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第三章 呪い目の不動明王
第19話『魔剣――疾風の太刀(上)』
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――あるところに、おとこありけり――。
佐々木重三郎は備中の生まれである。
佐々木道慶の三男として生を受け、秀吉薨去まで存分に佐々木家家中で名を馳せた勇者である。
主家である毛利家と、豊臣重鎮上杉景勝が、家中の者同士の腕比べを催した際には、見事相撲で他を圧倒して勝ちを得ている益荒男であった。
体躯短躯だが、金太郎がそのまま大きくなったかのような筋骨であり、常の武芸では長巻の達者であった。
その他、弓も馬も上手で、末は佐々木分家支持の頭領もかくやと言われてる漢であった。
だが、どうしてもこの重三郎、触れれば折れる女が嫌いであった。手弱女などもってのほかであり、もっぱら性愛は男を旨とした。
天正十七年、安芸国が吉田郡山城へと召されたとき、武勇を存分に褒められひと振りの刀を下賜される。
押し頂き、恐縮の念とともに頂戴したその太刀は、実に美事なひと振りであった。刀工不明なれど、さる御方より足利義輝に流れ、主家が『輝』の一字を賜る際に受領した、来歴確かな太刀である。
――喘月である。
看と、見れば相州の香り。しかし、そのときこの佐々木重三郎は見事に喘月へと飲み込まれたのである。
そのとき以降、重三郎は喘月を家宝とし、秘蔵する。
その彼が妻を娶ったのは、二十三歳の頃であった。
これも主家筋の上役、田嶋喜左衛門の計らいで娶った妻で、名を――月子といった。計らいによる婚姻故、恋慕の情はなかったが、じつに顔を初めて合わせた婚礼の時分、佐々木重三郎は月子の美貌に目を奪われたのである。
白い肌、切れ長の目、眉を落とさぬ婆娑羅の気風はじつに重三郎の男を刺激した。
これぞ武家の子女よと、この気丈な女を重三郎は愛した。溺れたと言ってもよい。
そして翌年――家老三田義成よりひとつの密命を受けることになる。
江戸のとある古刹にて、喘月でひとりの武士と立ち合って欲しいと頼まれたのである。
「陰流印可のお主に、討って貰いたい武士がおる」
江戸、徳川家康が家臣なのは言うを待たない。宿敵の筋である。是非もない。重三郎は相手の名も聞かずに「承知仕り申した」と平伏、翌月の望月かがやく丑三つ時、瀧泉寺にて立ち合うために妻を残し旅立つ。
この勝負が、秘密裏・真剣勝負の立ち合いであることすら問題ではなかった。主家の命は絶対である。
(そのための下賜と、妻であったか。――)
それだけで充分であった。
腰には喘月。
すでに魔人と成り果てていたが、己自身気付いてはいない。
武士とは、それもまた日常であるからであった。
小杉源太郎は、本多家家臣である。馬周り役であるが、実に腕の立つ男であった。新当流を学び、新陰流を学び、木剣を神速で振るえども、接触は羽の如くの寸止めであったという。
齢二十歳にして、家中若手に敵なしの評を得る男であった。
本多正純配下、後藤淳之介より、瀧泉寺にての立ち合いを命じるられたのは、実に天正十八年九月の朔日である。
「お相手は。――」
可不可を返事す源太郎ではない。受けるは当然であった。
「安芸国、陰流――佐々木重三郎」
「申し分なき相手にて」
平伏。
「真剣にて存分に仕れ」
「は。――」
安芸国。つまり、毛利家と徳川家の代理戦争である。
妻も子もなし、小杉家にはまだ弟が居る。
主命とあらば惜しむ命ではない。
「立ち合いは次の望月。――」
中秋の名月であった。
差し裏に、重三郎。
差し表に、源太郎。
喘月の沸は、満月にふたりの相貌を描き上げた。
「過去は、見えたか」
「見えた。――」
藤斬丸が口上を終えたのか、宗章は喘月の刀身から目を外し、納刀する。喘月根幹の曰くが解けた今、藤斬丸の術が喘月に作用するかの試しを兼ねた、望月の儀式。
かささぎ庵、深夜である。
縁側に座る宗章が、左手後ろに座る藤斬丸へふたつみっつ、頷いてみせる。
「かような折り、次の喘月の貌、うまいこと毛利が手勢を映すのが気に入らぬ。狙って映したわけではあるまいが。――」
「過去の因縁をあからさまにされることを嫌い、あらかじめ喘月に施された罠である可能性がありまする」と、一室で座する落葉御前。
罠、か。
心胆、腑に落ちる考えであった。
「さすれば、存在するであろうな。やはり、確と暗躍しておろうな。――喘月に深く関わり、徳川が世をひっくり返そうと企む毛利を操る……黒幕。おそらくは、魑魅魍魎の類い」
宗章の視線は、背後、落葉御前へと向けられる。
疑いの目ではない。
「はじめは、御前。お主がすべての黒幕ではと思っておったが。そうではないのだろう。いや、いや。喘月に、この正宗に深い関わりがあるのは確かであろうが、どうにもお主が徳川に呪いを掛ける一助を担っているとは思えぬ。――」
「あたりまえだ、御前はそのようなことはしないよ」と、藤。
いいのです、と、御前は尼姿の背を正し、俯く。
「わからない、というのが確かなところでしょう」
ほう、と宗章は御前の答えに顎を撫でさする。
「鬼というものは、鬼として変生するとき、恐らく、人としての記憶を、己の身からのみならず、他者から奪い消して変生するのです。記憶や思いを以て脅かす怨霊の類いとは事成りを別にいたします」
ほう……。と、さらに顎を掻く宗章。
それは真実なのであろう。
「大事なものであれば、あるほどに。しかれど、根幹は失いませぬ。……藤の人としての記憶はなくとも、才能が刀工刀匠、刀の技に長けているのと同じく。――」
では御前は。
「鬼として物心ついた時分には、鎌倉は滅んでおりました。妾が落葉、腐葉土の褥から産声を上げたとき、すでに喘月への強き思いだけが胸に。――」
「藤斬丸は、沢庵宗彭の目の前、読経の最中に骸から鬼へと変生した。藤、お主、根幹に眠るはどんな念いぞ」
ぷい、と藤斬丸がそっぽを向くが、しかし、返ってきたのは静かな吐露である。
「自分の刀を鍛ちたい。――この身に取り込んだ長船の生刀たちは、銘も切られぬまま水と泥の底に沈むところだったのは覚えている。刀身に乗ったその思いたちに、日の目を見せたい。この私が美しいと思う刀を残したい。いろいろ。いろいろなんだ」
「工房の刀を吉井川の水から助けようと抱え、奔流の最中で揉まれ、差し貫かれ、絶命したのであったな。――」
揶揄の色はない。
この女、どうやら刀匠を志す職方の一人であったのだろう。
刀匠の工房は男の世界ではない。むしろ女方の割合が多く重要を占めているところも珍しくはなかった。
備前もそのひとつである。
「どうせほとんど死んだ。縁者なんか生きてないと思えば、人の頃の記憶などない方が幸せだ。――」
「そうであり、そうでもなし、といったところか」と宗章。
さて、と宗章が傍らに置いた酒瓶をたぐり寄せ、湯飲みで静かに飲み始める。肴はない。
――いるな。黒幕が。魑魅魍魎の類いの者が。
誰であるか、何であるかは分からない。
過去を探られればまずい何者か。
毛利を陥れたのは、三年に一度の儀式で不動尊を汚すため。そのために喘月を用いた。
それは、喘月の呪いを解こうとする何者かが現れたとき、過去を探られようとすれば、まずあり得ないことであるが、人鬼本間入道が斃されしその後、核心に迫る次の仇が浮かび上がる前に、強き呪術の担い手である五人の顔が浮き出すように仕掛けたのであろう。
「三年に一度の呪術。天正十八年、瀧泉寺が始まりか」
「重三郎が、おそらく源太郎を討ち贄に捧げ、何かを行った。それは間違いないと思われます。しかし、三年に一度では、数が合わぬような……」と御前。
かぱっと湯飲みの酒を干し、二杯目を注ぎながら宗章は指折り答える。
「天正十八年、天正二十年、文禄五年ごろ、慶長四年ごろ、慶長七年ごろ。――慶長四年は、言わずもがな関ヶ原前。そして、慶長七年は幕府を開く大発布をした年だ。――」
関ヶ原が時を見計らうかのように行われたのも、幕府開闢の大発布の時を見たのも、もしかしたら戦国の大怪物、大爆弾、かの毛利輝元の仕込みではないだろうか……と、疑えば切りはない。
「そして、今年《一六〇五年》。最後の仕上げとして、喘月が大納言《ひでただ》へと献上された。――」
指折り数えた拳の、人差し指を立てて、宗章は思う。
「呪いは、六つあった。あるいはそれ以上か。――」
指が、月に向けられる。
「すべて見ていたのは、あの月だけ」
「顔に似合わぬ気障な言い回し……」
「すこしは酔いにひたらせてくれぃ」
毛利をうごかしたのは、魍魎の類い。
されど、陰流の五人をうごかしたのは毛利その人であろう。
どれだけ家康と宗矩にやられたのであろうか。
新陰流開祖、上泉伊勢守が若かりし頃に仕えし長野氏のことを思えば、武田信玄や上杉謙信らとの流れ、戦国の大きな思惑の渦の中で頭が甚だ混乱してくる。
「難しい話は苦手でな。こう、只々、只管に、剣を交えているのがいちばん自然だ」
殺人が呼吸と同じと、いかにも物騒なことをいっているが、剣者の最大の因習が、これであろうか。
しかし表情は実に穏やかである。
「もう少し喘月を読めば、重三郎の戦い方も分かるかもしれんが、どうする宗章。――」
「盗み聞きも、盗み見も、俺には向かん。はたしてどうして、見たら見たで囚われる。見なきゃ見ないで囚われる」
「どうするのだ」
「どうもしない」
ぽんと、喘月の柄を叩く。
「そのときの状況で、戦えるよう戦うだろう。それが術だ」
「そんなものか」と藤斬丸。
「そんなものだ」と宗章。
新月までの、約二週間。
何処までできるか。
柳生宗章が江戸柳生道場へ顔を出したのは、翌日のことであった。
佐々木重三郎は備中の生まれである。
佐々木道慶の三男として生を受け、秀吉薨去まで存分に佐々木家家中で名を馳せた勇者である。
主家である毛利家と、豊臣重鎮上杉景勝が、家中の者同士の腕比べを催した際には、見事相撲で他を圧倒して勝ちを得ている益荒男であった。
体躯短躯だが、金太郎がそのまま大きくなったかのような筋骨であり、常の武芸では長巻の達者であった。
その他、弓も馬も上手で、末は佐々木分家支持の頭領もかくやと言われてる漢であった。
だが、どうしてもこの重三郎、触れれば折れる女が嫌いであった。手弱女などもってのほかであり、もっぱら性愛は男を旨とした。
天正十七年、安芸国が吉田郡山城へと召されたとき、武勇を存分に褒められひと振りの刀を下賜される。
押し頂き、恐縮の念とともに頂戴したその太刀は、実に美事なひと振りであった。刀工不明なれど、さる御方より足利義輝に流れ、主家が『輝』の一字を賜る際に受領した、来歴確かな太刀である。
――喘月である。
看と、見れば相州の香り。しかし、そのときこの佐々木重三郎は見事に喘月へと飲み込まれたのである。
そのとき以降、重三郎は喘月を家宝とし、秘蔵する。
その彼が妻を娶ったのは、二十三歳の頃であった。
これも主家筋の上役、田嶋喜左衛門の計らいで娶った妻で、名を――月子といった。計らいによる婚姻故、恋慕の情はなかったが、じつに顔を初めて合わせた婚礼の時分、佐々木重三郎は月子の美貌に目を奪われたのである。
白い肌、切れ長の目、眉を落とさぬ婆娑羅の気風はじつに重三郎の男を刺激した。
これぞ武家の子女よと、この気丈な女を重三郎は愛した。溺れたと言ってもよい。
そして翌年――家老三田義成よりひとつの密命を受けることになる。
江戸のとある古刹にて、喘月でひとりの武士と立ち合って欲しいと頼まれたのである。
「陰流印可のお主に、討って貰いたい武士がおる」
江戸、徳川家康が家臣なのは言うを待たない。宿敵の筋である。是非もない。重三郎は相手の名も聞かずに「承知仕り申した」と平伏、翌月の望月かがやく丑三つ時、瀧泉寺にて立ち合うために妻を残し旅立つ。
この勝負が、秘密裏・真剣勝負の立ち合いであることすら問題ではなかった。主家の命は絶対である。
(そのための下賜と、妻であったか。――)
それだけで充分であった。
腰には喘月。
すでに魔人と成り果てていたが、己自身気付いてはいない。
武士とは、それもまた日常であるからであった。
小杉源太郎は、本多家家臣である。馬周り役であるが、実に腕の立つ男であった。新当流を学び、新陰流を学び、木剣を神速で振るえども、接触は羽の如くの寸止めであったという。
齢二十歳にして、家中若手に敵なしの評を得る男であった。
本多正純配下、後藤淳之介より、瀧泉寺にての立ち合いを命じるられたのは、実に天正十八年九月の朔日である。
「お相手は。――」
可不可を返事す源太郎ではない。受けるは当然であった。
「安芸国、陰流――佐々木重三郎」
「申し分なき相手にて」
平伏。
「真剣にて存分に仕れ」
「は。――」
安芸国。つまり、毛利家と徳川家の代理戦争である。
妻も子もなし、小杉家にはまだ弟が居る。
主命とあらば惜しむ命ではない。
「立ち合いは次の望月。――」
中秋の名月であった。
差し裏に、重三郎。
差し表に、源太郎。
喘月の沸は、満月にふたりの相貌を描き上げた。
「過去は、見えたか」
「見えた。――」
藤斬丸が口上を終えたのか、宗章は喘月の刀身から目を外し、納刀する。喘月根幹の曰くが解けた今、藤斬丸の術が喘月に作用するかの試しを兼ねた、望月の儀式。
かささぎ庵、深夜である。
縁側に座る宗章が、左手後ろに座る藤斬丸へふたつみっつ、頷いてみせる。
「かような折り、次の喘月の貌、うまいこと毛利が手勢を映すのが気に入らぬ。狙って映したわけではあるまいが。――」
「過去の因縁をあからさまにされることを嫌い、あらかじめ喘月に施された罠である可能性がありまする」と、一室で座する落葉御前。
罠、か。
心胆、腑に落ちる考えであった。
「さすれば、存在するであろうな。やはり、確と暗躍しておろうな。――喘月に深く関わり、徳川が世をひっくり返そうと企む毛利を操る……黒幕。おそらくは、魑魅魍魎の類い」
宗章の視線は、背後、落葉御前へと向けられる。
疑いの目ではない。
「はじめは、御前。お主がすべての黒幕ではと思っておったが。そうではないのだろう。いや、いや。喘月に、この正宗に深い関わりがあるのは確かであろうが、どうにもお主が徳川に呪いを掛ける一助を担っているとは思えぬ。――」
「あたりまえだ、御前はそのようなことはしないよ」と、藤。
いいのです、と、御前は尼姿の背を正し、俯く。
「わからない、というのが確かなところでしょう」
ほう、と宗章は御前の答えに顎を撫でさする。
「鬼というものは、鬼として変生するとき、恐らく、人としての記憶を、己の身からのみならず、他者から奪い消して変生するのです。記憶や思いを以て脅かす怨霊の類いとは事成りを別にいたします」
ほう……。と、さらに顎を掻く宗章。
それは真実なのであろう。
「大事なものであれば、あるほどに。しかれど、根幹は失いませぬ。……藤の人としての記憶はなくとも、才能が刀工刀匠、刀の技に長けているのと同じく。――」
では御前は。
「鬼として物心ついた時分には、鎌倉は滅んでおりました。妾が落葉、腐葉土の褥から産声を上げたとき、すでに喘月への強き思いだけが胸に。――」
「藤斬丸は、沢庵宗彭の目の前、読経の最中に骸から鬼へと変生した。藤、お主、根幹に眠るはどんな念いぞ」
ぷい、と藤斬丸がそっぽを向くが、しかし、返ってきたのは静かな吐露である。
「自分の刀を鍛ちたい。――この身に取り込んだ長船の生刀たちは、銘も切られぬまま水と泥の底に沈むところだったのは覚えている。刀身に乗ったその思いたちに、日の目を見せたい。この私が美しいと思う刀を残したい。いろいろ。いろいろなんだ」
「工房の刀を吉井川の水から助けようと抱え、奔流の最中で揉まれ、差し貫かれ、絶命したのであったな。――」
揶揄の色はない。
この女、どうやら刀匠を志す職方の一人であったのだろう。
刀匠の工房は男の世界ではない。むしろ女方の割合が多く重要を占めているところも珍しくはなかった。
備前もそのひとつである。
「どうせほとんど死んだ。縁者なんか生きてないと思えば、人の頃の記憶などない方が幸せだ。――」
「そうであり、そうでもなし、といったところか」と宗章。
さて、と宗章が傍らに置いた酒瓶をたぐり寄せ、湯飲みで静かに飲み始める。肴はない。
――いるな。黒幕が。魑魅魍魎の類いの者が。
誰であるか、何であるかは分からない。
過去を探られればまずい何者か。
毛利を陥れたのは、三年に一度の儀式で不動尊を汚すため。そのために喘月を用いた。
それは、喘月の呪いを解こうとする何者かが現れたとき、過去を探られようとすれば、まずあり得ないことであるが、人鬼本間入道が斃されしその後、核心に迫る次の仇が浮かび上がる前に、強き呪術の担い手である五人の顔が浮き出すように仕掛けたのであろう。
「三年に一度の呪術。天正十八年、瀧泉寺が始まりか」
「重三郎が、おそらく源太郎を討ち贄に捧げ、何かを行った。それは間違いないと思われます。しかし、三年に一度では、数が合わぬような……」と御前。
かぱっと湯飲みの酒を干し、二杯目を注ぎながら宗章は指折り答える。
「天正十八年、天正二十年、文禄五年ごろ、慶長四年ごろ、慶長七年ごろ。――慶長四年は、言わずもがな関ヶ原前。そして、慶長七年は幕府を開く大発布をした年だ。――」
関ヶ原が時を見計らうかのように行われたのも、幕府開闢の大発布の時を見たのも、もしかしたら戦国の大怪物、大爆弾、かの毛利輝元の仕込みではないだろうか……と、疑えば切りはない。
「そして、今年《一六〇五年》。最後の仕上げとして、喘月が大納言《ひでただ》へと献上された。――」
指折り数えた拳の、人差し指を立てて、宗章は思う。
「呪いは、六つあった。あるいはそれ以上か。――」
指が、月に向けられる。
「すべて見ていたのは、あの月だけ」
「顔に似合わぬ気障な言い回し……」
「すこしは酔いにひたらせてくれぃ」
毛利をうごかしたのは、魍魎の類い。
されど、陰流の五人をうごかしたのは毛利その人であろう。
どれだけ家康と宗矩にやられたのであろうか。
新陰流開祖、上泉伊勢守が若かりし頃に仕えし長野氏のことを思えば、武田信玄や上杉謙信らとの流れ、戦国の大きな思惑の渦の中で頭が甚だ混乱してくる。
「難しい話は苦手でな。こう、只々、只管に、剣を交えているのがいちばん自然だ」
殺人が呼吸と同じと、いかにも物騒なことをいっているが、剣者の最大の因習が、これであろうか。
しかし表情は実に穏やかである。
「もう少し喘月を読めば、重三郎の戦い方も分かるかもしれんが、どうする宗章。――」
「盗み聞きも、盗み見も、俺には向かん。はたしてどうして、見たら見たで囚われる。見なきゃ見ないで囚われる」
「どうするのだ」
「どうもしない」
ぽんと、喘月の柄を叩く。
「そのときの状況で、戦えるよう戦うだろう。それが術だ」
「そんなものか」と藤斬丸。
「そんなものだ」と宗章。
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