【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸

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番外編

毒が回る side ダリル

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ダリル=ジルヴァールが家に帰ると、父親が罵声を浴びせてきた。

お前が悪い。
こうなったのも、全部だ。

こうなった、というのはジルヴァール家に兄を蔑ろにした噂が流れ、周囲の貴族連中から見放されたことだ。
最近は帰る度にこんなことを言われるのでいい加減相手にするのも疲れてきた。

最初の内は言い返していた。
まるで兄に文句を言っていたことが、今度はダリルに矛先が向かっただけだったのでムカついたら言い返したのだ。

しかし、ダリルは体格には恵まれなかった。痩せぎすとまでは言わないが、同年代の男子としては痩せている方で小柄な身体は、父にとってなんの驚異でもなかった。
サシャの時は1回も殴らなかった父が、ダリルには手を出したのだ。

殴られて、初めて父へ恐怖を抱いた。
サシャが殴られなかった理由は、おそらく反抗しなかったからだ。けれどもダリルは反抗してしまった。父は頭にきて殴ったのだ。

母は、その時居なかった。いや、居たとしても庇ってくれるかは最早分からなかった。

ジルヴァール家は崩壊し始めていた。

ダリルは飽きずに罵詈雑言を言い放つ父親に静かに反抗せずに聞いていると、途端に何か不自然なことに気がついたのだ。

明らかに、私物が減っている。

ダリルの私物ではない。母が好きだった花瓶や絵画、置物など、母親の私物が減っていたのだ。

「父上、母上は…」

なんとか勇気を出して父に母の事を尋ねる。すると、父はダリルに手を振りあげ、思い切り頬に落とした。
乾いた音が響いて、脳がぶれて一瞬身体がふらついた。頬の痛みが後から訪れて、殴られたことを理解した。

「お前のせいで! あいつも出ていったんだ!」

ダリルは、父の言葉を頭の中で整理した。
母が出ていった。
つまりそれは、イラつき、物に当たるだけの使い物にならなくなった父の代わりに経営をしていた母が耐えきれなくなって逃げ出したのだ。
それも、ダリルを置いて、出ていった。

父と母にいつも優先されて生きてきた。
サシャはいつも蔑ろにされていた。
ダリルはそれが父と母の愛情であると思っていた。
ダリルを少しでも思ってくれているならば、こんな使い物にならない父と置き去りにはしない。

ダリルは全部理解した。

父も、母も、ダリルのことを愛してなどいないと。

「学園に行く金なんぞない!明日から行くな!」

父はそう言うと、物に当たりながらどこかに行ってしまった。







翌日、退学ともなれば、一応手続きはいるためダリルは重い腰を上げて、夕方に学園に向かった。サシャの時は父と母が代わりに行っていたが、ダリルにはしてくれる者はいない。

納得できなかった。
どうしてダリルがこんな目に遭わなくてはならないのか。
父にも暴力を振るわれ、母にも愛されなくて、学園では生徒も教師もダリルを敬遠し、果てはそれが面白いと訳の分からない男にキスをしなくてはならなかった。
反骨精神は既に折れていた。
納得はできない。けれど、抵抗も無駄だと悟った。

教師に手続きの旨を尋ね、睨まれながらも退学の手続きを取った。
手続きが呆気なく終わった。そもそも次の学費も振り込まれていなかったようで、簡単に終わった。

そして、その足で公園に立ち寄ることにした。
別に理由を話す必要などないが、ダリルは生来そこそこ真面目に生きてきた。何となく、義理で行く必要があると思ったのだ。

公園のベンチには、昨日同様男が座っていた。
忌々しい兄の結婚相手の親友と言っていた。

兄は騙されてキスをしていたと言っていた。ダリルもよく考えたら騙されているようなものだ。

男はダリルの姿に気づくと、少し驚いた顔をしていた。いつもムカつくほどニヤニヤと愉快そうに笑っている男が、目を見開いてこちらを見ていた。

「ダリル、それどうしたんだよ」
「……なに。なにが」

男は公園の入口に立っていたダリルの方まで来ると、頬に触れようとしてきた。
昨日の恐怖を思い出したダリルは思わず男の手を払った。

「あ、ごめ……」

咄嗟に動いたため、謝罪も咄嗟に出てしまった。思えば謝る必要なんかない。男が勝手に触ろうとしてきたのだ。
男は眉をひそめていた。

「誰にやられたんだよ」
「か、関係ない。あと、もうここには来ない。それだけ言いに来た」
「は?何言ってんだよ。あと3日あるだろうが」
「もう学園を辞めてきた。別に噂なんかもうどうでもいいんだよ!」

ダリルは思い切り腹から叫んだ。
サシャが噂のことで躍起になって訂正しなかったことと同様に、ダリルも訂正はしなかった。

本当は分かっている。
ダリルが兄を蔑ろにしてきたのは他でもない、ダリル自身のせいで、噂は本当だったから訂正の仕様がなかった。
ダリルは理解していた。
全部ダリルが、ダリルの両親が、撒いた種は育ちきり、実をつけ毒となって自らに還ってきているだけなことを。

どうしたらいいかなんて、もう分からなかった。
あんなにダリルに目をかけていたはずの父にも蔑まれ、母にも置いていかれ、ダリルの味方はもう誰も居ない。

ぽたぽたと、流れる涙を止める方法が、ダリルには分からなかった。

「あー…何となく、そうなるとは分かってたけどなぁ」

男はそう言いながら、ダリルを胸に抱き込んだ。いつもだったら、「何するんだ」と怒って引き剥がすが、ダリルに抵抗する意思はもうなかった。

男の体温が伝わってくる。抱きしめられたのなんか、久しぶりだった。
流れる涙は止められなかった。1度決壊した涙を止める方法も、ダリルには分からなかった。

「お前、荷物はそれだけか」
「…家には、もう何も残ってない」
「じゃあこのまま行くぞ」

そう言って男はダリルが持っていたカバンごとダリルを抱えて歩き出した。
急に高さが変わってダリルは驚きとともに、抱えられている現状に恥ずかしさが現れた。

「ど、どこに!」

男は何も言わず、ただ微笑んでいた。
ダリルの勘が伝えてくる。この男に任せていれば、大丈夫だと。

ダリルは気づいていなかった。驚きと恥ずかしさで涙がもう止まっていることに。
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