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32、変化の夏②
しおりを挟む夏真っ盛りで天気もいい。僕は暑さで机に突っ伏していた。
「波瑠、あんた平気? ちょっとやばいんじゃない?」
僕の様子に葵は心配そうに下敷きで僕を仰ぎながら声をかけてくれる。しかしその優しさの風は生ぬるい。教室にはクーラーがあるとはいえ、たまに換気をされてしまってそのたびに僕は机に突っ伏すことになる。
とにかく暑さに弱い。
慊人がいるときはどうして平気だったのか、よく考えたら慊人にこまめに水分を取らされていた気がする。
今更慊人の甲斐甲斐しさに気がつくのだった。
「う゛ーん…暑いぃ…」
「スポーツドリンク買ってきてあげるから待ってなさい。そのままじゃ脱水起こしそうだわ」
「うう…後でお金払います…、っ!」
突っ伏していた身体をガバッとあげた。
葵は急に動き出した僕に驚いて目を剥いている。
「は、波瑠……?」
葵が戸惑ったような声を出す。
しかしそんなことを気にしてはいられなかった。
だって、これは。
「慊人がいる」
「は?何言ってるの。まだ留学中でしょ、暑さでおかしくなったの?」
慊人の匂いがする。
今まで感じたことなんてなかった。
いつも強いαの匂いがするってみんなが言ってもよくわからなかった。
なのに何故か今、慊人が確実にいることが分かる。
「波瑠!?」
椅子から立ち上がって、机の合間を縫うように走り出した僕に葵が叫ぶように驚く。
そんなこと気にしてられなかった。
教室のドアを開いて、廊下に飛び出そうとした。
ドアを開けた瞬間、何かにぶつかって後ろに倒れそうになる。
衝撃が怖くて目を閉じていた。
けれど、いつまで経っても後ろに倒れた時の身体への衝撃がやって来ない。
チラリと目を開けた。
瞬間、ぶわり、と脳髄から求める匂いが香る。
「波瑠。ただいま」
僕が倒れないように背中を支える手の体温が伝わる。
慊人の香りが僕を包むように纏う。
低く耳障りの良い声が頭の中を反響している。
「慊人……!」
勢いよく飛ぶように慊人に抱きつくと、嬉しそうに僕を抱きとめてくれた。
「慊人、慊人、慊人……っ!」
堰が切ったような呼び掛けに、慊人は腕に力を込めて答えてくれる。
熱くなった目頭から涙が零れそうになった。
「会いたかった、波瑠」
「……っ、うん……!」
鼻孔をくすぐる、爽やかな香りに軽く酩酊感覚に陥る。
もっと嗅ぎたくて、肩口に顔を擦り付けてしまう。
慊人も、僕の匂いを嗅ぐときにこんな感覚だったのだろうか。
「……驚いた。本当に番犬がいるなんて」
後ろから葵の呟く声が聞こえて、僕はようやく我に帰った。
「あ……」
周りを見ると、僕と慊人のやり取りを見ていたクラスメイト達が呆然とこっちを見ていた。
恥ずかしくて俯いてたが、どうしてか慊人から離れたくない。
慊人は腕の力を緩めずに葵の方を向いた。
「五月女、波瑠は早退させる。俺も帰るから後よろしく」
「……はいはい。波瑠の荷物は私が預かっとくわ」
葵は肩を竦めて言った。
「恩に着る」
「気持ち悪いわね。早く連れて帰って。夏バテしてるのよ、波瑠」
「……ちゃんと水分取ってないな」
「うぐ」
一瞬で自分の不摂生がバレ、僕は慊人のジト目に唸るしか無かった。
慊人に抱き抱えられ、そのまま教室を抜ける。クラスメイトどころかすれ違う人達みんなに見られて恥ずかしすぎて明日からの登校を拒否したいレベルだった。
それなのに、離れたくない。
「慊人……」
「このままタクシーで帰る。波瑠の家に行く。家の鍵は?今日波瑠のお母さんの仕事は?」
「家の鍵は持ってる…お母さんは夜勤だけど…」
「分かった。帰ろう」
「……うん」
頭の中が白くモヤがかかったように霞む。
心の内から出てくる感情が押し寄せる。
僕はαに囲われる悦びを、この日初めて知った。
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