Beloved

みのりみの

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愛されること

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彼のオフは実質1日で終わった。

居なくなった部屋にはどこを見ても彼の荷物で、でもそれがなんとなく嬉しかったりする。

『連絡するから』

そう言って部屋を出て行った彼と私は連絡先の交換という当たり前の事をしていなかった自分にビックリしていた。
これでもう一生会えなくなるなんてのは嫌だ。そうは言っても私はゆうきと連絡先の交換をしている。
ただ連絡を待ってみようと思った。それはいつになるか分からない。でもきっと今日が終わるうちに連絡は来るじゃないかと思っていた。もしも連絡が来なかったら。来なかったらきっとそれまでだ。
不思議と連絡が来るだろうと思っていた。なんでだかは分からないけど、そう思った。

「ひ、ひろこちゃんすごいね」
「え?」

今日の衣装を着てメイクに入るところでスタイリストの女性スタッフが目を丸くして私を見ていた。顔ではない。明らかに私の上半身をまじまじと見ていた。

「・・・彼氏、できたの?」

ニヤニヤと私を見て笑っている。

「衣装、変えようか?変えようね。」

衣装が似合わないのかと思って鏡を見たらやっと気がついた。胸元に複数のキスマークがついていた。色の濃い、どうあがいてもひどい内出血で気づかない人は誰もいないだろう。

「え?何これ!!」

慌てて服の中を見ると胸元どころか首筋からお腹の方まで無数についていた。数えきれないくらいだ。

「す、すいません!気づかなかった。」

メイクさんは大笑いしていた。

「タートルネックのノースリーブのニットワンピースがあったから、それ着てあとはコンシーラーで抑えようか。」

メイクさんもクスクスとまだ笑っている。

「ひろこちゃん、激しい夜なのね。」
「いや、激しいという訳ではないんですけど、」

私は恥ずかしくて下を向いて自分の腕をさすった。

『すっごい、好き』

確かに、あの人は私の身体にたくさんキスしていた。痛いくらいにキスしていた。身体中についた跡を見て、また昨日の夜を思い出す。
胸がギュッと苦しくなるのが分かった。


「んーでも分かるなぁ。ひろこちゃんかわいいから。彼氏なら心配になっちゃうわよ。他の男に手を出されたりしないか、とかさ」
「そ、そうですかね。」
「キスマークつける男の心理、そうなのよね。こんなに複数。愛されてるのよ」
「・・・」

愛される、なんて考えた事もなかった。
「好き」って気持ちだけで男を見てきたからだ。愛してよ、なんて男に言った事もないしお互いが好きであれば付き合ってセックスして、男女なんて恋人同士なんてお互いが好きであればそれで丸くおさまっていると思っていた。

「相手、芸能人?」

私は背筋がピンと伸びた気がした。

「あの人でしょ?こないだ番組にゲストに来てた、」

知られたくない。ウワサにもなりたくない。それは彼にも迷惑がかかるからだ。
まだ何も彼とは話していないけど、私だって言われなくても分かる。この恋は世間には知られてはならない事なんだ。

「REPROのボーカルのミサトくん!あの人ずっとひろこちゃんと連絡先の交換したいって言ってたのよ!」

私は胸を撫で下ろした。蓮くんに一度春との事を言われたからそう思っている人が多いのかもしれないと思ったからだ。

「違います違います!私、REPROとは一言も話さなかったし」

女性スタッフは着替えた私の肩と腕についたキスマークをコンシーラーでポンポンと手際よく隠した。

「相手は誰であれ、恋したらひろこちゃんもっと綺麗になりそうね。その日が楽しみだわ。」

私は顔が高揚しているのが分かって下を向いた。

『ひろこが、好き』

あのかすれた声にもならない声が耳から離れなくて、ドキドキしてばっかりなんだ。



『ひろこ?』

夜は日付が変わる頃に春から電話があった。

「春?」

『おーひろこだ!連絡先聞いてなくて、ゆうきに聞いたよ』

やっぱり、かかってきた。私は携帯電話を持ったまま笑顔があふれた。

『仕事終わった?』

「うん。」

『もう、家にいるの?』

「そうだよ。」

『あのあと、すごいバタバタして髪染めて撮影あったよ。スケジュール変更だったみたいで。』

「忙しかったね。」

『うん。休み、ひどいよなアッキー。3日ってなんなんだよな。』

愚痴りながらも、愛しい気持ちは募るばかりだ。


『さっきまで、会ってたのにな。』

疲れ切っているようなかすれた声が耳に心地が良い。

「しょうがないよ。SOULなんて今が1番大変なんじゃない?」

『大変だけど、仕事とひろこは一緒にしたくないよ』

嬉しい気持ちがまた重なってこうやって「好き」の気持ちが上積みされていくんだろうと思った。

『俺の前に付き合ってた彼氏っていつ別れたの?』

彼氏と聞いて、妙に実感した。

春は私の彼氏になったんだ。

「前の彼氏は高校3年の時に別れたよ」
『え?じゃあ高校卒業してデビューしてから彼氏いなかったの?!』
「うん」
『じゃあ、セックスしたのも高校生以来だったの?』
「そうだよ。」

彼は黙っていた。どう思っていたかは分からないけど、しばらく黙っていたと思ったら落ち着いた口調で話した。

『じゃあ、よかった?』
「何が?」
『俺と、したこと』

私は突然聞かれておかしくて笑ってしまった。

「春ってエッチー!感想言わせる気?」

しばらく笑っていて春もつられて笑っていた。

『感想、聞かせてよ。励みにするから』
「励みって何の励み?」

私はおかしくてさらに笑った。笑いが止まらなくてお腹が痛くなる程だった。

『明日からレコーディングなんだよ。頑張ってくるから、その励みにさせてよ。』

私は胸を抑えて少し落ち着かせて言った。

「ドキドキしたよ」

ドキドキした。すごくドキドキした。あんな経験は初めてだったからだ。
多分、初めてセックスした時よりも私の身体が変わったような気がしたんだ。

『なんか、』
「ん?」
『また、すぐ会いたくなる。明日の朝一でのぞみ乗りたいよ。』
「仕事あるじゃない。」
『分かってるよ』

すぐになんて会えないはずだ。忙しいのは分かっている。彼はスターであり東京にいるのだ。
遠距離恋愛。
よく聞く恋愛ストーリーなフレーズにまさか自分が経験するとは思わなかった。

「身体に、今日キスマークたくさんついてた。」

春は受話器越しにふふっと笑ってごめんごめんと言った。

『心配なんだもん。よその男に手を出されたくないじゃん』

スタイリストさんの言葉通りだ。

『俺、本気だよ。』

「・・・」

『ひろこに、惚れてるんだ』

電話を持つ手がドキドキして強く握りしめていた。
また、胸がギュッとなる。


『ね、約束して。もう俺以外の人とあーゆうこと、しないで』


私は春の彼女になったんだ。



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