Beloved

みのりみの

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からっぽの心

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10月になった。

ちょっとずつ秋の風が吹いてきて、コートを買わなきゃと思った。

「はい!今日のお客様はキルズアウトのみなさんです。どうぞー!」

メンバーが拍手の中登場する。
ボーカルの俊、あぁ。前に会ったな。春が私と俊の事を疑ってたのを思い出した。

心の中では、春の言葉を思い出しては考えないふりをする。でも思い出して1人の部屋で泣く。
私の愚かさからくる煮え切らない気持ちで春を傷付けたんだ。

『結婚しよう』

あの言葉は嬉しかった。嬉しかったんだ。でも踏み切れなかった。それがすべての答えなんだとも思った。結婚を断ってこれからの仕事を選んだ私は正しかったのか間違いだったのか。


スタジオでは俊と一緒に私の出演したPVのダンスを一緒に踊って盛り上がる。
すこぶる笑顔で仕事はこなせる私は、3年前より成長して大人になったんだ、と思った。

「え?」
「ひろこちゃんの、連絡先教えて?」

収録が終わるとスタジオの隅で俊にストレートに言われた。

「あ、はい。」

教えても電話に出なければいいだけの話だ。
でも、私は今彼氏はいないのだ。俊がいい人で私が好きになれるのならそれでもいいんだ。
それで、春も慶も忘れられるならそれでいいのかもしれない。

「ありがとう。夜、かけていい?」
「寝てたら、ごめんなさい」

私が小さな声で言うと前髪をかき揚げながら俊は照れ臭そうに笑った。

「今日でなくても、明日もかけるから」
「・・・」

照れた顔で分かった。
私は恋愛には鋭い感性があるほどでもないけど、この人は私が好きなんだ。

慶には全く連絡をしなかった。会いたいとも思わなかった。
佐奈美ちゃんは歩ずたいに快方に向かっていると聞いたのが、せめてもの救いだった。
会って、佐奈美ちゃんと話したいけど佐奈美ちゃんは慶と別れる気持ちが固まったならもう私とは会いたくないだろう。

「ひろこ、時間押してる。急いで」
「うん。」

遊井さんに言われて挨拶をしてスタジオを出て、楽屋の忘れ物をないかだけ見て私は遊井さんを追って走って車に乗り込んだ。

「渋滞してないといいけどなー間に合うかな」

仕事は順調だった。
それは春と別れた事と引き替えに、と思うくらい日々スケジュールが詰まっていく。
ただ、私の心はぽかんと空いてしまった状態で、まるで機械のように働くばかりだった。

遊井さんには何も話さなかった。
私が話さないから聞いてこないだけで、もう別れたという事は理解しているんだと思う。
いつもより、遊井さんが私に気を遣っているという姿もたまに見えた。
運転しながら目を擦る遊井さんをふと見た。

「遊井さん、寝てないの?」
「いや、寝てるけど」
「飲み歩いてるんでしょ?中山さんと一緒に電話してきたり。誰と飲んでるの?」
「俺もいろいろあるんだよ」

誤魔化すかのように言うけど、私が事務所で1番稼ぐようになって、遊井さんも交友関係がさらに広くなり、そして常にどこかに電話をしては忙しくしていた。

「ひろこちゃーん!会いたかった!」

両手を広げて待っていたのは支倉さんだった。

「支倉さん、よろしくお願いします」
「よろしくも何も一生よろしく!」

そう言うと私に抱きつき、遊井さんと支倉さんのマネージャー3人は必死で止めに入った。

ビールのCMは支倉さんとの共演だった。
恋人同士、みたいな演出にはじめての事で戸惑うはずが、もう戸惑うも何もなかった。
支倉さんがあれよこれよとくっついてきたりするので、それを編集して上手く使うらしい。
モニターで見ると、スポンサー側も喜んでいた。

「ひろこちゃん一緒に飲もう!」

そう言うと支倉さんはビールを持って来た。

「え?もう飲んでいいんですか?」
「だって今スポンサーがいいですよって」

そりゃ支倉大介にダメとは言わないだろう。
私はスタジオの非常口に出て、階段の踊り場で支倉さんとビールを飲んだ。

「お!あれあれ!あのブルーの建物見える?」

支倉さんが指を指したのは3件向こうにあるブルーの塗装のされたビルだった。

「今日、あのビルでSOULが制作やってんだよな。俺もたまに行くんだよ」

私はドキッとした。
手に持ったビールを飲めなくて手で握りしめたまま、ブルーの建物を見た。
歩いたら2分もしない。目と鼻の先だ。
こんなに近くにいるのに。

「ちょっと聖司に電話してみよっかな」

支倉さんが携帯を取り出したので私は焦った。
「は、支倉さんってSOULといつから仲が良いんですか?」
支倉さんは携帯を持ったままキョトンとした。

「あれ?そうか、春から詳しくは聞いてないんだ。俺、同郷で高校生の頃から知ってたんだよ。同じインディーズ時代を生き抜いた仲間ってとこかな。」

同郷とは知っていたけど詳しくは知らなかった。今更、知らない春が見えてきそうで私は支倉さんの話を聞き入った。

「・・春は、じゃあ高校生の頃からモテたでしょう?」

ジェラシーだろうけど、普段話さない春は過去にどんな子と付き合ってたんだろうと思った。

『ひろこにしかしたことないよ』

セックスした時の春の言葉を思い出す。

「春はモテたよ。あの顔じゃん。でもけっこう春って飽きっぽいのかな。1年毎に女が変わってるイメージだったけど、なんか惰性で付き合ってるっていうの?ひろこちゃんが1番長いんじゃない?もう2年経つでしょ?」

「・・・」

春の過去の恋愛なんて、知りたくもないのに聞いている。
私は何なんだろう。
隣にいてくれた人がいなくなったから今更何かを知りたくて。
でも、目の前のブルーの建物には春がいる。

どんな顔して会っていいかも分からないけど、会いたいとも思う自分がいるんだ。

「あ、もしもし?聖司?」

すると支倉さんは聖司さんに電話をかけていた。

「今、ひろこちゃんと仕事して終わったの。おたくらのいるスタジオのすぐ近くにいるんだけど、遊びに行っていい?」

「!」

私はつい支倉さんの腕を引っ張ってしまった。
やめてやめて!やめてほしい。今は春とは会えない。

「え?おーいいよ!そうしよう!」

支倉さんが聖司さんと話が盛り上がっている時に外から女子高生の女の子達が手を振っていた。

「ひろこちゃーん!」
「かわいい!ひろこちゃーん!」
「隣にいるの、支倉大介だよ!」

私は階段の踊り場から女子高生達に手を振った。

「ひろこちゃーん!応援してるよー!」
「ありがとー」

昔の私はこんなファンに手を振る余裕なんてなかった。
どこか心は尖って、気も強くて。言いたい事もすぐ言うし。

いつから、こんなに丸くなったんだっけと考えた。

春と付き合ってからだ。

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