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結婚
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そのままふたりで朝を迎え、港区役所へ朝一で向かった。
「小寺春臣さんと紘子さんね。受理しましたらご連絡差し上げますから」
婚姻届を2人で窓口に出した。
時間外だから後から受理されて電話がくると言うけれど、あっけなかった。
紙切れ1枚、こんなものかと思った。
「小寺紘子。うん。いい響き。ひろこも人妻だな」
春は運転しながらご機嫌だった。
「本当に入籍しちゃったね」
まだ呆気に取られていると春は私の頭をポンッと触った。
「よろしくな。奥さん」
『奥さん』という単語にすごい照れた。
実感はまるで湧かなかった。
『人妻』って、なんか響きがエロい。
年明けの街は良い天気で、仕事始めの人もいるのか街が動き出そうとしているようなサワサワとした雰囲気を窓越しの景色を観ながら思った。当たり前に春のマンションへ帰り、そこから仕事へ行き、夜はまた春のマンションへ帰るんだ。
もう、春のマンションじゃなくて私と春の暮らす家。
車が駐車場に入る時にマンションを見上げていた。
「春くんのリビングすごい広いねー!これ、野球できるんじゃない?」
「オーバーですよ遊井さん!」
リビングから遊井さんが来たらしく春との会話が聞こえてきた。
私はコートと鞄を持って奥の部屋を出た。
「遊井さん、今日から小寺紘子です。よろしくお願いします」
「おー春くん小寺って名前だったの?」
「そうです。小寺なんですよ。」
そんな話をしているとバタバタと音がして秋元さんが入ってきた。
「おはようございます!あれ、遊井さんも9時待ち合わせですか?」
両手には春の着るスーツを持って大荷物。またいろいろ昨日で動いたのかお正月なのに決して顔色が爽やかではない秋元さん。
「ひろこちゃん、あけましておめでとう!あと、結婚おめでとう。春と仲良くね」
私は笑顔でありがとうございますと言った。
春は秋元さんからスーツを受け取りその場で着替えだした。
「あれ、どうやんの?うまくできない」
「そこ通して、あー違うよひろこ、ここ」
ピンクとブルーの2トンカラーのド派手なネクタイを見て春に縛ろうと、縛り方もわからず春が教えてくれるけどハッキリ言って分からなかった。
「はい!春!新婚ごっこはやめ!」
「ひろこ!仕事だぞ!自分の支度をしろ!」
言われるだけ言われた私達はひとまず言う事を聞き離れる。
「俺、明日ホイッスル買ってくるわ。」「遊井さん、それいいですね!」
私は2人にあっかんべをしながらコートを着た。
「ひろこ、10時ぴったりね。」
「うん」
10時ぴったり、お互いがお互い同じ気持ちで社長に言おうと約束した。
「遊井さん、これ渡しておきます。」
春は遊井さんにカードキーを渡した。
「秋元さんも持ってるんだって。これでこの部屋に入れる人は4人目」
私が遊井さんに言うとどこか嬉しそうな顔をしていた。
「後悔しない?本当に良かったの?まだひろこは22歳なのに。これからもっと好きになる人ができるかもしれないよ」
事後報告とは言え先に遊井さんが言っておいたであろう社長の反応はそこまでびっくりはしていないがすごくいい顔をしている訳ではなかった。でも反対している、というかんじでもない。
「もう、2人でいたいんです。」
社長はほおづえをついてため息をした後そうか、と言った。
「会見はしとく?SOULは?なんて言ってんの?」
「FAX出してからすぐに調整します。」
「会見はしなくていいです。書面だけでいいです!」
遊井さんと社長のやりとりに私は割って入った。
「春のイメージがつくからしなくていいです。世間は勢いだけのチャラい結婚って思うに決まってる。だから書面だけにしてください」
私は遊井さんと社長にまっすぐな眼差しを向けた。理解したのか、遊井さんは私を春のマンションまで送ってくれた。
「会見、しないよね?」
「FAX出してから春くんの事務所と調整するから分かんない。もしかしたら春くんだけでも会見するかもしれないな。あの事務所はその辺きっちりしてるから。とりあえずいいか、1歩も家から出るんじゃないぞ。今家から出てなんか撮られたら何書かれるかわかんないし記者がここに殺到するかもしれないからな」
遊井さんは今朝渡されたばかりの慣れないカードキーで玄関を開け私を部屋に入れた。
「今日はずっと家にいるから大丈夫」
ベッドのような大きなソファーに荷物を置いてぺたりと床に座った。
「すぐ春くんとこ行くから、じゃあよろしくな。」
遊井さんは分厚い扉を閉めた。
プルルルルル
携帯を見ると歩から着信があってドキッとした。出ようとしたけどやめた。するとまもなくメールが来た。
『慶の見送り来れたら来いよ!19時』
行けない。
私は携帯をそっと机に置いた。
するとFAXが流れてきた。
ガシャリ、という音で2枚届くと1枚目に記名して送り返してほしいという紙がついていた。
春が自筆で書いたFAXだった。
私は自分の名前を書いてすぐ送り返した時、遊井さんから連絡があった。
「ひろこ!17時にマスコミにFAX流して、その後春くんだけ会見やるって」
この短時間に何人の人が動いたのだろうか。私は携帯を握りしめた。
17時を待つと、過ぎた途端、ネットは大騒ぎだった。
連名のFAXを双方の事務所から出した時点でスポーツ紙の明日の1面は決まった。
その日のあるだけの情報でメディアも私たちの入籍をこぞってとりあげた。
22歳で結婚。
妊娠してるのか、若気の至りなのか、知り合ってすぐの勢いか、冷ややかな報道も中にはあった。
急遽決まった春の会見はラジオの収録の後だと言う。
世間は年末の番組で知り合ったスピード婚だと騒いだがそれは春が否定すると言ってくれたので安心した。
築き上げた日々がそんなちっぽけな価値のない報道にされるのはどうしても嫌だった。
私は体育座りのまま顔をうつ伏せにして時が過ぎるのを待った。なんだかとんでもない事をしてしまったような気がして、早く春の会見が始まればいいのにと願った。
横で鳴ってばかりの携帯。もちろん着信の画面に映る人の名前も見れなかった。
『本日僕はタレントの安藤ひろこさんと入籍をしました。一部報道でありましたスピード婚ではなく、知り合ったのは2年半ほど前の番組共演です。』
家から一歩もでるなと遊井さんの指示通りひとり家で中継を見た。何個ものカメラのフラッシュに春はインタビューに答えている。
なんとも冷静に言葉を選んで淡々と答えている。
それがいつもの春とは違いものすごく大人に映った。
『結婚を決めた理由はなんですか?』
『一言で言うと大切な人なので。このまま恋人同士もいいけど誰かに取られたら嫌だなってその気持ちだけです。』
3度自分を振った男もいれば取られるのが嫌だと入籍した男。
いろんな男がいる。
私はなんだか可笑しくなってきて笑っていた。笑っていたけど涙がポタリと落ちたのが分かった。
時計を見ると19時を過ぎていた。
本当にこれでもうおしまい。
好きだったよ。
ずっとずっと好きだったよ。
きっと私は慶に『好き』を使い過ぎたね。
一生分の『好き』を使っちゃったからもうなくなっちゃって、春は『大切な人』になったんだろうな。
私は大切な人と生きていくよ。
ばいばい。慶。
「小寺春臣さんと紘子さんね。受理しましたらご連絡差し上げますから」
婚姻届を2人で窓口に出した。
時間外だから後から受理されて電話がくると言うけれど、あっけなかった。
紙切れ1枚、こんなものかと思った。
「小寺紘子。うん。いい響き。ひろこも人妻だな」
春は運転しながらご機嫌だった。
「本当に入籍しちゃったね」
まだ呆気に取られていると春は私の頭をポンッと触った。
「よろしくな。奥さん」
『奥さん』という単語にすごい照れた。
実感はまるで湧かなかった。
『人妻』って、なんか響きがエロい。
年明けの街は良い天気で、仕事始めの人もいるのか街が動き出そうとしているようなサワサワとした雰囲気を窓越しの景色を観ながら思った。当たり前に春のマンションへ帰り、そこから仕事へ行き、夜はまた春のマンションへ帰るんだ。
もう、春のマンションじゃなくて私と春の暮らす家。
車が駐車場に入る時にマンションを見上げていた。
「春くんのリビングすごい広いねー!これ、野球できるんじゃない?」
「オーバーですよ遊井さん!」
リビングから遊井さんが来たらしく春との会話が聞こえてきた。
私はコートと鞄を持って奥の部屋を出た。
「遊井さん、今日から小寺紘子です。よろしくお願いします」
「おー春くん小寺って名前だったの?」
「そうです。小寺なんですよ。」
そんな話をしているとバタバタと音がして秋元さんが入ってきた。
「おはようございます!あれ、遊井さんも9時待ち合わせですか?」
両手には春の着るスーツを持って大荷物。またいろいろ昨日で動いたのかお正月なのに決して顔色が爽やかではない秋元さん。
「ひろこちゃん、あけましておめでとう!あと、結婚おめでとう。春と仲良くね」
私は笑顔でありがとうございますと言った。
春は秋元さんからスーツを受け取りその場で着替えだした。
「あれ、どうやんの?うまくできない」
「そこ通して、あー違うよひろこ、ここ」
ピンクとブルーの2トンカラーのド派手なネクタイを見て春に縛ろうと、縛り方もわからず春が教えてくれるけどハッキリ言って分からなかった。
「はい!春!新婚ごっこはやめ!」
「ひろこ!仕事だぞ!自分の支度をしろ!」
言われるだけ言われた私達はひとまず言う事を聞き離れる。
「俺、明日ホイッスル買ってくるわ。」「遊井さん、それいいですね!」
私は2人にあっかんべをしながらコートを着た。
「ひろこ、10時ぴったりね。」
「うん」
10時ぴったり、お互いがお互い同じ気持ちで社長に言おうと約束した。
「遊井さん、これ渡しておきます。」
春は遊井さんにカードキーを渡した。
「秋元さんも持ってるんだって。これでこの部屋に入れる人は4人目」
私が遊井さんに言うとどこか嬉しそうな顔をしていた。
「後悔しない?本当に良かったの?まだひろこは22歳なのに。これからもっと好きになる人ができるかもしれないよ」
事後報告とは言え先に遊井さんが言っておいたであろう社長の反応はそこまでびっくりはしていないがすごくいい顔をしている訳ではなかった。でも反対している、というかんじでもない。
「もう、2人でいたいんです。」
社長はほおづえをついてため息をした後そうか、と言った。
「会見はしとく?SOULは?なんて言ってんの?」
「FAX出してからすぐに調整します。」
「会見はしなくていいです。書面だけでいいです!」
遊井さんと社長のやりとりに私は割って入った。
「春のイメージがつくからしなくていいです。世間は勢いだけのチャラい結婚って思うに決まってる。だから書面だけにしてください」
私は遊井さんと社長にまっすぐな眼差しを向けた。理解したのか、遊井さんは私を春のマンションまで送ってくれた。
「会見、しないよね?」
「FAX出してから春くんの事務所と調整するから分かんない。もしかしたら春くんだけでも会見するかもしれないな。あの事務所はその辺きっちりしてるから。とりあえずいいか、1歩も家から出るんじゃないぞ。今家から出てなんか撮られたら何書かれるかわかんないし記者がここに殺到するかもしれないからな」
遊井さんは今朝渡されたばかりの慣れないカードキーで玄関を開け私を部屋に入れた。
「今日はずっと家にいるから大丈夫」
ベッドのような大きなソファーに荷物を置いてぺたりと床に座った。
「すぐ春くんとこ行くから、じゃあよろしくな。」
遊井さんは分厚い扉を閉めた。
プルルルルル
携帯を見ると歩から着信があってドキッとした。出ようとしたけどやめた。するとまもなくメールが来た。
『慶の見送り来れたら来いよ!19時』
行けない。
私は携帯をそっと机に置いた。
するとFAXが流れてきた。
ガシャリ、という音で2枚届くと1枚目に記名して送り返してほしいという紙がついていた。
春が自筆で書いたFAXだった。
私は自分の名前を書いてすぐ送り返した時、遊井さんから連絡があった。
「ひろこ!17時にマスコミにFAX流して、その後春くんだけ会見やるって」
この短時間に何人の人が動いたのだろうか。私は携帯を握りしめた。
17時を待つと、過ぎた途端、ネットは大騒ぎだった。
連名のFAXを双方の事務所から出した時点でスポーツ紙の明日の1面は決まった。
その日のあるだけの情報でメディアも私たちの入籍をこぞってとりあげた。
22歳で結婚。
妊娠してるのか、若気の至りなのか、知り合ってすぐの勢いか、冷ややかな報道も中にはあった。
急遽決まった春の会見はラジオの収録の後だと言う。
世間は年末の番組で知り合ったスピード婚だと騒いだがそれは春が否定すると言ってくれたので安心した。
築き上げた日々がそんなちっぽけな価値のない報道にされるのはどうしても嫌だった。
私は体育座りのまま顔をうつ伏せにして時が過ぎるのを待った。なんだかとんでもない事をしてしまったような気がして、早く春の会見が始まればいいのにと願った。
横で鳴ってばかりの携帯。もちろん着信の画面に映る人の名前も見れなかった。
『本日僕はタレントの安藤ひろこさんと入籍をしました。一部報道でありましたスピード婚ではなく、知り合ったのは2年半ほど前の番組共演です。』
家から一歩もでるなと遊井さんの指示通りひとり家で中継を見た。何個ものカメラのフラッシュに春はインタビューに答えている。
なんとも冷静に言葉を選んで淡々と答えている。
それがいつもの春とは違いものすごく大人に映った。
『結婚を決めた理由はなんですか?』
『一言で言うと大切な人なので。このまま恋人同士もいいけど誰かに取られたら嫌だなってその気持ちだけです。』
3度自分を振った男もいれば取られるのが嫌だと入籍した男。
いろんな男がいる。
私はなんだか可笑しくなってきて笑っていた。笑っていたけど涙がポタリと落ちたのが分かった。
時計を見ると19時を過ぎていた。
本当にこれでもうおしまい。
好きだったよ。
ずっとずっと好きだったよ。
きっと私は慶に『好き』を使い過ぎたね。
一生分の『好き』を使っちゃったからもうなくなっちゃって、春は『大切な人』になったんだろうな。
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ばいばい。慶。
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