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42,エリィの過去を知る

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学園が夏季休暇に入ると、エリィとも会えなくなってしまう。寂しい。
今年の騎士団の祝賀パーティーはエリィも参加すると言っていたから、その時に着ていくドレスを贈りたいな。
それを口実に街に出かけよう!
エリィにはいつもハンドクリームとか貰っているし、そのお礼と言えば優しいエリィはきっと受け入れてくれるはず。


しかし、それが甘い考えだったことはすぐに思い知らされた。

「ドレスなら家に沢山あるわ。お母様のドレスがいいの。」

そう言われてしまうと何も言えないが、どうしてもドレスを贈りたい。
ここは強引に攻めてみよう。私に対して好意を持っていると己惚れるくらいにはエリィとも仲は良くなったはずだ。
いっそ、思い切って婚約者に立候補しようか。そう決意を胸に、今まで聞けなかったことを聞いてみた。

「ねぇ、エリィ。…エリィは婚約者は作らないの?」

「今のところは考えていないわ。」

「誰か好きな人がいるの?」

「えぇ、そうよ。」

思いがけないエリィの告白に息が止まった。好きな人って誰なんだ??

「………っ!!…それは僕も知ってる人なの?」 

「えぇ、知ってるわね。」

知ってる奴なのか……。まさかカイルか?それともユリウス?

「誰か聞いても……?いや、やっぱりいい。」

それ以上聞くと心臓が持たなそうだったし、ショックで胸が張り裂けそうだ。
その日はカフェで何を話したのかあまり記憶にない。エリィと互いに花を贈りあったことだけは鮮明に覚えている。

公爵家に着き、エリィをエスコートする際に手にキスをして抱き締める。
小さくて柔らかくて、力を入れると壊れてしまいそうだ。愛しくてたまらない。
湧き出る感情を抑えて、その日は別れた。





それから数日後、騎士団の祝賀パーティーがあった。
エリィと会えるのは嬉しいけど、少し顔を合わせずらいな。

そう思っていたが、公爵とフィル達に囲まれるように現れたエリィの姿に見惚れてしまっていた。あんなに美しい人を私は知らない。まさしく女神のようだと思った。
声をかけたいが、フィルとクリスがしっかり守っている。エリィには虫一匹寄せ付けないと言わんばかりだ。あの護衛騎士も正しく周りを威嚇している。
その威圧感は強敵と対峙しているかのようだ。そこにアンダルトがいないことが唯一の救いだろうか。
それでも彼らに話しかける猛者はいなかった。

その様子を少し離れた場所から見ていると、エリィが動いた。あの全く隙のない護衛も置いていくということはお手洗いだろうか。
そんなことを考えながらしばらく待ってみるが、なかなか戻ってこない。
もしかして迷ったのか?変な輩に絡まれていたりしないだろうか。

庭園へ出てみると、人気の少ないベンチにエリィが座っているのが見えた。そんなところに一人で座っていたら危ないじゃないか!
少し元気がなさそうだな。雰囲気に当てられたのだろうか。さりげなく横に座って声をかける。

「エリィ、そのドレス姿とっても綺麗だ。凄く似合っているよ。」

「…ありがとう。」

そう言って私を見たエリィは、泣きそうな顔をしていた。今までそんな顔など見たことがない。エリィはいつも笑顔で、天使のようで…。私はいつだってそんなエリィが好きだった。
そのエリィがこんな顔をするなんて…。大きなショックを受けるのと同時に、胸が苦しくなる。
何かあったのか聞いても答えてくれない。答える気はないみたいだ。

私は何も言わずにただ寄り添うことしかできなかった。
早く元気になってほしいという思いで、エリィの頭を優しく撫でる。


その後会場に戻ったエリィが少し心配だったが、普段通りに振舞っているように見え、アンダルトとパサール人といつもと変わらない様子で話をしていた。
私にはそれがなんだか痛々しくも感じられたが、同時にその原因を探るべくクリスの元へ急いだ。

「クリス、エリィがさっき泣きそうな顔で一人で庭園にいたんだ。何かあったのか?」

「エリィが?」

「あぁ。エリィにあんな顔をさせた奴は誰なんだ?」

クリス苦しげな表情で、「……複雑なんだ。」と言ったきり、何かを考えている。何か知っているな。
そういえば、と今までタイミングがなくて聞けなかったが、気になっていたことを聞いてみよう。

「ところで、エリィは婚約者は作らないのか?」

「…エリィには婚約者の打診は沢山きているけどね。エリィが見る前に父上が一蹴している。まぁ父上がやらなくても、フィル兄上か私がやるだけですけどね。」

「エリィは婚約者が欲しいかもしれないのに?」

「いや、エリィが以前言っていたんだ。婚約者は必要ない、と。」

「それは…今も同じ考えなのだろうか?」

「あぁ、父上を超えるほどの者が現れない限りは無理だろうな。」

「それは…なかなかいないんじゃないか?」

「殿下はエリィの婚約者になりたいのでしょう?」

「ストレートに来るな。まぁ、隠してもしょうがない。…そうだ。何か不都合か?」

「いや、全然隠れてないですよ。好意駄々洩れです。」

「……そうか。でもエリィには気づいてもらえないぞ?」

その後に言われたクリスの言った言葉に、理解が追い付かなかった。

「エリィの中では昔から父上が一番なんだ。婚約者は必要ないと言ったのも、父上とずっと一緒にいたいからなんだよ。」

「………え?」

「驚いただろう?エリィの好きな人は父上なんだ。さっきエリィが泣きそうな顔をしていたと言っていたな。それは多分私のせいだな。」

「何をした?」

「父上が女性とダンスをしている姿を見たら、エリィは前を見てくれると思ったんだ。少しでも、父上離れをしてもらいたかったんだ。
だから父上に言って無理やり踊ってもらった。過去に縛られているエリィを解放してあげたいんだよ。」

「……どういうことだ?」

それからクリスは重い口を開き、エリィと母君が幼い頃誘拐され、その事件で母君が亡くなったことにずっと負い目を感じているらしい事を話してくれた。
エリィは飛翔魔法を用いて逃げてきたらしい。王都の入り口に辿り着いた時は満身創痍だったようだ。
現場で何があったかはわからない。しかし想像するに難くないし、それは幼いエリィの心に深い傷跡を残したことは明白だった。
そもそも幼い子供が飛翔魔法を使うなど、いくら優秀でも並大抵でできることではない。
その事件以後、それまでの自由奔放な性格はなりを潜め、大人しく勤勉になり、今では魔法の実力は王宮魔術師団にも入ることができる程だという。

「エリィは肝心な事は話してくれない。エリィは絶対に弱みを見せない。でもエリィの作る歌には本音が現れているんだ。
エリィはいつも笑顔でいてくれて、私達に元気をくれる。一人で抱え込みすぎなんだよ。僕はね、エリィを解放してあげたいんだ。」

そう言ったクリスは寂しげだった。

知ったつもりでいたけれど、実は何も知らなかったことを思い知らされた。あの笑顔は、並々ならぬ努力と犠牲の元にあったのだ。
いつも柔らかく優しい笑顔は、包み込まれるような温かい感覚さえあった。私はそれにずっと甘えていたのかもしれない。
どれだけ一人で抱えているのだろう。
エリィの中の悲しみの感情、怒りの感情、いつかそういったものを私に見せてくれるだろうか。

「僕はエリィを苦しめたいわけではないんだ。エリィの幸せを心から願っている。」

いつの間にか一人称が僕となっているクリスの瞳には、涙が浮かんでいた。
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