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婦人科
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「病院?どこか悪いのか?」
遊井さんにはすごく言いづらいけど、婦人科に行くのに1人で行く事はハードルが高かった。
婦人科に入るところを写真誌に撮られでもしたら何を書かれるか分からないからだ。
このまま私が妊娠したら。
とてもじゃないけど想像したくないくらいの不安に駆られた。
せっかく東京に戻れて自分の番組まで持てて、仕事はどんどん入ってくるのに、大きいお腹でテレビに映り、産休に入ればもう私の番組なんて打切りだろう。
春も春でそうだ。人気絶好調のバンドのボーカルがデキ婚なんてなったらファン離れが加速する。
春1人じゃない。メンバー3人、マネージャー達もいる。
私は1人自分の身体に責任を負っていた。
もっと説得して避妊をお願いしようとも思ったけど、無理だと思った。なんだかんだセックスに溺れて夢中になって。
最中だとやっぱり気は緩む。目先の快楽に走ってしまう。
ここは彼には内緒でピルを服用するしか術はないと思った。
「婦人科、に行きたいんだけど。」
その瞬間遊井さんの顔色が突如変わった。
「違うよ!妊娠じゃないよ!妊娠じゃないから安心してよ!」
それでも遊井さんは顔色悪そうにしていた。
「やめてくれよ。なんだよ。病気か?」
「・・えっと、」
「春くんと秋元さんには言わないから」
気まずそうな私を察したのか遊井さんは見た事もないような心配そうな顔をした。
「せ、生理痛がひどくて。その、相談。」
避妊してくれないからピルが欲しいなんて遊井さん相手に言えなかった。用意していた「生理痛がひどい」で取り繕うのにもヒヤヒヤとした。
遊井さんは大きなため息をつきながら携帯を出してきた。
大事な事は、誰にも聞かれたくない事は必然と車内で2人だけの時に言う。私にはもうその護身術みたいなものが備わっているんだとふと思った。
「一応、うちの会社と提携してる婦人科あるからそこ行けよ。赤坂だから予約しとくよ。事務所のすぐ近くなんだ。明日なら10時半から収録だから朝イチなら行けるぞ。」
「やっぱり。提携してるところあるんだね。明日行くよ。」
「嫌な話だけど、中絶したりとかはうちの事務所はみんなこの病院だよ。」
遊井さんは携帯のアドレス帳を検索しながら無表情で言った。
「・・・そっか。」
中絶なんて絶対嫌だ。
授かった命をどうして殺さなくてはいけないんだ。愛する人の子ならなおさらだ。
「一般的に中絶する人ってさ、なんでするんだろう。」
「そりゃ、望まない妊娠だよ。売れっ子なのにできちゃった時とか。あと彼氏でもないのにできちゃった、とか。」
彼氏でもないのに妊娠。
愛人か、片想いか。中にはレイプされたとかの事故もあるだろう。
自分がそれでも産みたいと思ったとしても相手は望んでいない。父親にはなれない。そんなところか。
きっと私が妊娠したら春は産んでというだろう。それは簡単な事で彼氏だからだ。
じゃあ慶は?と考えると分からない。という以前に私は慶の彼女でもないしセックスもしたことはない。
この時点でもう、全然次元の違うお話だ。
帽子を深々と被って足早に病院に入った。赤坂の婦人科へ、遊井さんは朝イチで送ってくれた。朝は8時だった。
「どうぞ」
看護婦さんに案内されて診察室に入ると40代くらいの綺麗な顔立ちの女医さんが私を切長の目で見つめた。
私の顔も名前も知っているだろう。遊井さんが事務所を通して予約してくれた訳だけど、なぜか顔を見られるのが恥ずかしくてマスクをしたまま先生と向き合った。
「今日は、どうしました?」
「ピルの処方を、お願いしたいのですが」
先生はあぁと言って慣れた風貌ですぐ近くにあるピルを見せてくれた。
「避妊は?彼氏に言ってしてもらえない?」
なんて言おうかと躊躇したけど先生である以上言えない理由もない訳で素直に話そうと思った。こんな話を聞いてくれるのは目の前の先生か美咲くらいだろう。
「今は、妊娠できないんです。」
「そうよね。困っちゃうわよね」
この先生も色々経験はしてきたのだろう。モデルみたいな脚を組み直した瞬間色気みたいなものを感じた。
「ピルはお勧めしますよ。生理も決まった日にくるし生理痛は軽くなる。身体のリズムもつくれていいですよ。」
そう言うと手の平に乗るサイズの薄いピンク色のケースを見せてきた。ピルはそのケースに入っていた。それが自分の身体を守るんだと思ったら尊い気持ちになった。
「ケース入れちゃえば分からないでしょ。毎日同じ時間に1錠だけ。忘れちゃうから朝起きてすぐとか自分の中で服用時間を決めておいてくださいね。」
私はケースに行儀良く並んだピルをぼんやりと見つめていた。
「タレントさんとか飲んでる方多いですよ。今は妊娠できないって人がやっぱり多いからね。望まない妊娠ほど、不幸なものはないですからね」
先生の言う通りだ。でも私は子供を望まないとは思っていない。それが今ではない、それだけの話だ。
「いつかは、いつかは結婚して子供が欲しいとは思います。その日まで飲み続けてても大丈夫でしょうか。何年かは分かりませんが。」
「それは大丈夫よ。10年飲み続けてる人もいるし。どうします?とりあえず1ヶ月分だけお出ししましょうか?」
「お願いします。」
先生はパソコンにカタカタと入力をしながら画面を見つめていた。
「大丈夫ですよ。まだお若いんだし、いつかは産めますよ。中には一生子供が欲しくないって人もいますからね。」
「・・それって芸能人で、ですか。」
「芸能人でも一般人でもいますよ。芸能人だと、まぁ彼氏ではない関係を続けるため、って方もいらっしゃいますからね。」
私は先生の言葉に動きが止まった。
枕だ。永遠に愛人契約を結んでいるような人も世の中にはいるんだ。あの、ワンナイメンバー達のように。
「結婚して子供をいつか産みたいって思う気持ちは大切にしてくださいね。可愛いですよ。自分の愛する人との子供ですからね。」
先生はパソコンを打ちながら優しそうに笑っていた。その顔で、子供がいるんだと思った。
「・・・結婚って、好きな人と、するものですよね」
私は膝に抱えていた鞄を強く握っていた。先生は私の質問に動揺したのか瞬きをして私の方に向いた。
「まぁ、そうよね。普通はそうですよ」
「好きな人と、大切な人と、どちらと結婚するものなんですかね。」
昔、花ちゃんにグアムで言われた事を思い出していた。
私は未だに、この結果が分からないでいるんだ。
未だに好きという感情を自分で押し殺している慶と、私を女でいさせてくれる大切な春と。
足元がかすかに震えているのが分かった。
「うーん。難しいわねーこれは個人の気持ち次第だけど、女子の永遠の問題かもしれないわね。」
先生は斜め上を見上げて考えていた。この先生の言葉が全てではないけど、誰かの考えを聞いておきたかった。
「結婚するのに好きだけじゃダメな気もするけど好きは好きだしね。大切な人は失った時にその人が自分の心に占めてた重さが分かるかもしれないわね。」
遊井さんにはすごく言いづらいけど、婦人科に行くのに1人で行く事はハードルが高かった。
婦人科に入るところを写真誌に撮られでもしたら何を書かれるか分からないからだ。
このまま私が妊娠したら。
とてもじゃないけど想像したくないくらいの不安に駆られた。
せっかく東京に戻れて自分の番組まで持てて、仕事はどんどん入ってくるのに、大きいお腹でテレビに映り、産休に入ればもう私の番組なんて打切りだろう。
春も春でそうだ。人気絶好調のバンドのボーカルがデキ婚なんてなったらファン離れが加速する。
春1人じゃない。メンバー3人、マネージャー達もいる。
私は1人自分の身体に責任を負っていた。
もっと説得して避妊をお願いしようとも思ったけど、無理だと思った。なんだかんだセックスに溺れて夢中になって。
最中だとやっぱり気は緩む。目先の快楽に走ってしまう。
ここは彼には内緒でピルを服用するしか術はないと思った。
「婦人科、に行きたいんだけど。」
その瞬間遊井さんの顔色が突如変わった。
「違うよ!妊娠じゃないよ!妊娠じゃないから安心してよ!」
それでも遊井さんは顔色悪そうにしていた。
「やめてくれよ。なんだよ。病気か?」
「・・えっと、」
「春くんと秋元さんには言わないから」
気まずそうな私を察したのか遊井さんは見た事もないような心配そうな顔をした。
「せ、生理痛がひどくて。その、相談。」
避妊してくれないからピルが欲しいなんて遊井さん相手に言えなかった。用意していた「生理痛がひどい」で取り繕うのにもヒヤヒヤとした。
遊井さんは大きなため息をつきながら携帯を出してきた。
大事な事は、誰にも聞かれたくない事は必然と車内で2人だけの時に言う。私にはもうその護身術みたいなものが備わっているんだとふと思った。
「一応、うちの会社と提携してる婦人科あるからそこ行けよ。赤坂だから予約しとくよ。事務所のすぐ近くなんだ。明日なら10時半から収録だから朝イチなら行けるぞ。」
「やっぱり。提携してるところあるんだね。明日行くよ。」
「嫌な話だけど、中絶したりとかはうちの事務所はみんなこの病院だよ。」
遊井さんは携帯のアドレス帳を検索しながら無表情で言った。
「・・・そっか。」
中絶なんて絶対嫌だ。
授かった命をどうして殺さなくてはいけないんだ。愛する人の子ならなおさらだ。
「一般的に中絶する人ってさ、なんでするんだろう。」
「そりゃ、望まない妊娠だよ。売れっ子なのにできちゃった時とか。あと彼氏でもないのにできちゃった、とか。」
彼氏でもないのに妊娠。
愛人か、片想いか。中にはレイプされたとかの事故もあるだろう。
自分がそれでも産みたいと思ったとしても相手は望んでいない。父親にはなれない。そんなところか。
きっと私が妊娠したら春は産んでというだろう。それは簡単な事で彼氏だからだ。
じゃあ慶は?と考えると分からない。という以前に私は慶の彼女でもないしセックスもしたことはない。
この時点でもう、全然次元の違うお話だ。
帽子を深々と被って足早に病院に入った。赤坂の婦人科へ、遊井さんは朝イチで送ってくれた。朝は8時だった。
「どうぞ」
看護婦さんに案内されて診察室に入ると40代くらいの綺麗な顔立ちの女医さんが私を切長の目で見つめた。
私の顔も名前も知っているだろう。遊井さんが事務所を通して予約してくれた訳だけど、なぜか顔を見られるのが恥ずかしくてマスクをしたまま先生と向き合った。
「今日は、どうしました?」
「ピルの処方を、お願いしたいのですが」
先生はあぁと言って慣れた風貌ですぐ近くにあるピルを見せてくれた。
「避妊は?彼氏に言ってしてもらえない?」
なんて言おうかと躊躇したけど先生である以上言えない理由もない訳で素直に話そうと思った。こんな話を聞いてくれるのは目の前の先生か美咲くらいだろう。
「今は、妊娠できないんです。」
「そうよね。困っちゃうわよね」
この先生も色々経験はしてきたのだろう。モデルみたいな脚を組み直した瞬間色気みたいなものを感じた。
「ピルはお勧めしますよ。生理も決まった日にくるし生理痛は軽くなる。身体のリズムもつくれていいですよ。」
そう言うと手の平に乗るサイズの薄いピンク色のケースを見せてきた。ピルはそのケースに入っていた。それが自分の身体を守るんだと思ったら尊い気持ちになった。
「ケース入れちゃえば分からないでしょ。毎日同じ時間に1錠だけ。忘れちゃうから朝起きてすぐとか自分の中で服用時間を決めておいてくださいね。」
私はケースに行儀良く並んだピルをぼんやりと見つめていた。
「タレントさんとか飲んでる方多いですよ。今は妊娠できないって人がやっぱり多いからね。望まない妊娠ほど、不幸なものはないですからね」
先生の言う通りだ。でも私は子供を望まないとは思っていない。それが今ではない、それだけの話だ。
「いつかは、いつかは結婚して子供が欲しいとは思います。その日まで飲み続けてても大丈夫でしょうか。何年かは分かりませんが。」
「それは大丈夫よ。10年飲み続けてる人もいるし。どうします?とりあえず1ヶ月分だけお出ししましょうか?」
「お願いします。」
先生はパソコンにカタカタと入力をしながら画面を見つめていた。
「大丈夫ですよ。まだお若いんだし、いつかは産めますよ。中には一生子供が欲しくないって人もいますからね。」
「・・それって芸能人で、ですか。」
「芸能人でも一般人でもいますよ。芸能人だと、まぁ彼氏ではない関係を続けるため、って方もいらっしゃいますからね。」
私は先生の言葉に動きが止まった。
枕だ。永遠に愛人契約を結んでいるような人も世の中にはいるんだ。あの、ワンナイメンバー達のように。
「結婚して子供をいつか産みたいって思う気持ちは大切にしてくださいね。可愛いですよ。自分の愛する人との子供ですからね。」
先生はパソコンを打ちながら優しそうに笑っていた。その顔で、子供がいるんだと思った。
「・・・結婚って、好きな人と、するものですよね」
私は膝に抱えていた鞄を強く握っていた。先生は私の質問に動揺したのか瞬きをして私の方に向いた。
「まぁ、そうよね。普通はそうですよ」
「好きな人と、大切な人と、どちらと結婚するものなんですかね。」
昔、花ちゃんにグアムで言われた事を思い出していた。
私は未だに、この結果が分からないでいるんだ。
未だに好きという感情を自分で押し殺している慶と、私を女でいさせてくれる大切な春と。
足元がかすかに震えているのが分かった。
「うーん。難しいわねーこれは個人の気持ち次第だけど、女子の永遠の問題かもしれないわね。」
先生は斜め上を見上げて考えていた。この先生の言葉が全てではないけど、誰かの考えを聞いておきたかった。
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