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番外編

噂を知る side ディラン

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ディラン=シェルヴェンは楽しくて仕方がなかった。
学園で噂になっていたサシャの弟が、まさかこんな学園でイジメを受けるようになっていることに、おそらくサシャは気づいていないだろう。
それを、今、ディランはどうにでもできる立場に立ったのだ。

噂を変えるのは簡単だ。他の面白い噂を流して、かき消すだけでも充分効果はあるだろう。人の噂も七十五日という言葉通りだ。

しかし、それでは面白くない。

だからディランはダリルに条件を提示した。
キスをさせることにしたのだ。それも、5日間。ディランは楽しくて仕方なかった。

ディランはノーマルだ。どう転んでも出るとこはでて、引っ込むとこは引っ込んでる女が好きだ。
しかし、それよりも、ディランは噂話が大好物だった。噂の渦中のダリルはスラリとした体型で、女のような柔らかい部分はどこもない。けれどもやはりサシャ=ジルヴァールの身内であり、中性的なお綺麗な顔ではあったのだ。

だから単純な興味で手を出した。

そして、昨日一日目のキスをやらせて、今が二日目である。
昨日と同じ公園のベンチで待っていると、ダリルは嫌そうな顔をしながらやってきた。

茶色の毛に、タイガーアイを携えた、猫とも思えるその風貌は、ディランが構い過ぎればすぐにでも逃げてしまいそうだった。

「よお、ちゃんと来たな」
「…うるさい! ちゃんと約束守れよ!」
「お前が守れば、俺も守ってやるよ」
「っ、くそ!」

吐き捨てるように言うと、ダリルは1回ギュッと目をつぶった。覚悟を決めたのかディランの方に向かって歩き出した。

ディランはまだ、ベンチから立ち上がっていなかった。
しかし、ダリルは構うことなく少し屈んで昨日と同様、触れるだけのキスをしてきた。

「昨日教えてやっただろ?」
「…っお前、クソ野郎だな!」
「はは、今更だな」

ダリルはまだ屈んでいたが、ダリルの腕を掴んで思い切りディランの方に引き寄せた。引き寄せられて体勢を崩したダリルは、ディランの上に座りかける形になった。
ディランがダリルの後頭部を手のひらで押さえつけて、無理矢理唇を奪う。

「んっ…」

目を開けてダリルの方を見ると、恥ずかしさで頬は朱に染まり、嫌がっているのか涙を溜めながら力強く瞼を閉じていた。
ディランの悪癖が顔をもたげる。
口内に無理矢理捩じ込んだ舌をダリルの声が上がる部分に重点して責め立てた。

「んっ、んん……ん、ぅ……」

ダリルの上顎をザラりと舐めあげると、身体はピクピクと反応を見せる。舌を絡め取り、軽く吸うと、ビクッと反応を見せて、思わず笑いそうになり唇を離した。

「っはぁ、はぁ…」

ダリルは息切れをして疲れたのか、ディランの胸にもたれ掛かる。まるで猫が膝の上に乗ったような感覚で、ディランは愉快そうに頭を撫でた。
ダリルは頭を撫でられた手が気に食わなかったのかパシッと払った。

「や、やめろ! なにするんだ!」
「いやー。猫っぽくてつい」
「はぁ?! 誰が猫だよ!」

涙目で、顔を真っ赤にしながら否定する姿は、サシャと少し似ている気がした。
性格と口調は、どちらも全く似ていない。

「だ、だいたいなんで5日間もしなくちゃなんないんだ!」
「あー、そりゃお前。サシャも5日間キスをしたからだ」
「は?」
「アーヴィンに騙されて、サシャも5日間キスしてたんだよ。恋人がいたのにな」
「はぁ? 兄上、そんなことしてたの?」

ダリルは初めて聞いたようで、理解できていないようだった。

「サシャは世間知らずだったんだってな。キスに練習がいるって嘘つかれて、アーヴィンにキスされてた」
「馬鹿じゃないの?!」

ダリルも今、騙されているようなものだが、自分のことは棚に上げているらしい。

まさか自分の兄がそこまで世間知らずだとは思っていなかったらしく、ショックを受けた顔をしていた。

「あ、兄上が? 浮気?」
「そうそう。お前、サシャ=ジルヴァールの噂も知らないのか?」
「なにそれ、噂?」

ディランはダリルにサシャ=ジルヴァールの噂を説明した。

曰く、サシャ=ジルヴァールはとんでもないビッチであり、誰にでも直ぐに股を開く。

曰く、サシャ=ジルヴァールは性悪であり、口も悪く、見るに堪えない。口にするのもおぞましい程の性格である。

曰く、サシャ=ジルヴァールはあんな地味顔であるのに、ある1人の騎士に付き合うように命令し、断ったら罵詈雑言を浴びせてきたと。

曰く、サシャ=ジルヴァールは騎士コースのクラークに不貞を働いた。

ダリルはディランの膝の上であることも忘れているのか、ポカンとしていた。

「は、はぁ? 兄上も馬鹿だけど、学園の奴らも馬鹿なの? 誰がそんなの信じるの?」
「ははは、お前ウケるな。全然信じてねぇな」
「兄上には、誰かに擦り寄る度胸もなければ、悪口を言う肝っ玉も罵詈雑言を言い放つ頭の回転もない。最後の不貞はアーヴィンってやつのせいだろ」

ダリルは完全に噂を信じていなかった。ディランは面白すぎて爆笑してしまった。

「はははは! いやー、お前がサシャと学園に通ってたら少しは違ったのになぁ? 面白ぇー!」
「嫌だよ、なんで兄上と今更学園に通うのさ」
「はー。お前の言葉、サシャに聞かせてぇな」
「どうせ兄上の事だから何も行動しなかったんだよ。噂をかき消そうと躍起になる姿なんか想像できない。すぐ逃げようとするんだ」

弟なりに、兄の行動はお見通しだったようだ。確かにサシャは噂の出処を調べたり、揉み消そうと動いたりせず、噂に耐えきれなくなったら逃げ出した。

「まさか、これのせいで兄上は退学したの?」
「ああ。半分は噂で、残り半分はアーヴィンのせいだな」
「……待って、意味がわかんない。退学に追い込んだやつとどうして結婚したの」

ディランは楽しくて仕方なかった。ダリル=ジルヴァールはディランが思っている何倍もまともな人間だった。
兄を虐めていた、というのも何か真相がありそうだとディランは思い至った。

「サシャが心底アーヴィンに惚れて、アーヴィンも心底サシャに惚れてたからだよ。サシャは自分の偽の姿を知られて逃げ出したんだよ」
「全然わかんない。馬鹿じゃないの?」

端折った説明では、ダリルには全く伝わらなかったが、ディランはもう充分面白かったため説明しなかった。
ダリルの言葉からは兄をただただ馬鹿にしているような口調も、兄が世間知らず過ぎて情けなくて馬鹿にしているような口調に聞こえてくる。

「まぁ、どうでもいいけど。あと3日、ちゃんと約束守ってよね」
「はいはい。じゃ、もう1回な」
「する訳ないだろ馬鹿!」

思い切り胸を叩かれたが、全く痛くなかった。
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