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3日目のワンピース
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引越しのダンボールは10箱に満たなかった。
それなのに、引越し屋の私と同じ歳くらいだろう男の子達は10人も手配されどう思った事だろうか。
東京に戻れる希望を胸に大阪から戻ってから住んだマンションは 半年も住んでいないのにどこかさみしさがあった。
目の前に流れる目黒川の桜並木を春になったら見れるんだって心待ちにしていたのに桜を見ないまま退去するあたしに桜を見る幸せと春と暮らす幸せどっち?と聞かれたらそれは後者だった。
「欅坂の桜もキレイだよ」
春にそう言われ私は目黒川から欅坂の桜に夢を託す。
すっからかんになった部屋を見た時、東京に戻ってきたふわふわしたあの気持ちが蘇ってくすぐったくなった。
春のわがままは相当なわがままだ。
『薄々、分かってはいたんだけどねぇ』
遊井さんに春と入籍すると報告するといつもの口調ではあったけど、複雑そうな心境は伝わってきた。
「そろそろ結婚するだろうなって思ってたの?」
『ひろこの体重1キロ増えても分かるんだから分かるに決まってるだろ』
遊井さんは怒ったりはしなかった。
ただこれからの私に肩を落としたのは間違いなかった。
『女の幸せだからな。俺は引き続きひろこの側にいるけど、来た仕事は気引き締めてやれよ』
ありがたい言葉に最後は少し泣けた。
春の広いリビングを抜けた奥の部屋にダンボールを山積みにして私は新年会へ出かける準備をした。
カバンに携帯と化粧ポーチを詰めていると薬指の指輪を見つめていた。
「・・・」
外そうとしたらリビングの方で声がした。
「そろそろスタジオ行ってくるよ」
春がキャップを片手にソファーでTVを消していた。
「うん。」
立ち上がる春にあたしは後をついて玄関まで一緒に行った。
靴を履いたかと思ったら春は振り返った。
しばらく見つめ合っていた気がする。
見送る事ってこれが初めてではないけど一緒に暮らす以上はなんだか訳が違う気がした。
「…うちのママ、パパを見送る時いつも姿が見えなくなるまで手をふるの。なんでって聞いたら家を出るって事は外に出る事だから、もしかしたら事故とかにあったりしてこの家を出るのがこれで最後になるかもしれないから後悔しないように見送りたいんだって。なんか、その気持ち今なら分かるかも」
「それは俺のセリフ」
「どうして?」
「ひろこが出掛けたまま帰ってこないんじゃないかって。引越しまでしたのにまだ焦ってんの。俺、相当ひろこに惚れてんだな」
「何言ってるの」
あたしの言葉が言い終わる前に春はあたしを抱きしめた。
「明日、朝一で役所いこ」
私は彼の言葉に身体が固まった。
入籍なんてもう少し先なんだと思っていたからだ。
春の手の回し方に早くてひたすら驚きを隠せなかったと同時に明日籍を入れるという心が追いついていない事が分かった。
「俺の最後のわがまま。」
そう言うとそっと腕が離れて春は分厚いドアを開けて手を振っていなくなった。
私はエレベーターが下がる音が聞こえなくなるまで玄関に立っていた。
春はきっと分かっているんだ。
分かっているからこそ言わないんだ。
名前こそ知らないが慶とまだ迷ってるんだろうと、きっと思っているんだ。
ワンピースの袖をぐっと掴んだ。
3日目のワンピースは無意識に3日まで手を出さなかったお気に入りのくすんだ赤のボタンが下までたくさんついたワンピースだ。
「慶、もう来てるよ」
お店の外で美咲が私を待っていてくれた。
家を出る時に指輪を外して春のマンションに置いて来た。
心の中で指輪に待っててね、と言っている自分がいた。
今日の主役は慶だ。
明日入籍するなんて私が話したら主役の慶が霞むだろう。
それ以前に事後報告になるけど籍を入れてから友達には報告したかった。
「歩、悲しくなってない?」
「そうね。あの中で歩が1番さみしいかもね」
個室の襖の外から歩達の大笑いした声が聞こえる。
ドアを開けるとみんな一斉にこっちを見た。
「ひろこ!」
「ひろこちゃんだ!」
「本物じゃん!」
大学の友達なのか知らない人もたくさんいた。その中で色味の強い紺色のマフラーをしたまま慶は真ん中に座っていた。
すぐに目が合うとニコリと微笑んだ。私も慶を見ていい笑顔を作った。
これで最後なんだと思いながら。
「ひろこ!SOULの聖司さんいい人だった?」
「HARUは?HARUと喋ったりした?」
「支倉大介は?絡まれてたじゃん!」
後から来た私に次々と質問攻めになりながらも笑って誤魔化した。
今日の主役は慶なんだ。慶の女友達も6人来ていて慶を囲んでいる。
その中に佐奈美ちゃんの姿はなかった。
「とりあえず、ひろこが来たからみんなドライ生で乾杯だ!慶さみしいぞー!」
歩の音頭にみんなで乾杯し、あたしのCMを気づかってくれたのか、ドライビールで乾杯となった。
私は真ん中の慶とは離れた隅の席で美咲と並んでいた。
慶の顔、これで最後だからたくさん見ておこうと決めていた。
思い出にするんだ。
「慶ー!俺もNY行くからな!親父さんの会社入れてくれ!」
「おー来いよ来いよ!待ってるから!」「あれ?歩、広告代理店志望じゃなかった?」
それぞれに盛り上がって面白おかしく笑ったりするけど、あたしは慶を隙を見ては見つめていた。
明日からNYへ行く慶。
明日結婚するあたし。
運命といえば運命だ。
もうきっと、会う事はないように思う。
これでよかったんだ。
それなのに、引越し屋の私と同じ歳くらいだろう男の子達は10人も手配されどう思った事だろうか。
東京に戻れる希望を胸に大阪から戻ってから住んだマンションは 半年も住んでいないのにどこかさみしさがあった。
目の前に流れる目黒川の桜並木を春になったら見れるんだって心待ちにしていたのに桜を見ないまま退去するあたしに桜を見る幸せと春と暮らす幸せどっち?と聞かれたらそれは後者だった。
「欅坂の桜もキレイだよ」
春にそう言われ私は目黒川から欅坂の桜に夢を託す。
すっからかんになった部屋を見た時、東京に戻ってきたふわふわしたあの気持ちが蘇ってくすぐったくなった。
春のわがままは相当なわがままだ。
『薄々、分かってはいたんだけどねぇ』
遊井さんに春と入籍すると報告するといつもの口調ではあったけど、複雑そうな心境は伝わってきた。
「そろそろ結婚するだろうなって思ってたの?」
『ひろこの体重1キロ増えても分かるんだから分かるに決まってるだろ』
遊井さんは怒ったりはしなかった。
ただこれからの私に肩を落としたのは間違いなかった。
『女の幸せだからな。俺は引き続きひろこの側にいるけど、来た仕事は気引き締めてやれよ』
ありがたい言葉に最後は少し泣けた。
春の広いリビングを抜けた奥の部屋にダンボールを山積みにして私は新年会へ出かける準備をした。
カバンに携帯と化粧ポーチを詰めていると薬指の指輪を見つめていた。
「・・・」
外そうとしたらリビングの方で声がした。
「そろそろスタジオ行ってくるよ」
春がキャップを片手にソファーでTVを消していた。
「うん。」
立ち上がる春にあたしは後をついて玄関まで一緒に行った。
靴を履いたかと思ったら春は振り返った。
しばらく見つめ合っていた気がする。
見送る事ってこれが初めてではないけど一緒に暮らす以上はなんだか訳が違う気がした。
「…うちのママ、パパを見送る時いつも姿が見えなくなるまで手をふるの。なんでって聞いたら家を出るって事は外に出る事だから、もしかしたら事故とかにあったりしてこの家を出るのがこれで最後になるかもしれないから後悔しないように見送りたいんだって。なんか、その気持ち今なら分かるかも」
「それは俺のセリフ」
「どうして?」
「ひろこが出掛けたまま帰ってこないんじゃないかって。引越しまでしたのにまだ焦ってんの。俺、相当ひろこに惚れてんだな」
「何言ってるの」
あたしの言葉が言い終わる前に春はあたしを抱きしめた。
「明日、朝一で役所いこ」
私は彼の言葉に身体が固まった。
入籍なんてもう少し先なんだと思っていたからだ。
春の手の回し方に早くてひたすら驚きを隠せなかったと同時に明日籍を入れるという心が追いついていない事が分かった。
「俺の最後のわがまま。」
そう言うとそっと腕が離れて春は分厚いドアを開けて手を振っていなくなった。
私はエレベーターが下がる音が聞こえなくなるまで玄関に立っていた。
春はきっと分かっているんだ。
分かっているからこそ言わないんだ。
名前こそ知らないが慶とまだ迷ってるんだろうと、きっと思っているんだ。
ワンピースの袖をぐっと掴んだ。
3日目のワンピースは無意識に3日まで手を出さなかったお気に入りのくすんだ赤のボタンが下までたくさんついたワンピースだ。
「慶、もう来てるよ」
お店の外で美咲が私を待っていてくれた。
家を出る時に指輪を外して春のマンションに置いて来た。
心の中で指輪に待っててね、と言っている自分がいた。
今日の主役は慶だ。
明日入籍するなんて私が話したら主役の慶が霞むだろう。
それ以前に事後報告になるけど籍を入れてから友達には報告したかった。
「歩、悲しくなってない?」
「そうね。あの中で歩が1番さみしいかもね」
個室の襖の外から歩達の大笑いした声が聞こえる。
ドアを開けるとみんな一斉にこっちを見た。
「ひろこ!」
「ひろこちゃんだ!」
「本物じゃん!」
大学の友達なのか知らない人もたくさんいた。その中で色味の強い紺色のマフラーをしたまま慶は真ん中に座っていた。
すぐに目が合うとニコリと微笑んだ。私も慶を見ていい笑顔を作った。
これで最後なんだと思いながら。
「ひろこ!SOULの聖司さんいい人だった?」
「HARUは?HARUと喋ったりした?」
「支倉大介は?絡まれてたじゃん!」
後から来た私に次々と質問攻めになりながらも笑って誤魔化した。
今日の主役は慶なんだ。慶の女友達も6人来ていて慶を囲んでいる。
その中に佐奈美ちゃんの姿はなかった。
「とりあえず、ひろこが来たからみんなドライ生で乾杯だ!慶さみしいぞー!」
歩の音頭にみんなで乾杯し、あたしのCMを気づかってくれたのか、ドライビールで乾杯となった。
私は真ん中の慶とは離れた隅の席で美咲と並んでいた。
慶の顔、これで最後だからたくさん見ておこうと決めていた。
思い出にするんだ。
「慶ー!俺もNY行くからな!親父さんの会社入れてくれ!」
「おー来いよ来いよ!待ってるから!」「あれ?歩、広告代理店志望じゃなかった?」
それぞれに盛り上がって面白おかしく笑ったりするけど、あたしは慶を隙を見ては見つめていた。
明日からNYへ行く慶。
明日結婚するあたし。
運命といえば運命だ。
もうきっと、会う事はないように思う。
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