58 / 71
お見舞い
しおりを挟む
「大晦日の、紅白の後にやってるカウントダウン番組分かるだろ?音楽生番組で紅白終わった連中がゾロゾロ出演するんだけど、ひろこに司会の依頼きたぞ」
遊井さんは最近機嫌が良い。それは簡単な事で私の仕事が順調だからだ。
「誰から?」
「ワンナイやってた時の秀光さんの右腕のディレクターで江田さんって覚えてるか?今昇格してプロデューサーになったって。」
私はすぐに江田さんの顔を思い出した。ガリガリに痩せていて、ひょこひょこ動く。一度私にお菓子をくれたのがきっかけで何回かお菓子交換をしていた。
私がデビューして初めての仕事で右左が分からないのを知ってか優しくしてくれていた人だ。
「江田さん?覚えてる。枝みたいに痩せてる江田さんだよね。」
「そうそう。枝みたいに痩せてる江田さん。」
「なんで私なの?」
「ワンナイ時代から、ひろこのファンらしいぞ」
局員、というものは分からない。
ADやディレクターといっても外注の人もいるけど局員もいる。
局員でADでもゆくゆくは歳をとり、昇格してプロデューサーになれる人もいる。
AD時代に局員とは知らずに散々ADをいじめたタレントが、今仕事の声がかからなくなったと聞いた。
いじめられたADが歳をとってプロデューサーになっているからだ。
いくらADでも絶対に見下すな、敬語を使えと遊井さんにはじめからうるさく言われていた。
少しの意識が、のちの仕事に繋がったのだと思うと大人の言う事はやはり正しいんだ。
やっぱり「いけないこと」はしちゃいけないんだ。
「アーティスト、たくさん来るけど」
遊井さんは私の目を見ないで言った。
「やるよ。私、やるよ。」
私も遊井さんの目を見ないで答えた。
昨日、アパレルブランドの来期のモデルになった事で撮影があった。
後から聞いた話だと、そのお店は春の住むタワーマンションの1階に店舗を構えていて、私のパネルが大々的に飾られるそうだ。
その写真を見るたびに、春は私を思い出してくれるのかな、と思ったら夜はまた泣けてきた。
「手短にな」
遊井さんが病院の駐車場に車を停めた。
「行ってくるね」
私は買ってきた花束を持って病院のロビーに入った。
佐奈美ちゃんに絶対会おうと思った。
来院者の名前を書くと看護婦さんが私の顔をチラチラと見る。
『安藤紘子』
本名の漢字で書くけど、変装しないともう分かるんだ、と漠然と思った。
「失礼します」
そっと入ると佐奈美ちゃんはビックリした様子でこっちを見た。
「ひろこちゃん、あ、ごめんなさい!ひろこちゃんって言っちゃった。テレビ見てるから」
思ったより元気そうで少し心がホッとした。
でも、腕を見れば痛々しく包帯が巻かれていた。
傷は、多分残るんじゃないかと歩は言っていた。それを思うと見ていられなかった。
「もう、大丈夫ですか?」
私はお花をそっと渡すと嬉しそうに受け取った。
お花が似合う。
可憐な少女のような女の子だと思った。
「心配かけてごめんなさい。私、かなりメルタルやられてましたね。うん。もう大丈夫です」
私を見て笑っていた。
でもその笑った顔は無理をしているのが分かる。その無理に笑う笑顔を見るのが辛かった。
慶の話をしないようにしようと思ったけど、話さずにはいられない雰囲気だった。
手元に置かれた写真の山には慶との写真があった。
「慶が、2日に1日は来てくれてるんです」
私は黙って聞いていた。
「私は嬉しいんだけど、たまに悲しくもなるかな。年明けにはニューヨーク行っちゃうし」
ちょうど夕日がキレイに色づいて沈む頃で佐奈美ちゃんが窓の方を向いた。
「あ、眩しい?」
私はとっさにレースのカーテンを引いた。
振り返ると佐奈美ちゃんの顔は下を向いていた。
「結局3年、慶と付き合っても慶の事が分かりませんでした。なんだったんだろう。この3年」
「・・佐奈美ちゃん」
悲しそうな顔をしていた。
「私ばっかり好きで、空回りして、追いかけるばかりで。追いかけても追いかけても、慶は優しいけど慶の事、まるで理解できてなかったのかも。それで勝手に相談もせずニューヨーク行くとか、もうありえない」
涙がぽたんと垂れた。
慶をつかめない気持ち。本心が分からない気持ち。私も痛いほど味わった。同じ痛みを持つもの同士だよ、と言いたいけど私が言う事ではない。
私は慶の彼女になった事はないんだ。
「佐奈美ちゃんが、慶を理解できてなくても、3年間は大きいと思うよ。慶にとっても」
私も話しながらこみ上げるものがあった。
「結局、2人にしか分からない事ってあると思うんだ。」
そうなんだ。2人にしか分からない事なんだ。恋人というのは、2人なんだ。
2人だけの顔もあるし、2人じゃなきゃ分からない考え方もあるしこればかりは私の介入できる事ではないんだ。
佐奈美ちゃんはその場で泣いた。声を殺して泣いていた。
私は佐奈美ちゃんの背中をさすった。
もう、見てられなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私」
そう言ってはポロポロと涙が出てきては止まらなかった。
「慶が、ひろこちゃんの事、まだ好きなの知ってて見ないフリして付き合ってたんです。慶は私の事、なんとも思ってなかった。いつもいつもそれがツラかった」
「佐奈美ちゃん、それは違うよ。」
「本当にそうなんです」
それでも佐奈美ちゃんは泣いていた。夕日が完全に沈んで辺りは暗くなった頃、佐奈美ちゃんは私の腕を掴んだ。
「もう、完全に慶を諦める時が来たんだと思っています」
「・・それで、いいの?」
「そうでもしなきゃ、私また死ぬとか考えちゃいそうで。でも今、話し聞いてもらえて少しスッキリしました。」
泣いていたけど、穏やかに最後は笑っていた。
だいぶ無理をしている、とは思ったけどもうそうするしかないんだと佐奈美ちゃんはあの小さい身体で思ったのだろう。
そう考えると、ふざけた男だと思った。
好きな女の気持ちを踏み滲み、期待させておいてスッと引く。
つかんだと思ったら遠ざかる。
何を考えてるか分からないけど、きっとそれが慶なんだ。
「お待たせ」
「大丈夫だったか?」
車に戻ると慌てて遊井さんは曲を変えた。
SOULの曲を聞いていたようだ。
「なんかひろこ食べたいものあるか?西麻布で焼肉食べて帰るか?」
「遊井さん、今日ごはん一緒に食べる人いないの?」
「え?いつもいないよ」
遊井さんはちょっと動揺しながら車は六本木通りに入った。
見慣れた黒いバンが見えた。車のナンバーは覚えている。
すれ違った時すぐに気付いた。
「・・」
スモークで中は見えなかったけど、助手席には秋元さんがいた。
もうニューヨークから帰国したんだ。
こんなに、近くにいるのに。
遊井さんは最近機嫌が良い。それは簡単な事で私の仕事が順調だからだ。
「誰から?」
「ワンナイやってた時の秀光さんの右腕のディレクターで江田さんって覚えてるか?今昇格してプロデューサーになったって。」
私はすぐに江田さんの顔を思い出した。ガリガリに痩せていて、ひょこひょこ動く。一度私にお菓子をくれたのがきっかけで何回かお菓子交換をしていた。
私がデビューして初めての仕事で右左が分からないのを知ってか優しくしてくれていた人だ。
「江田さん?覚えてる。枝みたいに痩せてる江田さんだよね。」
「そうそう。枝みたいに痩せてる江田さん。」
「なんで私なの?」
「ワンナイ時代から、ひろこのファンらしいぞ」
局員、というものは分からない。
ADやディレクターといっても外注の人もいるけど局員もいる。
局員でADでもゆくゆくは歳をとり、昇格してプロデューサーになれる人もいる。
AD時代に局員とは知らずに散々ADをいじめたタレントが、今仕事の声がかからなくなったと聞いた。
いじめられたADが歳をとってプロデューサーになっているからだ。
いくらADでも絶対に見下すな、敬語を使えと遊井さんにはじめからうるさく言われていた。
少しの意識が、のちの仕事に繋がったのだと思うと大人の言う事はやはり正しいんだ。
やっぱり「いけないこと」はしちゃいけないんだ。
「アーティスト、たくさん来るけど」
遊井さんは私の目を見ないで言った。
「やるよ。私、やるよ。」
私も遊井さんの目を見ないで答えた。
昨日、アパレルブランドの来期のモデルになった事で撮影があった。
後から聞いた話だと、そのお店は春の住むタワーマンションの1階に店舗を構えていて、私のパネルが大々的に飾られるそうだ。
その写真を見るたびに、春は私を思い出してくれるのかな、と思ったら夜はまた泣けてきた。
「手短にな」
遊井さんが病院の駐車場に車を停めた。
「行ってくるね」
私は買ってきた花束を持って病院のロビーに入った。
佐奈美ちゃんに絶対会おうと思った。
来院者の名前を書くと看護婦さんが私の顔をチラチラと見る。
『安藤紘子』
本名の漢字で書くけど、変装しないともう分かるんだ、と漠然と思った。
「失礼します」
そっと入ると佐奈美ちゃんはビックリした様子でこっちを見た。
「ひろこちゃん、あ、ごめんなさい!ひろこちゃんって言っちゃった。テレビ見てるから」
思ったより元気そうで少し心がホッとした。
でも、腕を見れば痛々しく包帯が巻かれていた。
傷は、多分残るんじゃないかと歩は言っていた。それを思うと見ていられなかった。
「もう、大丈夫ですか?」
私はお花をそっと渡すと嬉しそうに受け取った。
お花が似合う。
可憐な少女のような女の子だと思った。
「心配かけてごめんなさい。私、かなりメルタルやられてましたね。うん。もう大丈夫です」
私を見て笑っていた。
でもその笑った顔は無理をしているのが分かる。その無理に笑う笑顔を見るのが辛かった。
慶の話をしないようにしようと思ったけど、話さずにはいられない雰囲気だった。
手元に置かれた写真の山には慶との写真があった。
「慶が、2日に1日は来てくれてるんです」
私は黙って聞いていた。
「私は嬉しいんだけど、たまに悲しくもなるかな。年明けにはニューヨーク行っちゃうし」
ちょうど夕日がキレイに色づいて沈む頃で佐奈美ちゃんが窓の方を向いた。
「あ、眩しい?」
私はとっさにレースのカーテンを引いた。
振り返ると佐奈美ちゃんの顔は下を向いていた。
「結局3年、慶と付き合っても慶の事が分かりませんでした。なんだったんだろう。この3年」
「・・佐奈美ちゃん」
悲しそうな顔をしていた。
「私ばっかり好きで、空回りして、追いかけるばかりで。追いかけても追いかけても、慶は優しいけど慶の事、まるで理解できてなかったのかも。それで勝手に相談もせずニューヨーク行くとか、もうありえない」
涙がぽたんと垂れた。
慶をつかめない気持ち。本心が分からない気持ち。私も痛いほど味わった。同じ痛みを持つもの同士だよ、と言いたいけど私が言う事ではない。
私は慶の彼女になった事はないんだ。
「佐奈美ちゃんが、慶を理解できてなくても、3年間は大きいと思うよ。慶にとっても」
私も話しながらこみ上げるものがあった。
「結局、2人にしか分からない事ってあると思うんだ。」
そうなんだ。2人にしか分からない事なんだ。恋人というのは、2人なんだ。
2人だけの顔もあるし、2人じゃなきゃ分からない考え方もあるしこればかりは私の介入できる事ではないんだ。
佐奈美ちゃんはその場で泣いた。声を殺して泣いていた。
私は佐奈美ちゃんの背中をさすった。
もう、見てられなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私」
そう言ってはポロポロと涙が出てきては止まらなかった。
「慶が、ひろこちゃんの事、まだ好きなの知ってて見ないフリして付き合ってたんです。慶は私の事、なんとも思ってなかった。いつもいつもそれがツラかった」
「佐奈美ちゃん、それは違うよ。」
「本当にそうなんです」
それでも佐奈美ちゃんは泣いていた。夕日が完全に沈んで辺りは暗くなった頃、佐奈美ちゃんは私の腕を掴んだ。
「もう、完全に慶を諦める時が来たんだと思っています」
「・・それで、いいの?」
「そうでもしなきゃ、私また死ぬとか考えちゃいそうで。でも今、話し聞いてもらえて少しスッキリしました。」
泣いていたけど、穏やかに最後は笑っていた。
だいぶ無理をしている、とは思ったけどもうそうするしかないんだと佐奈美ちゃんはあの小さい身体で思ったのだろう。
そう考えると、ふざけた男だと思った。
好きな女の気持ちを踏み滲み、期待させておいてスッと引く。
つかんだと思ったら遠ざかる。
何を考えてるか分からないけど、きっとそれが慶なんだ。
「お待たせ」
「大丈夫だったか?」
車に戻ると慌てて遊井さんは曲を変えた。
SOULの曲を聞いていたようだ。
「なんかひろこ食べたいものあるか?西麻布で焼肉食べて帰るか?」
「遊井さん、今日ごはん一緒に食べる人いないの?」
「え?いつもいないよ」
遊井さんはちょっと動揺しながら車は六本木通りに入った。
見慣れた黒いバンが見えた。車のナンバーは覚えている。
すれ違った時すぐに気付いた。
「・・」
スモークで中は見えなかったけど、助手席には秋元さんがいた。
もうニューヨークから帰国したんだ。
こんなに、近くにいるのに。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
友達の彼女
みのりみの
恋愛
なんとなく気になっていた子は親友の彼女になった。
近くでその2人を見届けていたいけど、やっぱり彼女に惹かれる。
奪いたくても親友の彼女には手を出せない。
葛藤が続いた男の話。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる