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57,彼の事情

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死を覚悟していた。

ブルーワイバーンの鋭い爪に掴まれて空を飛んだことは覚えている。離れたとしても下に落ちたらどうせ死ぬと思い、好機が来るのを寝ずに待っていた。しかしその機会は訪れることはなく、私を掴んだままブルーワイバーンは空高く飛び続けていた。
このままこいつに食われてしまうのか、そう弱気になると三日間寝ていない上に怪我を負っているこの身体は急激に眠気を欲してきた。
そしてそのまま私は意識がなくなったのだ。


目が覚めた時、柔らかい温もりとふわふわした感覚があった。とてもいい香りもする。
ここは天国なのか……?やっぱり私は死んだのか…。
アイツに喰われたのか、落としたのかはわからないがロクでもない死に方だ。

そう思っていると、物音が聞こえその音で覚醒した。

「え?生きている……?」

どうやって助かったんだ?まさかアイツが私を助けたとでもいうのか?
身体は綺麗に整えられ、怪我の治療もしてある。痛みさえない。古傷さえ綺麗さっぱりなくなっていた。今までにない位身体が軽い。…ここはどこだ?

気配を消して物音のした方へ行ってみる。

そこでは、少女が熱心に本を読みながら何かを書いている。暫く様子を伺っていると、何かを書き終えたようだった。
私の視線に気が付いたのか、こっちを見ると笑顔を見せた。

正面から見た少女の顔は恐ろしく整っていて、その笑顔は今まで見た女の中で一番美しかった。背格好からすると15歳くらいだろうか?ウェーブがかった金髪の髪は後ろで一本にまとめられていて、大きな蒼い瞳は凛としていて聡明さを感じさせる。
大人びていて気品を感じる。雰囲気からすると貴族に見える。

彼女が出してくれたお茶は、飲んだことのない味だったが爽やかで美味しい。しかも氷まで入っている。氷魔法は貴重だ。ここには氷魔法の使い手がいるのか?
そう思っていると、

「簡単なものだけど、よかったらどうぞ。」

とサンドイッチとポトフがテーブルに出された。餓死しそうな程空腹だったので、深く考えもせずに無心に食べた。どちらもとても美味しかった。
この子が作ったのだろうか?色々と聞きたい事はあったが、満腹になるとまた眠気が襲ってきた。


次に目が覚めた時にもその少女がいた。昨日と同じように本を読み、何かを書いている。
何を書いているんだろう?とじっと見ていると私に気が付いたようだ。

「おはよう!」

品のある笑顔で私に言う。今まで私にすり寄ってきた女達とは違う打算のない笑顔で、私も自然に答える事ができる。

「あぁ、おはよう。」

「昨日のご飯は美味かった。ごちそう様。」

と礼を言うと、彼女は嬉しそうだった。やはり彼女が作ったのか?

「お口にあったようで良かったわ。これ、あなたが着ていた服よ。」

血だらけだった服が綺麗に洗われていた。かなり汚れていたからここまで綺麗にするのは大変だったんじゃないか?
何か礼をしたいと思うが、ここは自国ではないし何よりも金がない。
……情けないな。

サンドイッチしかない、と言いながらもテーブルに出してくれたものはお肉や野菜を挟んだもので、どれも美味しい。
味わいながら食べていると、突然妙なことを聞いてきた。

「ところで、変なことを聞くようだけど消化器系に不安はある?」

なぜそんなことを聞くんだ?その意図は?途端に身構えてしまう。

「え?いや特に感じたことはないが、なぜ?」

という私の疑問に、

「良かったわ。このハーブティー、消化器系に不安がある人は控えたほうがいいものなのよ。」

それは私の予想とは全く違う理由だった。
疑ったのが馬鹿馬鹿しくなる。そもそも彼女には変なことをする理由がないだろう。
何のハーブティーなのか聞いてみると、

「これはユーカリのハーブティーよ。抗菌、抗炎症、殺菌、浄化といろいろな効果があるの。今のあなたならこのハーブがいいかと思って。新作なのよ?
でも沢山飲むのはダメ。ハーブには様々な効果があるけど、多用すると毒にもなるからね。」

と詳しい知識を披露した。
どうやらハーブの研究をしているらしい。いつも熱心に読んでいるのはハーブの本なのか?

そんな話をしながら食べ終えると、塗ると傷の治りも早くなるという化粧水とクリームをくれた。ハーブティーと同じユーカリで作ったらしい。

「実際寝ているあなたに勝手に使っていたの。嫌いな香りだったらごめんなさい。」

化粧水を少し手に取り顔につけてみると、覚えのある香りに包まれた。
夢見心地の時に感じた香りで、ふわふわした気分にさせる。

「これは毎日使っても毒ではないから安心してね。ちょっと手を出してくれる?」

素直に手を出してみると、今度はクリームをつけて私の手を揉みほぐす。
優しく柔らかい温もりは、私が天国だと思った感覚そのものだった。

(……天使なのか?やはり私は死んだのか?)

私がそんな事を思っているのと裏腹に、ただ彼女はこのクリームの塗り方を教えてくれただけだった。

「……あぁ。ありがとう。」

なんだか恥ずかしくなってきたな。

「そうだわ、よかったら少し歩く?ずっと寝てたし、少し日を浴びた方がいいわ。」

有り難い提案だ。

「そうだな、身体もなまってるしな。」

「ふふっ。あなた3日も寝ていたのよ?」

「そんなに……」

まさかそんなに寝ていたとは思わなかった。

「ここにいる間は、冒険者をやってみたら?あなた強そうだし、弱い魔物なら簡単に倒せるでしょう?そうすればお金も稼げるから、元の場所にも早く帰れるんじゃない?」

「冒険者か……」

「面白そうじゃない?」

確かに面白いかもしれないな。金も持っていないから手っ取り早く稼ぐにはちょうどいい。

「それもいいかもしれないな。感覚も早く戻したい。」

「なら決まりね!早速行きましょう!」

彼女の提案に乗ると、とても嬉しそうだった。





冒険者ギルドの受付に来ている。
彼女が冒険者だったのには驚いた。全くそう見えないな。貴族の令嬢と言われても納得できる気品を持っている少女だ。

一通りの説明を受け、出された登録用紙を書いていると、受付の女が話しかけてくる。

「あなたラッキーだったわね。」

「え?」

「最初に見つけてくれたのがリナちゃんでよかったわね。」

「あ……あぁ。」

リナというのか、彼女は。そう言えばまだ名前も聞いてなかったな。
それにしてもなぜ見ず知らずの私にこんなに良くしてくれるんだろう?
何か裏でもあるんだろうか?
もしや私が誰かわかっていてやっている?
…いや、そんなことは有り得ないか。


受付の女に簡単に説明を受け終わったので、彼女を探す。
20代前半くらいの女と楽しげに話している彼女が目に入り、話しかけてもいいか戸惑っていると気付いてくれたようだ。

「あ、終わった?ミリアムの説明はわかりやすかったでしょう?あ、あの受付の。
何かわからないこととかあれば何でも聞いてね!」

「リナも初心者じゃない?」

「ふふっ。あ、こちらはケイトよ。あの家の家主。あと2人いるんだけど、今はいないみたいね」

「あいつらは先に食堂に行ってるんだ。
やっと目が覚めたみたいだね。落ち着くまで家にいていいから宜しくね。」

「あぁ。いろいろありがとう。世話になる。」

あと2人も女だったら面倒だな、と思いつつも今はどこも行くあてがないのでしょうがない。早く金を稼いで宿にでも移ろう。

その後、街を案内されながら軽く散歩をする。

「ここの食事は絶品なの!安くて美味しいからよく行くのよ!」

「へぇ。さっき食べたものもなかなか美味しかったな。あれは君が作ったのか?」

「いいえ、残念ながら私が作ったものではないわ。」

ん?じゃあさっきの女が作ったのか?
歩きながらいくつかのお店を紹介される。

「ここで洋服を買えるわ。必要なものがあればここで買ったらいいと思う。あとは、スコットって背の高い男の人に聞いたらいろいろ教えてくれるわよ。とても親切だから。」

スコットって誰だ?

一時間程案内され、元の家に戻ってきた。

「ざっくりだけど、いま必要なお店とかはこんなものかな。大体の道はわかったかしら?」

「あぁ。なんとなく掴めた。ありがとう。」

「さすがね!私なんか何度も迷って最近ようやく地理が掴めてきたところよ。」

「方向音痴なのか?」

「ふふっ。そうかも。」

「明日は君もここに来るのか?」

「どうしようかな?さっきケイトとも会えたし、もうあなたも大丈夫そうだから、私は明日は直接ギルドに行くことにするわ。」

「冒険者ギルドへ?」

「えぇ。私はいつも8時にギルドに行くの。」

「そうか。では私もその時間に行くことにしよう。」

「私はもう行かないといけないけど、ちゃんと食べてね!じゃあまた明日!」

「…また、明日。」

その言葉を言われたのも言ったのも、いつぶりだったか思い出せなかった。

ただ今日一日ずっと後ろから付いてきている者がいることに、気になって仕方がなかった。
私ではなくどうやら彼女の後を付いてきている様子だが、きっと気づいていないだろう。その者は隠密を使っているようだったから。敵意は全く感じなかったから放置していたが、明日もいるようなら少し考えよう。

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