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番外編
掴む side ディラン
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ディラン=シェルヴェンは学園に久しぶりに足を踏み入れた。
ここでアーヴィン=イブリックと出会い、意気投合し親友とまでなった。アーヴィンは自分の運命と出会い、その運命を傷つけ、やり直すためだけに月の精を追いかけていってしまった。恋は人を狂わせるとは良く言ったものだ。アーヴィンは月の狂気に取り憑かれたのだと思った。
かといって、そのアーヴィンが愚かだとは1ミリも思わない。
アーヴィンは何事にも熱くなることはなかった男で、ディランはアーヴィンをリアリストだと評していた。
しかし、そんなリアリストが約束された将来をかなぐり捨ててまで夢中になった恋を見つけたのだ。
正直言って、羨ましいとまで思った。
アーヴィンがやったことは、キスの練習と称してサシャ=ジルヴァールをだまくらかしてキスを5日間行う暴挙であり、人として最低の行為である。
それでも、アーヴィンはそれだけサシャに夢中だった。
手に入れるためには何でもするその精神は、まるでアーヴィンが剣を奮っている時と同じであった。
そんな、ディランにとっては親友アーヴィンの思い出を振り返るには面白すぎてつい色んなところを歩き回ってしまっていた。
そもそも、今日ディランが学園に来た理由は、騎士コース卒業後、王宮付き騎士になった者としてどういう活躍をしているのかという話をするためだった。面倒臭いとは思ったが、上司に頼まれてしまえばディランに断る方法はない。
今日の仕事は学園で話をするだけで、あとはフリーだった。その為、学園中をウロウロしていたのだ。
すると、学生たちが噂をしている近くを通りかかった。廊下近くの教室で、大きな声で話す学生たちが若いな、と思わず遠い目をしそうになっていると、聞き覚えのある名前が飛び出した。
あのジルヴァール家のダリル=ジルヴァールは美しいサシャ=ジルヴァールを蔑ろにして家から追い出した。伯爵家は父も母もサシャ=ジルヴァールを居ないものとして扱う最低な家だ。
未だに、サシャ=ジルヴァールの話が残っていることに驚いた。しかし、大人として振る舞うディランは子供の学生に問い質すことは気が引けた。
ダリル=ジルヴァールという名前には聞き覚えがなかった。そのジルヴァールという家名が出るということは、身内で間違いないだろう。
確認する術もない。ディランはその噂の真相を確かめることは諦めようとその教室から離れた。
しばらく歩いていると、俯いている学生がこちらに向かって歩いてくる。
最初は分からなかった。
ブラウンヘアーはどこにでもいる髪で、およそディランが思いつく人物とはなんの繋がりもないように感じたからだ。
しかし、横を通り過ぎる少し前になって、目が合った。
タイガーアイの宝石を宿した茶色というのは明るく、オレンジのようにも見える瞳を携え、まるで猫のような印象を受けた。
しかし、瞳も髪も全くもって、ディランの想像する人物とは似ても似つかない割りに、輪郭と顔のパーツがそっくりだったのだ。
「お前、サシャ=ジルヴァールに似てるな」
そう、サシャ=ジルヴァールの身内である、ダリル=ジルヴァールであると理解した。
「お前がサシャ=ジルヴァールの身内か」
「……だからなんだよ」
彼は話しかけると、猫のような目をキッとこちらに向けてきた。まるで舌打ちでもしそうなほどの睨みであった。
しかしディランにとってそんなものは可愛いものでなんのプレッシャーにもならない。
「俺ちょっとした知り合いなんだが、少し話そうぜ」
「はぁ?」
睨んでいた目を、途端に大きく丸くさせていた。
呆れるような、見下すような口調に生意気さを感じさせる。
「嫌。授業に向かってる最中なんだ。邪魔」
ハッキリと言ってくれる。
きっと王宮付きの騎士だと分かっているはずなのに、それでも尚、気遣う様子は微塵も見られない。
そんな歯牙にもかけない口の利き方に、ディランはこっそり口の端を上げた。
彼はそのままディランの横を通り過ぎようとした。しかし、ディランは彼の腕を掴んで止めた。
「まあ待てよ。授業が終わったあとで良い。お前の話が聞きてぇんだよ」
「…っ、僕が話す義理はない」
腕を掴まれて、ようやくヤバいと思ったのだろうか。明らかに動揺を含んだ言葉に変わっていった。
それでも強気な姿勢は崩さない彼に、ディランは思わず声を出して笑いそうになった。
「じゃ、また後でな」
「な…っ!」
パッと腕を掴んでいた手を離し、ディランは彼が来た方へ歩いていった。
楽しみで仕方なかった。噂の中心人物が自分の手の中にあったのだ。
サシャ=ジルヴァールの時はあんなに興味が湧かず、真相を確かめることをしなかったディランが、ダリル=ジルヴァールの真相を渇望した。
自分の芯から歓喜に震えていることにディランは気づいていなかった。
ここでアーヴィン=イブリックと出会い、意気投合し親友とまでなった。アーヴィンは自分の運命と出会い、その運命を傷つけ、やり直すためだけに月の精を追いかけていってしまった。恋は人を狂わせるとは良く言ったものだ。アーヴィンは月の狂気に取り憑かれたのだと思った。
かといって、そのアーヴィンが愚かだとは1ミリも思わない。
アーヴィンは何事にも熱くなることはなかった男で、ディランはアーヴィンをリアリストだと評していた。
しかし、そんなリアリストが約束された将来をかなぐり捨ててまで夢中になった恋を見つけたのだ。
正直言って、羨ましいとまで思った。
アーヴィンがやったことは、キスの練習と称してサシャ=ジルヴァールをだまくらかしてキスを5日間行う暴挙であり、人として最低の行為である。
それでも、アーヴィンはそれだけサシャに夢中だった。
手に入れるためには何でもするその精神は、まるでアーヴィンが剣を奮っている時と同じであった。
そんな、ディランにとっては親友アーヴィンの思い出を振り返るには面白すぎてつい色んなところを歩き回ってしまっていた。
そもそも、今日ディランが学園に来た理由は、騎士コース卒業後、王宮付き騎士になった者としてどういう活躍をしているのかという話をするためだった。面倒臭いとは思ったが、上司に頼まれてしまえばディランに断る方法はない。
今日の仕事は学園で話をするだけで、あとはフリーだった。その為、学園中をウロウロしていたのだ。
すると、学生たちが噂をしている近くを通りかかった。廊下近くの教室で、大きな声で話す学生たちが若いな、と思わず遠い目をしそうになっていると、聞き覚えのある名前が飛び出した。
あのジルヴァール家のダリル=ジルヴァールは美しいサシャ=ジルヴァールを蔑ろにして家から追い出した。伯爵家は父も母もサシャ=ジルヴァールを居ないものとして扱う最低な家だ。
未だに、サシャ=ジルヴァールの話が残っていることに驚いた。しかし、大人として振る舞うディランは子供の学生に問い質すことは気が引けた。
ダリル=ジルヴァールという名前には聞き覚えがなかった。そのジルヴァールという家名が出るということは、身内で間違いないだろう。
確認する術もない。ディランはその噂の真相を確かめることは諦めようとその教室から離れた。
しばらく歩いていると、俯いている学生がこちらに向かって歩いてくる。
最初は分からなかった。
ブラウンヘアーはどこにでもいる髪で、およそディランが思いつく人物とはなんの繋がりもないように感じたからだ。
しかし、横を通り過ぎる少し前になって、目が合った。
タイガーアイの宝石を宿した茶色というのは明るく、オレンジのようにも見える瞳を携え、まるで猫のような印象を受けた。
しかし、瞳も髪も全くもって、ディランの想像する人物とは似ても似つかない割りに、輪郭と顔のパーツがそっくりだったのだ。
「お前、サシャ=ジルヴァールに似てるな」
そう、サシャ=ジルヴァールの身内である、ダリル=ジルヴァールであると理解した。
「お前がサシャ=ジルヴァールの身内か」
「……だからなんだよ」
彼は話しかけると、猫のような目をキッとこちらに向けてきた。まるで舌打ちでもしそうなほどの睨みであった。
しかしディランにとってそんなものは可愛いものでなんのプレッシャーにもならない。
「俺ちょっとした知り合いなんだが、少し話そうぜ」
「はぁ?」
睨んでいた目を、途端に大きく丸くさせていた。
呆れるような、見下すような口調に生意気さを感じさせる。
「嫌。授業に向かってる最中なんだ。邪魔」
ハッキリと言ってくれる。
きっと王宮付きの騎士だと分かっているはずなのに、それでも尚、気遣う様子は微塵も見られない。
そんな歯牙にもかけない口の利き方に、ディランはこっそり口の端を上げた。
彼はそのままディランの横を通り過ぎようとした。しかし、ディランは彼の腕を掴んで止めた。
「まあ待てよ。授業が終わったあとで良い。お前の話が聞きてぇんだよ」
「…っ、僕が話す義理はない」
腕を掴まれて、ようやくヤバいと思ったのだろうか。明らかに動揺を含んだ言葉に変わっていった。
それでも強気な姿勢は崩さない彼に、ディランは思わず声を出して笑いそうになった。
「じゃ、また後でな」
「な…っ!」
パッと腕を掴んでいた手を離し、ディランは彼が来た方へ歩いていった。
楽しみで仕方なかった。噂の中心人物が自分の手の中にあったのだ。
サシャ=ジルヴァールの時はあんなに興味が湧かず、真相を確かめることをしなかったディランが、ダリル=ジルヴァールの真相を渇望した。
自分の芯から歓喜に震えていることにディランは気づいていなかった。
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