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44,金狼の乱

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生徒会の仕事をするようになった後期は忙しい日々を過ごしていた。

お父様離れをするにはこの忙しさは僥倖だった。
お父様も忙しいらしく、帰宅が遅くなることや数日間程屋敷を空けることも多い。
密かにパーティーで見かけたあの女性の所へ行っているのではないかとも思っていたが、単純に仕事が忙しいようだ。

そんなある日、久しぶりにお父様と食事を共にした。
今日はルークお兄様夫婦も帰ってきていて一緒だ。

「エリィ、久しぶりだね。元気にしていたかい?」

「えぇ。お父様こそ最近は忙しそうですね。御身体大切になさって下さいね。」

「ありがとう。学園はどう?」

「とても充実しています。お友達もできたのですよ。」

「そうか、良かったね。でも何かあったら言うんだよ?」

その後話題は生徒会のことになり、ルークお兄様からいろいろと指南を受けた。ルークお兄様も生徒会に所属していたようだ。
アマンダお姉様とも久しぶりに沢山お話をした。

その間、できるだけお父様を見ないようにしていたが、全く見ないのも不自然だと思い何度か目を合わせて微笑むくらいのことはしておいた。
お父様を見るとあの女性の顔がちらつくし、抱き着きたくなる衝動を抑えきれないからだ。
食事を終えると、私は勉強があるからと早々に部屋に戻った。

それからお父様は毎日早く帰ってくるようになった。お父様の誘いを断るという選択肢はないので、タイミングが合えば一緒に食事をする。
いつも食事の後にサロンへ行きお父様の側を離れなかった私は、食事が終わるとすぐに自室に戻るという生活にシフトしていった。
これもお父様離れの一環である。


そんなある日、フィルお兄様が珍しく私の部屋を訪れてきた。フィルお兄様は自分の部屋にはよく私を引き入れるけれど、決して一人で私の部屋には訪れてこなかったのだ。

「ねぇエリィ、最近父上と何かあったの?」

「え?何もないですよ?どうしてですか?」

「最近食事を終えるとすぐ部屋に戻るだろう?前はサロンでお父様にベッタリだったじゃない。」

「あぁ……それは、私は今お父様離れ中なのです。」

「父上離れ?」

「はい。私がいることでお父様自身の幸せの足枷になっているのでは、と最近気が付いたのです。」

「え?どういうこと?」

「お父様が後妻を迎える際には誰よりも心から祝福したいのです!」

「……というと?」

「王宮でお父様とダンスをされていた方、とてもお似合いでしたわ。お父様のあんなお姿、初めて見たからかもしれませんが、とても苦しくなってしまいましたの。このままだとお父様が後妻を迎え入れた時に素直に祝福できないと思ったのです。
それに、私ももう16歳。お父様に認められるように一人前になりたいのです。」

そう言うと複雑そうな顔をする。

「なんだか拗れてる気がするんだけど、とりあえず父上が後妻を迎えるという話は聞いたことがないよ。」

え?そうなのか。。
でも一緒にダンスを踊っていた方、とてもお似合いだったな。

「いずれにしてもエリィがいきなり距離を取ってしまったから、父上が寂しそうだよ?もう少し距離を縮めてもいいんじゃないかな?
騎士団でもずっと機嫌が悪くてね。訓練はいつも以上に厳しくなるし、散々なんだ。
機嫌を直せるのはエリィだけなんだよ。本当お願いね?」

お父様離れ計画がそこまで波及していたとは申し訳ない。素直に頷く。


翌日、自室で勉強しているとお父様が部屋を訪れた。
笑顔でお父様を迎え入れた私はハーブティーを用意させる。お父様が座ったソファーの向かい側へ座る。
少しの間沈黙が支配した。

「…エリィ、私は何かしてしまったのだろうか?」

「え?何のことですか?」

「少し距離が遠くなってしまった気がするね」

金狼と怖れられる騎士団長が、悲しそうな目で私を見ていた。
違う、違うの。そんな顔をさせたいわけではないの。
今だってお父様の膝の上に座って抱きつきたいのを必死に我慢しているというのに。
やめて、もう甘やかさないで。

「お父様、私ももう成人しましたので少し大人になろうと思っているのです。でも私がお父様の事が誰よりも大好きなのは変わらないですよ。」

「それを聞いて安心したよ。最近はエリィに避けられているようだったからね。エリィに嫌われたのではないかと思っていたんだ。」

「それはありえませんわ。お父様は私にとって唯一なのです。お父様を想う気持ちは不変ですわ。」

そう言い切ると、恋人に見せるような蕩けたような笑顔で抱き締められた。
お父様の匂い…安心する。
甘えるのはこれで終わりにしよう。
もっと強くならなくちゃ。……だから今だけ。


その後は少し距離を縮めていき、お父様の機嫌も治ったとフィルお兄様に感謝されてしまった。

いや、感謝されるほどのことでもないのだけれど。むしろ巻き込んでしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。





強さとは、何を持って強さというのだろう。
私の武器は何だろう?

誘拐された時や、襲われた時に引けを取らないために魔法の訓練をした。
力では敵わない相手に勝つためにどうすればよいのか、シドとの訓練で十二分に学ぶことができたと思っている。お蔭で今では、Bランクの魔物だって討伐できる程の魔法を使えるようになった。

知識も武器になると思い、勉強も沢山した。
家庭教師からは早々に合格ラインを貰っていたし、学園での成績は首位だ。

これ以上何をすればお父様達に心配されずに済むのかしら?
やっぱり体術?体術なの??筋肉なのね???
確かに私には筋肉が全くないからね。


そうだ、学園で空いた時間にクリスお兄様やカイルやヴィークに体術を教えて貰うことにしよう。
フレディはダメだな、お父様に報告がいってしまうから。


早速頼んでみると、二人は快く引き受けてくれて昼休みに少しだけ体術を教えて貰った。
頑張った・・・つもりだ。私としては。
なかなか上手くできなくて人より少し動きが鈍いかな?とは思っていたのだが一ヶ月程続けて分かったことがある。
私には絶望的に体術のセンスがない。
ちなみに私は馬にも乗れない。まぁ馬が苦手なだけなのだけど。

身体を動かすことが苦手なのは前世と何も変わっていなかったのだ。
唯一得意と言えるのはダンスだけだ。

まぁこればっかりは仕方ないよね・・・



そんな生活をしていると後期ももう終わりを迎え、私は2学年になったのだった。



(父親目線)


最近エリィとの距離が遠くなってしまったように感じる。祝賀パーティーに行ってからだ。
アルバ様はエリィを婚約者にしたい、とか言い出すし、全くどいつもこいつも。エリィは誰にも渡さない。
まぁ、エリィが望むのならそれも仕方がないが…
成人してからはソフィアに似てきて、とても綺麗になった。我が娘は本当に女神だと思う。
そのエリィとも、忙しくて一緒に食事をする時間もなかった。

大体働かせすぎなのだ。エリィとの時間が減ってしまい、自分でも機嫌が悪くなってくるのを感じている。
ダメだ、今日はもう帰ろう。

「え?まだこんなに仕事が溜まっているのに帰られるのですか?」

帰ろうとすると副団長であるサミュエルに文句を言われ思わず睨みつける。

「今日はもう帰る。続きは明日やれば問題ないだろう。」

「ですが…」

「ならぬ。今日は帰る。」

ひと睨みしてさっさと退城する。
今日はエリィと沢山時間を過ごそう。

その日は久々にエリィと食事を共にしたが、帰ってきたルーク達とばかり話をしていて寂しい。まぁでもこの後はサロンで沢山話せるからそこでエリィを充電しよう。

…と思っていたのに、食事を終えるとエリィはすぐに自室に戻ってしまった。
あれ…?いつもの私とのハグタイムは?



おかしい。もっとエリィを充電できるはずだったのになぜこんなことに?



あれから早く帰り続け、エリィとの時間を楽しもうと思っていたのに、食事を終えるとすぐに自室に戻ってしまう。お父さん寂しい。

意を決してエリィの部屋を訪れると、花のような笑顔で出迎えられる。本当に可愛い。
私は何かしてしまったのかと思っていたが、杞憂だったようだ。それどころか「大好き」と言ってくれた。
久しぶりにエリィを抱き締めると、幸福感に包まれる。

翌日も朝からエリィを充電できたおかげで私は上機嫌だった。

「機嫌が戻ってよかったですよ。ここ最近の機嫌の悪さは半端ではなかったですからね。常に殺気を放ってましたよ。」

と副団長に言われる程だった。
意識していたわけではなかったが、訓練も相当きつかったようだ。

騎士団の中では金狼の乱と呼ばれていたことは知る由もない。
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