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73,トラウマ

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確かに私達は公爵家へ帰ろうとしていた。
しかし洪水で馬車が通れなかったのだ。
そのため私が今王宮にいるのは不可抗力なのだ。しかもここはヴィークの私室。

「濡れてしまったね。そのままだと風邪をひいてしまうから、湯浴みをしておいで。」

ヴィークは深い意味はなく言ったのだと思う。
魔法を使えば乾くのだが、身体が冷えていて湯に浸かりたかったのは事実なので、有り難くバスタブを借りることにした。

メイドがタオルや服を持ってきてくれた。
なんであるんだろう?しかもサイズぴったりだし。でも有り難いことは確かだ。

服を着替えて部屋に戻るとヴィークはいなかった。
少しホッとする。
お互い婚約者がいないとはいえ、さすがに未婚の男女がまずいわよね……。
しかもここヴィークの私室じゃない。

なんとなく居心地が悪くなってきた私は、アイテムボックスからまたハーブティーを取り出して、飲み始めた。
窓の外を見ると嵐が止む気配はない。
明日には屋敷に帰れるのだろうか。
みんな無事かな?

そんなことを思っていると扉が開いて、ヴィークが入ってきた。

「すごい嵐だね。」

「うん、本当に。」

「明日には止むといいけど。食べるものを持ってきたんだ。お腹は空いてない?」

「ありがとう、ヴィーク。」

「適当につまんでて。僕も湯浴みをしてくるよ。」

「うん。」

正直お腹はそんなに空いてないし、一人では食べる気にもなれない。

雷音がまた響き始める。
遮音結界を展開するが、気分は晴れない。
本当に嫌だな。こんな日はあの時のことを思い出してしまう。

(こんな姿は人には見せられないわね。)

私はアイテムボックスの中から以前買った魔道具を取り出す。風の魔道具だが使い道がよくわからずアイテムボックスへ放置していたものだ。

(よし、これの使い方を考えよう。)

と無駄にアレコレ考えているとヴィークが戻ってきたので遮音結界を解除する。

「何してるの?」

「この魔道具が何に使えるかを考えていたの。」

「それは?」

「街の魔道具屋さんで買ったものよ。その時は何かに使えそうだと思ったんだけど、実際何に使っていいかわからなくて。」

「そうなんだ?じゃあ僕も一緒に考えてみるね。」

迷いなく私の隣に座る。近くない?

「えぇ、何に使えるかな?」

「うーん……、なんだろう?」

「ヴィークが考えてくれてる間に髪の毛を乾かしてあげるわ。」

「え?」

私はドライヤーの魔法を使う。

「すごいね、これ。どうやってるの?」

「風魔法と火魔法を合わせてるのよ。けっこうコントロールが難しいの。」

あっという間に乾いたので、アイテムボックスから取り出してヘアオイルも塗ってあげる。

「こうすると髪の毛に含まれるタンパク質が補修されて、パサつかなくなるの。新作よ。」

「ありがとう。私もやってあげるよ。」

「私はもうやったから十分よ。やり過ぎも良くないの。」

「そうなのか……」

「そうなの。」

またしても雷音が響く。

「今のは落ちたかな?」

「えぇそうね。」

間違いなく今の音は落ちたわね。油断していたから心臓がバクバクしている。
平静を装い、ハーブティーを飲み始める。

「エリィ、大丈夫?」

「大丈夫よ。さっきはありがとう。変なところを見せちゃったわね。」

「ねぇエリィ、僕の前では強がらなくてもいいんだよ?おいで。」

先程の温かい感覚を思い出し、両手を広げるヴィークの胸に顔を埋める。
この人は温かい。心地良いな。ここは落ち着く。

「こんな嵐の日はね、昔の事を思い出すの。」

私は昔のことをぽつぽつと話す。

「全部覚えているのよ。その時の感情も何をしたかも、されたのかも。だから怖いの。」

「全部僕と共有しよう?共有すれば苦しみや悲しみは半分になるし、喜びは倍になるよ。」

そう言って抱き締めてくれた。温かい感情が溢れ出てくる。
私ヴィークが好きだな。

そう思って顔をあげると、

「愛してる。ずっとエリィだけが好きなんだ。」

そう言って微笑むヴィークの顔は私には眩しくて。しかしその瞳はしっかり私だけを見据えていた事に嬉しさを隠せない。

「私もヴィークが好き。」

と反射的に言っていた。

「本当に?」

「うん。」

愛おしそうに嬉しそうに優しい瞳で見つめられて、私達は口づけを交わした。
優しい優しい口づけ。

軽く啄むような口づけから、どんどん深く熱い口づけに変わっていく。
顔が離れると、ヴィークは跪き私の手をとって言った。

「エリィ、あなたを愛しています。どうか私と結婚してください。」

「はい。私でよければ喜んで。」

そう言うとヴィークは蕩けそうな微笑みを浮べて、また私を抱き締め口づけを交わした。

「嬉しいよ、エリィ。僕を選んでくれてありがとう。これからは僕がエリィを守るよ。」

「ありがとう、ヴィーク。大好きよ。」

さすがにヴィークの私室に泊まることはせず、客室に移動した私は、さっきまでの出来事を思い出して一人悶絶していたのは内緒だ。
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