Beloved

みのりみの

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冬の歌

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『それでは歌って頂きましょう。SOULの皆さんでwinter sky です!』

TVでは春達4人は深く青い照明にあたりながら音楽が始まった。
春の髪色はあの夏の金髪から少し落ち着いた茶髪になった。


『今日は優しい男、現れた?』
「現れてないよ!」

毎日0時の電話はこれが挨拶代わりになった。

あの誕生日から会えてない。もう12月。でも毎日電話をしてくれるという事が私はやっぱり嬉しかった。

『ひろこは今日、何してたの?』
「ヤンマガの撮影。年末年始特大号ね。」
『本当?じゃあ買うよ。水着?』
「うん。だから買わないで」
『買うよ。』
「嫌。」

水着のグラビアは減ったけど、やっぱり見られるのは嫌だった。

『本当は日本中のヤンマガ、買いしめたいくらいだよ』

胸がギュッと苦しくなるような感情がまた走る。

『年明け、ひろこはいつ休み?』
「えっとね。去年とほぼ同じ。元旦から7日までだよ。8日から仕事だから。」
『沖縄、1泊だけど来ない?』

春の誘いにもちろん同意するとその週に沖縄行きの往復の航空券が届いた。
年明け、沖縄から全国ツアーが始まる。私の今の長期休暇なんて去年と同じく年始くらいだ。ツアーの前日に沖縄に行ってそこで1泊落ち合う事になった。


「ひろこ、文章書けるか?エッセイなんだけど。連載。」

遊井さんの言葉に色めき立った。よくタレントが連載してるエッセイだ。そんな文章を書く仕事もしてみたいと密かに思っていたからだ。

「やるやるー!私そうゆうのやってみたかったの!!」
「え?ひろこ、書けるの?聞いてよかったー!じゃあ進めておくからな。」

遊井さんは笑顔で手帳に書き込んでいた。笑顔。最近遊井さんは前よりも張り切るかのように笑顔になる事が多い。

「年明けの休み、実家帰るのか?」
「・・・」

春と会う、と言っていいのかどうか分からなくて私は言葉を飲んだ。でも遊井さんなら私が東京に帰らないのは分かっているとは思いながら。

「春くんと会うのか?ツアー始まるのに。」
「会うよ。」

遊井さんの背後にあるTVではクリスマスの恒例音楽生番組の番宣がやっていて遊井さんは振り返った。
「まぁな。なかなか会えないしな。またしばらく会えてないんだろ?」
「うん。」
「とにかく、記者には気をつけてくれよ。あっちはもうスターなんだからな。」
「分かってます。」

私は手元にある熱いコーヒーを飲んだ。

スター。そうだ。もうスターだ。

この冬にリリースした新曲「winter sky」は初登場1位の上、ミリオンを達成した。そして長らくオリコン1位をキープした。この曲で初の1位。もうSOULは完全なる人気アーティストというレッテルを貼られたようなものだ。
冬にあやかっての冬のラブソング。冷たそうに歌うこの曲調は街のどこからでも聞こえた。
ツアーの準備の合間でもTVの歌番組の出演はぐっと増えた。CMタイアップも増えて、コンビニや書店ではSOULが表紙の雑誌が並ぶ。街を歩けばエキシビジョンや新曲の看板を見かける。
生活の中でSOULを見ない日はなかった。

『もう変装でもしなきゃ外歩けないでしょ?大変でしょ、人気でちゃって』
『それが、大阪の鶴橋商店街ってところに行ったら誰にも気づかれませんでしたよ』

夏に2人で行った鶴橋の事を春がTVで言っていた。

『韓国人しかいないからでしょ!?韓国街で何してるんですか?!』
『パン買って食べたりしましたよ。どれもこれもみんな同じ味で』

観覧しているファン達はキャーキャー騒ぐ。こんなささいな春の一言で鶴橋はSOULのファンが訪れるようになったそうだ。

『HARUさん、どんな子がタイプなの?』
『イルカみたいな子』
『イルカ?!』
『うちのHARUは天然で、すいません。』

司会者と春と聖司さんの言葉でまた観客を沸かせる。クールそうな見た目と違ってHARUは天然。可愛い。笑うと優しそう。
女子は結局そうゆうギャップに弱い。


『なんかさー沖縄でひろこと会う日、夕方から番組収録になっちゃってさ。無理矢理切り上げて早く行くからホテルで待っててよ』
「現地着いてもすぐ収録?大変だね」

時間が彼には限られているのは分かっていた。でもツアーの現地入りした日まで忙しくなるとは意外だった。そんな僅かな時間でも会えればそれで気持ちは十分だった。



『月刊誌、camera。毎月原稿用紙1枚分。写真もつけて。写真はプライベートな写真でいいよ。あくまでイメージを壊さない程度の写真な。』

私は遊井さんからの電話にうなずいた。連載だ。ずっとやってみたかった雑誌の執筆連載がついに始まるんだ。

「エッセイだよね?タイトルとか決まってるの?」
『よくあるタレントのエッセイだから肩肘張らなくていいよ。仮で安藤ひろこ日記にしてあるけど、イメージあるなら編集長に伝えておくよ』

ゆくゆくは1冊の本になるのだろう。そして残るもの。本として残るのならせっかくだから何十年も経った頃に今生きる私を思い起こせるような、そんな本にしたい。
今の私は、東京に戻りたくて仕事を頑張っていて、春に愛されていて幸せで、支えてもらっている。

「・・・」

TVで、名前こそ出さないけど春が私との事を話してくれている。それは記憶に新しいのか楽しかったからなのかは分からない。ふと思い出したから話してるだけかもしれないけど、私とのことを話している。

「遊井さん。約束、がいい。タイトルは約束。どお?重いかな?」

『なんか思い入れでもあるのか?多分大丈夫だろうけど編集長に言っておくよ』


その夜、私は原稿を初めて書いてみた。
約束って言葉は嫌いじゃない。むしろ人と人との関わり合いにおいて距離感を感じられて好きだ。約束したからには守りたい。守り切りたい。約束した人は自分にとって大切な人だからだ。
そんな私の気持ちを書き拭っていたら原稿用紙なんて1枚じゃ足りなくなった。








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