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25、夢描く春

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  そして、春になった。

  今日は入学式で、たくさんの新入生と在校生が講堂に集まっている。
  僕は新入生につける胸の飾りをつける受付係をしていた。隣には葵もいる。


「はい、今日はおめでとう。これからよろしくね」


  一人一人、飾りをつけてあげながら言うと、僕がつけた人は大体天を仰ぐように入学を噛み締めているようだった。
  大体の人が「一生外さない…」と言っているものだから、不思議に思った。そんなに入学が嬉しかったのだろうか。


「…波瑠。そんなに笑顔を振り撒かないでちょうだい。後処理が大変なんだから…」

「え?後処理?なんかこの後も仕事があるの?」


  葵にそういうと、ため息をついて呆れたように僕を見た。
  葵は天を仰いだ新入生たちに「恋人が居るから諦めなさい」と言っているようだった。すぐにガッカリしている様子でトボトボと講堂に向かっていくのだった。


「そういえば、そろそろ波瑠の誕生日ね」

「あ、うん。もうちょっとだよ。そういえば、慊人がいない誕生日は初めてかも」

「へぇ。物心ついた時から一緒だと、そんな感じなのね」

「幼馴染だしね」


  新入生がだいぶ捌けてきた頃に、葵と雑談をしていると突然大きな影が僕の前に出来た。
  少し驚いて前を見上げると、大きな新入生らしき男性が立っていた。
  慊人よりも体格は大きそうだ。身長はいい勝負かもしれない。何かスポーツでもやっていそうなほどの恵まれた体躯をしている。


「…すみません、俺もつけてもらって良いですか」


  声もかなり低い。男らしい声に若干の羨ましさを感じながらも、僕は慌ててテーブルにある胸の飾りをとった。


「あっ、ごめんね。…はい、入学おめでとう。これからよろしくね」


  慌てて胸の飾りをつけてあげると、ジッとその様子を見られていることに気づいて、不思議に思い見上げた。

  すると、新入生は突然僕の手を両手で包むように握った。
  掴まれた手を驚いて見ていると、葵が「ちょっと…っ」と止めようと動き始めた。

  しかし、それはもう遅かった。



「好きです、俺の番になってください」



  葵があちゃー…と顔を手で覆っている横で、僕は突然の告白を受けるのだった。




□■□




  それから、毎日その新入生は放課後になると僕のところにやってくるようになった。


「あ、あの…百崎くん。前にも言ったけど、僕は恋人がいるから…」

「でも今は居ませんよね」


  目の前の彼、百崎奈津緒くんにおずおずと言うが、全く動じない。なんとなくダニエルさんとは別の方向で話を聞かない感じがする。

  このやりとりはここ一週間ずっと続いている。教室でも関係なくやってくるものだから、最近はクラスメイトも百崎くんを応援し始めてしまった。


「今は居ないけど、帰ってきたら殺されるわよ。あんた」

「帰ってくる前に振り向かせます」

「ひえぇ…」


  百崎くんがそう言うと、葵は盛大にため息をついた。葵が言うには相当に強いαらしい。
  αとして上位に位置する百崎くんはこのクラスの中でも勝てる人はいないようだった。
  葵は、「番犬ほどの強いαじゃないと対抗できないわ」と言った。

  そして、タイミングの悪いことに慊人のフェロモンが完全に消えた僕は、かなり美味しいΩに感じるようだった。


「せめて番犬の匂いがするものがあればいいんだけど。だいぶ薄れてるんでしょ?」

「カーディガンのこと?うん…まぁ、洗濯もしちゃったし…」


  留学前に慊人から預かったカーディガンはもうほとんど慊人の匂いがしない。
  洗濯したからなのはもちろんだが、ほとんど毎日家で僕が着ていたから、と言う理由は恥ずかしくて葵には言いたくなかった。


「絶対に幸せにします。後悔もさせません」

「…なんであんたに惚れるやつはこうも強引なの?番犬そっくりじゃない。波瑠の意見丸々無視するところが」

「あ、葵…」

「押したら勝てそうなんで」

「…波瑠、あんたバレてるじゃない」

「葵っ、そういうことは言わなくていいよ!」


  僕はため息をついた。百崎くんは強引に帰り道もついてくので、葵と百崎くんと僕という奇妙な組み合わせになる。
  百崎くんと葵は駅に乗るので途中で別れることになる。そこまで一緒なのだ。


「それにしても、諦め悪いわね。恋人いるっつってんのよ?すごい根性ね」

「今ここにいない相手には勝てると思います」

「うう…」

「波瑠さん、心変わりするまで俺はずっと待ちますんで」


  そう言って、駅前で僕の手を掴んで真剣に百崎くんは言ってくる。ちなみにこれも毎回のやりとりだ。


「百崎くん、本当に僕は恋人がいるし、その…」

「関係ありません。俺のことを考えてください」

「うぐ…」


  慊人が居なくて本気でよかった。

  こんなところを見られでもしたら、絶対に



「おい。お前、俺の波瑠に何やってんだテメェ」



  聞き覚えのある声が、僕の後ろから聞こえてくる。

  僕の血の気が一瞬で落ちていくのがわかった。そしてαの重い、重い威圧を感じた。

  振り返りたくない。目に涙が溜まってくる。

  だってきっと、絶対に、



「波瑠?どういうことか、ちゃんと俺に分かるように、詳細に説明して?」



  絶対に、慊人に怒られることは分かりきっていたのだから。
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