【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸

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番外編

約束 side ディラン

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ディラン=シェルヴェンが噂をかき消す約束の条件にキスをし始めてから5日目になっていた。
既に5日目の深夜、ディランは仕事から帰ると、ダリルがソファでクッションを抱きながら小さく座っているのを見つけた。

「……おかえり」

猫が丸くなっているように見えて、思わずディランは笑いそうになる。

ディランの性的嗜好は女子に全振りされていたのにも関わらず、ダリルに興味を持って接し、話していくうちに面白くて興味が尽きなかった。
ダリルと話しているとどうにも飽きない。ディランはダリルの警戒心が強くツンとぶっきらぼうなのに、妙に従わせたくなる所が気に入ってしまったのだ。

そうなるとディランは切り替えが早かった。もはや女への興味よりも、ダリルをいかにディランの虜にさせるのかを考えた。

そして2日目に父親がダリルを殴った事で展開が大きく変わった。
味方だと思っていた母親も出ていき、ダリルの非常に歪でなんとか強気に保っていた心がポッキリと折れたのだ。

そしてその心の隙間にディランは入り込んだ。

ディランはダリルが3日目の時に頭を撫でられるようになった時点で、堕ちたと思っていた。
その答えとして、ダリルは4日目の昨日、ついに自分からキスをしてくるようになった。それはまるで野良猫が懐いたようだった。

「ただいま、大人しくしてたか?」
「なんで暴れる前提なんだよ、ミーナさんとお菓子作ってお茶して、本読んでた」

ミーナとはダリルの頬と瞼を回復した、ディランの母親だ。ダリルはすぐに懐いたようだった。ディランには懐くまで3日を要したのに理不尽である。ディランがダリルにした仕打ちを考えれば当たり前のことだが。

「へぇ。なら就職せず、ミーナの相手をずっとしてくれても構わないぜ? 」
「…馬鹿じゃないの」

ダリルはそっぽを向いて言う。

「本気なんだけどなぁ。とりあえずダリル、全部片がついたぞ」
「……えっ、ほんとに言ってる?」
「ほんとほんと」

噂に関しては、全て父親が単独で行い、ダリル=ジルヴァールは関与無しと塗り替えた。それが1番簡単であった。学園ではダリルも大人しくしていた為、ほとんどの者がすぐに信じたようだった。

父親の今後については、母親の実家に預けさせた。母親も実はダリルを置いていった訳ではなく、また実家に融通を頼みに行っていただけだったのだ。
私物が無くなったのは、全て売り払ったせいだった。
ダリルを殴ったことを父親から母親に伝わり、ディランの方で預かっていることを伝えると、謝罪されよろしく頼むと言われた。
さすがに傷ついたダリルを引き戻すようなことは母親も出来ず、ダリルが出ていったことで後継者なしとなり、母親の実家がジルヴァール家の領地を引き受けることとなったようだ。
父親の実権は今後は無い。療養と称して軟禁するようだった。

「……母上、出てった訳じゃなかったんだ…」

ダリルは母親に捨てられた訳では無いと分かってホッとしているようだった。

「あとは就職先なんだが」
「あ、うん。どこ?」

ダリルの隣に座って、ニヤニヤと伝える。

「住み込みで三食昼寝付き、週休2日、福利厚生完備」
「……嫌な予感しかしない」

勘のいいやつだ。

「ミーナのお菓子教室付き」
「ちょっと。文官として働くんじゃないの」
「領地経営の補佐が週5日」
「……」

ちょっと傾き始めたようだった。ダリルはジト目でディランを見ていた。ディランは可笑しくて更にニヤけそうになるのを必死に抑えた。
領地経営はまだディランの父がやっているが、そのうちディランの兄が引き継ぐ予定である。

「……す、は?」
「あ?」

ボソボソと、クッションに顔を埋めて何か言っている。よく見ると耳まで真っ赤に染まっていた。

「だから! キスは!?」
「……そりゃ、いつでも」

ダリルはクッションから顔を上げて、顔全体を真っ赤にして叫んだ。ダリルがそんなことをまさか聞いてくるとは思わず驚きながら返事を返す。

ダリルは声にならない声で唸った後、また呟くように小声でボソボソと何か言っていた。

ディランはよく聞こえなくて耳を近づけた。

「~~っ、就職する!」
「おわ、いきなりデカい声……は? おい。マジか」
「う、うるさい! もう言わない!」
「おい待てこらどこか行こうとするな」

急に立ち上がったダリルの腕を掴んで引き止めた。
ディランはもう緩まる顔が抑えきれなかった。

「キモい!」
「おいコラ恋人にそりゃないだろ」
「っわ!」

ダリルの腕を引いて、無理矢理ディランの方へ引き寄せた。バランスを崩したダリルがディランの所に収まった。
ダリルの顔は相変わらず真っ赤だった。

「もう日付変わって、5日目は終わってるんだけど。キスしていい?」
「……や、やだ。っん……!」

ディランはどこまでも素直じゃないぶっきらぼうな猫の唇を奪った。
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