35 / 71
遅刻
しおりを挟む
1月の沖縄の地に立った。温かい。でも半袖だとちょっと寒くて厚手のストールをぐるぐる巻きにした。
「あなた、綺麗ね。」
麦わら帽子を国際通りで買ったら店員のお婆さんに声をかけられた。沖縄人。のんびりゆっくり私を見て微笑んだ。
「こんなに美人さんだと、男が寄ってきて大変でしょう」
腰の少し曲がったそのお婆さんは目を細めて私を見つめた。
「そんな事ないですよ、」
その場で買った麦わら帽子を深々と被って顔を少し隠した。なんだか照れが先行してくすぐったくなった。
近くにあったパイナップルを1つ葉っぱを掴んで私に差し出した。
「彼氏とこれ食べて。」
手際よく袋に入れてくれてニコリと微笑む。私もつい笑顔になって受け取った。
やっと今日春に会える。そう思うと心は弾んでいた。私の誕生日以来、毎日電話はしているけどやっぱり会えるのは嬉しい。
ホテルのカウンターでチェックインの紙を渡された。
「ご予約されたのが小寺春臣さんですね。まだお越し頂いてないなら、お名前一緒に書いておいてください。」
春の名前を書いてその下に自分の名前を書いた。
『小寺春臣』『安藤紘子』といざ本名を書いて並べてみると、なんだかドキッとした。この名前はいつか小寺紘子になるのだろうか。
もし子供ができたら、その下には子供達の名前も入るのだろうか。
結婚なんてまだ意識はもちろんしないけど、いつかはしたい。子供だっていつかは欲しい。
「こちらになります。ちょっと歩くのですが。一番遠くにあるお部屋なので」
ホテルスタッフの男性は広大な敷地内をゆっくり歩いてヴィラまで案内してくれた。南国らしいヤシの木がたくさん目につき、芝の緑が目に優しい。手入れされた木々や花々に歩いている間は目が奪われた。こんなに素敵なところに泊まれるなんてとテンションは上がった。
「すごい。いい所ですね。こんなキレイなホテル、沖縄にあったなんて知りませんでした。」
スタッフは私を見てゆっくり笑った。
「ヴィラなんで、新婚さんとかもいらっしゃいますよ。チャペルも敷地内にありますので。婚前旅行ですか?」
私は顔が赤くなっていたと思う。
「ち、違います。」
慌てて帽子の唾をぐいっと顔が隠れるように直していた。
「うちのホテル、風水的に泊まったカップルは結婚するってジンクスあるんですよ。ご存知でした?」
「えー!!」
妙にフワフワした気持ちで通されたヴィラは入ると南国の香りがして、リビングの全面にある窓ガラスからは庭が見えプールが併設されていた。
「やった!プール入り放題!」
喜ぶ私にスタッフはお辞儀をして部屋を出て行った。
庭先にもヤシの木がお行儀良く並び、外からは見られない泊まったものだけの空間になるという雰囲気を醸し出していた。
夕暮れの景色に空色が淡いラベンダーの色に染まる。
庭先にはハイビスカスが鮮やかに咲いていた。
春と行ったハワイの事、写真集の撮影で行ったグアム。ここ沖縄。南国に咲くハイビスカスの色合いはいつ見てもやっぱり鮮やかで庭先のソファーにもたれてぼんやり見つめていた。
『恋愛って好きな人と大切な人と2種類あるんだって。ひろこはどっちと結婚するのかな?』
ハイビスカスを頭につけてグアムで花ちゃんが写真を撮ってくれた時に話した会話をふと思い出した。あの頃は慶に夢中で。
あれから3年も経っていないのに、ずっと昔の大昔の事のような気がしていた。
慶は何しているんだろうと思う気持ちは明らかに減った。減ったのはもちろん私には春がいるからだ。
『終わったら急いで行くよ。ごめん』
22時を回っても彼は現れなかった。
待ちぼうけになるのも嫌で持ってきた水着に着替えて庭のプールで泳いだ。
ザバンっという勢いある音に温水が肌に気持ちよくて、ジムと同じように思いっきり泳いだ。
好きな人と大切な人。
慶は好きだった人。春は今好きな人。
ううん。厳密に言うと違う。
春は大切な人だ。
愛してくれて、大切にしてくれる。
私を女でいさせてくれる。
「好き」って気持ちよりもっと根深くてもっともっと重い。あの頃、慶が好きだったのは本当に好きだったからだけど、あの感情より今目の前に強くあるのは幸せと安心だ。
慶を好きだった頃の私じゃない。それは大人になったから?それとも春が私を変えてくれたの?
プールの端まで泳ぎきると顔の水を思いっきり拭った。
「ひろこ!」
振り返ると庭先に春が立っていた。走ってきたのだろう。肩で息をしている。
「遅ーい!遅刻!遅刻遅刻遅刻!」
私はプールから叫んだけど、久しぶりに会えた春に顔は綻んだ。
会いたかった。やっと会えた。
春はすぐに靴と靴下を脱いで勢いよくプールに音を立てて飛び込んだ。服のままずぶ濡れになる姿になんだかおかしくなって特別な夜のように思えてきた。
「水中、鬼ごっこしよっか。」
春に言うとクスッと笑った。
「何それ?泳ぎながら鬼ごっこ?」
「そう。プール広いし。せーの!」
ドボンと音を立てて潜って泳いだ。水中のライトで、夜でも綺麗に水中の景色がみえる。
春から逃げるように私は思いっきり泳いだ。たまに足の方で春が追いついてくる気配がする。なんとなく春の手に脚の指がたまに引っかかるようで無我夢中で泳いだ。
すると脚の指ががしりと掴まれた。そのまま私はプールに沈み春が私の腕を捕まえた。
ザバンと勢いのいい音でやっと足がプールに立つと2人で笑い合った。
ずぶ濡れで、なんだかおかしくて。それだけの事なのに2人で大笑いした。
「最近ジムで泳いでたのに、春の方がやっぱり体力あるね。」
「筋トレ、してんだよ。毎日」
淡いライトの青い光と月の光で、知り合った頃のロイヤルのプールの時の事を思い出した。きっと、春も思い出してるの?
月が、あの日もキレイだった。
「今日は、優しい男現れた?」
ハスキーな声。電話で毎日聞く声はそう。この声。大好きなかすれた声。
「遅刻する男は、現れたよ」
私を誘うようなセクシーな顔をする。いつもいつも。そんな貴方に私は抱かれたいと素直に思ってしまう。
「ね、キスしていい?」
春が色っぽい目をして私を見つめる。
「もうキスするの?」
「うん。」
温水で温かくなった私の両肩をおさえた。
「でもキスしたら春はすぐHなことしたくなるんじゃない?」
「うん。すぐするかも。」
素直すぎるのがいつもの春で私は可笑しくて笑っていた。
ちょっとキスした。またキスをする。
きつく抱きしめてくれた。
「月がキレイだね」
春の胸の中で言った。
水着の肩紐をずらして露わになった私の胸にそのまま顔を埋めた。
「あなた、綺麗ね。」
麦わら帽子を国際通りで買ったら店員のお婆さんに声をかけられた。沖縄人。のんびりゆっくり私を見て微笑んだ。
「こんなに美人さんだと、男が寄ってきて大変でしょう」
腰の少し曲がったそのお婆さんは目を細めて私を見つめた。
「そんな事ないですよ、」
その場で買った麦わら帽子を深々と被って顔を少し隠した。なんだか照れが先行してくすぐったくなった。
近くにあったパイナップルを1つ葉っぱを掴んで私に差し出した。
「彼氏とこれ食べて。」
手際よく袋に入れてくれてニコリと微笑む。私もつい笑顔になって受け取った。
やっと今日春に会える。そう思うと心は弾んでいた。私の誕生日以来、毎日電話はしているけどやっぱり会えるのは嬉しい。
ホテルのカウンターでチェックインの紙を渡された。
「ご予約されたのが小寺春臣さんですね。まだお越し頂いてないなら、お名前一緒に書いておいてください。」
春の名前を書いてその下に自分の名前を書いた。
『小寺春臣』『安藤紘子』といざ本名を書いて並べてみると、なんだかドキッとした。この名前はいつか小寺紘子になるのだろうか。
もし子供ができたら、その下には子供達の名前も入るのだろうか。
結婚なんてまだ意識はもちろんしないけど、いつかはしたい。子供だっていつかは欲しい。
「こちらになります。ちょっと歩くのですが。一番遠くにあるお部屋なので」
ホテルスタッフの男性は広大な敷地内をゆっくり歩いてヴィラまで案内してくれた。南国らしいヤシの木がたくさん目につき、芝の緑が目に優しい。手入れされた木々や花々に歩いている間は目が奪われた。こんなに素敵なところに泊まれるなんてとテンションは上がった。
「すごい。いい所ですね。こんなキレイなホテル、沖縄にあったなんて知りませんでした。」
スタッフは私を見てゆっくり笑った。
「ヴィラなんで、新婚さんとかもいらっしゃいますよ。チャペルも敷地内にありますので。婚前旅行ですか?」
私は顔が赤くなっていたと思う。
「ち、違います。」
慌てて帽子の唾をぐいっと顔が隠れるように直していた。
「うちのホテル、風水的に泊まったカップルは結婚するってジンクスあるんですよ。ご存知でした?」
「えー!!」
妙にフワフワした気持ちで通されたヴィラは入ると南国の香りがして、リビングの全面にある窓ガラスからは庭が見えプールが併設されていた。
「やった!プール入り放題!」
喜ぶ私にスタッフはお辞儀をして部屋を出て行った。
庭先にもヤシの木がお行儀良く並び、外からは見られない泊まったものだけの空間になるという雰囲気を醸し出していた。
夕暮れの景色に空色が淡いラベンダーの色に染まる。
庭先にはハイビスカスが鮮やかに咲いていた。
春と行ったハワイの事、写真集の撮影で行ったグアム。ここ沖縄。南国に咲くハイビスカスの色合いはいつ見てもやっぱり鮮やかで庭先のソファーにもたれてぼんやり見つめていた。
『恋愛って好きな人と大切な人と2種類あるんだって。ひろこはどっちと結婚するのかな?』
ハイビスカスを頭につけてグアムで花ちゃんが写真を撮ってくれた時に話した会話をふと思い出した。あの頃は慶に夢中で。
あれから3年も経っていないのに、ずっと昔の大昔の事のような気がしていた。
慶は何しているんだろうと思う気持ちは明らかに減った。減ったのはもちろん私には春がいるからだ。
『終わったら急いで行くよ。ごめん』
22時を回っても彼は現れなかった。
待ちぼうけになるのも嫌で持ってきた水着に着替えて庭のプールで泳いだ。
ザバンっという勢いある音に温水が肌に気持ちよくて、ジムと同じように思いっきり泳いだ。
好きな人と大切な人。
慶は好きだった人。春は今好きな人。
ううん。厳密に言うと違う。
春は大切な人だ。
愛してくれて、大切にしてくれる。
私を女でいさせてくれる。
「好き」って気持ちよりもっと根深くてもっともっと重い。あの頃、慶が好きだったのは本当に好きだったからだけど、あの感情より今目の前に強くあるのは幸せと安心だ。
慶を好きだった頃の私じゃない。それは大人になったから?それとも春が私を変えてくれたの?
プールの端まで泳ぎきると顔の水を思いっきり拭った。
「ひろこ!」
振り返ると庭先に春が立っていた。走ってきたのだろう。肩で息をしている。
「遅ーい!遅刻!遅刻遅刻遅刻!」
私はプールから叫んだけど、久しぶりに会えた春に顔は綻んだ。
会いたかった。やっと会えた。
春はすぐに靴と靴下を脱いで勢いよくプールに音を立てて飛び込んだ。服のままずぶ濡れになる姿になんだかおかしくなって特別な夜のように思えてきた。
「水中、鬼ごっこしよっか。」
春に言うとクスッと笑った。
「何それ?泳ぎながら鬼ごっこ?」
「そう。プール広いし。せーの!」
ドボンと音を立てて潜って泳いだ。水中のライトで、夜でも綺麗に水中の景色がみえる。
春から逃げるように私は思いっきり泳いだ。たまに足の方で春が追いついてくる気配がする。なんとなく春の手に脚の指がたまに引っかかるようで無我夢中で泳いだ。
すると脚の指ががしりと掴まれた。そのまま私はプールに沈み春が私の腕を捕まえた。
ザバンと勢いのいい音でやっと足がプールに立つと2人で笑い合った。
ずぶ濡れで、なんだかおかしくて。それだけの事なのに2人で大笑いした。
「最近ジムで泳いでたのに、春の方がやっぱり体力あるね。」
「筋トレ、してんだよ。毎日」
淡いライトの青い光と月の光で、知り合った頃のロイヤルのプールの時の事を思い出した。きっと、春も思い出してるの?
月が、あの日もキレイだった。
「今日は、優しい男現れた?」
ハスキーな声。電話で毎日聞く声はそう。この声。大好きなかすれた声。
「遅刻する男は、現れたよ」
私を誘うようなセクシーな顔をする。いつもいつも。そんな貴方に私は抱かれたいと素直に思ってしまう。
「ね、キスしていい?」
春が色っぽい目をして私を見つめる。
「もうキスするの?」
「うん。」
温水で温かくなった私の両肩をおさえた。
「でもキスしたら春はすぐHなことしたくなるんじゃない?」
「うん。すぐするかも。」
素直すぎるのがいつもの春で私は可笑しくて笑っていた。
ちょっとキスした。またキスをする。
きつく抱きしめてくれた。
「月がキレイだね」
春の胸の中で言った。
水着の肩紐をずらして露わになった私の胸にそのまま顔を埋めた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる