Beloved

みのりみの

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もう迷わない

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春のマンションは欅坂にある有名なタワーマンションだった。

ウワサ通りの広いリビングは、こんなに広いリビングは見た事がないくらいの広さで、ベッドにもなりそうなくらい大きなソファーが真ん中にあり、キッチンの近くにはこれまた大きなダイニングテーブルが置いてあった。それでもソファーやテーブルが小さく見えるほど広かった。

壁には付き合い始めた頃の2人の写真と花ちゃんから貰ったであろう私のグアムの写真が貼られていた。
それを見て、私の事を想っていてくれてたんだと思った。

クリスマス、日付けまたいで26日。
記者もウロウロしていそうな予感はしたけど私達は手を繋いだまま正面玄関から堂々と入った。

お互いが、撮られてもいいと思ったからだ。

「赤いコート、似合ってるね」

ソファーにコートを着たまま座っている私を見て言った。

「誰に買ってもらったの?」 

緑に近い透き通るような茶髪の隙間から私を見つめている。
「衣装で、自分で買ったよ」
「また衣装?」
春はふっと笑って目が細くなった。

懐かしささえある春の笑った顔だった。

そっと私の頬を触った。
春の目を見つめた。春の眼球に私が映る。
さみしかったよ。
会いたかったよ。
もうどこにも行かないよ。
気持ちがあふれてなんだか分からない。
でも、これ以上ない幸せは確かだった。

春が、迎えに来てくれた。

「ビールのCM、さっき見たよ」

リモコンでTVをつけた。

「あれって、やった後を彷彿させてるんでしょ。男達がエロいってみんな騒いでたよ」

春も観たんだ。
急に恥ずかしくなった。

「いつも、私あぁゆう顔してるの?」

春はくすっと笑った。

「全然違う」
「やっぱり」

2人で顔を見合わせて笑い合った。いつもの事が当たり前にできてる自分がいたと思った時、気持ちがいっぱいになり私は彼に抱きついていた。
この人の胸に帰ってこれたんだ。
私はそのまま胸に顔を沈めた。

「さみしかった?」

さみしいとかよりもっと違う

「会いたかった?」

会いたかったよりもっと違う

私が言いたいのは、もう離れたくないって事。ずっと一緒にいたいと願う事。
この人のそばにずっといたいの。

春は何も答えず、私の腕を引いてきつく抱きしめてくれた。
私はその腕の中で、ずっとこうしていたいと思った。

「ひろこはさ、ずっとかわいいままでいてよ」

「ずっと?」

「うん。ずっと」

ぼんやり灯る部屋の照明が雰囲気があって見惚れていた。 

「ずっと俺のかわいいひろこでいてよ」

声にもならないようなかすれた声。
そっと私にキスをした。
いるよ、ずっと。ずっといるよ。
私は心の中で誓った。

初めて春と会った日から今日まで2年半。いろんな事があった。
辛い時も嬉しかった時もずっと一緒にいてくれて、支えてくれる人。
優しさを分けてくれる人。
身体を重ねて、魅力的にさせてくれる人。

そして、私に恋をさせてくれる人。


「私のどこがイルカに似てるの?」

明け方、春に聞いてみた。ずっと気になっていた事だった。

「・・それはね」
「あーやっぱりゆわないで!」

私は慌てて春の口をふさいだ。

「なんで?」
「ずーっとわからない方がいいな。ずーっとなんでだろって思ってる方がいいじゃない。人生最大の謎みたいで。大阪の知り合った頃ならまだ聞けたけど、今ならもう知らないままの方がいいな」
「ずーっとって死ぬまで?」
「うん。あ。でも死んだら分かんないからなぁ」
「俺が死ぬ間際に言うよ。」

ずっと2人でいたい。誰にも邪魔されなくて、2人でいたい。


「何やってたんだ?迎えに行ったらいないし部屋の窓開けっ放しだったぞ」

事務所にタクシーで行くと11時ぴったりだった。
遊井さんに叱言を言われたけど、不思議と全く怖くなく私は笑っていたかもしれない。
「ごめんなさい」

今日は26日。
年内の仕事も残りわずかの中、芸能界の大御所とも言えるおじ様のトーク番組の収録だった。
さすがの遊井さんも背筋は伸びていた。

『6階の衣装の隣が楽屋だった』

春のメールに反応する。さっき会ったばかりなのに。
「ねぇ遊井さん10分だけ」
「ダメ。大御所が局入りするまで待ってなさいよ」
「今がいいの!5分だけでいいの!お願い!」
「本当に5分だな?」

「やったー!ありがと!」
遊井さんに許可を得ると猛ダッシュで楽屋を出た。
楽屋が同じ6階で会わない手はない。
ずっと走って行き止まりを左に曲がると曲がり角の衣装の前に春はいた。
その瞬間ふわりと抱き合った。

「あ!」

衣装のいつもの金髪のスタッフがこっちを見てビックリしていたけど、すぐ笑顔を見せてくれた。
『よかったね』と、まるで言ってくれているかのようだった。

「あ、遊井さん」
春が抱きしめていた手を離した。
私ははっとした。見られた。 

「すいません。俺収録終わってこれから移動で、ひろこ引き止めちゃって」
「違う。私が会いたかっただけなの!遊井さんごめんなさい。」

すると今度は秋元さんが後ろからやってきた。

「ひろこちゃんと遊井さんおつかれさまです!春、もう出るぞ!」

このマネージャー2人は至っていつも通り。
違う。
いつも通りのフリをしてくれているんだ。

楽屋からゾロゾロとメンバーが出てきて聖司さんと目が合った。ウィンクをしていた。
ケンは私を見てニヤっと笑った。
「ひろー」
ゆうきがまた走って来て私に思い切り抱きついた。

みんながみんな、何も言葉を発していなかったけど、言いたい事は十分伝わってきた。

私は優しい人達に囲まれている。


「へーじゃあずっと大阪にいたの?」 
「そうですよ」

大御所を前にしても決して緊張はしないようにしようと思った。

年始のスペシャル番組でみんなが見てくれる。
今年最後の、集大成ともいえる仕事がこの有名なトーク番組だった。

「君、本当にキラキラしてるよね。いい恋愛しなきゃそんな顔にならないよ。恋愛しているの?」

私の今。
幸せなんだって顔してるのかな。
恋してる顔、してるのかな。

「まだ22歳でしょ?結婚願望以前にどうゆう人が好みなの?」

「あたしを大切にしてくれる人ですかね。やっぱり誰よりも幸せになりたいですもん」

もう、『好きになった人がタイプ』と言う私ではなかった。



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