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優しい男
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暑い日差しが私を照りつける。
真夏の午後のロケは日光が痛いくらいに肌を焼き付けた。
「暑いね。もう8月だね。」
隣で俳優の竹川総一郎が爽やかに私に言った。
ロケ番組のゲストで今日初めて会ったけど、人気俳優と言われるのはよく分かる。喋り方も雰囲気も洗練されていて、瞳は吸い込まれそうな程綺麗な目をしている。
「暑いですね。」
手で仰ぎながら私も横で返事をした。
「今週誕生日なの?さっきメイクさんが言ってたよ。」
私は8月5日で21歳になる。なんとなく20歳というブランドを失う気もしたけど、ハッキリ言って21も22も23も変わらないと思っている。20歳すぎたらもう大人。
大人なんだ。
「彼氏にお祝いしてもらうの?」
遠回しに彼氏がいるの?と聞いているのだろう。よくこうゆう質問がある気がする。
休みに彼氏とどこか行った?とか、最近彼氏と会ってるの?とか。
別にこっちは彼氏がいますなんて一言も言っていない。だからそうやって彼氏の有無を聞いてきているのだろう。
「忙しいから、誕生日は会えないですけどね。」
「えー?ひろこちゃんの事好きなら飛んででも会いに来るでしょ?俺ならそうするよ。」
私はなんとなく笑った。
好きなら飛んで来る。でも春は忙しい。
忙しいんだからしょうがないと思いながら。
「誕生日、彼氏に会えなかったら電話してよ。」
私が顔をあげると事務所の名刺を渡された。裏を見ると携帯の番号が手書きで書いてあった。
「会えなかったらでいいよ。会えなかったら、電話してよ。絶対電話して。飛んで行くよ。お祝いさせてよ。」
私に気があるんだ、と思った。ドラマさながら、目が真剣だった。
もちろん春に会えなかったとしても電話をするつもりはなかった。竹川総一郎はカッコいいにしても、どんなに私に優しくしてくれても電話をする事はないだろう。
「昨日、春くんに局で会ったよ」
遊井さんが暑さの中大阪まで来てくれた。
クーラーでガンガンに冷えた局内の会議室で、私はお土産の赤坂のチーズケーキをちょうど一口食べたところだった。
「なんか言ってた?」
「アッハッハ!春くんと同じ事聞いてるよ。」
遊井さんは笑っていた。
遊井さんは春、SOULの話になるといつも笑顔な気がする。私と春との交際を反対しないだけありがたいけど、それがどこか娘の彼氏を気に入ってる保護者のようにしか私には見えなかった。多分遊井さんもそんな感覚なのかもしれない。
「春くん、すごい金髪になってたよ。カッコよかったよ。」
リリースしたばかりの新曲から金髪になったのを見た。髪がゴワゴワすると電話で言ってたけどあの不健康そうな髪はまたこれでさらに傷むのかな、なんて思いながら。
でもまだその金髪は生では見れていない。
「ひろこに、会いたそうにしてたよ。」
「・・・」
「まぁでもね。今が1番大事な時だしな。売れっ子だもんな。年明けから全国ツアーも始まるし。秋元さんも会うと目が血走ってるよ。」
そんなの分かってる。これからどんどん忙しくなる。
だからそんな時は、自分の目先の仕事を頑張りたいんだ。
『車、新しいの買ったんだ』
春はこないだそんな話をしていた。
ずいぶん突然だね、どうしたの?と聞いたらケンについて見に行った時に一目で買おうと思ったようだ。
『カッコいいんだ。納車は来年なんだけど。ひろこが東京戻ったら見せるよ。』
早く東京に戻りたいと思いながら。
「ひろこ、今週誕生日だな。21か。おめでとう」
「ありがとう」
遊井さんは椅子の背にもたれてコーヒーを飲んだ。
「誕生日の日も、普通に仕事入ってるけど。」
「分かってます。」
私は少しブスッとしていたかもしれない。
「まぁスタッフとかお祝いしてくれるよ。俺と一緒に社長も近々行くから焼き肉行こうな」
遊井さんも少しは私に同情しているのかもしれない。
早く東京に帰りたい。いまの大阪の環境も人に恵まれていると思うけど、早く東京に戻って東京で仕事がしたいんだ。
『ひろこさ、今週の誕生日』
いつも通り夜は0時に春から電話があった。仕事で行けないから、ごめんね。そんな内容は分かっていた。本当は会いたいけど仕事だし売れっ子ならしょうがない。
絶対会いに来て!なんてわがままは言えない。彼も仕事があるんだ。
『朝8時半にひろこのマンション行ってもいい?』
私はこの発言にビックリした。
「朝8時半に来るの?!」
『でもその後も仕事で、10時には大阪を出なきゃならないんだ。午前中の仕事も無理矢理調整してるし』
「無理、しなくていいよ」
『無理させてよ。ひろこの誕生日だよ?年に1回しかないんだよ?』
電話を持つ手がじんわり熱くなった。
“好きなら飛んででも会いにくるでしょ?“
昼間の竹川総一郎の言葉を思い出した。
「春は、忙しいのに。」
『ひろこだからだよ。』
「・・・」
春はやっぱり私を好きでいてくれる。
「どうしたのよ。ご機嫌じゃない!」
髪をお団子に結いていると蓮くんがニヤニヤと笑っていた。
「え?そお?」
「今コーヒー飲みながら笑ってた。いい事あったの?あ、明日誕生日だから何かあるんでしよ!」
「私、仕事入ってるよ」
「とか言って、彼氏と会うの?ってかひろこの彼氏って誰?謎なんだけど。早く教えなさいよ。」
仲の良い蓮くんにも彼氏は誰かは言わなかった。蓮くんなら話してもいいかな、と思った事もあったけど言わなかった。信用してないとかじゃなくて、あくまで局内で働く人に1人話したら、他の人にも話す自分になりそうだからだ。
「竹川総一郎、またさっき見たわよ。来週からドラマ始まるから番宣に大忙しよね。本当イケメン。私大好き!」
蓮くんはミーハーな顔してはしゃいでいた。
顔がかっこいい。優しい。誠実そう。
それはみんな好きになるだろう。過去の私でも好きになると思う。でも今はもう違う。
「ひろこちゃん」
スタジオに入ろうと廊下を歩くと声が聞こえた。振り返ると竹川総一郎が立っていた。
「ちょっと、いい?」
私の横にいたスタイリストさんは気をきかせたのかニコリと笑ってスタジオに入ってしまった。
「明日の、誕生日。」
こないだと同じ真剣な目で私を見つめていた。
カッコいい。優しい。私が求めているのはそれじゃない。
中身だ。自分と向き合った時、長い目で見て自分を大切にしてくれるか、だ。もしも春と別れて竹川総一郎と付き合いだしたとして、竹川総一郎も私を大切にしてくれるかもしれない。でももう私は十分すぎるほど春から優しさをもらっている。これ以上は受付けられない。
忙しいのに私の誕生日だからと自分の身を削ってでも私に会いに来てくれる人。
そんな人を私は大切にしたいと思う。
「忙しいのに、彼氏が会いに来てくれる事になりました。」
私は幸せだと思った。
真夏の午後のロケは日光が痛いくらいに肌を焼き付けた。
「暑いね。もう8月だね。」
隣で俳優の竹川総一郎が爽やかに私に言った。
ロケ番組のゲストで今日初めて会ったけど、人気俳優と言われるのはよく分かる。喋り方も雰囲気も洗練されていて、瞳は吸い込まれそうな程綺麗な目をしている。
「暑いですね。」
手で仰ぎながら私も横で返事をした。
「今週誕生日なの?さっきメイクさんが言ってたよ。」
私は8月5日で21歳になる。なんとなく20歳というブランドを失う気もしたけど、ハッキリ言って21も22も23も変わらないと思っている。20歳すぎたらもう大人。
大人なんだ。
「彼氏にお祝いしてもらうの?」
遠回しに彼氏がいるの?と聞いているのだろう。よくこうゆう質問がある気がする。
休みに彼氏とどこか行った?とか、最近彼氏と会ってるの?とか。
別にこっちは彼氏がいますなんて一言も言っていない。だからそうやって彼氏の有無を聞いてきているのだろう。
「忙しいから、誕生日は会えないですけどね。」
「えー?ひろこちゃんの事好きなら飛んででも会いに来るでしょ?俺ならそうするよ。」
私はなんとなく笑った。
好きなら飛んで来る。でも春は忙しい。
忙しいんだからしょうがないと思いながら。
「誕生日、彼氏に会えなかったら電話してよ。」
私が顔をあげると事務所の名刺を渡された。裏を見ると携帯の番号が手書きで書いてあった。
「会えなかったらでいいよ。会えなかったら、電話してよ。絶対電話して。飛んで行くよ。お祝いさせてよ。」
私に気があるんだ、と思った。ドラマさながら、目が真剣だった。
もちろん春に会えなかったとしても電話をするつもりはなかった。竹川総一郎はカッコいいにしても、どんなに私に優しくしてくれても電話をする事はないだろう。
「昨日、春くんに局で会ったよ」
遊井さんが暑さの中大阪まで来てくれた。
クーラーでガンガンに冷えた局内の会議室で、私はお土産の赤坂のチーズケーキをちょうど一口食べたところだった。
「なんか言ってた?」
「アッハッハ!春くんと同じ事聞いてるよ。」
遊井さんは笑っていた。
遊井さんは春、SOULの話になるといつも笑顔な気がする。私と春との交際を反対しないだけありがたいけど、それがどこか娘の彼氏を気に入ってる保護者のようにしか私には見えなかった。多分遊井さんもそんな感覚なのかもしれない。
「春くん、すごい金髪になってたよ。カッコよかったよ。」
リリースしたばかりの新曲から金髪になったのを見た。髪がゴワゴワすると電話で言ってたけどあの不健康そうな髪はまたこれでさらに傷むのかな、なんて思いながら。
でもまだその金髪は生では見れていない。
「ひろこに、会いたそうにしてたよ。」
「・・・」
「まぁでもね。今が1番大事な時だしな。売れっ子だもんな。年明けから全国ツアーも始まるし。秋元さんも会うと目が血走ってるよ。」
そんなの分かってる。これからどんどん忙しくなる。
だからそんな時は、自分の目先の仕事を頑張りたいんだ。
『車、新しいの買ったんだ』
春はこないだそんな話をしていた。
ずいぶん突然だね、どうしたの?と聞いたらケンについて見に行った時に一目で買おうと思ったようだ。
『カッコいいんだ。納車は来年なんだけど。ひろこが東京戻ったら見せるよ。』
早く東京に戻りたいと思いながら。
「ひろこ、今週誕生日だな。21か。おめでとう」
「ありがとう」
遊井さんは椅子の背にもたれてコーヒーを飲んだ。
「誕生日の日も、普通に仕事入ってるけど。」
「分かってます。」
私は少しブスッとしていたかもしれない。
「まぁスタッフとかお祝いしてくれるよ。俺と一緒に社長も近々行くから焼き肉行こうな」
遊井さんも少しは私に同情しているのかもしれない。
早く東京に帰りたい。いまの大阪の環境も人に恵まれていると思うけど、早く東京に戻って東京で仕事がしたいんだ。
『ひろこさ、今週の誕生日』
いつも通り夜は0時に春から電話があった。仕事で行けないから、ごめんね。そんな内容は分かっていた。本当は会いたいけど仕事だし売れっ子ならしょうがない。
絶対会いに来て!なんてわがままは言えない。彼も仕事があるんだ。
『朝8時半にひろこのマンション行ってもいい?』
私はこの発言にビックリした。
「朝8時半に来るの?!」
『でもその後も仕事で、10時には大阪を出なきゃならないんだ。午前中の仕事も無理矢理調整してるし』
「無理、しなくていいよ」
『無理させてよ。ひろこの誕生日だよ?年に1回しかないんだよ?』
電話を持つ手がじんわり熱くなった。
“好きなら飛んででも会いにくるでしょ?“
昼間の竹川総一郎の言葉を思い出した。
「春は、忙しいのに。」
『ひろこだからだよ。』
「・・・」
春はやっぱり私を好きでいてくれる。
「どうしたのよ。ご機嫌じゃない!」
髪をお団子に結いていると蓮くんがニヤニヤと笑っていた。
「え?そお?」
「今コーヒー飲みながら笑ってた。いい事あったの?あ、明日誕生日だから何かあるんでしよ!」
「私、仕事入ってるよ」
「とか言って、彼氏と会うの?ってかひろこの彼氏って誰?謎なんだけど。早く教えなさいよ。」
仲の良い蓮くんにも彼氏は誰かは言わなかった。蓮くんなら話してもいいかな、と思った事もあったけど言わなかった。信用してないとかじゃなくて、あくまで局内で働く人に1人話したら、他の人にも話す自分になりそうだからだ。
「竹川総一郎、またさっき見たわよ。来週からドラマ始まるから番宣に大忙しよね。本当イケメン。私大好き!」
蓮くんはミーハーな顔してはしゃいでいた。
顔がかっこいい。優しい。誠実そう。
それはみんな好きになるだろう。過去の私でも好きになると思う。でも今はもう違う。
「ひろこちゃん」
スタジオに入ろうと廊下を歩くと声が聞こえた。振り返ると竹川総一郎が立っていた。
「ちょっと、いい?」
私の横にいたスタイリストさんは気をきかせたのかニコリと笑ってスタジオに入ってしまった。
「明日の、誕生日。」
こないだと同じ真剣な目で私を見つめていた。
カッコいい。優しい。私が求めているのはそれじゃない。
中身だ。自分と向き合った時、長い目で見て自分を大切にしてくれるか、だ。もしも春と別れて竹川総一郎と付き合いだしたとして、竹川総一郎も私を大切にしてくれるかもしれない。でももう私は十分すぎるほど春から優しさをもらっている。これ以上は受付けられない。
忙しいのに私の誕生日だからと自分の身を削ってでも私に会いに来てくれる人。
そんな人を私は大切にしたいと思う。
「忙しいのに、彼氏が会いに来てくれる事になりました。」
私は幸せだと思った。
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