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side ヴィクトール
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ヴィクトールという男は、人生において全てが上手くいっていた。
生まれは侯爵家、長男。貴族としての地位は高く、さらには体躯にも恵まれたため、国の騎士団団長という役職を得た。
顔も良い方だった。女性に困ったことは一度もなかった。とはいえ、ヴィクトールは恋人になると管理癖が強い所為ですぐに別れてしまうことが多かった。
どうにも好きになると全てを理解しないと気が済まないのだ。おそらくは、今まで完璧な人生を歩んできた弊害で、恋人にも完璧を求めようとしてしまうのだ。その完璧というのは何も勉強ができるとか、剣技ができるとかそういうことではない。恋人として誠実であるかどうか、というのを完璧に求めてしまう。
何が好きなのか、どんなことをして過ごしているのか、朝は何時に起きて、夜は何時に寝てるのか。そういったことから交友関係や家族関係、性格や癖。それらを嘘偽りなく話してくれるのか、何か黙っていることはないのか。そういったことをどうしても求めてしまう。
妻はそんなヴィクトールを理解し、常に寄り添ってくれていた。
妻に「私のどこを好きになったのか」と聞いたら、目をハートにして「顔!!」と言ってのけた。正直すぎる言葉に吹き出してしまい、結婚しようと決めたのだ。
二男一女を儲け、充実した最高の人生を歩んでいた。長男は次期当主として申し分ない器量を持ち合わせ、次男は口調悪くとも真っ直ぐ育ち、剣技の才を持ち、長女は聡く美しく育っていった。
ヴィクトールはこの上なく幸せであった。
しかし、幸せというのは長く続かなかった。
長女が七歳になった頃。妻が流行病で倒れた。どんな医者へ見せても首を横に振られるばかり、打てる手は金に任せて全て打った。
妻は最期まで「貴方の笑顔を好きになったの。だから、笑って」と言っていた。
妻が命をかけて産んだ息子も娘も、全て家令のエイベンや使用人たちに任せてヴィクトールは悲しみに暮れた。
亡骸のある墓も手放すことができず、妻の実家ではなく片時も離れたくないとばかりに王都の邸宅近くに作った。本来ならば静かな場所に作ったほうがいいとわかっている。しかしヴィクトールにはそんなこと耐えられる訳もなかった。
そんな最低な父親なのに、息子も娘もまるで妻のように寄り添い続けてくれた。領地経営すら投げ出したのにも関わらず、文句一つ零さず、エイベンとヴィクリスはこなしてくれていた。
このままではいけないと気づいたのは、妻が亡くなって三年の月日が経ってからだった。
とにかくいろんな家から再婚の話が来た。
妻以外に娶る気など一切なく、ヴィクトールは全て断った。しかし腐っても侯爵家。しかもヴィクトールもまだ現役の騎士団長。周りは放っておいてはくれなかった。
そんな時にエイベンから「契約結婚というのはいかがでしょうか」と提案された。
今考えれば最低だが、女避けには結局のところ伴侶がいることが一番だ。妻を娶る気がないのならば、男を娶るということもできる。向こうも納得しての契約結婚ならば問題は起きない。しかも女性でないなら後継問題にも引っかからない。
女避けしたい気持ちと、妻の子供であるヴィクリスに絶対に継がせたいと思っていた気持ちが上手く重なり合ってエイベンの提案に乗ることに決めた。
そうして、契約結婚をしたのがアリスティド=エイブラムだった。
アリスティドを選んだ理由は、前提条件である男だったこと。そして伯爵家で身分も申し分ない。エイブラム家の中でも後継に問題が起きなさそうな五男。色んな婚約を拒否し続けているのは謎だったが、特に恋人もいないという身持ちの堅さ。そしてエイブラム家は特に家族間の仲が良好と評判で、いまだに兄達はアリスティドを溺愛しているとのことだった。社交界に出たアリスティドを一度見かけた時には性格も問題なさそうで、何より男の割に女性より可愛い顔をしていた。
全てのピースが上手く嵌まった。
すぐさま婚約の申し出をすると、今まで断り続けていたのはなんだったのかと思うほどあっさりと婚約は成立した。
婚約の決め手は分からなかった。金か、権力か。悪用されても困るので、ヴィクリスにはそれとなく探ってもらっていた。
しかしヴィクリスからいつも受ける報告では「なんの裏表もなく、ビィもヴィンももう懐きに懐いて毎日一緒にお茶を飲んで楽しそうにしてます。むしろなんとなく結婚して浮かれているようにも見えます」と言われ、益々謎が深まった。たった一週間で家族の輪に溶け込むアリスティドにほんの少し嫉妬もした。
家令のエイベンですら「邸の管理も少しお願いしてみましたが…なんの問題もありません。少しメイドと距離が近すぎる気もしますが、不貞をしている様子も全くないです。…ヴィクトール様もアリスティド様とお話されたほうがよろしいと思います」
しかし、自分の中で、妻は妻しかいなかった。
女避けのために結婚をした男と仲良く会話などできる気がしなかった。
そして、半年ほど経った。
ようやくアリスティドと面と向かって会話をしたのは、調理場で管を巻いている時だった。
妻の命日だった。墓へは暇があれば向かっていたが、子供達とも一緒に行く日なので気を緩めるわけにはいかない。しかしどうしても平静になれず、酒に頼ってしまった。
アリスティドは最初、調理場の入り口でヴィクトールを見かけた瞬間怖がっていたようだった。
水を飲みにきたというアリスティドにそっけなく返事をするだけだったが、酔いをさますために水を飲んだほうがいいと言われ、つい声を張り上げてしまった。
怯える瞳の中に、憐れむような揺れを見た。
それを見た瞬間に子供達の前でも泣かないようにしていたヴィクトールの心は、一気に瓦解した。止め方が分からず、ほとんど話もせず、目も合わせなかった契約結婚のためだけにいる男に縋り付いてしまった。
アリスティドは、そんな自分に優しく背中をただ摩ってくれていた。
慰めなど、気休めにしかならない。それが分かっているのか、なんの言葉もなくただただ妻を想って泣く情けない一人の男を受けとめてくれた。
朝起きたら、冷たい床の上だった。なのに寒すぎることは無かった。
毛布がかけてあって、びっくりしたことにアリスティドが隣で丸くなるように眠っていた。すやすやと眠っているアリスティドを起こすのは忍びなく、まだ二日酔いに酩酊する自分を見せたくない気持ちも生まれてきたので、横抱きにして運ぶことにした。
運び出して驚いた。本当に同じ男なのかと思うほど華奢で壊れそうだった。
そして、運んでいる最中になんの夢を見ているのか、ふにゃり、と柔らかく笑ったのだ。
なんの裏もなく、ただ居てくれる存在にようやくヴィクトールは向き合おうと決めた。
妻は妻で、心の中で生き続けている。ヴィクトールには消すことはもはや出来ないくらいにこびり付いて剥がれない想いだ。
けれども歩き出さなくてはいけない。
生きるためには歩かなくては。
その時一緒にいてくれるのが、この腕で眠る彼であれば良い、そう想ったのだ。
「ですから、ヴィー…もうしませんから、内緒で出掛けることはしないようにしますから…だから…」
その一緒に居たいと想った男、アリスティドの足首には拘束具が嵌められ、ベッドの柱に繋がれている。今にも泣きそうなほど瞳を潤ませてヴィクトールに向かって許しを乞うていた。
おそらくどうして拘束されるに至ったのか、トラヴィンとビクトリアに聞いたのだろう。謝るポイントが正しく理解できている。
「外してください…!お願いします、これじゃ部屋から出られないですし、着替えもしずらいです…!」
トイレと風呂は出来るくらいに長い鎖だ。最低限の人権は守っている。
しかし簡単に許す気などさらさらない。結婚する上で決めた条件のうちのプライベートに口出さない、という部分は既に破棄されている。よって、ヴィクトールはバンバン口出しするつもりだ。
「部屋から出る予定が?子供達もこの部屋に来てくれていると言うし、なんの不足もないと思うが」
「い、今すぐの予定はないですけど…で、でも、その…えっと…」
モジモジと言いにくそうにしている。ヴィクトールは久しぶりに怒っているのだ。
妻も一度、ヴィクトールに何も言わずに邸宅を出たことがある。夕方になっても帰って来ず、一緒に行ったメイドにも連絡が取れなかった。この時ばかりは職権濫用し、騎士団を派遣した。夜、部下によって発見された妻は、邸宅の近くにある小高い山で寝こけていた。一緒にいたメイドは妻を起こそうと必死に揺らして泣きながら困り果てていた。
一番仲が良かったメイドを一人連れていけば、敷地内だし問題ないと思って日向ぼっこをしていたらしい。
ヴィクトールは激怒した。そして、一ヶ月ほど今のアリスティド同様に拘束をしたのだ。顔を真っ青にして最初の一週間は謝ってきた。二週間後には外してくれと懇願した。三週間後には慣れたようでニコニコとしていた。一ヶ月後には「外しちゃうの?」と言ってきた。順応性が高すぎる妻は少し特殊だったな、と思う。
こうしてアリスティドを見る限り、最初から外してくれと言うのが普通なのだ。
妻は妻であり、アリスティドはアリスティドだ。一緒ではない。
ヴィクトールはなにも、アリスティドに妻の代わりを求めているつもりはない。
「でも?」
「う…うぅ…」
アリスティドは繋がれた瞬間は顔を真っ青にしていたのに、今は顔を真っ赤にして俯いている。
これはあの時と一緒だ。
アリスティドが国の宰相も真っ青の打算的な男であった時と同じ雰囲気を醸し出している。
そう、アリスティドが三年以上前からヴィクトールを好きだったと告白してきた時の顔だ。
「ヴィーを玄関で見送ったり、お迎えできません…」
魔法をかけられたような感覚に陥った。
耳まで真っ赤にして言うアリスティドが、まるで宝石のように煌めいて、ヴィクトールの足元がふわふわと浮遊する。
妻は妻だ。そして、やはりアリスティドは、アリスティドだ。
同じではない。
それが、堪らなく嬉しく感じて、ヴィクトールは心の底から微笑んだ。
「…リスティ…」
「うぐ、心臓に悪いです。心臓が保たないです…!キラキラを抑えてください…!」
「うわあああぁあ!」と眩しそうに顔を覆って仰け反りながら叫ぶアリスティドを見て、ヴィクトールはさらに心の底から笑った。
縛りつけてしまうヴィクトールを、解かせてしまうアリスティド。
自分は、最高に完璧で幸せな結婚をしたんだと思ったのだ。
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ここまで読んでくださってありがとうございました。
突発で書いた話で、もっと暗い、静かな感じになる予定だったのですが。
子供たちがギャイギャイ騒ぐので無理でした…!
また違うお話で会えますように
七咲陸
生まれは侯爵家、長男。貴族としての地位は高く、さらには体躯にも恵まれたため、国の騎士団団長という役職を得た。
顔も良い方だった。女性に困ったことは一度もなかった。とはいえ、ヴィクトールは恋人になると管理癖が強い所為ですぐに別れてしまうことが多かった。
どうにも好きになると全てを理解しないと気が済まないのだ。おそらくは、今まで完璧な人生を歩んできた弊害で、恋人にも完璧を求めようとしてしまうのだ。その完璧というのは何も勉強ができるとか、剣技ができるとかそういうことではない。恋人として誠実であるかどうか、というのを完璧に求めてしまう。
何が好きなのか、どんなことをして過ごしているのか、朝は何時に起きて、夜は何時に寝てるのか。そういったことから交友関係や家族関係、性格や癖。それらを嘘偽りなく話してくれるのか、何か黙っていることはないのか。そういったことをどうしても求めてしまう。
妻はそんなヴィクトールを理解し、常に寄り添ってくれていた。
妻に「私のどこを好きになったのか」と聞いたら、目をハートにして「顔!!」と言ってのけた。正直すぎる言葉に吹き出してしまい、結婚しようと決めたのだ。
二男一女を儲け、充実した最高の人生を歩んでいた。長男は次期当主として申し分ない器量を持ち合わせ、次男は口調悪くとも真っ直ぐ育ち、剣技の才を持ち、長女は聡く美しく育っていった。
ヴィクトールはこの上なく幸せであった。
しかし、幸せというのは長く続かなかった。
長女が七歳になった頃。妻が流行病で倒れた。どんな医者へ見せても首を横に振られるばかり、打てる手は金に任せて全て打った。
妻は最期まで「貴方の笑顔を好きになったの。だから、笑って」と言っていた。
妻が命をかけて産んだ息子も娘も、全て家令のエイベンや使用人たちに任せてヴィクトールは悲しみに暮れた。
亡骸のある墓も手放すことができず、妻の実家ではなく片時も離れたくないとばかりに王都の邸宅近くに作った。本来ならば静かな場所に作ったほうがいいとわかっている。しかしヴィクトールにはそんなこと耐えられる訳もなかった。
そんな最低な父親なのに、息子も娘もまるで妻のように寄り添い続けてくれた。領地経営すら投げ出したのにも関わらず、文句一つ零さず、エイベンとヴィクリスはこなしてくれていた。
このままではいけないと気づいたのは、妻が亡くなって三年の月日が経ってからだった。
とにかくいろんな家から再婚の話が来た。
妻以外に娶る気など一切なく、ヴィクトールは全て断った。しかし腐っても侯爵家。しかもヴィクトールもまだ現役の騎士団長。周りは放っておいてはくれなかった。
そんな時にエイベンから「契約結婚というのはいかがでしょうか」と提案された。
今考えれば最低だが、女避けには結局のところ伴侶がいることが一番だ。妻を娶る気がないのならば、男を娶るということもできる。向こうも納得しての契約結婚ならば問題は起きない。しかも女性でないなら後継問題にも引っかからない。
女避けしたい気持ちと、妻の子供であるヴィクリスに絶対に継がせたいと思っていた気持ちが上手く重なり合ってエイベンの提案に乗ることに決めた。
そうして、契約結婚をしたのがアリスティド=エイブラムだった。
アリスティドを選んだ理由は、前提条件である男だったこと。そして伯爵家で身分も申し分ない。エイブラム家の中でも後継に問題が起きなさそうな五男。色んな婚約を拒否し続けているのは謎だったが、特に恋人もいないという身持ちの堅さ。そしてエイブラム家は特に家族間の仲が良好と評判で、いまだに兄達はアリスティドを溺愛しているとのことだった。社交界に出たアリスティドを一度見かけた時には性格も問題なさそうで、何より男の割に女性より可愛い顔をしていた。
全てのピースが上手く嵌まった。
すぐさま婚約の申し出をすると、今まで断り続けていたのはなんだったのかと思うほどあっさりと婚約は成立した。
婚約の決め手は分からなかった。金か、権力か。悪用されても困るので、ヴィクリスにはそれとなく探ってもらっていた。
しかしヴィクリスからいつも受ける報告では「なんの裏表もなく、ビィもヴィンももう懐きに懐いて毎日一緒にお茶を飲んで楽しそうにしてます。むしろなんとなく結婚して浮かれているようにも見えます」と言われ、益々謎が深まった。たった一週間で家族の輪に溶け込むアリスティドにほんの少し嫉妬もした。
家令のエイベンですら「邸の管理も少しお願いしてみましたが…なんの問題もありません。少しメイドと距離が近すぎる気もしますが、不貞をしている様子も全くないです。…ヴィクトール様もアリスティド様とお話されたほうがよろしいと思います」
しかし、自分の中で、妻は妻しかいなかった。
女避けのために結婚をした男と仲良く会話などできる気がしなかった。
そして、半年ほど経った。
ようやくアリスティドと面と向かって会話をしたのは、調理場で管を巻いている時だった。
妻の命日だった。墓へは暇があれば向かっていたが、子供達とも一緒に行く日なので気を緩めるわけにはいかない。しかしどうしても平静になれず、酒に頼ってしまった。
アリスティドは最初、調理場の入り口でヴィクトールを見かけた瞬間怖がっていたようだった。
水を飲みにきたというアリスティドにそっけなく返事をするだけだったが、酔いをさますために水を飲んだほうがいいと言われ、つい声を張り上げてしまった。
怯える瞳の中に、憐れむような揺れを見た。
それを見た瞬間に子供達の前でも泣かないようにしていたヴィクトールの心は、一気に瓦解した。止め方が分からず、ほとんど話もせず、目も合わせなかった契約結婚のためだけにいる男に縋り付いてしまった。
アリスティドは、そんな自分に優しく背中をただ摩ってくれていた。
慰めなど、気休めにしかならない。それが分かっているのか、なんの言葉もなくただただ妻を想って泣く情けない一人の男を受けとめてくれた。
朝起きたら、冷たい床の上だった。なのに寒すぎることは無かった。
毛布がかけてあって、びっくりしたことにアリスティドが隣で丸くなるように眠っていた。すやすやと眠っているアリスティドを起こすのは忍びなく、まだ二日酔いに酩酊する自分を見せたくない気持ちも生まれてきたので、横抱きにして運ぶことにした。
運び出して驚いた。本当に同じ男なのかと思うほど華奢で壊れそうだった。
そして、運んでいる最中になんの夢を見ているのか、ふにゃり、と柔らかく笑ったのだ。
なんの裏もなく、ただ居てくれる存在にようやくヴィクトールは向き合おうと決めた。
妻は妻で、心の中で生き続けている。ヴィクトールには消すことはもはや出来ないくらいにこびり付いて剥がれない想いだ。
けれども歩き出さなくてはいけない。
生きるためには歩かなくては。
その時一緒にいてくれるのが、この腕で眠る彼であれば良い、そう想ったのだ。
「ですから、ヴィー…もうしませんから、内緒で出掛けることはしないようにしますから…だから…」
その一緒に居たいと想った男、アリスティドの足首には拘束具が嵌められ、ベッドの柱に繋がれている。今にも泣きそうなほど瞳を潤ませてヴィクトールに向かって許しを乞うていた。
おそらくどうして拘束されるに至ったのか、トラヴィンとビクトリアに聞いたのだろう。謝るポイントが正しく理解できている。
「外してください…!お願いします、これじゃ部屋から出られないですし、着替えもしずらいです…!」
トイレと風呂は出来るくらいに長い鎖だ。最低限の人権は守っている。
しかし簡単に許す気などさらさらない。結婚する上で決めた条件のうちのプライベートに口出さない、という部分は既に破棄されている。よって、ヴィクトールはバンバン口出しするつもりだ。
「部屋から出る予定が?子供達もこの部屋に来てくれていると言うし、なんの不足もないと思うが」
「い、今すぐの予定はないですけど…で、でも、その…えっと…」
モジモジと言いにくそうにしている。ヴィクトールは久しぶりに怒っているのだ。
妻も一度、ヴィクトールに何も言わずに邸宅を出たことがある。夕方になっても帰って来ず、一緒に行ったメイドにも連絡が取れなかった。この時ばかりは職権濫用し、騎士団を派遣した。夜、部下によって発見された妻は、邸宅の近くにある小高い山で寝こけていた。一緒にいたメイドは妻を起こそうと必死に揺らして泣きながら困り果てていた。
一番仲が良かったメイドを一人連れていけば、敷地内だし問題ないと思って日向ぼっこをしていたらしい。
ヴィクトールは激怒した。そして、一ヶ月ほど今のアリスティド同様に拘束をしたのだ。顔を真っ青にして最初の一週間は謝ってきた。二週間後には外してくれと懇願した。三週間後には慣れたようでニコニコとしていた。一ヶ月後には「外しちゃうの?」と言ってきた。順応性が高すぎる妻は少し特殊だったな、と思う。
こうしてアリスティドを見る限り、最初から外してくれと言うのが普通なのだ。
妻は妻であり、アリスティドはアリスティドだ。一緒ではない。
ヴィクトールはなにも、アリスティドに妻の代わりを求めているつもりはない。
「でも?」
「う…うぅ…」
アリスティドは繋がれた瞬間は顔を真っ青にしていたのに、今は顔を真っ赤にして俯いている。
これはあの時と一緒だ。
アリスティドが国の宰相も真っ青の打算的な男であった時と同じ雰囲気を醸し出している。
そう、アリスティドが三年以上前からヴィクトールを好きだったと告白してきた時の顔だ。
「ヴィーを玄関で見送ったり、お迎えできません…」
魔法をかけられたような感覚に陥った。
耳まで真っ赤にして言うアリスティドが、まるで宝石のように煌めいて、ヴィクトールの足元がふわふわと浮遊する。
妻は妻だ。そして、やはりアリスティドは、アリスティドだ。
同じではない。
それが、堪らなく嬉しく感じて、ヴィクトールは心の底から微笑んだ。
「…リスティ…」
「うぐ、心臓に悪いです。心臓が保たないです…!キラキラを抑えてください…!」
「うわあああぁあ!」と眩しそうに顔を覆って仰け反りながら叫ぶアリスティドを見て、ヴィクトールはさらに心の底から笑った。
縛りつけてしまうヴィクトールを、解かせてしまうアリスティド。
自分は、最高に完璧で幸せな結婚をしたんだと思ったのだ。
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ここまで読んでくださってありがとうございました。
突発で書いた話で、もっと暗い、静かな感じになる予定だったのですが。
子供たちがギャイギャイ騒ぐので無理でした…!
また違うお話で会えますように
七咲陸
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