Beloved

みのりみの

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愛車

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デビューして初めて仕事した深夜番組。
「いつかあなたとワンナイト」
その収録以来にこの放送局に来た。
ここは衣装が充実していて大好きな放送局だった。

「安藤さん、よろしくお願いします。」

局員の内海さんという女性に案内されて遊井さんと小部屋に入り打ち合わせをした。
ニコやかで丁寧。相槌を打つのが上手く、提案の仕方は優等生だったんだろうな、という説得力だった。
伸びかけのショートカットにゆるいパーマは彼女の雰囲気にぴったりで。足首まで隠れるくらいの長いスカート。背の低い彼女にはその格好がよく似合い働く女性のふわりとした余裕と都会らしさを醸し出していた。

「社食に行ってみたいな。」

「あ、お弁当手配もしてたんですけど社食がいいですか?」

「ひろこ、弁当でいいじゃん。内海さん用意してくれてるんだし」

遊井さんが横からすいません、と言って言葉を挟んだ。

「ワンナイの時、深夜の収録で社食やってなくて1回も食べたことなかったじゃない。会社員みたいな気分になれそうじゃない。」

「是非!社食に行きましょう!」
内海さんはそう言うと快く社食へ案内してくれた。

最上階にある『赤坂亭』という名の社食から外の景色を見た。
雲ひとつない秋晴れ、といったところだった。間もなく冬が来る。
あぁ、クリスマスも来る季節だ。

お茶を注ぎながら内海さんは1人ずつ配ってくれた。手際よく、場慣れした感があった。
「内海さんは宣伝部の方なんですね。」

注文したカキフライが届いてまたそれも内海さんが配ってくれた。

「はい。夏にスポーツ局から異動してきまして音楽番組を担当しています。アーティストの方とは接する機会あるんですけどタレントさんとはあまりないので安藤さんとお会いできてうれしいです。最近のご活躍すごいですね!キルズアウトのPVのダンス、あたしも練習して会社の送別会の余興でやりましたよ。」

内海さんの発言に私は可愛くて少し笑った。

「仕事は充実してるかもしれないけど、最近は悩む事ばかりですよ。あたしも内海さんみたく局員になってみたかったな。OLとか憧れます」

私はカキフライを食べる手を止めてまた窓の外を見た。

太陽の光に反射して時計のダイヤがキラキラと輝き眩しいくらいだった。
春は、まだこの時計をしているの?

とある時計専門雑誌に芸能人着用の高級時計の紹介があった。

見事に私と春は同じ時計をしているプライベート写真が掲載されていて、写真は時計をクローズアップしていた。
マニアックな雑誌だけど、『SOULのHARUと安藤ひろこはできている』とファンの間では噂がまた更に加速した。
お陰で事務所に春のファンからの嫌がらせの手紙が3通来たそうだ。
でもその3通が「少ない!」と意外だったようでビックリしてたのは事務所だった。
私のファンは女の子も増えていて、応援してくれてる子の方が多い、と遊井さんが言っていた。

「げーっいた!ひろこ!」

鈴鹿までわざわざロケに来たらケンがいる。
今日は愛車紹介番組で兼ねてからケンがゲストに来るとは分かってはいたけどスケジュールの都合上、伸び伸びだった。
このまま来ないかと思われていたがケンは想像以上にこの番組に出たかったそうだ。

「ケン、久しぶり」

「スカート短くね?この番組で、ひろこ毎回スカート短いよなって春と話してたんだよ」

私は真顔になった。春も、観ているんだと思うと胸がジワジワと痛んだ。

しおらしい顔をしてたのか、ケンは私の顔を覗き込む。

「ブスになったな」
「は?」
「ひろこ、ブスになった!」

ケンは悪戯に笑うので待ちなさいよ!と2人でサーキット場を追いかけっこした。

「仲良いね?知り合い?」

スタッフや司会の芸人達も不思議そうに私達に言う。

「ケン君って喋るんだね。もっと喋らないかと思った。」
「喋りますよ」

意外にもケンはノリが良く、大好きな車という事で1台乗ってきたのはポルシェだった。
慶と同じ型の同じ黒いポルシェだった。

「じゃあ1周廻って、ひろこちゃんも乗る?」

ディレクターに言われて私はケンの運転する愛車に乗せてもらった。

「まさかひろこを乗せるなんて、思いもしなかったな。俺の聖なる領域に」

「何言ってんの。安全運転でね」 

ケンはエンジンを上げてサーキットをゆっくり走り出した。

シートの皮のにおいが慶の車を思い出した。

「いい車乗ってるね。他にも持ってるの?」
「あと2台持ってるよ」
「2台も!ケン車好きねー」

アーティストとは、聖司さんのマンションもそうだけど売れれば安泰だ。きっとこの「2台」もよっぽどケンが気に入った高級外車だろうと思った。

「このポルシェは欲しくて買いに行った時春も一緒に買ったんだよ。今乗ってるカイエン。」

ケンが運転しながらサラリと言う。
今は「春」って言葉聞くだけで心臓が痛む。

「ひろこ、春の他に男いたの?」

私が黙っていたらケンはこれまたグサリと刺すような質問をしてきた。

「いないよ」
「写真で抱き合ってた一般人の男はだれだったの?俺、その写真は見てないけど」
「地元の友達。」

ケンの車は2周目を過ぎると少し加速した。 

「サーキットって気にしないで走れてサイコー!」

エンジンの回転音が激しく聞こえる。

「ちょっとー!安全運転してよー!」

怖くてシートベルトを握りしめてケンに叫んだ。

「ごめんごめん。安全運転、しますよ」

するとケンは私の手を繋いだ。その手をなかなか離さなくて、私は繋がれたままだった。

「ごめん。」
「何が?」
「ううん。ひろこが辛いこと、聞いてごめん」

突然ケンが優しい言葉をかけるので私の方が動揺した。

ケンがそっと手を離すと両手でハンドルを持った。

「明日から、またニューヨーク行くんだけどさ、春があれから歌うたえなくてこっちも困ってんの」

「・・どうして?」

エンジンの回転数が落ちるのか少し静かになってまた走らせた。

「ひろこがいないからじゃない?」

「・・・」

「ずっとひろこの事考えながら歌ってたんじゃない?」

プロなんだから、そんな言はないと思ってた。

胸が痛くなり、また涙があふれそうになった。収録中って意識が働いて、私は涙を必死に堪えた。

「ひろこも春も今は誰とでも付き合える権利はあるよね。別れているのなら。誰のものにだってなっていいんだもんな。それ考えたら、ひろこはどんな人と付き合うのかなって考えてた」

プロデューサーが手を振り、そこにケンは車を止めた。
窓を開けて少し打ち合わせをしてエンジンを切った。
車の中が静まり返り私はケンに言われた事を考えていた。

誰とでも付き合える権利。

そんな権利があるなら、誰とでもではないまた春と一緒にいたい。

『ひろこといたいな』
『2人でいたいな』
『ひろこにしかしないよ』

春との言葉が脳裏に霞んで離れなかった。
会いたいと思った。

「春はひろこが好きだよ」

ケンを見るとただ真っ直ぐ前を向いていた。

ケンは、私を励ますために言ってくれてるの?
全く分からなかったけど、その言葉をただひたすら信じたい自分がいた。

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