【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸

文字の大きさ
上 下
6 / 37

騙す sideアーヴィン

しおりを挟む
アーヴィン=イブリックはとにかく機嫌が良かった。
件の月の精の正体が知れ、あとは口説き落とすだけであったからだ。

毎日図書館に行っては奥まで行って、遠目からティムがいるかどうか確認した。それこそ、昼も放課後も。

しかし、殆どは別の生徒が使用しているようで、なかなか姿を現さない。
アーヴィンはやはり月の精かもしれない、と思わず笑みが零れてしまいそうになった。

たまにしか会えないが、そんな逢瀬もアーヴィンにとったら楽しくて仕方がなかった。
もちろん会えるなら毎日会いたいとは思う。しかし、こんな焦らされる自分がいることも楽しんでいたのだ。

名前を聞いてから4日後、ようやくティムと再会することが出来た。
ティムは相変わらず神秘的な美しさで、睫毛が目に入った姿で上を向かせた時には、まるでキス待ちされてるみたいだなと思わず襲いそうになってしまった。
アーヴィンは自分の理性の鉄壁さに自画自賛したくなった。

それでも我慢できず、髪に触れると想像通りのサラサラと滑らかな質感にうっとりしていた。
そして、キスを落とした。
ティムの顔が真っ赤に染まっていくのが楽しくて仕方なかった。からかっているのか、と聞かれれば、口説いてると答えた。

「く、口説いてるって!」

ガタッと思わず席を立って仰け反ったティムを愉快そうに見つめる。

「だから、意識して?」
「っ!」

白磁のような白い肌が、耳や首まで真っ赤になっている。
アーヴィンは、どうやったって意識せざるを得ない状況に追い込まれた兎を見ているようだと思った。

「あの! 私、恋人!いるから!」
「ふぅん? その割には反応が初心過ぎないか?」
「そ、それは…っ」
「なんもしてねぇな。その恋人とやらとは」
「!」

ティムは何で分かるんだ、という表情を真っ赤な顔のまま見せる。

そもそもアーヴィンは、こんな美人はほっとかれる訳が無いと踏んでいた。
誰かに踏み荒らされた後でも、現在進行形だろうと構わないと思うくらいには、アーヴィンはティムに夢中だった。

だからこれはむしろ僥倖だった。
ティムが現在進行形であったとしても、ほぼお手付きなしでここまで居られたのは奇跡だと感じた。
アーヴィンは思わず舌なめずりをしそうになるのを抑えながら、まだ赤い顔をしたティムを見続けた。

「あの、さ」
「ん?」

ティムは席に戻った後も、アーヴィンの視線に堪えられなくなったのか、持っていた本で自分の顔を隠す。
綺麗なアメジストの眼だけが見える状態で、アーヴィンに尋ねた。

「普通、キスってどのくらいから、するの?」

ティムの言葉にアーヴィンは言葉を失った。
こんな天然記念物並の恋愛初心者はアーヴィンの周囲では見たことがなかった。

そして、恋人も馬鹿だと思った。
兎を無防備な状態でそのまま放置しとくなどありえない。
最早アーヴィンは恋人とやらに、そして神とやらに感謝したいとすら思った。

「今何ヶ月目だ?」
「い、いっかげ、つ」

1ヶ月も手を出さないとか恋人は枯れているのか。それとも余っ程の聖人君子か。
アーヴィンは慎重に答える必要があると踏んだ。
きっと遅いと言えばその日にでも手垢がつく。早いと言っても恋人がムキになるかもしれない。

そこまで考えて、そもそもティムはキスをするタイミングがあったが、避けたのではないかと考えた。
だからこそ、本当に今がキスをする時期になっているのか、世間の恋人像と比べたくなったのだろう。

アーヴィンは思わず笑いが込み上げてしまった。
この天然記念物を絶対に逃したくない。

「まぁ、する奴はするだろうな。別に焦る必要はないと思うけど」
「そ、そう」
「でも練習は必要だ」
「練習?!」

ティムの目が大きく見開いて一瞬止まる。

「キスの練習」
「だだだ誰と」
「目の前にいるだろ?」

まだまだ赤いまま吃るティムに、アーヴィンは微笑んで答えた。
ふざけるな等の罵声でも浴びるかと思ったが、ティムはブツブツと「練習って必要なの……?」と言っている声が聞こえてきた。

騙し討ちのような状況に、罪悪感が湧き出てくるかとも思ったが全く湧かない。 
むしろ役得で本当にラッキーだとアーヴィンは心の中でほくそ笑んだ。
正々堂々と戦うことも美徳だが、後追いしている段階では一足先に行った方が有利になるはずだと考えた。

「してみた方が分かりやすいだろ」
「ん、なななな」

椅子から立ち上がったアーヴィンは、ティムの横に立つ。
本で顔を隠しているが首まで真っ赤なのが見えている。本を持つ手も若干震えている。
けれど、嫌がっているようには見えない。

「練習だから、ノーカン。大丈夫だよ」

そんなわけない。
ファーストキスは1番だから価値がある。

「ほ、本当?」
「マジマジ」
「………………じゃ、あ……おねがい、しま、す……」

アーヴィンは今自分は、史上最低の悪どい顔をしているに違いないと思った。 
本で顔を隠し続けるティムには見えていない。
意地でもこの月の精を落とす。

「立って?」
「ひゃ」

ティムに立つように本を持っている手はそのままで、優しく腕を掴んで立たせた。
アーヴィンより一回り低い背だが、キスをするのには丁度いい高さでそれすらアーヴィンを楽しませた。

アーヴィンが距離を詰めると、ティムは後ずさりした。
気にせず、ティムの後ろにある本棚にじりじりと追い詰める。 やがて本棚に背中がぶつかると、ティムの本を持つ細く繊細な指先が白くなるほど強くなる。
アーヴィンは構わずティムの顔の横に右手をついた。

「っ!あ、あああアーヴィン!」

初めて名前を呼ばれた感動もあったが、今はそんな場合ではない。
アーヴィンはティムの顔を隠す本を左手でゆっくり下ろそうと力を込める。
ぐぐぐ、とティムも負けじと本を下ろさせないように抵抗していた。

「本、邪魔だ」
「まってまってまってやっぱりやめようよ!」

ここまで来て止めろと言うのは酷だというのは分からないんだろうな、とアーヴィンは込み上げる笑いを堪えながら、本を無理やり下ろした。
文官志望のティムの抵抗は騎士志望のアーヴィンにとっては赤子の手をひねるよりも簡単だった。

ティムの目はギュッと閉じられていた。
さっきの睫毛をとった時のような顔とはまた違い、真っ赤に染まった頬はアーヴィンの欲をかき乱していく。

「やめない」
「そっ、ん! んんん!」

ぷっくりとした唇に吸い込まれるように重ねる。固く閉じられた唇は、深く繋がることを許されていない。
アーヴィンは反応を見るため目を開けていたが、耐えるようにキスを受ける姿は初々しく、本当に初物だったのだと歓喜が湧く。

「アー、んっ!ん…、ん、ふっ…んん」

1度唇を離して、恐らくアーヴィンの名を呼んで抗議をしたかったと思われる唇をもう一度奪った。
ぬるりと舌が入り込み、ティムは一瞬身体をビクリと揺らす。
絡ませるように動かせば、口内に侵入する舌の動きにティムは翻弄されているようだった。

「ん!んー!」

少し大人しくキスを受けていたと思えば、苦しそうに本をアーヴィンの身体にバシバシ当て始めた。
ああ、とアーヴィンは思って、名残惜しそうに唇を離した。

「っぷぁ! はぁ、はぁ…」
「鼻で息していいんだよ」
「そ、んなのっ、聞いてない!」

乱れた呼吸を真っ赤になりながら抑えようとするティムの姿に、嗜虐心がゾクゾクと背中を這いずってくる。
今すぐにでもそのまま犯したいとすら思ったが、アーヴィンはさすがにそこまですれば嫌われるだろうな、と冷静になった。

「もう1回?」
「しません!!」

本でまた胸をバシッと叩かれたが、全く痛くなかった。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! ※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

処理中です...