Beloved

みのりみの

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あなたがいない

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美咲に電話した。

「そりゃひろこがいけないでしょ」

百も承知な事を言っていた。
振り返れば振り返るほど、今は自分の愚かさに悔いばかりだ。

慶をもっと断ち切る気持ちがあれば良かったのに、と反省しても断ち切れなかった自分の愚かさだけが残っている。だけどこの先も私は慶と会ったらどうなるんだろうと思うところもある時点で本当自分はバカだと思う。

でも不思議と、慶が佐奈美ちゃんと別れたのだから慶と付き合いたいと思わなかった。佐奈美ちゃんの一件がなかったとしてもそうは思わなかっただろう。

私が会いたいのは、あの気怠くかすれた声と優しい手。

「もうちょっと」

あと1センチでパンツ見えるぞってくらいのニットを1枚着て、胸の谷間は覗きノーブラだろうと連想される。

「飲もうよ」

「美味しい?」

「もう1回」

頭をダルそうにかしげながら、何度も何度もセリフを言っては撮影をする。

支倉さんとのビールのCMはいよいよソロバージョンで撮影された。
私1人のビールのCMは、言い方こそスポンサー側は配慮したものの、セックスした後の気怠さを彷彿するかのような映像だった。
『年末の忙しさを吹き飛ばせるような癒しを』
そんなテーマの中、撮影した。

「やったあと想定?」
私は絵コンテを何度も何度も見ながらイメージを膨らまそうとしていた。
「そうそう。やったあと想定ね。恥ずかしがると変な風になるからいつものかんじで」
「遊井さんエロイ事考えないでよ!」
私は遊井さんを睨んだ。

「春くんが見たらビックリするくらいいつもと同じかんじで。その方が良いじゃない」

「嫌よ」

「なんで?春くんがCMにヤキモチ焼く方がいいじゃないか。」 

「それは春しか知らないから」

セックスした後の気怠さなんて、そんなの当人同士しか分からないのに。

春は、見たらどう思うの?


「ひろこー!会いたかった!」

地元に戻ったのは日曜の夜だった。
美咲が駅で手を振っていた。私はマスク姿で駆け寄って抱き合った。

「マスク1枚で、大丈夫?」
「大丈夫。」

年内は今日しかない休みは美咲と約束していた。地元の居酒屋で歩と呑む約束をしていたからだ。久々の地元に、あぁ休日だ、と思うと休息感はあった。

「ひろこ、個室で予約したのよ」

個室を予約したくれた美咲に感謝、だった。

「ひろこお疲れー!」
歩はまた一層チャラい風貌でパーマは前よりキツくカールしていた。

「歩も。いろいろありがとうね」
「佐奈美ちゃん、退院したしもう心配いらないよ」

歩は個室のTVをつけた。

「何見るの?」
「いや、今日SOULがでるハズなんだよなー録画してなくて」

そう言うとリモコンをいじってチャンネルを変えていた。
今、ニューヨークに行ってるよ。と言いたいところだけど何も言えなかった。

「今日、俺が奢るからさ。乾杯しよーぜ!」
「どうしたの?歩、羽振りいいじゃない?」
「家庭教師のバイト始めたら超儲かるのな。しかもキレイなお母さんのご飯付き!」
「じゃあ、ついに中古のアコードも買い替えね!」

3人で大笑いしながら乾杯した。気のおける友達はやっぱり癒される。 

「はい?もしもし?」

歩が電話をしながら外に出ていったので美咲とおでんをよそいながら食べようとしていた。

「佐奈美ちゃん、様子どお?」

美咲は口を閉じてうん、と言うと気まずそうに言った。

「慶の事は忘れるってあの2人別れたみたいよ。でもあれは佐奈美ちゃんがまだ引きずってるわ。」

「・・」

想定内の事で私は肩を落とした。
やっぱり、あの苦しみを引きずっているんだ。

ふすまの外から女の子の笑い声と同時に歩が入って来たと思ったら女の子が3人と慶と大成くんだった。
「ひろこ、美咲、こいつらもいい?」
歩はいつもの調子で全員を個室に入れた。

慶と私はすぐ目が合った。物言いたげな雰囲気を醸し出していた。
あの、公園で抱き合ってから会っていなかった。
私は黙って慶を見つめた。

「ひろこちゃん!支倉大介とのCM見たよ!」

「あ、俺も見た!支倉大介ってどんな人?」

歩と大成くんとで場は一気に私に質問が飛んで来た。でも私は慶がいる事に動揺していて愛想笑いで誤魔化すだけだった。

「慶こっち座って!」

知らない女の子は慶の手をひいて隣に座らせた。
「飲もう飲もう!私、ビール頼んでくるね!」
突然増えた人数に場は忙しくなった。

『はーい!ではニューヨークにいるSOULの皆さんにお繋ぎしましょう!』

TVではクリスマスツリーが写し出され4人が中継で出演していた。

「おー!始まった!」

歩はTVに釘付けになった。

ビールが配られてガチャガチャと音が賑やかになる中、私もTVを見た。

『今、ニューヨークは朝なんですよ』
『寒そうですね』
『寒いです』

春が寒そうに答えると白い息が画面越しにも映る。

「ねぇー慶!これも食べよ」
「もう食えないよ」
「なんでー?全然食べてないじゃん」

目の前で、慶は女の子と笑顔で仲良く話していた。私はそれがいたたまれない気持ちになった。

佐奈美ちゃんを見てきたからだ。 

「・・慶、佐奈美ちゃんはどおなったの?」

私が言うとみんな言葉を失った。

佐奈美ちゃんをあの状況にしておいて、知らない女を連れて来て戯れる慶にいい加減佐奈美ちゃんの事を考えているとは思えなかった。

見かねた女が私をキッと睨んだのが分かった。

「佐奈美ちゃんと慶はもう別れたのよ。もうそれ以上言わないで。慶がかわいそうじゃない!」

「部外者は黙っててよ!」

私はカッとなってその女の子に怒鳴っていた。一瞬、自分の目がキツくなったのが分かった。

「・・」

こんなに、怒ったのは久しぶりだった。

TVでは春が歌っていた。切ないラブソングを寒さの中歌っている。

春、ねぇ春。

私は春と別れてから、昔の私に戻ったようだ。ささくれ立っていた私の心が丸くなっていたのは春がいたからかもしれない。

あなたの優しさに触れて、心が穏やかになっていたのかもしれない。 

会いたいよ。

春に、会いたいよ。

その時美咲が私の腕を引いた。コートとバッグを抱えて、私達は個室を挨拶もなく出てそのまま店を出た。

「美咲、ごめん」

外に出ると私は泣いているのが分かった。 いつから泣き出したのだろう。涙がぼたぼたと落ちてきた。

「ずいぶん、涙もろくなったのね」
美咲は私の肩を抱いて夜道を歩き出した。 

「美咲、美咲、私ね」

「泣くなー!ひろこ!幼稚園の時でさえあんた泣かなかったのに!泣くな泣くな!」

一緒にいてくれた人が美咲でよかった。

「私ね、春が必要なの。春がいてくれなきゃダメなの。春が1番大切なの」

心の中でずっと想っていた事があふれ出した瞬間だった。
私は夜道をいいことに美咲の横で子供のように大泣きした。泣きながら泣きながら見えてくるものがあった。

私を可愛くいさせてくれて、女にさせてくれる。

恋を、させてくれる。

私が大切な人は春なんだ。




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