Beloved

みのりみの

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後悔

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ピンポーンピンポーン

目をこすると朝は6時だった。

眠い目を擦りながら私は落ちてるワンピースを被りオートロックの画面を見た。
秋元さんだった。

「春!秋元さん!」
「・・・うーん」

オートロックを開けると3階のこの部屋に階段で上がってきたのか、ものの数秒で部屋のインターフォンを鳴らす。
早すぎてまだ春はベッドにいた。

「服早く着て!」

春はTシャツを被りパンツを履いて顔を洗いに行く。
ドアを開けると秋元さんは息切れをして待っていた。

「おはよう、ひろこちゃん。階段走っちゃったよ」

日焼けした肌にスーツを着込んで、朝から秋元さんは落ち着かない様子で話す。
おじゃましまーすと言ってすすすと中に入ると歯磨きをしている春が出てきた。

「アッキーおはよ」
「春!もう服着なさい。持って来たからほら。」

のんびりしたい朝が嘘のように慌ただしくなる。

「ひろこと、朝ご飯食べさせてよ」
「もう時間ないから、明日にしなさい。明日に」
「ってことは今日の夜またここに来ていいの?今日も明日も終わるの遅いじゃん」

口を尖らせて言う秋元さんへのクレームが子供のようで可笑しくて笑ってしまった。

「ひろこのマンション泊まっても毎朝アッキー来るし」
「大阪と東京の距離感考えたら全然幸せだろ。早く」

しぶしぶ着替えて春は出かける準備をした。

毎日日付が変わるギリギリに春はマンションに来てくれた。
たわいもない1日の話をして、ビールを飲んでセックスして。そして慌ただしく朝を迎える。

「遊井さん、何時に迎え来るの?」
「10時だよ」
「普通そうだよな?」

秋元さんは手一杯の紙袋を持って玄関へ向かった。

「車で待ってるぞ!」

バタンと扉が閉まり2人になった。

「まだ2人でいたかったな」

眠そうな気怠そうな独特のかすれた声はより一層かすれている。
まだまだ文句を言いながら靴を履いた。
私はその光景を黙って見つめていたら立ち上がってこっちを見た。

「今日は色っぽいね」
「え?あたし?」
「いつもだけど。」

突然ふられてこっちもドキッとする。腕を引いてちょっとキスをした。

本当にいつもの朝だった。
ふと考えれば、お互い仕事が充実していて、もちろん東京にいる訳でこれ以上ない幸せなんだと思った。

先生から貰ったピルを飲むつもりでいたけど、朝飲もうか、夜飲もうか、なんて考えながら飲めずにいた。
怖いとかではないけど、「子供ができなくなる薬」みたいな概念が抜けていないのかもしれない。
女が子供ができるという機能をストップするだけだと思うようにしていたけど、どこか燻っている。

産婦人科に行った日から1人考えていた。自分の置かれた立場は分かってる。
芸能人であり、芸能人の彼氏がいる。
東京で仕事がないから大阪で3年頑張って東京に戻ってきた。その間に彼氏ができた。
叶わなかった恋の相手と今は立場が違う状況でどうするんだという事。

「見返すつもりでやるんだ!」

脳裏に3年前の遊井さんの言葉が蘇る。

私はただ、慶に見返すくらい仕事のあるいい女になりたかった。
いい女にしてくれたのは、春なんだ。


「ひろこちゃんいいねー」

やっぱり。
セックスした日は写真映りが良いのか。
妊娠はしたくないけど、私の身体の中で出した精液は間違いなく春のものであり、それを吸い込んだ身体は春のフェロモンの栄養でももらったかの如く映るのか。

横をチラリと見ると遊井さんもご満悦な顔をしている。

ハッキリは知らないけど遊井さんは私が東京に戻ってから昇格したようだ。
私を仕事帰りに送った後もどこか飲み歩いてるようで朝はとても眠そうに、でも目が爛爛と輝いて、この業界長いだけに長いなりの生き方、楽しみ方、仕事の充実感を満喫しているようだった。
その充実感は私が仕事が順調、というところだろう。

「この写真、いつ掲載されるの?」
「再来週。また一気に売れるから多めに刷るらしいぞ」

週刊誌の表紙は私が出ると売れる、と出版社から言われた。
嬉しさはあった。

バッグの中から携帯を出すと、歩から2回着信があった。
佐奈美ちゃんの経過かな、と思って携帯をバッグに戻した。
夕方仕事終わりに遊井さんと焼肉を食べに行こうとした時に歩に電話をしたら訳が違った。

『佐奈美ちゃん、手首切ったんだよ』

「・・え?」

そこまで追い詰めていたんだ。

「大丈夫なの?」

『・・・』

歩の声はすこぶる暗かった。

私はまた遊井さんと地元の病院へ向かった。

「遊井さん、今日は先に帰っていいよ」
「そうか?大丈夫か?」

私は遊井さんを返して病院のロビーへ走った。
歩と女友達2人と男友達3人。その中に慶もいた。

「ひろこ!」
「歩!」

歩の髪はボサボサだった。

「けっこうザックリいったみたいで」
「カッターでしょ?」
「違うんだよ。ナイフで」
「・・・」

何も言葉はでてこなかった。
ここまで、佐奈美ちゃんは参っていたんだ。

「意識回復すれば大丈夫だよ。絶対大丈夫だから」

私は下を向いた。
彼女を追い詰めた原因は少なからず自分にもあるはずだ。
もっと、最初に声をかけていればよかった。1人の命に関わる事なのに。

「佐奈美ちゃん、ご両親は?」
「島根の人だから、今向かってる」

その時看護婦さんが走って来た。

「宮沢さん、回復しましたよ!」

みんな立ち上がった。歩は涙を流していた。

「よかった。よかったよ。」
女友達も泣いている。私はホッと息をついて椅子にへたりと座ってしまった。
その時慶が立ち上がり、外に出て行った。

「おい慶!」

男友達の声に見向きもせず、慶は出て行った。
私は立ち上がって追いかけると慶はちょうど病院の外に出るところだった。

「慶!」

私は慶のシャツを引っ張った。すると慶が振り返ってお互い顔を直視した。
慶の目は涙目だった。

「慶・・」

慶はしばらく黙っていたけど、私の顔を見て少し笑った。

「ひろこも、仕事中なのに、ごめんな」
「ううん」

そのまま、黙って私達は歩いた。どこへ向かってるかも分からなかったけど、緑の多い病院近くの公園をゆっくり歩いた。

「佐奈美の事は、大事に想ってたよ」

私達はベンチに腰掛けた。暗い公園はしんと鎮まり返り、街頭だけがポワンと灯っていてそれだけが温かみがあった。

「こないだ、ひろこに佐奈美の事大事にしてあげてって言われて俺も色々考えたんだけどな」
「・・・」
「まさか、佐奈美ここまで追い詰めてるとは思わなくて、なんてゆうか、申し訳ない気持ちとかもうそれ以上で、」

言葉を詰まらせた。

「正直、どうしていいのか分からない」

慶は下を向いていた。
佐奈美ちゃんの気持ちが分かるから、私は心が痛む。
でも慶からしてみたら3年も付き合ってきた人だ。感情は違うだろう。そうだ。この人は3年も佐奈美ちゃんといたんだ。

すると慶は私を抱きしめた。
ふわりとあの香水の香りがした。

「慶・・」
「ごめん。もう少し、このままいさせて」

私も慶を抱きしめた。温かい胸の中で、今まで抱きしめられていた佐奈美ちゃんをうらやましく思えた。

ねぇ、慶。

私達なんで結ばれなかったの?

中学生の告白した後、もっと私が踏み込むべきだったの?
3年前、彼女ができたと言われても無理矢理別れさせて奪うべきだったの?

慶と一緒になれたら、絶対絶対大切にしたのに。

誰にも振り向かず、慶だけを愛していられたのに。

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