Beloved

みのりみの

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悲しい別れ

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また、記者に撮られるから。

そんな事は言ってなかったけど、お互い言うまでもなく春は私の事務所の近くのさびれた古いマンションの駐車場で待ち合わせの約束をした。

「あのマンション、幽霊マンションで有名だぞ。ひろこ怖くないのか?」

「もう幽霊なんて怖くないわよ。もっと怖いものがあるわよ」

遊井さんは事務所から出てそのマンションまで着いて来てくれた。普段はチンピラな風貌で怖いけど、いざとなると親だなと思う。

「怖いもの、は仕事か?」

遊井さんは歩きながら聞いてきた。

「信頼。仕事の信頼がなくなるのが怖い」

私は前をただひたすら見て歩いた。

「あと、」

あと。
私は自分で言っておいて唖然とした。
この状況で春と慶と会えなくなるのが怖いんだ。
気持ちなんか何も固まっていない。
自分の最低さを痛感した。

「これ、言うか迷ったけど」

遊井さんがボソッと言った。

「ビールとアイスのCM、今ひろこで決まりそうなんだ」

私は遊井さんを見つめた。

「社長も、今回怒ってなかったろ?うちの事務所は大手の子会社だけど、このCM決まればひろこもグループ会社全部入れてもトップ3には入るよ」

「・・」

こんな時に仕事の話?と思っけど私は黙って聞いた。

「SOULもそう。ひろこもそう。1番大事な時なんだよ。春くんは春くんでひろこを想って歌って、ひろこは東京戻ってこれて、春くんの近くにいれて、その大事な期間を2人で育てあってきてトップに昇り詰めるってのはなかなかないと思うぞ」

遊井さんそこなんだよ。
慶を見返したくて大阪で頑張って来た。
その間に春と知り合って、恋に落ちて。
東京に戻れた時には、春の近くにいれる事が嬉しかったけど、根本は慶にフラれたから這い上がるために頑張ってきた。

どっちにしろ、理由になるのだろうけど私にはどちらが本当の答えなのか未だ分からないでいる。

マンションの薄暗い地下の駐車場に入るとカビ臭いような変な臭いがした。

「確かここで首吊り遺体があったような」
「やめてよ遊井さん!」

私が怒ると車のライトが差し掛かって目を瞑った。春が来たんだ。

「行ってこいよ」

私は頷いて春の車に走った。

「遊井さん」

助手席に乗ると窓をあけて春は遊井さんを呼んだ。

「いろいろ、すいません。」
「それはこっちのセリフ。秋元さんには感謝しきれないよ」

穏やかな雰囲気の中遊井さんは私に叫んだ。

「明日!9時に迎え行くからな!」
「分かってる」

春が窓を閉めながら遊井さんに会釈した。

どうしよう。

いきなり2人になって、何も話せない。
どう切り出せばいいのか分からない。音楽もラジオもかからない車内はしんと静まり返って妙に緊張した。

「ひろこ」

そっと春を見ると春は笑っていた。

「やっとこっち見た」

胸がギュッと苦しくなった。
マンションを出て信号待ちにぶつかると夜空に飛行機が飛んでいるのを春が見つめていた。

「空港の方、行ってみようか」
「うん」

道はやたらと空いていて、羽田まではそう時間はかからなそうだった。

「今日、大変だったでしょう」
「うん。アッキーは大騒ぎだったよ」
「・・そうだよね」

なかなか本題に入れなくて、慶との状況をどう説明しようかと考えていた。考えても考えても言い訳みたいなセリフしか出てこなかった。

海の近くに車を路駐して、私達は砂浜を少し歩いた。
春の後ろ姿を見つめながら、たまに見れなくなる自分がいる。

「どうしたの?」

私が立ち止まってうつむいていたら春が立ち止まった。
言葉を探すけど、春の顔を見るともうどうしていいか分からなくなった。

「ごめんなさい」

「・・何が?」

言い訳でもいいから、どうして春の知らない男と抱き合っていたかだけもう話そうと思った。

「あの、写真の人ね、」

「言わないでいいよ」

「・・・」 

「言わないでよ」

海風が強くて、春の髪がなびく。春の目は真剣だった。
そして冷たそうで、クールで、でも意志の強い顔をしているようにも見えた。

「結婚しないか?」

聞き違いかと思った。でも確かに聞こえた。
私は意外な春の言葉に動揺した。

「・・」

「今じゃなきゃ、今がいいんだよ」

なんで?どうして?どうしたの急に。って言いたいのにどうしていいか分からなくなった。

春の事は好き。

いつか結婚できれば幸せになれると思ってる。でもそれは今必要なのかは分からなかった。
自分の番組を思う存分やりつくしてみたいし、事務所の稼ぎ頭になった今、これからもっと仕事もしてみたくなった。
なによりまだ22歳だ。大学生ならこれから就職するって年に、年相応の経験もしてみたかった。
今春と結婚したら、お互いのファンは減るし、仕事だって減るかもしれない。
私達2人にとってメリットなんて何も見えない。
なのに、なんで春は突然結婚なんていうの?

「ごめん」

しばらく何も言えずにいると春は波の音でかき消されそうな声で言った。

「困らせて、ごめんな」

「ひろこの、好きな人は俺じゃないでしょ」

「・・・」

「困らせて、本当ごめん」

謝らないで。謝らないでよ、と言いたいのに声がでなかった。春と別れるつもりなんて全くないのに、何してるの?ちゃんと自分の気持ち言わなきゃ!と思っても私がもうダメだった。

私が泣く変わりに雨が頬に刺さった。ポツポツと、雨の音が徐々に聞こえて来る。

「ひろこ、行こう」

私は春と車まで走った。
雨で濡れて、身体が冷たくなってきた。
何が何だか分からないまま、私は春の車に乗った。

帰りの車の中での会話は全く覚えていない。何か話したかもしれないし、話してないかもしれない。脳が記憶をわざと曖昧にしているようだった。

私は春の顔を最後まで見れなかった。
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