Beloved

みのりみの

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交際1年

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仕事の帰り道、国道沿いを1人歩いているとキスマークを無理矢理コンシーラーで隠した跡がひび割れてきているのが指先のガザガザとした感触で分かった。なんとなく指で馴染ませながら今朝の事を思い出していた。
パサついた金髪。
肌の感触。
カーテンの隙間から入る日差し。
今朝の事なのに、もうずいぶん前の事のように何度も何度も回想していた。

自宅マンションの宅配ボックスにはAmazonからケーキが届いていた。遅い時間の配達に気を遣ったのか保冷剤がこれみよがしと貼り付けてあった。
今朝、春と出なかったインターフォンはこれを届けてくれていたんだ。春が自分で頼んだものなのに、忘れてるって言うのが可笑しくて笑いながら箱を開けた。

白いホールのケーキには赤い苺がお行儀よく並び happy birthday hiroko 21と書いてあった。
1人で大きなケーキを食べるのは気が引けるけど、せっかく春が買ってくれたのだからとそのままフォークを入れて食べた。

いつも0時の電話は、今日は1時にかかってきた。

『午前中のスケジュール、夜にまわしたから電話遅くなっちゃった。ごめんね。』

私の誕生日のために無理してくれている。
その気持ちだけで嬉しかった。

『靴、買った?』
「買ってない。」
『なんで?』
「・・・一緒に選んで欲しかったから。」

勝手にカードで色々買うなんてどうしても気分が悪かった。一緒にお店で選んでくれて、それが1番良かったのに。

『じゃあ、俺がひろこに似合いそうなの買って送るのはどお?』

春は分かっているなと思う。私は自然と笑顔になった。

「ケーキ、送ってくれてたんだね。ありがとう。さっき届いたよ。」

『あ、あの朝のインターフォン鳴ったの、ケーキだったんだ!ごめん忘れてた。』

「春、全然忘れてたんだね。」

『ひろここそ、インターフォン出なかったじゃん。』

「自分で頼んだんだから気づいてよ!」

『いや、集中してたからさ。ひろこだって集中してたから出なかったんでしょ?』

私は大笑いしていた。すると春も笑い出した。あの短時間でセックスに没頭してインターフォンにも出ないくらい私達は夢中になっていた。

『これから、もっと忙しくなるからさ。』

分かってる。
春達はこれから全国ツアーに入る。下は沖縄から北海道まで。初めての長期間のツアー生活の中でまた新曲もリリースしていかなきゃならない。忙しくなるのは分かっていた。
多分、もっと会えなくなる。次はいつ会えるかなんて分からない。かといっていつ会えるの?なんて聞きたくなかった。
それこそ、本当に会えなくなりそうなセリフだ。

「・・分かってるよ」

春は受話器越しで黙っていた。何か言葉を探しているのかと思えばそんなかんじでもない。
多分、私がどんな顔してるのか考えているのだろう。

『ね、お願い。約束して。』

私はふっと笑った。春のよく言う約束。
約束、という言葉は嫌いじゃない。汚い言葉ではないし、お互いが思いあって付き合っていれば自然とできる約束だ。

『これから、もっと売れるかもしれない。もっともっと上を目指していくつもりなんだ。会えなくて、ひろこがさみしくなって、よその男に気が向いたとしても無理矢理にでも絶対連れ戻すから。』

竹川総一郎に電話番号を教えてもらった時に思った。私は簡単に他の男を好きにならない。春は優しい男に私が気がいくと思っているんだ。

「何言ってるの」

どうしてそうゆう心配をするのだろう。
こんなに私を大切にしてくれて、私はそれで幸せで。もう十分なくらいなのに春はなぜ私の心が他の男に揺れると思うのだろう。
窓の外に綺麗に浮かぶ月を見ながら思った。

『分かんないよ。さみしくなった時、ひろこの前に優しい男が現れるかもしれない。でも俺がひろこにはいるからね。それだけは忘れないで』

「春、変なの。私はそんなに人を簡単に好きになったり、簡単に忘れられたりしないよ。」


私達は付き合ってもう1年。これから2年目に入る。

もっと彼を知りたいし、もっと好きになりたいとも思う。
私を信じてよ、じゃないけどありったけの私を理解してもらいたかった。
遠距離恋愛だから不安は募るけど、離れていても今まで春が私を大切にしてくれているのは十分理解していた。
もう、それで十分なんだ。



9月に入ってすぐ、春からの誕生日プレゼントが届いた。宅配ボックスに入らないくらい大きくて宅配業者から電話があった。

『小寺春臣さんからお荷物です。対面受け取りでよろしいですか?』

そんな電話に夜21時、急いで帰宅した。
まだ蒸し暑さと湿気を帯びた夜風を切って局からマンションまでの国道を走っている時、スタバの横を通過した。
今日がちょうど春と付き合いだした日なのを思い出していた。1年前、彼と一緒に入ったあのスタバだ。

『大切にするから』

あの言葉からもう1年が経ったんだ。あの言葉に、私はどれだけの信頼を持って彼と向き合ってきたのだろう。彼はどれほどの愛を私に向けてくれたのだろう。それを考えると胸が苦しくなるような感情が心に走った。


「すっごい。7足も。」

見た事もない大きなプラダのロゴ入りの白い段ボールには37サイズの靴が7足入っていた。
ベージュに青に黒に白。メタリックなサンダルに大人っぽい茶色のサンダルは金具がお洒落についていた。
よく見れば青のヒールは私のこないだ着ていたワンピースとよく似合う色合いだったり、私の好きそうな小さいリボンがついていたり、私の好みを分かっているんだなと手にとるように思った。

バースデーカードがハラリと床に落ちた事に気がついた。真っ白いカードには『ずっとひろこだけ』と春の字で書いてあった。

大丈夫。私は大丈夫。
春がもっと人気者になっても大丈夫。
私も頑張るから。


また0時になると必ずかかってくる電話。

『ひろこ?』
「春、届いたよ。靴、こんなにたくさん。ありがとう!」

部屋の中が靴屋さんのように私は飾って眺めていた。

『今日で、付き合って1年だね』
「やだぁ。春も思ってたの?私も思ってたんだけど。」
『2年目も、よろしくね。』
「こちらこそ」

顔さえわからない受話器越しだけど、多分お互い笑顔だったと思う。

『今日は優しい男、現れた?』
「現れてないよ。」









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