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慰め sideサシャ

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サシャ=ジルヴァールはこの世の終わりを味わった。

サシャの噂があっても、あんなに優しく穏やかに接してくれたクラークに顔も見たくないとまで言われて、浮上出来るはずもなかった。

それでも、学園に行かなければ、侍女からズル休みをしていると聞いた両親にドヤされるのが目に見えていたので、なんとか学園には行った。
けれども授業を受ける気持ちになれるはずもない。
サシャはいつもの図書館の奥で、泣きすぎて枯れたはずの涙を静かに流していた。

「どうして」

自分で理由を考えても分からない。
友人がいないサシャには相談できる相手もおらず、どうしたらいいのか分からなかった。

いっそ死にたいとまで思った。
どうせ両親にも、弟にも疎まれている存在だ。唯一の心の支えであったクラークに嫌われたのならば生きている意味がないとまで思った。
しかし、サシャは臆病だったせいで、結局死ぬことは出来なかった。

「っ、クラーク…」

あんなに好きだったのに。
好きだと言ってくれたのに。
クラークが居たから、こんな辛い学園生活も耐えてきたのに。

顔を手で押さえた時に、カシャン、と眼鏡が外れてテーブルに落ちた。

眼鏡をしてようがしてまいが、もうどうでも良かった。サシャでもティムでも、もうサシャにはクラークに嫌われたこと以上のショックはない。
サシャ=ジルヴァールは噂通りの人間だったと、クラークに言われているのだ。

「ティム、大丈夫か?」

アーヴィンの声がする。 
アーヴィンにもガッカリされたかもしれない。せっかくあんなに親切にしてくれたのに、その結果が出せなかったティムに落胆しているに違いない。

「アーヴィン…」
「もう1人で泣くな。俺がいるって言っただろ?」
「う、うううう」

アーヴィンの優しい声がティムを通してサシャに響いているようだった。
アーヴィンはティムの頭を撫でながら、授業時間になろうと付き合ってくれていた。

そうして、お昼の時間になった頃にようやくティムは落ち着いた。
アーヴィンは1度席を立って、どこかに行ったあと、直ぐに戻ってきてくれた。
手には袋を抱えていたが、お腹が空いただろうとパンと飲み物を持ってきてくれたのだ。アーヴィンの優しさに甘えっぱなしだった。

「それ食べたら、今日は帰るか?」
「帰っても、居場所なんかない」
「? 居場所がない?」
「家族にも嫌われてるから」

アーヴィンは訝しげな表情をティムに見せた。

「家族に? なんで」
「この眼が、気持ち悪いって、呪われているって」
「ええ?」
「でも、本当にそうなのかも、生きてて良いことなんかなにもない。家族にも、好きな人にも嫌われるなら、呪われ」
「んな訳ねーだろ!」

アーヴィンが突然大きな声を出す。
ティムの肩は一瞬強ばった。

「ティム、俺はお前の眼ほど綺麗な眼を見たことがない。二度と自分で呪われてるなんて言うな」

アーヴィンの鋭い眼光がティムを捉えている。
はっきりとした口調で綺麗な眼だと言ってくれるのは、優しいアーヴィンだけだった。

ティムはまた、気がついたらホロリと1粒、涙が流れてくるのを感じた。

「ティム?! お、おい。別に怒ってないぞ?」
「ううう」

ティムは首を振って否定した。
怒ってないことは、ティムでも分かる。

アーヴィンだけが、この眼を気持ち悪くないと。
綺麗で鮮やかな色だと。
そう言ってくれる。

今まで、クラークに嫌われて落ち込んでいたのに、今はアーヴィンの言葉に救われている。

「あーもー、泣き止んでくれ。頼むよ」

ふわりと、いつの間にか横に来ていたアーヴィンに持ち上げらた。
そしてアーヴィンは軽々とティムを膝に乗せて後ろから抱きしめてくれた。

「アーヴィン」
「気が済むまで、こうしててやるから」

アーヴィンからは、陽の匂いが香る。 
優しい彼にピッタリだと思った。







そして、それから3日程たった頃だった。
サシャはいつまでも授業を受けない訳にはいかないので、次の日からは真面目に授業に参加した。

サシャ=ジルヴァールの噂に、追加されたのを近くで噂している同級生から聞こえてきた。

サシャ=ジルヴァールは騎士コースのクラークに不貞を働いた。

なぜ、そんな噂が流れるのか理解できなかった。
不貞を働いた覚えなどサシャには身に覚えがなかった。死にたくなる気持ちが増える前に、図書館へ向かった。

図書館に行けば、アーヴィンがまた慰めてくれる。
サシャ=ジルヴァールである事は言えないけれど、自分の心の安寧の為にはアーヴィンに癒してもらう他、道はなかった。

放課後、いつもの定位置で認識阻害眼鏡を外し、ティム=カンポスとなって待っているとアーヴィンがやってくる。

「アーヴィン」

そう呼ぶと、アーヴィンは優しく微笑んでくれた。
アーヴィンもティムの前に座って、本を読むのかと思って見ていると、ずっとこっちを見ているのに気がついた。

「な、なに?」
「いや?今日も可愛いなと思って」
「なっ、にいって…るの。そんなこと言うの、アーヴィンだけだよ」

可愛いと言われて、ブワッと背中に湧き上がるものを感じた。
すぐさま読んでいた本で顔を隠す。
この3日間、アーヴィンはこうやってティムをからかってくる。
顔が火照ってくるのを感じながら、ちらりと本の上から目だけを出してアーヴィンを見るとまだニコニコとこちらを見ていた。

「んー、まぁ俺だけが知ってるってのは良いな」
「からかわないでよ」
「だから、言ってるだろ?口説いてるんだって」
「すぐそうやって、もう」

ティムの頭が噴火しかける。からかっているとしか思えない。
会ってそんなに日も経っていない人間を口説くなんて、ティムで反応を楽しんでいるに違いないと思った。

「ティム、過去の恋人を忘れる方法を教えてやるよ」
「?なに?」

テーブル越しにいるアーヴィンに腕を捕まれ、耳元に囁くように言われる。

「新しい恋人を作るんだ」
「え」

アーヴィンは立ち上がり、ティムの横に立つと、椅子に座ったままのティムの背中を本棚に押し付けた。
アーヴィンは少し屈んで、恋人のように両手を深く繋げた。繋がった手から、暖かい体温が伝わり、ぶわりと何かを感じる。

「ああああアーヴィン!? 練習はもう……っ、んっ……」

顔が熱くなっているのを感じながら、アーヴィンを止めようとした。
けれど避けられなかった。いや、避けなかったのかもしれない。
キスがいかに心地よいのか、もうティムは知っているからだ。

リップ音のする軽い口付けの後のアーヴィンは、いつものからかっている顔などしていなかった。

「練習は終わりだ。本番に決まってるだろ」
「…ほっ、んん……っ、ん…」

ティムは傷ついたサシャの心が癒されきっていないのは分かっていた。

けれど、アーヴィンの優しさに少しでも触れていたい。
そう思ってアーヴィンがくれるキスに身を委ねた。

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