僕と士郎は同棲しておらず、お互いの家に行き来していた。この所、バイト先のカフェから僕は誰かに付けられているような気がして、けれど気の所為だとも思いたくて誰にも言えず、なるべく遠回りしながら人通りの多い道を歩くようにしていた。
僕はそれなりに可愛い顔をしているとよく言われる。しかしストーカーされたことはなかったし、怖い人や怪しい人に捕まったこともない。今にして思えば、運が良かったのだと思う。
あと少しで家に着く。ホッとした瞬間、目の前に男の人が立っていることに気づいた。びく、と肩を揺らして怯えたが、後ろを追われていたはずなので前にいるはずが無いと思い直し、通り過ぎようとすると腕を掴まれた。
「ひっ……!」
「崎本雪夜くん。あの、ああ、可愛い。雪夜くん。あの、怯えないで。あの男は今日居ないんでしょ。知ってるよ、今日は会えないんだって」
なんで知っているのか。そう思ったけれど、確か昨日士郎がカフェに来た時に話した覚えがある。多分近くに居たのだ。
「は、離して…っ」
「あの、あの男は、雪夜くんを汚してる。雪夜くんはこんなにも可愛くて、白くて、き、綺麗で、可愛いのに。あの男、あの男が」
「離してください…!」
掴まれた腕を振りほどこうとしたが、力が強い。自分の腕がミシ…、と音を立てているのが分かる。男の馬鹿力に顔をしかめると、何を勘違いしたのか男が急に騒ぎ始めた。
「なんで!なんでそんな顔をするんだ!ぼ、ぼぼぼぼくは君を救ってるのに!あの男から助けてるのに!あの男には笑顔じゃないか!」
ひ、と小さく悲鳴を上げてしまう。怖くて身体が上手く動かせない。興奮した男の目は血走っているし、顔も真っ赤に紅潮し、急に唾を飛ばして大声を発している。辺りは暗いのにはっきり見えるほど男の姿は化け物のように恐ろしかった。反対の手にギラリと光る何かか見えた。尖っていて、それはナイフだとすぐに理解した。
「何してるんだ!」
耳に届いた声はあのバリトンボイス。士郎だ。男は聞こえた声に驚いてあんなに力強くつかんでいた腕を外してどこかに逃げるように去っていった。振り返ると彼が本気で心配している顔をしてこちらに近づき、僕の体を引き寄せて道端であるにも関わらず、強く抱きしめてくれた。
「大丈夫か、雪夜」
「は、はい…どうして士郎さん。今日は、当直って」
「同僚に今日と別日を交換してくれと頼まれたんだ。せっかくだし雪夜を驚かせようと思って来てみたら」
「そ、っか…そうなんだ。あはは…」
やっとホッとできたと同時に腰が抜けてしまい、彼に寄りかかってしまった。
「無理に笑うな。いつからだ」
「…分からない、少し前からだと、思います」
なんで言わなかったのだと、怒られてしまう。けどそう怒りながらも、被害にあった僕よりも苦しそうに眉をひそめた彼の腕がさらに力強く抱きしめてくれているのが分かって、言わなかったことを後悔した。
「ごめんなさい…」
「ダメだ。許さない。だから、一緒に暮らそう」
「えっ?」
どうしてそんな話になるのかと驚くと、士郎は真剣な眼差しで、本気の顔をしていた。
「でも」
彼は大病院の跡取り息子だ。僕と付き合うのは一時の気の迷い、というか遊びみたいなものだと思っている。あの時士郎はフラれて傷ついていて、その傷を埋めたのがたまたま男の僕だっただけで、本来なら家族になれる女の子の役割のはずだ。
ここで一緒に暮らすとなると、別れる時に少しばかり手間になるのでは?と僕は士郎に対して心配してしまう。僕としては嬉しいけれど、もっと士郎を好きになってしまう気がしてならなかった。
「でもじゃない。決定だ。引っ越し業者は俺が手配する。もちろん手伝う。いいな」
「…は、はい…」
あまり表情の変えない彼が本気で怒って、本気で僕と同棲しようとしているのだ。僕の声帯は勝手に返事をしてしまっていた。
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