Beloved

みのりみの

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優しいピアノ

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「うーん、もう飲めないよー」

「おい!大ちゃん!起きろ!おい!」

支倉さんは聖司さんと3人で飲もう、と提案し、私は遊井さんに送ってもらう形で代官山の聖司さんのマンションへ来た。
またこれも、今度は支倉大介と密会だの記者に写真を撮られないように、身を隠しながら車でマンションに乗り込んだ。

私の住むマンションもそこそこ立派だけど聖司さんのマンションは芸能人もたくさん住むいわゆる高級ブランドマンションだった。
そこに支倉さんも部屋を借りているというのだからアーティストは売れると安泰な商売なのだと思った。

「大ちゃん、しょうがないな。風邪ひくぞ。」

やれやれと言う顔をして聖司さんはブランケットを2枚支倉さんに被せた。

「いつもうちで酔っぱらって寝て、そのまま寝ぼけて俺が部屋に連れて帰るの。困った人だよ。」

「同じマンションならいいですね」

寝ている支倉さんの横で聖司さんと寝顔が可笑しくて笑い合っていた。

広い部屋には所狭しとギターが置いてあって、真ん中にはグランドピアノが主役の如く場所を占めていた。
ピアノの上には楽譜を書き拭った紙がバサバサと無造作に置いてあり、常に音楽の事を考えているんだろうと思った。

音楽と共に生きている人。

当たり前だけどそう思った。

ギターを片手に飲みながら、聖司さんは曲を弾いてくれた。

「あ、これ!マリアだ」

私が初めてCMに出た時の曲だ。
懐かしい想いが蘇る。
私はギターの音が気持ちよくてしんみりと聞いていた。
ギターに合わせて、聖司さんは歌をのせる。

「やっぱり春の声じゃなきゃピンとこないよね」

楽曲は8割方聖司さんが作っている。ヒット曲はどれも聖司さんの制作で、ファンにとっては神のような人だ。
「ピアノでも弾けるんですか?」
「もちろん!」
私の初歩的な質問にビール片手にピアノに移動して今度は違う曲を弾いてくれた。

「あ。これビーナス?」
「そう!春がひろこちゃんが東京行き決まった時にリハ中に歌ってた曲。歌詞忘れてたけど。」

ピアノだと、ハードなナンバーも全然ニュアンスが変わり私はそのまま聞き入った。

「この曲はね、すごく美しい人が幻のごとくいて、いつか会いたい、いつかこの人と恋したいって前向きな曲なんだよ」

「へー!ストーリー性ありますね」

「ストーリーなきゃ歌詞も書けないよ」

「え?じゃあ聖司さんのビーナス?誰ですか?!」

私が興味津々で聞くと聖司さんは首を振った。

「春とひろこちゃんの歌」

「?」

聖司さんが笑っていうのでふざけてたのだろうと流していた。


1曲弾き終わったらまた違う曲を弾いてくれた。
聖司さんのピアノがポロポロと私の心に染みる。
「あ!この曲!」
ライブで聞いた『my love 』という曲だった。
この曲はSOULのヒットの足かせにもなった曲だけあり、私も所々で聞いた。

グアムで花ちゃんといた時に聞き、ライブで聞き、あと、そうだ。慶にフラれた時もラジオからこの曲が流れていた。

「この曲は大切な人への曲ですよね」

聖司さんは優しくサビを弾きながら頷いた。
「そうだよ。これ、メロディーとサビの歌詞はもうけっこう昔からできてた曲なんだ」

「大切な人、か。」

聖司さんは黙って弾いてくれた。
何も春の事はお互い話さなかったけど、絶対に今の状況は分かっているはずだ。

歌を心で聴くって、こうゆう事なのか。私は涙が溢れてきた。
「ひろこちゃん?」
ビックリして聖司さんがピアノを止めた。
「あっごめんなさい!ピアノ。感動しちゃって!」
私は目をおさえた。
「泣かしたって春に怒られそう」
ふふっと笑いながらティッシュを1枚くれた。

「花ちゃん、って俺らのスタイリスト知ってる?」

聖司さんが私にお茶を持ってきて渡してくれた。

花ちゃん。そうだ。今はSOULのスタイリストだ。私は頷いて聖司さんを見た。

「グアムで、花ちゃんと一緒に写真撮ったでしょ?その写真、花ちゃんが見せてくれたんだよ」

「・・・」 

全然知らない話に私は涙を拭きながら聞き入った。

「春って普段あまり感情見せないのに、ひろこちゃんの写真見て一目惚れして、デビュー決まった時より興奮してんの。それから約1年。安藤ひろこに会うために春は歌ってきたんだよ。それを間近で見ていて、できた曲がビーナス!」

私は作り話を聞いてるかのような気持ちになった。これは、本当の話なの?

「有名にならないと安藤ひろこには会えない。SOULが売れないと安藤ひろこに会えない。だから毎日曲作れ!って春に言われて。それから俺らも変わったんだよ」

何もかもが初めて聞くことで、知らない事だらけで私は動揺した。

そんなに前から?

「ねぇひろこちゃん」

聖司さんは私に優しく問いかけた。


「多分、これからSOULはもっと売れる。俺には確信がある。それでも、耐えられる?」

「・・」

私は声がでなくて頷くのがやっとだった。
聖司さんの言葉のひとつひとつが、パズルみたいに。
私の事、春はもっと前から見ててくれたんだ。

「私、春が必要なんです。大切な人なんです。だから、」

「泣かないでよー」

そう言うと私の手を繋いでくれた。ギターを弾く、ピアノを弾く、優しさにあふれた聖司さんの大きな手だった。
でも違う。この手は春の手ではない。

私の頬を、身体を、優しく触れるあの手。
私を抱き寄せるあの手。
雪に埋もれた私をお父さんみたいに抱き起こしてくれた、あの手。

「来週から、ニューヨークにPV撮影に行くんだ。1週間かな」

聖司さんが繋いだ手を、私を励ますかのようにトントンとリズムをつける。

「ニューヨークから帰って来たら、春と仲直りしてね。」

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