Beloved

みのりみの

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わがまま

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よく夜中に1人で行くと言う春の行きつけのお店はマンションの隣のスタバだった。

本屋とバーが併設している大きな複合店で、だいたい春のマンション住民が使うだろう思うけど、場所柄遊びに来る人達も多い店舗だ。

私は高校生の頃に友達と来てこのスタバの存在を知っていた。
おしゃれな大人達が集まって、夜中にひとりお茶飲んで読書とかするのかな、なんて思いながら。
それが今自分がしている事と思うと自分の描いたおしゃれな大人達になれたのだろうか。
日付をまたいだ直後だからか、お正月だからか店内はいつもに比べると閑散としていた。

「いつもいる店員さん、俺だと分かってるから今日はびっくりした顔してたなぁ」

メガネをかけた春とマスク姿の私は2階の角っこに席を取り並んでコーヒーを飲んだ。

「女連れてるってビックリしたかもね」

春は雑誌を持ってきてパラリパラリとめくっていた。

2人がけのソファーにまだスペースは余っているのに腕と腕が密着している。
なんとなく、触れ合っていたかった。

「先にアッキーと遊井さんには言っておこうか。お互いの社長には4日の10時に言おう」
「分かった」

雑誌を見ながらこれからあたし達の結婚にまだハードルがある事を分かってる。

あたしもそれは分かってる。

番組だって需要がなくなって終了するかもしれない。
1番大きな稼ぎであるCMもなくなるかもしれない。
春もSOULの中では1番人気だ。ファン離れだって深刻だ。

「俺たち、悪い事なんてしてないんだから。」

雑誌を読む手を休めてこっちを見た。マスク越しに私はうなずいた。

「ひろこはいつから俺の事好きなの?」

突然の質問にコーヒーを吹き出しそうになった。

「打ち上げから連れ出したのが他のメンバーやスタッフだったとしてもひろこはついて行ったの?」

あの頃の自分を思い出した。
慶への失恋に仕事漬けの日々が今更懐かしく思えた。
「ついて行った先で口説かれ落ちたのは私だもん。連れていく人の問題よ。落ちない場合も多いし。」

春は笑っていた。

店内はゆっくりと時間が流れていて深夜だからだろうか、昼間の混み合ってるイメージは全くなかった。
生活の一部にこのお店がなるのか、そう思うとあの高校生の頃の気持ちが感慨深い。

遊井さんにスカウトされる前。自分はどんな事を考えていたのだろうか。
受験の最中に慶に告白し、進学校の女子校になんとか行っても大学受験の事しか考えていなかった。それなりに遊び、彼氏にも困らなかった。いつも嫌になって彼氏と別れてきた。その度に慶の事を思い出していたんだ。やっぱり慶が1番好きだったのかなって。
大学に行ってサークルに入って飲み会行って、大学生と付き合ってチャラついた日々を過ごすだろう思っていた。

人生は分からない。

自分の人生最後の真面目を捧げようと大真面目に勉強をした。
あんなに勉強したのに大学は落ちた。

大学に行く夢は敗れたけど芸能人になって芸能人と付き合って今まさにその芸能人と結婚しようとしているのだ。
自分が芸能人になるなんて、いつ私が思った事だろう。

「3日、新年会行くんだよね?」
「うん。夕方に出るよ」

3日、お正月休みは最終日だ。
そして慶の送別がある。

「3日の午前中に引っ越さないか?」

「え?」

あたしは突然の提案にビックリした。

「早くない?入籍してからと思ってたんだけど。」

「俺引っ越し屋のバイトしてたから分かるんだよ。3が日はバイト連中暇だからすぐ動いてくれるよ。ひろこそんなに荷物ないし、すぐ終わるよ。10人くらい引越し屋のお兄ちゃん呼べば2.3時間で終わるから」

春は私の肩を抱いて笑ってる。

「春、そんなにわがままだったっけ?」

「早く新婚ごっこがしたいんだ。」

事の早さに動揺しながらも春の言うことがおかしくてそれでよしとしてしまった。

「俺のわがまま聞いてくれるんだから、ひろこも言いなよ。結婚式こうしたい、とか新婚旅行ここ行きたい、とかさ。」

両手に持っていたコーヒーを握り締めたまま、私は自分の温めていた思いを話した。

「結婚式は大々的にはしなくていいよ。春のイメージがつくじゃない。会見もしなくていい。書面だけで。新婚旅行はいつか海外に行ければいい。」

私の言葉にびっくりしたようだった。

「ずいぶん欲のないひろこだね。わがままつきあってあげるのに」

春は笑っていた。

家に戻って、お互いがマネージャーに電話をした。

私は少し手が震えていたのが分かった。

渋谷のセンター街で見つけてくれて、それからずっと生意気な私を親のように面倒を見てくれた遊井さんを『春との結婚』で肩を落とされる事が辛かった。

トゥルルルルルトゥルルルルル

電話はいつも通り2コールで出るところも遊井さんだった。

「おう、ひろこどうした?」
「あけましておめでとう」
「おめでとう。まだ春くんのうちか?」
「うん。」

だけど、引き下がる事はしたくなかった。たとえ遊井さんや社長が大反対しても認めてもらいたかった。

「中目黒のマンション、引き払いたいんだけど、大丈夫かな。」

「・・どうした?」

「春のマンションに引っ越したいの」

遊井さんは何も言わなかった。でももう分かっていたと思う。

「ね、遊井さん。入籍してもいい?」

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