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クリスマス
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「え!?化粧品のCM決まったの?」
眠い目を擦り、朝9時に遊井さんの車に乗るや否や吉報が届いた。
「社長、めちゃくちゃ喜んでたよ。近いうち西麻布で焼肉だな。何か欲しいものあるか?社長買ってくれるみたいだよ」
仕事は本当に順調だった。まるで、春がいない事と引き替えのようだった。ただ、今は目の前の仕事をこなして、せめて春の記憶に残る仕事ができればいいと思う自分はもう春の事を諦める準備を始めているのかなと思う。でも記憶に残るように、なんて考える時点で忘れられていない訳であり、毎日そんな事を考えての繰り返しだった。
「今回はドライビール年末スペシャルバージョンとして支倉大介さんと安藤ひろこさんにお越しいただきました」
会見は私と支倉さんで共に登場したくさんのフラッシュを浴びる。
「お二人のアツイCMが話題ですが」
「付き合ってます」
支倉さんがいつものノリで私の肩を抱くと会場の報道陣の笑いを誘った。
「安藤さん単独のCMも話題ですね。セクシーなかんじで。これはもしかして男性を意識されたのですか?」
「想定でやれと言われました。」
「想定とは?」
「ご想像にお任せします」
誤魔化して笑う私にフラッシュが強くなる。
CM記者発表でこれだけ記者がくれば上出来だと遊井さんは言っていた。
早速のCMオンエア。
私のやった後の想定CMは話題となっていた。
「今日、明日はクリスマスですが、お2人のご予定は?」
記者の質問にハッとした。
「僕はもちろんひろこちゃんと」
「クリスマスの生番入ってまーす」
横からのマネージャーの言葉で場内がどっと湧く。
「ひろこちゃんは、ご予定は?」
「私は、仕事です」
クリスマス、そうだ。
春と過ごしたクリスマスは一度もない。仕事だから分かってはいるけど、今年は本当にひとりぼっちになってしまった。
「うん。安藤さんこのワンピースがいいかも。」
内海さんが年末番組の衣装合わせに立ち合ってくれた。
「買取りたいな。私。ここの局の衣装さん好きなんです。」
「衣装でいつも服買うなんて、安藤さん面白いですね。デパートとか行けばいいのに!」
私は衣装合わせが終わった後、内海さんに連れられて衣装へ向かった。
鮮やかなワンピースやトップスが並ぶ中、一際キレイな赤い色のコートが目についた。
「このコート。いいな。」
コートを手に取り着てみた。
「素敵素敵!今日クリスマスだしいいですね!」
内海さんは笑顔で言う。
「じゃあ、買います」
衣装にいる金髪のスタッフもいつも通り笑顔で送り出してくれた。
「メリークリスマス!ステキなクリスマスになるといいですね」
内海さんに見送られて、私はコートを着たまま遊井さんと車に乗り込んだ。
「ひろこ、ケーキ買ってやろうか?今日クリスマスだろ?社長にもお金渡されてるんだよ。」
「今日たくさん食べたから。大丈夫」
私は遊井さんに心の中で感謝した。
優しい人達の心遣いが妙に心に沁みた。
車内のTVを見ると、毎年恒例のクリスマス音楽生番組がやっていた。
ちょうど、支倉さんがド派手な衣装で観客を魅了していた。
SOULは、これから出番かな。もう終わったかな。
ぼんやりとTVを見つめていた。
「明日10時な」
「うん!お疲れ様」
赤いコートが妙に暖かい。
部屋に入って暖房をつけた。赤いコートを着たままソファーにごろりと寝そべった。
気がついたら時計は12時を過ぎていた。
クリスマスはもうおしまい。
26日になった。
『素敵なクリスマスになるといいですね』
内海さんの笑顔をふと思い出した。
春とは会えない。
また涙があふれてきた。
涙は拭っても拭ってもあふれてくる。
私が想ってるところで、もうどこかのアイドルやモデルの彼女がいるかもしれない。
次にあの人に優しく抱かれる人はどこの誰なんだろう。いつもいつも優しかった。
春はいつも私の隣にいてくれた。大阪にいた時も、心が寄り添うってこう言う事なんだと思った。
もう、遅いんだ。春とは終わった事なんだ。きっともう、春も新しい彼女と一緒にいるんだ。
ソファーが涙でぐしゃぐしゃになっていた。
カチャン
その時、窓の外から音が聞こえた。窓ガラスに何か当たっている。
石?
私は起きて窓の方を見た。
カチャン
いたずら?
そっと窓へ行きカーテンを開けた。
「・・・」
窓から下を見ると春がいた。
寒そうにこっちを見上げていた。
窓を開けてしっかり見た。
幻覚を見ているんじゃないかと一瞬思った。
「メリークリスマス」
寒空の下、冷たい空気に乗せて春の声が届いた。確かに春がそこにいた。
「もう、もう日付変わって26日よ」
私は目を擦った。やっぱり春だった。
「ニューヨークは、まだ25日だよ」
「・・」
私は言葉が出てこなかった。
春がしばらく私を見ていたかと思ったら辺りをキョロキョロと見渡した。
「出て来てよ。裏から」
私は頷いてコートのまま外に出た。
早く会いたい。早く春に会いたい。
非常階段から裏口に出ると鍵がかかって開かなかった。
私は2階に上がり踊り場から外の春に言った。
「鍵、かかってて開かないよ」
「そこから飛び降りなよ」
「え?」
2階から見てもけっこう高さはあった。けど春は下で私を見ていた。
「おいで」
手を広げて私を待っていた。
「春、骨折れちゃうかもよ」
死んでもいい。
骨が折れてもいい。
顔に傷がついてもいい。
春の胸に飛び込めるなら、もうそれでよかった。
私は赤いヒールを外に投げた。ヒールは弧を描いて飛んで行く。そして踊り場から脚をひっかけて飛び降りた。
バサンっと鈍い音がして私は春に抱きかかえられた。
「ひろこ、重いよ。太った?」
私はそのまま涙が止まらなかった。優しい優しい春の腕に抱かれ、これ以上の幸せはないと思った。
「はる・・」
元気だった?
何してた?
私の事、考えてくれてた?
抱かれたまま、いろんな事を聞いていた気がする。
春は何も答えずただ私を抱きしめてくれた。
眠い目を擦り、朝9時に遊井さんの車に乗るや否や吉報が届いた。
「社長、めちゃくちゃ喜んでたよ。近いうち西麻布で焼肉だな。何か欲しいものあるか?社長買ってくれるみたいだよ」
仕事は本当に順調だった。まるで、春がいない事と引き替えのようだった。ただ、今は目の前の仕事をこなして、せめて春の記憶に残る仕事ができればいいと思う自分はもう春の事を諦める準備を始めているのかなと思う。でも記憶に残るように、なんて考える時点で忘れられていない訳であり、毎日そんな事を考えての繰り返しだった。
「今回はドライビール年末スペシャルバージョンとして支倉大介さんと安藤ひろこさんにお越しいただきました」
会見は私と支倉さんで共に登場したくさんのフラッシュを浴びる。
「お二人のアツイCMが話題ですが」
「付き合ってます」
支倉さんがいつものノリで私の肩を抱くと会場の報道陣の笑いを誘った。
「安藤さん単独のCMも話題ですね。セクシーなかんじで。これはもしかして男性を意識されたのですか?」
「想定でやれと言われました。」
「想定とは?」
「ご想像にお任せします」
誤魔化して笑う私にフラッシュが強くなる。
CM記者発表でこれだけ記者がくれば上出来だと遊井さんは言っていた。
早速のCMオンエア。
私のやった後の想定CMは話題となっていた。
「今日、明日はクリスマスですが、お2人のご予定は?」
記者の質問にハッとした。
「僕はもちろんひろこちゃんと」
「クリスマスの生番入ってまーす」
横からのマネージャーの言葉で場内がどっと湧く。
「ひろこちゃんは、ご予定は?」
「私は、仕事です」
クリスマス、そうだ。
春と過ごしたクリスマスは一度もない。仕事だから分かってはいるけど、今年は本当にひとりぼっちになってしまった。
「うん。安藤さんこのワンピースがいいかも。」
内海さんが年末番組の衣装合わせに立ち合ってくれた。
「買取りたいな。私。ここの局の衣装さん好きなんです。」
「衣装でいつも服買うなんて、安藤さん面白いですね。デパートとか行けばいいのに!」
私は衣装合わせが終わった後、内海さんに連れられて衣装へ向かった。
鮮やかなワンピースやトップスが並ぶ中、一際キレイな赤い色のコートが目についた。
「このコート。いいな。」
コートを手に取り着てみた。
「素敵素敵!今日クリスマスだしいいですね!」
内海さんは笑顔で言う。
「じゃあ、買います」
衣装にいる金髪のスタッフもいつも通り笑顔で送り出してくれた。
「メリークリスマス!ステキなクリスマスになるといいですね」
内海さんに見送られて、私はコートを着たまま遊井さんと車に乗り込んだ。
「ひろこ、ケーキ買ってやろうか?今日クリスマスだろ?社長にもお金渡されてるんだよ。」
「今日たくさん食べたから。大丈夫」
私は遊井さんに心の中で感謝した。
優しい人達の心遣いが妙に心に沁みた。
車内のTVを見ると、毎年恒例のクリスマス音楽生番組がやっていた。
ちょうど、支倉さんがド派手な衣装で観客を魅了していた。
SOULは、これから出番かな。もう終わったかな。
ぼんやりとTVを見つめていた。
「明日10時な」
「うん!お疲れ様」
赤いコートが妙に暖かい。
部屋に入って暖房をつけた。赤いコートを着たままソファーにごろりと寝そべった。
気がついたら時計は12時を過ぎていた。
クリスマスはもうおしまい。
26日になった。
『素敵なクリスマスになるといいですね』
内海さんの笑顔をふと思い出した。
春とは会えない。
また涙があふれてきた。
涙は拭っても拭ってもあふれてくる。
私が想ってるところで、もうどこかのアイドルやモデルの彼女がいるかもしれない。
次にあの人に優しく抱かれる人はどこの誰なんだろう。いつもいつも優しかった。
春はいつも私の隣にいてくれた。大阪にいた時も、心が寄り添うってこう言う事なんだと思った。
もう、遅いんだ。春とは終わった事なんだ。きっともう、春も新しい彼女と一緒にいるんだ。
ソファーが涙でぐしゃぐしゃになっていた。
カチャン
その時、窓の外から音が聞こえた。窓ガラスに何か当たっている。
石?
私は起きて窓の方を見た。
カチャン
いたずら?
そっと窓へ行きカーテンを開けた。
「・・・」
窓から下を見ると春がいた。
寒そうにこっちを見上げていた。
窓を開けてしっかり見た。
幻覚を見ているんじゃないかと一瞬思った。
「メリークリスマス」
寒空の下、冷たい空気に乗せて春の声が届いた。確かに春がそこにいた。
「もう、もう日付変わって26日よ」
私は目を擦った。やっぱり春だった。
「ニューヨークは、まだ25日だよ」
「・・」
私は言葉が出てこなかった。
春がしばらく私を見ていたかと思ったら辺りをキョロキョロと見渡した。
「出て来てよ。裏から」
私は頷いてコートのまま外に出た。
早く会いたい。早く春に会いたい。
非常階段から裏口に出ると鍵がかかって開かなかった。
私は2階に上がり踊り場から外の春に言った。
「鍵、かかってて開かないよ」
「そこから飛び降りなよ」
「え?」
2階から見てもけっこう高さはあった。けど春は下で私を見ていた。
「おいで」
手を広げて私を待っていた。
「春、骨折れちゃうかもよ」
死んでもいい。
骨が折れてもいい。
顔に傷がついてもいい。
春の胸に飛び込めるなら、もうそれでよかった。
私は赤いヒールを外に投げた。ヒールは弧を描いて飛んで行く。そして踊り場から脚をひっかけて飛び降りた。
バサンっと鈍い音がして私は春に抱きかかえられた。
「ひろこ、重いよ。太った?」
私はそのまま涙が止まらなかった。優しい優しい春の腕に抱かれ、これ以上の幸せはないと思った。
「はる・・」
元気だった?
何してた?
私の事、考えてくれてた?
抱かれたまま、いろんな事を聞いていた気がする。
春は何も答えずただ私を抱きしめてくれた。
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