【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸

文字の大きさ
上 下
34 / 37
番外編

認める side ディラン

しおりを挟む
ディラン=シェルヴェンが馬車に乗る頃には、既にダリル=ジルヴァールは大人しくなっていた。
借りてきた猫のように大人しい。
あんなに強気だったダリルの心はポッキリ折れたように、目から光が消えていた。

「で?誰に殴られたんだよ」
「…父上、に」
「はー…まぁ嫌な予感がして調べてはいたんだけどなぁ」
「調べる?」

ダリルは不思議そうに一瞬光を戻してこちらを見てきた。

実はアーヴィン=イブリックに連絡をとったのだ。
アーヴィンと、サシャ=イブリックに、ジルヴァール家の両親がどんな奴か尋ねていた。アーヴィンもサシャもどちらも母親はまだマシだが、父親は真性のクズであるという返答だった。
そもそも経営手腕もほとんど無く、ジルヴァール家は借金でそろそろ首が回らなくなり始めていた。なのに目立ちたがり屋の父親は借金を隠して遊び呆けており、母親もその点はほとほと困っていたらしい。
それでも何とかやっていけたのは、母親の実家の力であった。母親が何度も実家に頼り、なんとか食い繋いでいた。
サシャもそこまでジルヴァール家がやばかったというのは知らなかったようだが、アーヴィンの方は結婚する前に調べあげていたそうだ。

その為、イブリック家としては共倒れしないためにジルヴァール家を見限ることに満場一致したらしい。
サシャとしても、父と母への愛情はないだろうし、生きてれば、くらいにしか思っていないだろう。

そして、驚くことに、サシャはダリルの心配をしていた。
サシャ自身蔑ろにされてきたと言うのに、どう言った心変わりかと思っていたら、サシャは最近気づいたことがあったらしい。
『ダリルにやらされていた課題の殆どは、サシャがつまづいたことのある課題だった』と。
つまり、ダリルは虐げながらも手際の悪いサシャの学力を保つ努力をしていたようだった。努力の方向性は間違っているものの、幼い頃からサシャは呪われていると教えこまれたダリルにとって、精一杯の関わりだったのではないかと思う。

かと言って、サシャにしてきたことは変わらないので、サシャはダリルに会いたいとは言わなかった。ダリルもきっと、会いたいとは素直に言わないだろう。

「そ。父親の方がヤバいってな。まさか手も出すような奴だとまでは知らなかったがな」
「…あっそ。誰に聞いたか知らないけど、父上は元々はあんなんじゃなかった」
「サシャ=ジルヴァールにはあんなんだったんだろ?」
「……っ、それは……」
「ま、認められないわな。簡単には。実の父親がクズ野郎だったってのは、身内には堪えるだろうしなぁ」
「っうるさい!」

ダリルは声を張り上げてディランに抵抗する。しかし、殴られた事実は消えず、ダリルは何となく分かっているようだった。

「後はなんとかしてやるよ」
「……もういいよ。なんだっていい」
「噂も、父親のことも?」
「噂なんかもうどうでもいいし、父上のことだってなんとも思ってない!」
「はー、何言ってんだお前。自分がサシャの後追いになってんのに気づいてねぇのかよ?」

そう言うと、ダリルの目に一瞬揺らぎが見えた。

「噂流されて、学園中に蔑ろにされて、父親には虐げられ、母親には居ないものとして扱われて、挙句の果てに退学させられて。サシャ=ジルヴァールと全く一緒なことに気づいてねぇの?」
「うるさい!」
「お前が嫌ってたサシャと全く一緒でなんとも思わない?有り得ねぇだろ。お前はもう分かってんだろ?」
「うるさい!うるさいうるさい!」

ダリルの目に大きな水溜まりが出来ていた。今にも決壊しそうな涙は、煌めくアクアマリンのようだった。

ダリルはもう言い訳はしなかった。答えを聞きたくなくて耳を塞ぐ子供のようだった。

「言えよ。お前がどうして欲しいのか。お前の口でちゃんと言え」
「……っ」

ダリルは唇を噛み締めながら、口唇が震えていた。

「……け、て……」
「ちゃんとだ」
「っ、助けて……!」

男はいつものように、口端を上げて愉快そうに、けれど優しい瞳で言う。

「いいぜ、このディラン=シェルヴェンが助けてやる」

堪えきれなかったのか、アクアマリンは大きな粒となってダリルの膝に落ちて、服に滲んでいった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! ※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

処理中です...