Beloved

みのりみの

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イルカ

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「ひろこ、ずいぶん今日は肌感良いわね。寝不足って言う割には」

私は蓮くんの言葉に紙コップの麦茶を吹き出しそうになった。

「何焦ってんの?何かあったの?」
「何もないわよっ蓮くんが変な言い方するから!」

セックスすると肌艶が翌日は良くなると聞いた事があるからか妙に蓮くんの言葉に焦る自分がいる。

「安藤さん、ちょっといいですか?」

ちょうど蓮くんがお団子ヘアにしてくれたところでスタッフに呼ばれた。 

「何ですか?」
「今ね、ご挨拶でSOULが来ているの。もう帰るんだって。一緒に来てもらっていいですか?」
「ええー!私もご挨拶しますー!ひろこ早くして!行くわよ!」

私は蓮くんに引っ張られる形で連れ出された。

心臓が高鳴った。

さっきの今。
セックスしてから数時間しか経ってない。どんな顔して会えばいいの?手が震えている。どうしよう。会わせる顔がない。どうしようと悩む間もなく蓮くんとスタッフに1Fの会議室へ連れて行かれてしまった。

部屋に入るとスタッフ達と和気あいあいとメンバーは話していた。

「お待たせしましたー!安藤さんですー」

おぉーとみんなが言う中、HARUと思いっきり目が合った。私はすぐに気まずくて視線を外した。

「安藤さん、会えて本当に嬉しいです!これ、サイン頂けますか?」

みんなが大笑いの中、話に聞いていたKENのマネージャー山ちゃんが私の写真集を持ってきた。

「あ、はい。」

私はサインをして山ちゃんと握手をした。

HARUの顔がどうしても見れない。

「SEIJIとHARUがひろこちゃんの胸見て喜んでるぞー」

誰かが言うと笑いが沸いた。
私は胸の谷間が見えるような衣装だからだろうか、急に恥ずかしくなった。

「本当にお世話になりました。また、大阪来た時はよろしく」
「こちらこそ、またお越しくださいね。」

そんなマネージャー達やメンバーの丁寧な挨拶に周りも恐縮して送り出した。
私はもう何も言えずに下を向いていた。早くこの時間が過ぎてくれる事だけを考えていた。

「ひろ!」

ゆうきが笑顔で私に声をかけた。すると私にタッチをしてニコリと笑った。

「また来るから、遊ぼうね」
「うん」
「連絡するねー!」

軽く手を振ると肩に何かが当たった。

「・・忘れ物」

かすれた声でHARUが私の横に立っていた。長い前髪の隙間から、私を見つめている。それはどことなく冷たそうな気怠そうにも見えた。私は目を見れなくてすぐに視線をはずした。

肩に置かれたのはプールのゴールドカードだった。昨日の会食で会長が行かないから、とくれたカードだ。部屋に落としていたんだ。

「・・ありがとう」

最後なのにまともに顔を見れなかった。部屋を出て行く後ろ姿さえも見れなかった。
それは気まずさからくるものだったけど、気まずさとはまた違う感情がある。虚しさだ。
虚しさが残った気がした。

一晩体の関係を持って翌日はさようなら。
帰り際には律儀に私の忘れ物まで渡してくれる。もうこれでお互い残すものはない。私に残っているものはあの彼に抱かれた感触だけだ。

こんなの分かってはいたけど、こんな経験は初めてで、ちょっと動揺してるだけ。そうなんだ。
自分で自分に言い聞かせてカードを握りしめた。彼らはこれで東京に帰って行く。もう当分来る事はないだろう。


仕事が終わったのは23時を過ぎていた。

私はカードを持ってホテルのジムへ行った。こんな日は家に帰りたくなかった。

ジムはcloseの看板がぶら下がりライトは消えていた。でも無防備に扉が開いていてそっと中に入るとライトはついていないけど窓から入り込む月明かりで泳げると思った。

カウンターの下に貸出用の水着の引き出しを見つけて、引っ張り出してその場で水着に着替えて思い切りプールに飛び込んだ。
全力で泳いで疲れれば考えなくて済む。
身体がヘトヘトになるまで今は泳ぎたい気分だった。クタクタに疲れてあとは家で1人バタンと眠ればいいだけの話だ。

昔、美咲と話していた事を思い出す。

『セックスだけしてその後連絡取れなかったらヤリモクでムカつくよ?』

『あっちからしたらセフレでこっちからしたら本気の恋。これほどの地獄はないでしょ』

『男が女に優しいのはやらせてくれるから』


涙なんて出てこなかった。

よっぽど慶との事の方が苦しかった。

相手は人気ロックバンドのボーカルだ。
私と住む世界が違すぎる。
そうだ。あのワンナイで私の誕生日会をやってもらった時からそう思っていた。かっこいいとは思っても私とは到底住む世界の違う人だ。あの時から自分でも分かっていた事じゃないか。

『案外、ひろこみたいな子にかぎってコテコテのバンドマンなんかと付き合ったりするのよね。』

麗香姉さんが私に言ってた言葉。ないない。本当にそんな事はなかったよ。

ドボンっと音を立てて思いっきりクロールで25mを泳いだ。

あっちは大阪で1晩遊ぶ女が欲しかっただけで東京に本命がいるハズだ。

きっとそうだ。

これは「SOULのHARUとやっちゃったー!」ってネタにすればいい事なんだ。そういうことなんだ。

部屋に入った時から、遊ばれてる、本気じゃないなんて分かり切っていた。じゃあなんでセックスしたの?

さみしいから。

そしたらセックスがあまりにも優しかった。

それだけ。
それだけなんだ。

25mを泳ぎ切ったところで顔を拭いて月明かりを見た。
今日もキレイな月だった。
照明は一切ついていないのに、プールがこんなに明るい。

「そういえば、名前、、」 

彼は私の事を一度も名前で呼ばなかった。
ワインを飲んだ時も、堂島川のほとりを歩いた時も、抱かれた時も。

私の名前さえも知らないんだ。

そういう事なんだ。

急にさみしくなってきたけど、振り切るようにまた潜って泳いだ。

『イルカに似てるね』

イルカ。

あの時の彼のセクシーな顔が脳裏をかすめる。
私のどこがイルカだったの?


全力で泳ぎきって、顔を拭って髪をかき上げたら月明かりに照らされて人影が壁に映った。

私はゆっくり振り返った。
顔が見えない。

「・・・・・」

「ここにいたの?」

カツンカツンと靴音が響いて立ち止まった。

「探したよ」

私は信じられなくて彼を見つめた。
かすれた声。
HARUが立っていた。

プールサイドから私を見つめていた。
しばらく言葉が出てこなかった。
ビックリして何が言いたいのか全くでてこない。
私は呆然としながら彼を見つめていたと思う。でも間違いなく彼は目の前にいる。

「・・なんで?なんでここにいるのよ!」

私の声がプールに響いてイルカの鳴き声のようだった。

それでも彼は私をプールサイドから見つめていた。私だけを見つめている。
その目はすごく真剣でどこかクールでセクシーで優しく。


月明かりでプールの水面が反射して彼が青くゆらゆらと映る。
それがキレイで自然と見とれていた。

彼はプールに音を立てて入った。
ゆっくりゆっくり私の元に手で水をかき分けながら。その水の輪がプールに広がっていく。

私の目の前まで来ると、髪の毛をかきあげてくれた。

彼の顔が、よく見える。

「私の名前、知ってる?」

聞きたかったのはこのこと。

彼は私の目を見つめていた。
この人の瞳に負けそうになっている自分がいる。

「あんどう ひろこ」

ハスキーな声で答えてくれたと思ったら、すぐに唇が重なった。



私はこの声が好き。
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