【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸

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番外編

ダメ男吸引器 side エメ

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男なんかクソ喰らえだ。
エメ=デュリュイは怒りに任せて、ただひたすらに大地を踏みしめて歩いた。

恨み言を言ったのだが、こんな名前でも立派な男性で可愛いと言われることもあるがそれも変な男ばかり引っ掛ける程度。

ある時は結婚したばかりの既婚者男。
ある時は浮気最高とまで言い放つクズ男。
ある時は運命の人だと言って執拗に追い回してくる粘着ストーカー男。
ある時は泣いてる顔が見たいといって身体を物理的に縛ろうとしてくる緊縛男。

ここまで来たらエメには才能があると思った。要らない才能だ。
今すぐ捨てたいし、欲しいやつがいれば譲渡したい。

「エメ、今度はどんなやつが引っかかったんだよー」

笑って聞いてくるこいつは、ディランという友人という名の腐れ縁だ。

ディランはエリートな割に噂好きなやつで、何かと話題があるエメを捕まえてはエメの不遇な出来事をニヤニヤと楽しそうに聞いてくる。

ほんとロクな奴じゃない。

こんなふうに友人を続けられるのも、ディランは全くもって同性をそういうつもりで見ていない奴だからだ。俺にとってはとても貴重な存在で、ありがたい。
たまにムカついて殴ってみるが、文官の俺では痛くも痒くもないようでそれが本当にムカつく。

「今回は自画自賛自慢アピール男だよ。ただのナルシスト。一日中話しかけてきて全部自慢だった」
「わはは、お前歩くダメ男吸引器だな。まともな奴は俺だけだな」
「お前が1番クソ野郎だよ」

ディランに向かってそう言っても、ディランには全く効かない。ちょっとした悪口も真面目に受け取らないこういう所は、本当に楽で助かる。

エメの友人は何人かいる。しかしディランの言うように『ダメ男吸引器』なので、友人はほぼ女性である。

女性は楽だ。話を合わせて、愚痴って、愚痴を聞いていれば大抵友達だ。
エメの恋愛対象が女性じゃない点が、余計に友人関係を築きやすくしているのかもしれない。

「はー笑った。次はどんなやつ捕まえるかな」
「何楽しみにしてんだ、殺す」
「いやいや、待てって。良い話があるんだ、聞け」

いつもだったら話を聞くだけ聞いて、笑うだけ笑ってどこかに行ってしまうディランが、珍しくもエメに話を持ちかける。

エメは殴ろうとした手をピタリと止めて、ディランの話をとりあえず聞くことにした。

「相変わらず手が早ぇなオイ。最近、サシャ=ジルヴァールが結婚したんだよ」
「は?俺になんの関係があるんだよ」
「お前じゃない。お前に紹介したいやつが関係してる」
「はぁ? 紹介? お前が、俺にぃ? 信じらんねぇ。人のこと散々笑っといて」

ディランはまぁまぁと言いながら、エメを宥めた。

「クラーク=アクセルソンって名前くらい知ってるだろ?」
「…ああ、サシャ=ジルヴァールと付き合ってた」
「そうそう。そいつ。俺はクラークともそこそこ付き合いがあるんだけど、どう?お前」

どう?と言われて、エメはしっかり悩んだ。

クラーク=アクセルソンは、魔法使いの家系ながらもクラーク自身は騎士の才能に恵まれ、更に魔法使いの両親の頭脳も持ち合わせた人物だ。

顔は多少派手さに欠けるものの、優しげな風貌に柔らかなブラウンヘアーに琥珀色の瞳で、身長も高く体格もマッチョほどではないが筋肉に覆われた胸板は厚そうであった。

サシャ=ジルヴァールと付き合っていたのも、彼の性格の良さと人格の良さを際立たせた。サシャ=ジルヴァールの噂を知っていたとしても、関係ないとばかりにお付き合いを続けていた。

サシャ=ジルヴァールの噂は

曰く、サシャ=ジルヴァールはとんでもないビッチであり、誰にでも直ぐに股を開く。

曰く、サシャ=ジルヴァールは性悪であり、口も悪く、見るに堪えない。口にするのもおぞましい程の性格である。

曰く、サシャ=ジルヴァールはあんな地味顔であるのに、ある1人の騎士に付き合うように命令し、断ったら罵詈雑言を浴びせてきたと。

曰く、サシャ=ジルヴァールは騎士コースのクラークに不貞を働いた。

というものだった。文官コースの間ではサシャ=ジルヴァールに近づけばどんな謂れをするか分からないとなり、誰もサシャに近づくことはなくなった。

エメ自身、サシャと面識もなければクラスも違い、接点は何一つなかった。そんな噂が流れてきても、ふーん、凄い悪女ならぬ悪男がいたものだ、という感想しかなかった。

そんなサシャと付き合っていたクラークにも転機が訪れる。
なんと、噂で流れたように、サシャが不貞を働いたため別れたということだった。
聖人の心根を持つものでも、浮気はやはり許さないんだな、と思った。

しかし、その後サシャ=ジルヴァールは退学した。まだあと1年はいるはずだった学園を途中で去ったのだ。

いや、男に振られただけで…と半ば呆れたが、どうやら事はそんな簡単なものではなかったらしい。
なんとサシャ=ジルヴァールの不貞の相手はあのアーヴィン=イブリックと言うではないか。

アーヴィン=イブリックは成績優秀、家柄も良く、金髪碧眼で顔も良い、しかも体躯にも恵まれ、いかにも女子ウケしますと言った風貌だった。居るだけで文官コースの女子たちは浮き足立つ男前だ。

そんな人物が噂のサシャ=ジルヴァールと関係を持ち、なおかつアーヴィンは卒業後、そのサシャを追いかけに辺境区域まで行ってしまったと聞いた時は一体どうなってしまったのか分からなくて、アーヴィンの親友でもあるディランに聞きに行ったくらいだった。

アーヴィンは、サシャを騙しキスの練習と称して連日キスをしていた。しかもサシャもメガネで変装してクラークとアーヴィンを騙していた。というなんだか訳の分からないことを言われた。

結局、サシャ=ジルヴァールの噂は全てサシャに振られた騎士1人が拡散したものだったということが分かり、サシャもアーヴィンもクラークも全員関係者が居なくなった後に文官コースの全員に行き渡ったのだった。

話を戻して、そんな話題の中心だったクラーク=アクセルソンだ。

「どう?って、ディランお前まさか俺にクラークと付き合わせようとしてんの?」
「クラークがまともな奴だって言うのは知ってるだろ?サシャ=ジルヴァールが結婚してな。クラークも少し落ち込んでるんだよ」
「あー……アーヴィンに取られたようなもんだしな」

サシャ=ジルヴァールがアーヴィン=イブリックと結婚をしたことは、文官コースの友人から聞いた。
いや、アーヴィンの執念が実を結んだとしか思えない。

きっとアーヴィンもまともな奴ではないと俺に危険信号を出していた。

「うんまぁ、その通りだ。その点に関してはさすがの俺もアーヴィンを庇えない」
「庇う気なかったろ」
「親友として正しい道に進ませることはしてやったのに」
「その方が面白いからだろ、ほんとクソ野郎だ」

ディランは、く、と笑った。

「でな、クラークならエメのお眼鏡も叶うんじゃないかと思ってな」
「お前らの中じゃ唯一の常識人だもんな」
「俺だろ」
「寝言は寝て言え」
「どう?会ってみないか?」

そう言われて、クラークのことに話を戻す。エメにとったらこの上ない常識人の紹介だ。
さすがのディランも俺のことが心配なのかもしれない。

「まぁ、とりあえず会うだけなら…」
「よっしゃ、じゃあ後は頑張れよ」

ディランは日時と場所を指定して、手を振って帰っていってしまった。

その後に男にしては小さくて可愛い方だと言われる俺は、サシャ=ジルヴァールの大事なことを思い出す。

サシャ=ジルヴァールは月の精と見まごうほどの絶世の美人だったらしい、と。
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