上 下
73 / 78

73,トラウマ

しおりを挟む
確かに私達は公爵家へ帰ろうとしていた。
しかし洪水で馬車が通れなかったのだ。
そのため私が今王宮にいるのは不可抗力なのだ。しかもここはヴィークの私室。

「濡れてしまったね。そのままだと風邪をひいてしまうから、湯浴みをしておいで。」

ヴィークは深い意味はなく言ったのだと思う。
魔法を使えば乾くのだが、身体が冷えていて湯に浸かりたかったのは事実なので、有り難くバスタブを借りることにした。

メイドがタオルや服を持ってきてくれた。
なんであるんだろう?しかもサイズぴったりだし。でも有り難いことは確かだ。

服を着替えて部屋に戻るとヴィークはいなかった。
少しホッとする。
お互い婚約者がいないとはいえ、さすがに未婚の男女がまずいわよね……。
しかもここヴィークの私室じゃない。

なんとなく居心地が悪くなってきた私は、アイテムボックスからまたハーブティーを取り出して、飲み始めた。
窓の外を見ると嵐が止む気配はない。
明日には屋敷に帰れるのだろうか。
みんな無事かな?

そんなことを思っていると扉が開いて、ヴィークが入ってきた。

「すごい嵐だね。」

「うん、本当に。」

「明日には止むといいけど。食べるものを持ってきたんだ。お腹は空いてない?」

「ありがとう、ヴィーク。」

「適当につまんでて。僕も湯浴みをしてくるよ。」

「うん。」

正直お腹はそんなに空いてないし、一人では食べる気にもなれない。

雷音がまた響き始める。
遮音結界を展開するが、気分は晴れない。
本当に嫌だな。こんな日はあの時のことを思い出してしまう。

(こんな姿は人には見せられないわね。)

私はアイテムボックスの中から以前買った魔道具を取り出す。風の魔道具だが使い道がよくわからずアイテムボックスへ放置していたものだ。

(よし、これの使い方を考えよう。)

と無駄にアレコレ考えているとヴィークが戻ってきたので遮音結界を解除する。

「何してるの?」

「この魔道具が何に使えるかを考えていたの。」

「それは?」

「街の魔道具屋さんで買ったものよ。その時は何かに使えそうだと思ったんだけど、実際何に使っていいかわからなくて。」

「そうなんだ?じゃあ僕も一緒に考えてみるね。」

迷いなく私の隣に座る。近くない?

「えぇ、何に使えるかな?」

「うーん……、なんだろう?」

「ヴィークが考えてくれてる間に髪の毛を乾かしてあげるわ。」

「え?」

私はドライヤーの魔法を使う。

「すごいね、これ。どうやってるの?」

「風魔法と火魔法を合わせてるのよ。けっこうコントロールが難しいの。」

あっという間に乾いたので、アイテムボックスから取り出してヘアオイルも塗ってあげる。

「こうすると髪の毛に含まれるタンパク質が補修されて、パサつかなくなるの。新作よ。」

「ありがとう。私もやってあげるよ。」

「私はもうやったから十分よ。やり過ぎも良くないの。」

「そうなのか……」

「そうなの。」

またしても雷音が響く。

「今のは落ちたかな?」

「えぇそうね。」

間違いなく今の音は落ちたわね。油断していたから心臓がバクバクしている。
平静を装い、ハーブティーを飲み始める。

「エリィ、大丈夫?」

「大丈夫よ。さっきはありがとう。変なところを見せちゃったわね。」

「ねぇエリィ、僕の前では強がらなくてもいいんだよ?おいで。」

先程の温かい感覚を思い出し、両手を広げるヴィークの胸に顔を埋める。
この人は温かい。心地良いな。ここは落ち着く。

「こんな嵐の日はね、昔の事を思い出すの。」

私は昔のことをぽつぽつと話す。

「全部覚えているのよ。その時の感情も何をしたかも、されたのかも。だから怖いの。」

「全部僕と共有しよう?共有すれば苦しみや悲しみは半分になるし、喜びは倍になるよ。」

そう言って抱き締めてくれた。温かい感情が溢れ出てくる。
私ヴィークが好きだな。

そう思って顔をあげると、

「愛してる。ずっとエリィだけが好きなんだ。」

そう言って微笑むヴィークの顔は私には眩しくて。しかしその瞳はしっかり私だけを見据えていた事に嬉しさを隠せない。

「私もヴィークが好き。」

と反射的に言っていた。

「本当に?」

「うん。」

愛おしそうに嬉しそうに優しい瞳で見つめられて、私達は口づけを交わした。
優しい優しい口づけ。

軽く啄むような口づけから、どんどん深く熱い口づけに変わっていく。
顔が離れると、ヴィークは跪き私の手をとって言った。

「エリィ、あなたを愛しています。どうか私と結婚してください。」

「はい。私でよければ喜んで。」

そう言うとヴィークは蕩けそうな微笑みを浮べて、また私を抱き締め口づけを交わした。

「嬉しいよ、エリィ。僕を選んでくれてありがとう。これからは僕がエリィを守るよ。」

「ありがとう、ヴィーク。大好きよ。」

さすがにヴィークの私室に泊まることはせず、客室に移動した私は、さっきまでの出来事を思い出して一人悶絶していたのは内緒だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孤独な腐女子が異世界転生したので家族と幸せに暮らしたいです。

水都(みなと)
ファンタジー
★完結しました! 死んだら私も異世界転生できるかな。 転生してもやっぱり腐女子でいたい。 それからできれば今度は、家族に囲まれて暮らしてみたい…… 天涯孤独で腐女子の桜野結理(20)は、元勇者の父親に溺愛されるアリシア(6)に異世界転生! 最期の願いが叶ったのか、転生してもやっぱり腐女子。 父の同僚サディアス×父アルバートで勝手に妄想していたら、実は本当に2人は両想いで…!? ※BL要素ありますが、全年齢対象です。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...