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会えない間
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「ひろこ!」
大阪放送のエントランスに地味なスーツ着てもチンピラにしか見えない遊井さんが紙袋を抱えて手を振って歩いて来た。
「遊井さん!お疲れ様。」
1ヶ月に2.3回は私に会いに来てはくれているのだけど、思春期の娘と親は久々会うのがちょうど良い人間関係が保たれると聞いた話ではあるがよく言ったものだと思う。会えばお互いどことなく笑みがこぼれ、東京にいた時のどこかドライな2人ではなくなっていた。それは安心感なのだろうと最近気づいた。
私を理解している身内。仕事の身内。もう親も同然だ。
でもこうも冷静に考えられるというのは
私の性格が変わったのだろうか、とも思った。
「ほら。買ってきたぞ」
「ありがとー!会議室とったから、コーヒーとお皿持ってくるね」
遊井さんは来るたびに赤坂の私の大好きなレアチーズケーキを買って来てくれる。そのお土産を持って来てくれる行為というのが、励ましなのか労いなのかは分からないけど東京は遠いな、といつも思うようになっていた。
「遊井さんにも買っておいたよ。帰り食べて」
「おーサンキュー!」
遊井さんお気に入りのタコヤキ饅頭を手渡しお菓子の交換は当たり前になった。
コーヒーを1杯呑んだところで遊井さんが私の顔を見て真顔で言った。
「なんか、いい事でもあったのか?」
「え?そお?」
鋭いツッコミに正直焦っていた。
「まぁ、1年前よりかはイキイキしてるよな。早いよなぁ」
「そうだね。」
遊井さんは資料を渡してくれて私は目を通した。
「ひろこの、去年のグアムの写真集が3度目の重版かかったよ。」
「え?本当?」
グアムの写真集。まぁ出版した写真集はこれだけだけど、売れてると分かればそれ以上の嬉しい事はない。
「出版社に取次経由で聞いてもらったら関西の書店で売れてるんだ。やっぱり大阪でファンがジワジワ増えてるんだと思うぞ」
「えーでも売れてるなら嬉しいよ」
私は笑顔でチーズケーキを全部食べ干した。
「・・東京での仕事なんだけど、」
「え?東京?」
春に会える!と思って私は色めきだった。
東京で硬いレギュラーでも1本取れれば東京に戻りたいと思っていたからだ。大阪の仕事なら新幹線で通う事はできる。今の私の目指すところは東京でのレギュラーでの仕事だ。
「何それ?東京でできるの?レギュラー?」
「うーん。。いや、ファッション誌で1回ブランドとタイアップ。単発だから」
「そっか」
「雑誌のモデルもいいとは思うけど俺、ひろこはそれじゃないと思うんだよな。」
「・・・」
「バーンと全国区でCM決まればトントンといける気もするんだけどなー。決まんねーかなぁ。あと週刊誌の表紙。大阪版。これは抑えたから。大阪で撮影だって。来月15日な」
「うん。分かった。15日ね」
私は手帳に予定を入れた。さっきまでの期待が霞んで手に持つペンの力が緩んだのが分かった。
今ここで東京に帰る訳にはいかない。戻ったって東京の仕事がないのだから。大阪にいた方が仕事上は効率的なんだ。
帰ってもいいんだろうけど、私にだってプライドがある。現に今受けた雑誌の仕事も大阪じゃないか。
ペンをかちゃりと音を立ててしまうとため息がでた。
「ひろこ、成人式どうするんだ?1月だろ?休みとって東京来るか?こないだひろこのお母さん連絡くれてさ、心配してたぞ。たまには連絡してやれよ。」
遊井さんは手帳を1月のページにしてペンを持っていた。
成人式。
みんなに会いたい。
会いたいけど、まだ会えない。
「・・・考えとくね。」
強がりじゃない。
まだ、帰りたくないだけなんだ。
たまに思い出す地元の事。
クイーブでの思い出。
信頼できる友達がいる事。
そして、慶の事。
慶。
心にシコリがないと言えば嘘になる。
思い出すと苦しくなる。
あの、凹んだ自転車はもう乗ってないだろうな。
日付が変わる頃、春は毎日電話をくれた。それが日課になって12時にはお風呂を出て電話を待つようになった。
『ひろこのマネージャーってチンピラみたいな人でしょ?俺、分かるよ。局で見た事ある。見た目怖いよな。でも業界内ではけっこうな有名人らしいよ』
「うそでしょー!遊井さんが?遊んでるのかな?」
そんなたわいもない笑い話が圧倒的に多かったけど、とにかくいつも何かしら仕事をしていた。これが東京で仕事をしているって事なんだと思いながら聞いていた。
『今、レコーディングしてんの。俺だけ。みんなズルいよな。呑み行っちゃったよ』
「春だけ居残り?」
『そう。俺だけ居残り仕事。アッキーはいるけど。早く呑みに行きたそうだよ。』
休みがほぼないハードなスケジュールだとは思ってはいたけど予想を遥かに越えていた。
2時間しか寝れなかった、とか。
朝までかかってしまった、とか。
スタジオから一歩もでれない、とか。
ラジオの収録が押して次の現場に行けなかった、とか。
売れっ子とはそういうものなんだろう。
大々的に新曲のCMを流し全国的に掲げたプロモーションも甲斐あり見事初登場にして初の2位となりファンクラブ会員数もぐっと増えていた。
これは国民的バンドとしての地位を確立したかもの土俵に入ってきた。
春とは会えない日々が続いた。
会いたかった。
控室でTVのチャンネルを変えると春が音楽生番組で歌っていた。
『会いたい、あなたに会いたい、会いたい』
テロップで流れる歌詞をぼんやりと見ていた。私の気持ちを代弁しているのかと思った。
でも私が会いたいと言ったところで急いで大阪に来れる訳でもなく、それは私も理解できていた。
『ひろこに会いたいから生番組で会いたい会いたい会いたいって歌ってきたよ。』
「それ、さっき観てたよ!」
『どこでもドアってなんで売ってないんだろうな。どこでもドアの機能はなくてもひろこの家だけ行ければいいんだけど』
「それ都合よすぎ!!」
そんなこんなしていたら季節はすっかり秋が終わりそうになっていた。
『6時間くらい会えるかも』
収録前にヘアメイクをしてもらっていたらメールが届いていた。
突然の事で本当に?と返信したらすぐに返事は来た。
『名古屋の仕事終わったらそのままのぞみの終電で大阪に行くよ』
私は胸の鼓動が早くなるのが分かった。
春に会えるんだ。
ピリリリリリ
携帯の音が鳴る。
遊井さんだと思って出たら美咲だった。
「美咲?」
『ひろこ!久しぶりー!元気にしてるの?』
美咲はたまに電話をくれていた。
私の大阪に来てからの状況を分かっているようで慶の事は一切話さなかった。
仕事に集中させてくれているようで、それがありがたかった。
「うん。元気だよ。」
『成人式なんだけど、あんた戻ってくるの?地元で夜壮大な飲み会やるみたいで出欠とってんのよ。で、ひろこは?って』
「・・」
『成人式は来れるの?』
成人式。
本当は行きたい。
一生に一度しかないんだ。
みんなにも会いたい。
だけど、だけども。
『成人式は来ようよ。お祝いよ。みんな待ってるから。考えておいてよ』
そう言って美咲は電話を切った。
大阪放送のエントランスに地味なスーツ着てもチンピラにしか見えない遊井さんが紙袋を抱えて手を振って歩いて来た。
「遊井さん!お疲れ様。」
1ヶ月に2.3回は私に会いに来てはくれているのだけど、思春期の娘と親は久々会うのがちょうど良い人間関係が保たれると聞いた話ではあるがよく言ったものだと思う。会えばお互いどことなく笑みがこぼれ、東京にいた時のどこかドライな2人ではなくなっていた。それは安心感なのだろうと最近気づいた。
私を理解している身内。仕事の身内。もう親も同然だ。
でもこうも冷静に考えられるというのは
私の性格が変わったのだろうか、とも思った。
「ほら。買ってきたぞ」
「ありがとー!会議室とったから、コーヒーとお皿持ってくるね」
遊井さんは来るたびに赤坂の私の大好きなレアチーズケーキを買って来てくれる。そのお土産を持って来てくれる行為というのが、励ましなのか労いなのかは分からないけど東京は遠いな、といつも思うようになっていた。
「遊井さんにも買っておいたよ。帰り食べて」
「おーサンキュー!」
遊井さんお気に入りのタコヤキ饅頭を手渡しお菓子の交換は当たり前になった。
コーヒーを1杯呑んだところで遊井さんが私の顔を見て真顔で言った。
「なんか、いい事でもあったのか?」
「え?そお?」
鋭いツッコミに正直焦っていた。
「まぁ、1年前よりかはイキイキしてるよな。早いよなぁ」
「そうだね。」
遊井さんは資料を渡してくれて私は目を通した。
「ひろこの、去年のグアムの写真集が3度目の重版かかったよ。」
「え?本当?」
グアムの写真集。まぁ出版した写真集はこれだけだけど、売れてると分かればそれ以上の嬉しい事はない。
「出版社に取次経由で聞いてもらったら関西の書店で売れてるんだ。やっぱり大阪でファンがジワジワ増えてるんだと思うぞ」
「えーでも売れてるなら嬉しいよ」
私は笑顔でチーズケーキを全部食べ干した。
「・・東京での仕事なんだけど、」
「え?東京?」
春に会える!と思って私は色めきだった。
東京で硬いレギュラーでも1本取れれば東京に戻りたいと思っていたからだ。大阪の仕事なら新幹線で通う事はできる。今の私の目指すところは東京でのレギュラーでの仕事だ。
「何それ?東京でできるの?レギュラー?」
「うーん。。いや、ファッション誌で1回ブランドとタイアップ。単発だから」
「そっか」
「雑誌のモデルもいいとは思うけど俺、ひろこはそれじゃないと思うんだよな。」
「・・・」
「バーンと全国区でCM決まればトントンといける気もするんだけどなー。決まんねーかなぁ。あと週刊誌の表紙。大阪版。これは抑えたから。大阪で撮影だって。来月15日な」
「うん。分かった。15日ね」
私は手帳に予定を入れた。さっきまでの期待が霞んで手に持つペンの力が緩んだのが分かった。
今ここで東京に帰る訳にはいかない。戻ったって東京の仕事がないのだから。大阪にいた方が仕事上は効率的なんだ。
帰ってもいいんだろうけど、私にだってプライドがある。現に今受けた雑誌の仕事も大阪じゃないか。
ペンをかちゃりと音を立ててしまうとため息がでた。
「ひろこ、成人式どうするんだ?1月だろ?休みとって東京来るか?こないだひろこのお母さん連絡くれてさ、心配してたぞ。たまには連絡してやれよ。」
遊井さんは手帳を1月のページにしてペンを持っていた。
成人式。
みんなに会いたい。
会いたいけど、まだ会えない。
「・・・考えとくね。」
強がりじゃない。
まだ、帰りたくないだけなんだ。
たまに思い出す地元の事。
クイーブでの思い出。
信頼できる友達がいる事。
そして、慶の事。
慶。
心にシコリがないと言えば嘘になる。
思い出すと苦しくなる。
あの、凹んだ自転車はもう乗ってないだろうな。
日付が変わる頃、春は毎日電話をくれた。それが日課になって12時にはお風呂を出て電話を待つようになった。
『ひろこのマネージャーってチンピラみたいな人でしょ?俺、分かるよ。局で見た事ある。見た目怖いよな。でも業界内ではけっこうな有名人らしいよ』
「うそでしょー!遊井さんが?遊んでるのかな?」
そんなたわいもない笑い話が圧倒的に多かったけど、とにかくいつも何かしら仕事をしていた。これが東京で仕事をしているって事なんだと思いながら聞いていた。
『今、レコーディングしてんの。俺だけ。みんなズルいよな。呑み行っちゃったよ』
「春だけ居残り?」
『そう。俺だけ居残り仕事。アッキーはいるけど。早く呑みに行きたそうだよ。』
休みがほぼないハードなスケジュールだとは思ってはいたけど予想を遥かに越えていた。
2時間しか寝れなかった、とか。
朝までかかってしまった、とか。
スタジオから一歩もでれない、とか。
ラジオの収録が押して次の現場に行けなかった、とか。
売れっ子とはそういうものなんだろう。
大々的に新曲のCMを流し全国的に掲げたプロモーションも甲斐あり見事初登場にして初の2位となりファンクラブ会員数もぐっと増えていた。
これは国民的バンドとしての地位を確立したかもの土俵に入ってきた。
春とは会えない日々が続いた。
会いたかった。
控室でTVのチャンネルを変えると春が音楽生番組で歌っていた。
『会いたい、あなたに会いたい、会いたい』
テロップで流れる歌詞をぼんやりと見ていた。私の気持ちを代弁しているのかと思った。
でも私が会いたいと言ったところで急いで大阪に来れる訳でもなく、それは私も理解できていた。
『ひろこに会いたいから生番組で会いたい会いたい会いたいって歌ってきたよ。』
「それ、さっき観てたよ!」
『どこでもドアってなんで売ってないんだろうな。どこでもドアの機能はなくてもひろこの家だけ行ければいいんだけど』
「それ都合よすぎ!!」
そんなこんなしていたら季節はすっかり秋が終わりそうになっていた。
『6時間くらい会えるかも』
収録前にヘアメイクをしてもらっていたらメールが届いていた。
突然の事で本当に?と返信したらすぐに返事は来た。
『名古屋の仕事終わったらそのままのぞみの終電で大阪に行くよ』
私は胸の鼓動が早くなるのが分かった。
春に会えるんだ。
ピリリリリリ
携帯の音が鳴る。
遊井さんだと思って出たら美咲だった。
「美咲?」
『ひろこ!久しぶりー!元気にしてるの?』
美咲はたまに電話をくれていた。
私の大阪に来てからの状況を分かっているようで慶の事は一切話さなかった。
仕事に集中させてくれているようで、それがありがたかった。
「うん。元気だよ。」
『成人式なんだけど、あんた戻ってくるの?地元で夜壮大な飲み会やるみたいで出欠とってんのよ。で、ひろこは?って』
「・・」
『成人式は来れるの?』
成人式。
本当は行きたい。
一生に一度しかないんだ。
みんなにも会いたい。
だけど、だけども。
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