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穏やかに幸せに sideサシャ
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サシャ=ジルヴァールの日々は充実していた。
学園に通っていた時の何百倍も今は人生が楽しいとまで思っている。
職場の上司のコリンもエドガー団長はサシャを蔑ろにしたりせず、むしろ頼りにしてくれている。また傭兵や騎士達もサシャを気味が悪いとはいわなかった。
なにより、アーヴィンがサシャのことを好きだからとエリートコースから外れてまで追いかけてきてくれていた。
最後の鈍い目や言葉に関しては、この半年で消え失せつつある。
アーヴィンと逢瀬を重ねられることはサシャにとってこれ以上ない程の幸せを感じていた。
だからつい、アーヴィンを見かけると手を出したくなってしまう。
自分からキスをして、息も絶え絶えになりながら、もう一度と強請る。サシャの身体は勝手に動いてるのだ。サシャにも制御出来ていない。
この半年で、如何にアーヴィンに触れたくて仕方なかったのか理解した。
けれどそれ以上はさせなかった。
結婚するまで手を出さないと言ったのはアーヴィンだし、嘘をつかないと約束もした。
それだけでなく、アーヴィンが、「ぐ……」と眉を寄せて唇を噛みながら我慢する姿が可愛くてしょうがないのだ。
むしろこれを見るためにキスをしていると言っても過言ではない。
他の騎士たちにキスシーンを見られたのはマズかった。
1人で歩いていると思っていたのに、近くに同僚が居たらしく突然失踪したアーヴィンが捜索されてしまった。
アーヴィンが袋叩きにされていて流石にサシャは反省した。
けど止めろと言われて簡単に止められるものでもないので、その後もしっかり確認してからアーヴィンを空き部屋に引っ張りこんでいた。
たぶん反省できてない。
上司であるコリンの耳にもこのことが入ってしまった。
ニヤニヤしながら見られていたが、最終的には「盛り過ぎないように」と上司あるまじき注意をしてきた。普通は職場では止めろというのではないだろうか。
今日は王宮騎士団の遠征組が来ることになっているので、アーヴィンが1人になることは、あまりないだろうと思っている。
暫くは無理だろうな、と思いながらエドガー団長から受け取った書類を持ちながら事務室に向かっていた。
「サシャ」
懐かしい声がして、振り向いた。
振り向いた先には少し精悍な顔立ちに変わったクラークが立っていた。
声は穏やかで優しい、前と変わらない響きを持っていた。
「クラーク!」
「久しぶり、サシャ」
素直に驚いた。遠征メンバーに関しての書類はコリンが処理していたので知らなかったのだ。
クラークの穏やかな優しい笑みを浮かべている所も変わらなかった。
「ここではメガネ、かけなくなったんだ」
「あ、うん…ここの人達は色んな眼の色とか髪色してるから、私が変わった色をしてても何も言わないんだ」
「そう、良かった。サシャの周りに優しい人たちが居て」
ちっとも変わっていない。
優しいままのクラークにほんの少しだけ付き合っていた時の動悸が戻りそうになる。
「クラーク、どうしてここに?」
「あの時のことを謝りたくて、サシャを探してたんだ」
演習がもう少しで始まるはずなのに、廊下を歩いているのが不思議で尋ねると、クラークは真剣な顔になって口を開く。
「サシャを傷つけて、本当に申し訳なかった」
腰を曲げてお辞儀をされる。
まさかここまでされると思っていなかったサシャは慌ててしまった。
「く、クラーク! 頭上げてよ! 私も嘘をついてたし、知らなかったとは言え、クラークも傷つけたし、謝られることはないよ。むしろ私がクラークに謝らなきゃいけなくて…」
サシャはむしろクラークと向き合わずに逃げ出した卑怯者だった。
クラークの言葉に傷ついたのはもちろんだが、元はと言えば姿を騙して接していたサシャや嘘をついていたアーヴィンが悪いのだ。
クラークは少しして顔を上げた。 クラークはサシャの方を見て微笑んだ。
「サシャのこと、本当に好きだった」
「クラーク…」
「噂の真実も、サシャの本当の正体も、全部知っていて何も言わなかった僕は卑怯だった。噂をそのままにしとけばみんながサシャに向かないし、サシャの正体を知っているのが自分だけなのが嬉しかったんだ」
アーヴィンとヨリを戻して、しばらくした頃にクラークの話になった。
クラークは認識阻害メガネを見破れるほどの魔力を保有していた。サシャの髪や眼のことを知っていたとアーヴィンに言われ、驚きと同時に納得した。
そういえば、クラークはことある事にメガネを外してほしそうにしていたな、と。
噂の真実もアーヴィンの口から聞いた。
サシャが居なくなったあと、アーヴィンとクラークの喧嘩の騒動で、サシャの噂が嘘だと出回るようになったらしい。
その噂を吹聴した騎士はサシャを退学に追い込んだ一因として肩身が狭くなり、自らも退学してしまったらしい。
「…アーヴィンがサシャの名前は知らなくても正体を知っていたと聞いた時、嫉妬したよ。僕の前では頑なに外さなかったメガネを、彼の前では外して過ごしていたんだからね」
「それは」
最初はぶつかって外れただけの事故だった。次も眠ってしまって勝手に外れていた。3度目は目が痛くて外れた事故だった。
でも、その後は自分から外していた。
思えばその頃からアーヴィンに少しずつ惹かれていたのかもしれない。
「だからここに来る勇気が出なかった。きっと、サシャの心を占領しているのはもう僕じゃないんだって分かったからね」
「クラークに、否定されたくなかった。瞳の色を知ったら、拒絶されるかもしれないって思って…」
「うん。それは僕の失態だった。いやバチが当たったんだ。僕は勇気を出せなかった。綺麗な瞳だと言っていれば変わったのかもしれない」
「クラーク…」
「サシャ、もう嘘はついてない?」
クラークの茶の瞳に真っ直ぐ見つめられる。
その瞳がいつも羨ましかった。
両親と同じ瞳で、蔑むことのない瞳が自分にもあって欲しいといつも思っていた。
「うん、もう嘘はつかなくても平気になったから」
「そう。サシャ、嘘をつけばその分自分に返ってくる。それは君もよく分かったはずだ。もっとちゃんと周りを信じて。もちろん信じすぎてはいけないけど…人はすぐに嘘をついた人物を貶めてくる。人はとても弱いからだ」
「うん…」
「サシャが幸せになってくれることを、ずっと祈ってる。どうか、心穏やかに」
「ありがとう…クラーク」
もう一度クラークは微笑んで、踵を返して行った。
廊下なのに、優しく暖かな風が一陣吹いたような気がした。
◆
「え゛、クラークと会ったのか?!」
「うん。廊下でばったり」
「いやそれ絶対狙って」
合同演習が終わり、サシャの部屋にやってきたアーヴィンにクラークと会ったことを伝えた。
ベッドの端に2人で腰掛け、アーヴィンは突然額に汗をかいていた。
サシャの部屋は一人部屋だ。
いや、本来は2人部屋なのだが、事務員はコリンとサシャの2人であり、コリンは一人部屋のため、必然的にサシャは1人で使うことになっていた。
アーヴィンは2人部屋であり、相方がいる。アーヴィンの部屋でこうやって2人で話すことは出来ないのでちょくちょくサシャの部屋にアーヴィンが訪れることがあった。
アーヴィンはサシャの部屋で眠ることはない。
アーヴィン曰く、理性をこれ以上すり減らしたくない。とのことだった。
「探してたって言ってたし、狙ってたのかも」
「な、何話したんだ?」
アーヴィンはいつになく焦っている。
クラークの話になると、途端にこの男は自信をなくすようだった。なんだかサシャは納得できない。
仕事中空き部屋に引っ張りこんで、キスをせがんでいるのはサシャ本人であるのに、どうして分かってくれないのか。
「…アーヴィンて、もしかして私がクラークとヨリを戻すと思ってるの?」
ギクリ、と肩を揺らすアーヴィンにサシャはため息をついた。やっぱり納得できない。
あんなに態度で示しているつもりだったのに。
だいたい、結婚を迫るのも最初の1回だけだったのだ。その後暫くしてもう1回言ってくれたら返事をしようと思っていた。
もうそれくらいサシャはアーヴィンを許していたが、何も伝わっていなかったことにもう一度ため息をついた。
「もう。あの強引なアーヴィンはどこに行っちゃったの?」
「遥か彼方に」
「バカ」
「え? 押していいの?」
今更である。
どうしてもっと早く気づかないのか。
サシャはまたため息をつきそうになったが、それは塞がれてしまった。
「んっ…んん、ふ…ぁん」
突然の強引さであるが、サシャはアーヴィンの口付けを受けて心が満たされるのを感じた。
アーヴィンの舌がサシャの口内を掻き回す。歯列や上顎の敏感な場所を的確になぞらえれば、サシャの声は勝手に漏れ出てくる。口内にある唾液がアーヴィンのものなのかサシャのものなのか分からなくなった頃に、アーヴィンに腰を抱かれる。
舌を絡めて、吸われ、身体がぴくぴくと反応してしまう。
「あー、ダメだ。我慢できねぇ、頼む。結婚してくれ」
言い方にムードもへったくれもない。
なんて自分勝手なのか。このアーヴィンの言い方ではセックスしたいから結婚してくれと言っているのと同一ではないのか。
でもなんだかアーヴィンらしくて笑ってしまいそうになった。
「うん、いいよ」
「はー、そうだよな。まだ……はっ?!」
アーヴィンの目がこれ以上ないほど開いてサシャを見つめた。
言われた言葉を理解するまで時間がかかっているようで、サシャの腰を抱いたまま固まっていた。
「結婚、しよう。両親に挨拶したり…大変だと思うけど、アーヴィンと一緒に居たい」
「は…、いやちょっ…と、待って。まて!ちゃんとやり直すから!」
「それ前も言ってた。図書館で」
『ちゃんとプロポーズし直すから。俺以外誰も触らせんな』と、アーヴィンが言っていたのを思い出す。
サシャはアーヴィンの首に手を回す。
アーヴィンから薫る、陽の香りを感じながらアーヴィンの肩口に顔を埋めた。
「ねぇ、じゃあもう1回言って?」
少し強引なアーヴィンに言って欲しい。
サシャはあの時のアーヴィンに惚れたのだ。
瞳が綺麗だと言ってくれたあの時の強引さが好きだった。
埋めた顔をアーヴィンに向ける。
アーヴィンのエメラルドの瞳がサシャを捉えて離さなかった。
「幸せにする。結婚してくれ」
「…喜んでっ」
サシャはアーヴィンに回した腕の力を少し強くした。
アーヴィンは腰に回した腕を強くして抱きしめあって、幸せを感じた。
学園に通っていた時の何百倍も今は人生が楽しいとまで思っている。
職場の上司のコリンもエドガー団長はサシャを蔑ろにしたりせず、むしろ頼りにしてくれている。また傭兵や騎士達もサシャを気味が悪いとはいわなかった。
なにより、アーヴィンがサシャのことを好きだからとエリートコースから外れてまで追いかけてきてくれていた。
最後の鈍い目や言葉に関しては、この半年で消え失せつつある。
アーヴィンと逢瀬を重ねられることはサシャにとってこれ以上ない程の幸せを感じていた。
だからつい、アーヴィンを見かけると手を出したくなってしまう。
自分からキスをして、息も絶え絶えになりながら、もう一度と強請る。サシャの身体は勝手に動いてるのだ。サシャにも制御出来ていない。
この半年で、如何にアーヴィンに触れたくて仕方なかったのか理解した。
けれどそれ以上はさせなかった。
結婚するまで手を出さないと言ったのはアーヴィンだし、嘘をつかないと約束もした。
それだけでなく、アーヴィンが、「ぐ……」と眉を寄せて唇を噛みながら我慢する姿が可愛くてしょうがないのだ。
むしろこれを見るためにキスをしていると言っても過言ではない。
他の騎士たちにキスシーンを見られたのはマズかった。
1人で歩いていると思っていたのに、近くに同僚が居たらしく突然失踪したアーヴィンが捜索されてしまった。
アーヴィンが袋叩きにされていて流石にサシャは反省した。
けど止めろと言われて簡単に止められるものでもないので、その後もしっかり確認してからアーヴィンを空き部屋に引っ張りこんでいた。
たぶん反省できてない。
上司であるコリンの耳にもこのことが入ってしまった。
ニヤニヤしながら見られていたが、最終的には「盛り過ぎないように」と上司あるまじき注意をしてきた。普通は職場では止めろというのではないだろうか。
今日は王宮騎士団の遠征組が来ることになっているので、アーヴィンが1人になることは、あまりないだろうと思っている。
暫くは無理だろうな、と思いながらエドガー団長から受け取った書類を持ちながら事務室に向かっていた。
「サシャ」
懐かしい声がして、振り向いた。
振り向いた先には少し精悍な顔立ちに変わったクラークが立っていた。
声は穏やかで優しい、前と変わらない響きを持っていた。
「クラーク!」
「久しぶり、サシャ」
素直に驚いた。遠征メンバーに関しての書類はコリンが処理していたので知らなかったのだ。
クラークの穏やかな優しい笑みを浮かべている所も変わらなかった。
「ここではメガネ、かけなくなったんだ」
「あ、うん…ここの人達は色んな眼の色とか髪色してるから、私が変わった色をしてても何も言わないんだ」
「そう、良かった。サシャの周りに優しい人たちが居て」
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「クラーク、どうしてここに?」
「あの時のことを謝りたくて、サシャを探してたんだ」
演習がもう少しで始まるはずなのに、廊下を歩いているのが不思議で尋ねると、クラークは真剣な顔になって口を開く。
「サシャを傷つけて、本当に申し訳なかった」
腰を曲げてお辞儀をされる。
まさかここまでされると思っていなかったサシャは慌ててしまった。
「く、クラーク! 頭上げてよ! 私も嘘をついてたし、知らなかったとは言え、クラークも傷つけたし、謝られることはないよ。むしろ私がクラークに謝らなきゃいけなくて…」
サシャはむしろクラークと向き合わずに逃げ出した卑怯者だった。
クラークの言葉に傷ついたのはもちろんだが、元はと言えば姿を騙して接していたサシャや嘘をついていたアーヴィンが悪いのだ。
クラークは少しして顔を上げた。 クラークはサシャの方を見て微笑んだ。
「サシャのこと、本当に好きだった」
「クラーク…」
「噂の真実も、サシャの本当の正体も、全部知っていて何も言わなかった僕は卑怯だった。噂をそのままにしとけばみんながサシャに向かないし、サシャの正体を知っているのが自分だけなのが嬉しかったんだ」
アーヴィンとヨリを戻して、しばらくした頃にクラークの話になった。
クラークは認識阻害メガネを見破れるほどの魔力を保有していた。サシャの髪や眼のことを知っていたとアーヴィンに言われ、驚きと同時に納得した。
そういえば、クラークはことある事にメガネを外してほしそうにしていたな、と。
噂の真実もアーヴィンの口から聞いた。
サシャが居なくなったあと、アーヴィンとクラークの喧嘩の騒動で、サシャの噂が嘘だと出回るようになったらしい。
その噂を吹聴した騎士はサシャを退学に追い込んだ一因として肩身が狭くなり、自らも退学してしまったらしい。
「…アーヴィンがサシャの名前は知らなくても正体を知っていたと聞いた時、嫉妬したよ。僕の前では頑なに外さなかったメガネを、彼の前では外して過ごしていたんだからね」
「それは」
最初はぶつかって外れただけの事故だった。次も眠ってしまって勝手に外れていた。3度目は目が痛くて外れた事故だった。
でも、その後は自分から外していた。
思えばその頃からアーヴィンに少しずつ惹かれていたのかもしれない。
「だからここに来る勇気が出なかった。きっと、サシャの心を占領しているのはもう僕じゃないんだって分かったからね」
「クラークに、否定されたくなかった。瞳の色を知ったら、拒絶されるかもしれないって思って…」
「うん。それは僕の失態だった。いやバチが当たったんだ。僕は勇気を出せなかった。綺麗な瞳だと言っていれば変わったのかもしれない」
「クラーク…」
「サシャ、もう嘘はついてない?」
クラークの茶の瞳に真っ直ぐ見つめられる。
その瞳がいつも羨ましかった。
両親と同じ瞳で、蔑むことのない瞳が自分にもあって欲しいといつも思っていた。
「うん、もう嘘はつかなくても平気になったから」
「そう。サシャ、嘘をつけばその分自分に返ってくる。それは君もよく分かったはずだ。もっとちゃんと周りを信じて。もちろん信じすぎてはいけないけど…人はすぐに嘘をついた人物を貶めてくる。人はとても弱いからだ」
「うん…」
「サシャが幸せになってくれることを、ずっと祈ってる。どうか、心穏やかに」
「ありがとう…クラーク」
もう一度クラークは微笑んで、踵を返して行った。
廊下なのに、優しく暖かな風が一陣吹いたような気がした。
◆
「え゛、クラークと会ったのか?!」
「うん。廊下でばったり」
「いやそれ絶対狙って」
合同演習が終わり、サシャの部屋にやってきたアーヴィンにクラークと会ったことを伝えた。
ベッドの端に2人で腰掛け、アーヴィンは突然額に汗をかいていた。
サシャの部屋は一人部屋だ。
いや、本来は2人部屋なのだが、事務員はコリンとサシャの2人であり、コリンは一人部屋のため、必然的にサシャは1人で使うことになっていた。
アーヴィンは2人部屋であり、相方がいる。アーヴィンの部屋でこうやって2人で話すことは出来ないのでちょくちょくサシャの部屋にアーヴィンが訪れることがあった。
アーヴィンはサシャの部屋で眠ることはない。
アーヴィン曰く、理性をこれ以上すり減らしたくない。とのことだった。
「探してたって言ってたし、狙ってたのかも」
「な、何話したんだ?」
アーヴィンはいつになく焦っている。
クラークの話になると、途端にこの男は自信をなくすようだった。なんだかサシャは納得できない。
仕事中空き部屋に引っ張りこんで、キスをせがんでいるのはサシャ本人であるのに、どうして分かってくれないのか。
「…アーヴィンて、もしかして私がクラークとヨリを戻すと思ってるの?」
ギクリ、と肩を揺らすアーヴィンにサシャはため息をついた。やっぱり納得できない。
あんなに態度で示しているつもりだったのに。
だいたい、結婚を迫るのも最初の1回だけだったのだ。その後暫くしてもう1回言ってくれたら返事をしようと思っていた。
もうそれくらいサシャはアーヴィンを許していたが、何も伝わっていなかったことにもう一度ため息をついた。
「もう。あの強引なアーヴィンはどこに行っちゃったの?」
「遥か彼方に」
「バカ」
「え? 押していいの?」
今更である。
どうしてもっと早く気づかないのか。
サシャはまたため息をつきそうになったが、それは塞がれてしまった。
「んっ…んん、ふ…ぁん」
突然の強引さであるが、サシャはアーヴィンの口付けを受けて心が満たされるのを感じた。
アーヴィンの舌がサシャの口内を掻き回す。歯列や上顎の敏感な場所を的確になぞらえれば、サシャの声は勝手に漏れ出てくる。口内にある唾液がアーヴィンのものなのかサシャのものなのか分からなくなった頃に、アーヴィンに腰を抱かれる。
舌を絡めて、吸われ、身体がぴくぴくと反応してしまう。
「あー、ダメだ。我慢できねぇ、頼む。結婚してくれ」
言い方にムードもへったくれもない。
なんて自分勝手なのか。このアーヴィンの言い方ではセックスしたいから結婚してくれと言っているのと同一ではないのか。
でもなんだかアーヴィンらしくて笑ってしまいそうになった。
「うん、いいよ」
「はー、そうだよな。まだ……はっ?!」
アーヴィンの目がこれ以上ないほど開いてサシャを見つめた。
言われた言葉を理解するまで時間がかかっているようで、サシャの腰を抱いたまま固まっていた。
「結婚、しよう。両親に挨拶したり…大変だと思うけど、アーヴィンと一緒に居たい」
「は…、いやちょっ…と、待って。まて!ちゃんとやり直すから!」
「それ前も言ってた。図書館で」
『ちゃんとプロポーズし直すから。俺以外誰も触らせんな』と、アーヴィンが言っていたのを思い出す。
サシャはアーヴィンの首に手を回す。
アーヴィンから薫る、陽の香りを感じながらアーヴィンの肩口に顔を埋めた。
「ねぇ、じゃあもう1回言って?」
少し強引なアーヴィンに言って欲しい。
サシャはあの時のアーヴィンに惚れたのだ。
瞳が綺麗だと言ってくれたあの時の強引さが好きだった。
埋めた顔をアーヴィンに向ける。
アーヴィンのエメラルドの瞳がサシャを捉えて離さなかった。
「幸せにする。結婚してくれ」
「…喜んでっ」
サシャはアーヴィンに回した腕の力を少し強くした。
アーヴィンは腰に回した腕を強くして抱きしめあって、幸せを感じた。
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