Beloved

みのりみの

文字の大きさ
上 下
66 / 71

わがまま

しおりを挟む
よく夜中に1人で行くと言う春の行きつけのお店はマンションの隣のスタバだった。

本屋とバーが併設している大きな複合店で、だいたい春のマンション住民が使うだろう思うけど、場所柄遊びに来る人達も多い店舗だ。

私は高校生の頃に友達と来てこのスタバの存在を知っていた。
おしゃれな大人達が集まって、夜中にひとりお茶飲んで読書とかするのかな、なんて思いながら。
それが今自分がしている事と思うと自分の描いたおしゃれな大人達になれたのだろうか。
日付をまたいだ直後だからか、お正月だからか店内はいつもに比べると閑散としていた。

「いつもいる店員さん、俺だと分かってるから今日はびっくりした顔してたなぁ」

メガネをかけた春とマスク姿の私は2階の角っこに席を取り並んでコーヒーを飲んだ。

「女連れてるってビックリしたかもね」

春は雑誌を持ってきてパラリパラリとめくっていた。

2人がけのソファーにまだスペースは余っているのに腕と腕が密着している。
なんとなく、触れ合っていたかった。

「先にアッキーと遊井さんには言っておこうか。お互いの社長には4日の10時に言おう」
「分かった」

雑誌を見ながらこれからあたし達の結婚にまだハードルがある事を分かってる。

あたしもそれは分かってる。

番組だって需要がなくなって終了するかもしれない。
1番大きな稼ぎであるCMもなくなるかもしれない。
春もSOULの中では1番人気だ。ファン離れだって深刻だ。

「俺たち、悪い事なんてしてないんだから。」

雑誌を読む手を休めてこっちを見た。マスク越しに私はうなずいた。

「ひろこはいつから俺の事好きなの?」

突然の質問にコーヒーを吹き出しそうになった。

「打ち上げから連れ出したのが他のメンバーやスタッフだったとしてもひろこはついて行ったの?」

あの頃の自分を思い出した。
慶への失恋に仕事漬けの日々が今更懐かしく思えた。
「ついて行った先で口説かれ落ちたのは私だもん。連れていく人の問題よ。落ちない場合も多いし。」

春は笑っていた。

店内はゆっくりと時間が流れていて深夜だからだろうか、昼間の混み合ってるイメージは全くなかった。
生活の一部にこのお店がなるのか、そう思うとあの高校生の頃の気持ちが感慨深い。

遊井さんにスカウトされる前。自分はどんな事を考えていたのだろうか。
受験の最中に慶に告白し、進学校の女子校になんとか行っても大学受験の事しか考えていなかった。それなりに遊び、彼氏にも困らなかった。いつも嫌になって彼氏と別れてきた。その度に慶の事を思い出していたんだ。やっぱり慶が1番好きだったのかなって。
大学に行ってサークルに入って飲み会行って、大学生と付き合ってチャラついた日々を過ごすだろう思っていた。

人生は分からない。

自分の人生最後の真面目を捧げようと大真面目に勉強をした。
あんなに勉強したのに大学は落ちた。

大学に行く夢は敗れたけど芸能人になって芸能人と付き合って今まさにその芸能人と結婚しようとしているのだ。
自分が芸能人になるなんて、いつ私が思った事だろう。

「3日、新年会行くんだよね?」
「うん。夕方に出るよ」

3日、お正月休みは最終日だ。
そして慶の送別がある。

「3日の午前中に引っ越さないか?」

「え?」

あたしは突然の提案にビックリした。

「早くない?入籍してからと思ってたんだけど。」

「俺引っ越し屋のバイトしてたから分かるんだよ。3が日はバイト連中暇だからすぐ動いてくれるよ。ひろこそんなに荷物ないし、すぐ終わるよ。10人くらい引越し屋のお兄ちゃん呼べば2.3時間で終わるから」

春は私の肩を抱いて笑ってる。

「春、そんなにわがままだったっけ?」

「早く新婚ごっこがしたいんだ。」

事の早さに動揺しながらも春の言うことがおかしくてそれでよしとしてしまった。

「俺のわがまま聞いてくれるんだから、ひろこも言いなよ。結婚式こうしたい、とか新婚旅行ここ行きたい、とかさ。」

両手に持っていたコーヒーを握り締めたまま、私は自分の温めていた思いを話した。

「結婚式は大々的にはしなくていいよ。春のイメージがつくじゃない。会見もしなくていい。書面だけで。新婚旅行はいつか海外に行ければいい。」

私の言葉にびっくりしたようだった。

「ずいぶん欲のないひろこだね。わがままつきあってあげるのに」

春は笑っていた。

家に戻って、お互いがマネージャーに電話をした。

私は少し手が震えていたのが分かった。

渋谷のセンター街で見つけてくれて、それからずっと生意気な私を親のように面倒を見てくれた遊井さんを『春との結婚』で肩を落とされる事が辛かった。

トゥルルルルルトゥルルルルル

電話はいつも通り2コールで出るところも遊井さんだった。

「おう、ひろこどうした?」
「あけましておめでとう」
「おめでとう。まだ春くんのうちか?」
「うん。」

だけど、引き下がる事はしたくなかった。たとえ遊井さんや社長が大反対しても認めてもらいたかった。

「中目黒のマンション、引き払いたいんだけど、大丈夫かな。」

「・・どうした?」

「春のマンションに引っ越したいの」

遊井さんは何も言わなかった。でももう分かっていたと思う。

「ね、遊井さん。入籍してもいい?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

処理中です...