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帰宅
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「遅かったね。」
家に帰ると当然ながら春がいた。
だだっ広いリビングはいい香りと南国のような暖かさに包まれていて外の寒さからか一気に違う世界に迷い込んだように思えた。
お風呂上がりだろうスウェットにTシャツ姿で髪をタオルで拭いていた。
今日が、ふたりの生活の初日なんだ。
この光景がこれから当然になる事を受け入れていたはずが切り替えに時間が必要なのだろうか春をただ見つめてぼんやり突っ立っていた。
「ただいま」
やっと出た言葉になんとなく目の奥がじんわりとした気がした。
それは涙ではなくこの部屋と外の温度差からなのだろうと勝手にとらえる事にした。
慶との別れにさっきまでの事を忘れたいのになんとも言えないどうしようもない気持ちにうまく笑えない。
「おかえり。」
髪を拭きながら冷蔵庫からビールを取り出しパキンとあけている。
これからはここが私の帰る場所。
帰る家。
2人で一緒に暮らすところ。
コートを着たまま鞄も持ち、ぼんやり突っ立っている事に気付き我に返った。
「あたしも、お風呂入るね。外寒かった」
鞄を大きなソファーに置き慌ててコートを脱いだ。
「子を持つ親の気持ちがわかるよ。初日から帰って来なかったらどうしようかと」
冷蔵庫の前でビールをぐいっと飲んでご機嫌な様子でこっちを見た。いつもの目を細めるやさしい笑顔だった。
「子供扱いしないで。」
「ひろこはまだ子供だよ」
「じゃあ子供になんであんなエッチな事するの?」
春は吹き出しそうになり私も笑った。
部屋が広くてよかった。
2人で同じ部屋にいてもソファーから冷蔵庫まで距離があるからか、なんとなく慶とキスしてそのまま帰ってきた顔を間近で見られたくなかった。
早くお風呂に入りたい。
早くシャワーを浴びて全部全部流すの。
リビングからバスルームに急いで行こうと走った。
これからは毎日この生活。
ずっと、ふたりでこの生活なんだ。
脱衣所でワンピースのボタンを外しているとなんとなく慶の香りがした気がした。
いつもの慶のツンとした香水の香り。
さっき、このボタンを外してたんだ。
そう思うと脱いだワンピースをしばらく手の中で見つめて洗濯機に閉じ込めた。
広いお風呂で春と同じボディソープとシャンプーで一気に体を洗った。
「痛っ」
やたらと勢いのいいシャワーが身体には痛いくらいだ。
本当に痛くて涙がでているのかと思ったけど意外に出てはいない事に気づいた。
放心状態なのか潔く諦めがついたのか自分でもさっぱり分からなかった。
頭のてっぺんから足の爪の先までシャンプーとボディソープで泡だらけにして私は私を綺麗にしたかった。
綺麗に洗い流したかった。
痛いほどのシャワーを止めて髪の毛をぎゅっとしぼった。水滴がポタンと音を立てて床に落ちる。水滴が落ちなくなるまで髪の毛を強くしぼった。
今日引っ越してすぐにお別れ会へ行ったため荷物もろくに空けていない自分は洗濯機の上に無造作に置かれていた春のバスローブを羽織った。
自分以外の人が着たバスローブに違和感もない。これが家族になるって事なのかなとふいに思った。
「ひろこも、書いて」
お風呂から出るとすでに書いたという春から婚姻届を受け取った。
ソファーに座らず床に座ってテーブルで名前を書いた。
「奥さんになるって約束してから引っ越して入籍もあっという間だね。まだ1週間も経ってないのよ。やる事早いね。」
「早い?だって早い方がいいじゃん。呑気にしてたらひろこが誰かに取られちゃうじゃない。敵は多いんだよ。」
「山ちゃんとか?」
「山ちゃんに今日入籍の話したら早退しちゃったよ」
山ちゃんの話しをしながら笑いあう。
ビールを片手に横に来てソファーに座ってチャンネルを回していた。
「これでしょ?年末に収録したの。」
TVではクリスマスの翌日の、春と仲直りをした日に収録した大御所とのトーク番組がやっていた。
『じゃあデビューしてしばらく大阪にいたの?』
『そうですよ。』
結わいていない髪に赤いワンピース姿、艶のある唇。その風貌はどこかあどけなく、完全なる大人であっても子供という訳でもない雰囲気ある旬な女性に見えた。
自分なのに、こんなに自分がよく写っているのははじめてなんじゃないかと思うくらいよく写っていた。
あぁ。そうだ。春と仲直りして幸せを感じていた時だ。
「イルカに似てるね。」
春がビールを飲みながらTVを見てぼんやりと言った。
「それって、褒めてるの?」
「もちろん」
この会話、知り合ってすぐした事があるのを思い出した。
春もきっと思い出してる。
『まだ22歳でしょ?結婚願望以前にどうゆう人がタイプなの?』
『あたしを大切にしてくれる人ですかね。だって誰よりも幸せになりたいですもん。』
TVの自分はもう昔の自分じゃない。
生意気でトゲトゲしかった自分ではなかった。そこに写るのは素直な恋する女の顔だった。誰よりも幸せになりたいって、昔から思っていた事。それだけはぶれない事。
ハンコを押して婚姻届を書き終えるとなんとなく右側にある春の足に頭がもたれた。
春が両手で私を引き上げて膝に座らされたと思ったらそのままキスをした。
「安藤ひろこにずっと会いたかったんだ」
春の半乾きの前髪が目の前で揺れる。
トロンとしたセクシーな目だ。
「写真見て一目惚れした。安藤ひろこに会うには売れなきゃ会えない。だから必死で歌った。やっと会えた時にはもう手は離せなかったんだ。」
私は黙って話しを聞いた。
春は右手で私の唇をそっとさわる。
「見た目だけがタイプかと思ったけど一緒にいるとひろこは強くて優しくて。でも俺の前だとすっごい可愛くてさ。」
彼の背中に手をまわして笑った。
「春は私の女として1番良い時に結婚するんだから責任とってよね」
「ひろこの責任とるからもう独占できるんだよ。」
息するのも忘れるくらいの長いキスに乱れたガウンの胸元から入ってくる手。
キスは首をつたい胸に下りてくる。
「あ」
広い部屋にこぼれる吐息まじりの自分の声。
彼の頭に顔を埋めた。
慶としたキスも触られた胸の感触も忘れよう忘れようと思いながらいつもより身体は敏感に感じていた。
それが妙に上書き保存のようだった。
それでよかった。
「今日そんなに気持ちいいの?」
いつものように私を抱く春にいつも以上に快楽を得ていた。
「ねぇ、今日はもっとして」
春の腕に両手を絡め強く抱きしめて求めた。
「あっ」
肌がこすれ合う音が色っぽい。
自分のあふれてくる感じる声が艶っぽい。
春を感じれば感じるほどにさっきの慶との時間を遠い記憶のように押し潰せた。
慶にとって私は魅力がなかった。
振られたのは中学の頃もあの大阪へ行くきっかけも今回もそう。
3度目の正直。
安藤ひろこを3回振ったあの男は大物になる。いつか小説にしよう。
私は開き直って身体に入ってくる春を感じた。
奥の方の気持ちの良いところに春のものが擦れて、もっともっと感じたいと思った。
きっとあたしはこの人とパラダイスに行ける。
「ひろこ」
「なに?」
「ずっとふたりでいよう」
「いるよ」
「俺だけ、好きでいて」
気持ちが高ぶって意識が遠のくのが分かった。
セックスってなんでこんなに気持ちがいいの?
家に帰ると当然ながら春がいた。
だだっ広いリビングはいい香りと南国のような暖かさに包まれていて外の寒さからか一気に違う世界に迷い込んだように思えた。
お風呂上がりだろうスウェットにTシャツ姿で髪をタオルで拭いていた。
今日が、ふたりの生活の初日なんだ。
この光景がこれから当然になる事を受け入れていたはずが切り替えに時間が必要なのだろうか春をただ見つめてぼんやり突っ立っていた。
「ただいま」
やっと出た言葉になんとなく目の奥がじんわりとした気がした。
それは涙ではなくこの部屋と外の温度差からなのだろうと勝手にとらえる事にした。
慶との別れにさっきまでの事を忘れたいのになんとも言えないどうしようもない気持ちにうまく笑えない。
「おかえり。」
髪を拭きながら冷蔵庫からビールを取り出しパキンとあけている。
これからはここが私の帰る場所。
帰る家。
2人で一緒に暮らすところ。
コートを着たまま鞄も持ち、ぼんやり突っ立っている事に気付き我に返った。
「あたしも、お風呂入るね。外寒かった」
鞄を大きなソファーに置き慌ててコートを脱いだ。
「子を持つ親の気持ちがわかるよ。初日から帰って来なかったらどうしようかと」
冷蔵庫の前でビールをぐいっと飲んでご機嫌な様子でこっちを見た。いつもの目を細めるやさしい笑顔だった。
「子供扱いしないで。」
「ひろこはまだ子供だよ」
「じゃあ子供になんであんなエッチな事するの?」
春は吹き出しそうになり私も笑った。
部屋が広くてよかった。
2人で同じ部屋にいてもソファーから冷蔵庫まで距離があるからか、なんとなく慶とキスしてそのまま帰ってきた顔を間近で見られたくなかった。
早くお風呂に入りたい。
早くシャワーを浴びて全部全部流すの。
リビングからバスルームに急いで行こうと走った。
これからは毎日この生活。
ずっと、ふたりでこの生活なんだ。
脱衣所でワンピースのボタンを外しているとなんとなく慶の香りがした気がした。
いつもの慶のツンとした香水の香り。
さっき、このボタンを外してたんだ。
そう思うと脱いだワンピースをしばらく手の中で見つめて洗濯機に閉じ込めた。
広いお風呂で春と同じボディソープとシャンプーで一気に体を洗った。
「痛っ」
やたらと勢いのいいシャワーが身体には痛いくらいだ。
本当に痛くて涙がでているのかと思ったけど意外に出てはいない事に気づいた。
放心状態なのか潔く諦めがついたのか自分でもさっぱり分からなかった。
頭のてっぺんから足の爪の先までシャンプーとボディソープで泡だらけにして私は私を綺麗にしたかった。
綺麗に洗い流したかった。
痛いほどのシャワーを止めて髪の毛をぎゅっとしぼった。水滴がポタンと音を立てて床に落ちる。水滴が落ちなくなるまで髪の毛を強くしぼった。
今日引っ越してすぐにお別れ会へ行ったため荷物もろくに空けていない自分は洗濯機の上に無造作に置かれていた春のバスローブを羽織った。
自分以外の人が着たバスローブに違和感もない。これが家族になるって事なのかなとふいに思った。
「ひろこも、書いて」
お風呂から出るとすでに書いたという春から婚姻届を受け取った。
ソファーに座らず床に座ってテーブルで名前を書いた。
「奥さんになるって約束してから引っ越して入籍もあっという間だね。まだ1週間も経ってないのよ。やる事早いね。」
「早い?だって早い方がいいじゃん。呑気にしてたらひろこが誰かに取られちゃうじゃない。敵は多いんだよ。」
「山ちゃんとか?」
「山ちゃんに今日入籍の話したら早退しちゃったよ」
山ちゃんの話しをしながら笑いあう。
ビールを片手に横に来てソファーに座ってチャンネルを回していた。
「これでしょ?年末に収録したの。」
TVではクリスマスの翌日の、春と仲直りをした日に収録した大御所とのトーク番組がやっていた。
『じゃあデビューしてしばらく大阪にいたの?』
『そうですよ。』
結わいていない髪に赤いワンピース姿、艶のある唇。その風貌はどこかあどけなく、完全なる大人であっても子供という訳でもない雰囲気ある旬な女性に見えた。
自分なのに、こんなに自分がよく写っているのははじめてなんじゃないかと思うくらいよく写っていた。
あぁ。そうだ。春と仲直りして幸せを感じていた時だ。
「イルカに似てるね。」
春がビールを飲みながらTVを見てぼんやりと言った。
「それって、褒めてるの?」
「もちろん」
この会話、知り合ってすぐした事があるのを思い出した。
春もきっと思い出してる。
『まだ22歳でしょ?結婚願望以前にどうゆう人がタイプなの?』
『あたしを大切にしてくれる人ですかね。だって誰よりも幸せになりたいですもん。』
TVの自分はもう昔の自分じゃない。
生意気でトゲトゲしかった自分ではなかった。そこに写るのは素直な恋する女の顔だった。誰よりも幸せになりたいって、昔から思っていた事。それだけはぶれない事。
ハンコを押して婚姻届を書き終えるとなんとなく右側にある春の足に頭がもたれた。
春が両手で私を引き上げて膝に座らされたと思ったらそのままキスをした。
「安藤ひろこにずっと会いたかったんだ」
春の半乾きの前髪が目の前で揺れる。
トロンとしたセクシーな目だ。
「写真見て一目惚れした。安藤ひろこに会うには売れなきゃ会えない。だから必死で歌った。やっと会えた時にはもう手は離せなかったんだ。」
私は黙って話しを聞いた。
春は右手で私の唇をそっとさわる。
「見た目だけがタイプかと思ったけど一緒にいるとひろこは強くて優しくて。でも俺の前だとすっごい可愛くてさ。」
彼の背中に手をまわして笑った。
「春は私の女として1番良い時に結婚するんだから責任とってよね」
「ひろこの責任とるからもう独占できるんだよ。」
息するのも忘れるくらいの長いキスに乱れたガウンの胸元から入ってくる手。
キスは首をつたい胸に下りてくる。
「あ」
広い部屋にこぼれる吐息まじりの自分の声。
彼の頭に顔を埋めた。
慶としたキスも触られた胸の感触も忘れよう忘れようと思いながらいつもより身体は敏感に感じていた。
それが妙に上書き保存のようだった。
それでよかった。
「今日そんなに気持ちいいの?」
いつものように私を抱く春にいつも以上に快楽を得ていた。
「ねぇ、今日はもっとして」
春の腕に両手を絡め強く抱きしめて求めた。
「あっ」
肌がこすれ合う音が色っぽい。
自分のあふれてくる感じる声が艶っぽい。
春を感じれば感じるほどにさっきの慶との時間を遠い記憶のように押し潰せた。
慶にとって私は魅力がなかった。
振られたのは中学の頃もあの大阪へ行くきっかけも今回もそう。
3度目の正直。
安藤ひろこを3回振ったあの男は大物になる。いつか小説にしよう。
私は開き直って身体に入ってくる春を感じた。
奥の方の気持ちの良いところに春のものが擦れて、もっともっと感じたいと思った。
きっとあたしはこの人とパラダイスに行ける。
「ひろこ」
「なに?」
「ずっとふたりでいよう」
「いるよ」
「俺だけ、好きでいて」
気持ちが高ぶって意識が遠のくのが分かった。
セックスってなんでこんなに気持ちがいいの?
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