【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸

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番外編

パステル side エメ

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エメ=デュリュイの仕事は、王城とかいうエリートコースそのものではなく、王立魔法師団の総務のような事務だった。
目立たない仕事ばかりをこなす職場だが、エメにとってはなんら問題はなかった。

エメはとかく上昇志向が欠如していた。どちらかと言うと、周りに合わせて動いている方が楽しい。仕事にやり甲斐を求めるよりは安定を求めるタイプだった。だからこういった総務の仕事は、エメにとって天職であった。

そんな仕事を今日もこなし、家路についた所だった。

「……ん?」

なんだか遠くで見覚えのある人がこちらを見ている。嫌な予感がエメに走り、立ち止まってジッと見た。その人物はエメに気づいたようだった。エメの方に走り寄ってくる。

「……っげ!」

最悪だった。見覚えのある人物は、つい先日別れた自画自賛ナルシスト男だった。

「エメ! なんで連絡を寄越してくれないんだ? 今か今かとずっと待っていたのに!私のことが好きなのに恥ずかしがり屋だなぁ!」
「はぁ? 別れるっつったよな?!」

相変わらずの自信過剰で、なんでこんな奴を好きだったのか今では全く分からない。

エメの目が狂っていたわけじゃない。本当に付き合う前は穏やかで優しかったのだ。いや、今まで付き合ってきた男は全員付き合う前はそんな感じだった。

けれど、付き合ったあとはお察しである。

この目の前の男の場合は、魔法は1級品で他の追随は許さないだの、剣を使えば団長にも負けないだの、鏡を見てうっとりしている姿を見せられるわ、エメに優しくしている自分に酔っているわで面倒なことこの上なかった。
1ヶ月、自慢話を耐えた事を褒めて欲しいくらいだ。
実際、女友達には「神様か」と言われた。

「またまた、恥ずかしがり屋だなぁ」
「はぁ…別れたの! お前と俺は、他人なの!」

職場から少し離れたところで本当に良かった。人もまばらである。それだけが唯一の救いだった。

「そんなこと言わないで。ほら、帰ろう」

そう言って、エメの腕を掴んできた。エメは咄嗟のことで動きが遅れて避けられなかった。掴まれた腕からゾワゾワと寒気を感じる。

「離せ…っ」
「エメ、あんまり騒ぐと怒るよ?」

目の前の男の雰囲気がガラリと変わった。目から光が抜け、薄く見る目は明らかな苛立ちをエメに伝えていた。
エメはそんな男の姿を初めて見た。
ビクッと身体を揺らし、抵抗の気力を削がれていった。

「っ…」
「さ、帰ろう。今日はエメの好きな食事を奢ってあげるよ、その後は家に帰って僕の素晴らしさを1から伝え直さないと」
「離してくれます?その汚い手」

エメの後ろから手が伸びて来た。すると、左手でエメの身体を抱きとめ、右手は男の腕を掴んでいた。

「いだだだ!」

男は掴まれた腕を強く握られたようで、エメの腕をすぐに離した。ホッとしつつも、この声には聞き覚えがあった。優しくも穏やかな声だ。

「クラーク…! どうしてここに…!」
「それよりも、エメ。大丈夫?」
「う、うん。大丈夫」
「元彼?」
「…そう」

エメはそういうと、恨みがましくこちらを見ているナルシスト男が震えていることに気づいた。

「な、なんだよ。今度は騎士にしっぽ振ってんのかよ。節操ないやつなんか、こっちからお断りだよ!」
「エメは付き合ってる時は貴方のこと大切にしてたと思いますけどね。それを都合よく考えて蔑ろにしたのは貴方でしょう。よくそんな風に言えますね」
「っ、なんだよ! もうどうでもいい!そんな奴……っお前、見覚えが……!アクセルソン家の?!」
「ああ、家を知ってるってことは貴族ですか。じゃあそっちを使った方が良いですね。どこに勤めているのか後で良く調べておきますよ」
「い、いや!なんでもない!か、帰る!」

そう言って、男は逃げるように走り去ってしまった。俺は一連のやり取りがよく分からなくて、ポカンと見ていることしか出来なかった。

男が勝手にクラークの怯えて去っていったように見えた。一体、クラークは何者なのか、とちらりとクラークの方に振り返った。

いつものように穏やかで優しい微笑みでこちらを見ていて、エメは胸が高鳴るのを感じた。
しかもこの状況は、助けてもらったとはいえ、左腕で抱きしめられている状態は、友人にしては距離が近い。
今更ながら恥ずかしさで顔が火照ってくる。

「く、クラーク、何者…?」
「そっち?アクセルソン家の三男で、伯爵家だよ。代々魔法使いの家系で、あの男は知ってたってことは魔法使いだと思うけど」
「え?お貴族様…?」
「知ってると思ってたんだけど」

ディランからは何も言われなかった。いやそもそも学生の頃はクラークに興味がなかったため、知らなかったのだ。
そう言われれば、歳の割に落ち着いていて、サシャの所作を気にしていたりと貴族らしい目線はあったような気がする。

そして、それよりもだ。

「そっちを気にするの? この状況じゃなくて?」
「ひぇ……」

そう。訳が分からなかった。クラークはもう離してくれても良いはずなのに、離してくれない。おかしい。先日まではそんな雰囲気どこにもなかったはずなのに。

「エメ」

後ろから、耳元で囁かれる。ブワッと一気に駆け上がるものを感じた。明らかにエメの名前を呼ぶ声色が違う。
今までは色で表すなら白かった。何も無い、白だった。なのに今、彼は明らかに色彩を豊かにしたパステルのような声色を出していた。

「エメは、僕のこと好きなの?」

なんてことを聞くんだ。しかも耳元で。ゾワゾワとして、腰に響くから止めて欲しい。そして何より恥ずかしい。こんな顔を真っ赤にしていたら、否定の言葉を出したところで認めているようなものだ。クラークは絶対わざと聞いている。

しかし、エメは生来嘘をつけず、素直な性格であった。

「う、うん……」
「エメ、ちゃんと言って」
「ひっ……」

だから耳元は止めて欲しい。なんで、どうしてこんなことに。そもそもさっきまでヒヤリとした空気が漂っていたはずなのだ。

どうしてエメなんかに。とも思わなくもない。サシャの様に美人でもなければ貴族でもない、所作も言葉遣いも悪いエメに。

いやしかし、もう認めざる得ない。こんなに分かりやすく変わったクラークに、理解せざる得なかった。

「す、き……クラークのこと、本当は、もう好きになって、る……」
「うん。僕も、エメが好きだよ」

そのまま両手で、ぎゅ、と後ろから抱きしめられた。甘い雰囲気に酔いそうだった。クラークからも、シトラスやムスクがちょうどよく混ざった様な優しく爽やかな香りがしていた。

本当に人通りが少ない道で、良かったと意識を飛ばしそうになりながら、考えていた。
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