Beloved

みのりみの

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秘密のデート

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「お腹いっぱいになった?場所変えない?」

たくさん食べた焼き鳥もまだまだ残っているところで慶はさらりとおじさんにお金を払った。

「出よう」
「うん」

立ち上がった時、椅子が膝にぶつかった。

「大丈夫?」

慶が私の左手首を掴んだ。

私は単純なのだろうか。この掴まれた腕にそのまま連れて行かれてもいいと思っている。

お店を出ると賑やかな街並みと電車の走る音がした。

「時間まだ平気?行きたいところあるんだけど、行かない?」

明日はワンナイだけど、なんせ夜からなので時間だけはある。
私はうなずいて慶と夜の街を歩いた。

まとわりつくような暑さの湿気をおびた夜風がなんだか気持ちがよく思えた。
中学生の頃、あんなに大好きだった人と今こうして並んで歩いている事が不思議で、でも時が経つとこうも冷静に大人っぽく肩を並べて歩いてられるのかな、なんて思った。そう。大人。もう大人だ。19歳になるんだから。だからこんなにも冷静に2人で会えているんだ。

新大久保から歌舞伎町にかけて歩くとラブホテル街を通った。
夜はもうすぐ12時をまわるところでチラホラとホテルに入って行くカップルを見かけてきまずくなる。

行きたいところ、ホテル?

もし誘われたら、なんてモヤモヤと考えていたら慶はホテル街を抜けたくらいにあったカラオケ店に入って行った。

「なんか最近カラオケ行ってなくて。久々いい?付き合って」

ラブホテル、なんて想像していたからカラオケに連れて行かれ私は自分がおかしくなって少し笑ってしまった。

「もちろん。」
「何笑ってんの?」
「なんでもない。」
「教えてよ」
「なんでもないよー」

入ってすぐの受付に3人の男性店員が終始私と慶をじろじろと見ていた。

はたからみると、私と慶は恋人同士に見えるのだろうか。友達に見えるのだろうか。
どっちなんだろう。
恋人同士に見られてたら、嬉しい。
一瞬その気持ちがぽっかりと心に浮かんでいた。
心が、ソワソワしてフワフワと足が宙についていない。そしてくすぐったい。そんな気分だ。

個室に入ると慶は曲をさくさくと入れて歌っていた。私も負けじと曲を入れる。
しかし、歌も上手い。
曲も女の子が喜びそうな歌を熟知しているかのようなチョイスだった。

歌っている慶をぼんやり眺めていた。

真っ白いTシャツにネイビーの高そうな生地のハーフパンツ。
洒落たビーチサンダルはロゴさえついていないけど、片方脱いだらプラダだったのが見えた。
机の上に置かれた黒い長財布にポルシェの鍵。
ビジュアルも完璧。

もし連れて行かれたのがラブホテルだったら私はどうしてたんだろうとふと考えた。

「この曲!」
「え?」
「この曲好きなんだよ」

画面を見ると慶はSOULというアーティストの歌を歌っていた。

「SOULって最近聴くようになってから好きでさ、ライブ行きたいなーって」

「ライブかぁ。私、まったく行かないや。慶は行くの?」

「SOULがツアーでもやれば観に行きたいんだけどね。歩とかとも話してたんだよ。ひろこも一緒に行こうよ。曲もかっこいいし。絶対ファンになるよ」

イントロで無邪気にはしゃいでいる横顔を見ていたら心がキューッとたまらない気持ちになった。ドキドキしている。あの、中学の頃大好きだった少年のような笑顔だった。あまりにも私が見つめすぎてたのに気付いたのか慶が私を見た。
暗がりでもなんでだろう。慶の顔がよく分かる。

「さっき、待ち合わせした時ドキッとした」

「え?」 

歌い終わって曲の音量が少しずつ小さくなる頃慶はポツリと言った。

「とっさにワンピース似合うとか言ってたけど、もちろんワンピースは似合うけど、こないだも思ってたけど、中学の頃より色っぽくなっててちょっと、ビックリした」

私の目を見て話す。

慶の目からも私も目が離せない。
離せないよ。

「大学の子とか街中で見かける子とかと全然違くて、一瞬気軽に誘ってこんなデートして大丈夫なのかと思った」

「全然。大丈夫よ」

「ひろこは芸能人だよ?」

「私売れっ子じゃないし」

慶が私の横に座ってサワーを一口飲んだ。

「秘密のデートしてるみたいだなって」

「秘密でもないよ。秘密だと、じゃあどんな事するの?」

慶が私を見つめてドキっとした。
でも私も慶を見つめている。
なんでこんなに視線が外せないのだろう。

慶の手がゆっくりと伸びて私の頬に触れた。それがなんだかスローモーションよりゆっくりと。


慶とキスしたい。

ゆっくり目を閉じるかと思ったら外が騒がしくなった。

ドンドンドンドン!

振り返ると女の子達がドアを叩いていた。
するとガチャリとドアが開いた。

「けいー!何してるのー?デート?」

女の子2人が乱入してきたかと思えば私をジロリと舐め回すように見ていた。

「おい!ひろこ!慶と一緒かよ!」

その後からは歩と男友達が4人もいる。

「ちょうど私たちも今来たの。慶SOUL歌ってよー!」

「慶!こんなかわいい子と何してんだよ!」

「あー!!歩が言ってたワンナイの安藤ひろこじゃん!」

さっきとは打って変わってこの友人達の乱入に場は激しく変わった。
慶は女の子に腕を掴まれ歌を歌わせられている。
私は私で歩と男友達に囲まれて握手をしたり電話番号聞かれたり。

一気に全てが面倒になってくる。

慶は女の子と一緒にまたさっきのSOULの曲を歌っていた。

「歩。私帰るから慶に言っておいて」

「ひろこ自分で言えよ!おい慶!慶!」

カラオケの音でかき消されて慶は全然気づかない。
私はカバンを持って逃げるように部屋を出た。空気が薄い。

外に出て呼吸を整えて駅へ向かおうとした。あの場にはいれなかった。じゃなくていたくなかった。それはなんで?と思うと慶と2人でいたかったのに、友達まで入ってきて場を乱された。私はそれが嫌だったんだ。

慶と2人でいたかったからそう思うんだ。


「ひろこ!待てよ!」

息を切らせて追って来たのは歩だった。

「ひろこ、俺まだ酒飲んでないから車で送ろうか?」
「大丈夫。このまま目黒までタクシーで帰るよ。」

慶はあの女の子達に捕まったまま。ちゃんとバイバイとも言えていない。
気にはなったがあの状況がたまらなく嫌だった。私は相当不機嫌な顔をしていたのか、歩が眉毛をハの字にさせて困った顔をしていた。なんだか、イライラしてそれを歩にぶつけているみたいで自分が嫌になってきた。

「こないだの事、慶に呼び出されて謝られたの。それだけだから、うん。もういいんだ。あとでメールしておくよ。」

作り笑顔に見えるだろう。歩はまだ困ったような顔をしている。

「そっか。ちゃんと話せたか。なら良かった。」

「うん。」

歩の困った顔も落ち着きひとつ息を吐いた。

「慶、ひろこに優しかったろ?」

「優しいね。」

「慶は本当モテるんだよ。高校の時もだけど今はもっと。みんなに優しいし男にも優しいし、今いた女の1人もこないだ慶に告って振られても慶は優しくてさ。」

歩は暗に私に忠告とでも言えるような事をやんわり言ってくれているだろうとは思った。
さっきと同じ湿気をおびた夜風が体に当たる。

さっきまではそれが心地よかった。

「歩、ありがとう。帰れるから」

手を振って駅に向かおうとした。

「あいつ、慶!毎週末クイーブ来てっから。俺もいるし、連絡しろよ!」

背中で歩の声を聞きながら。
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