Beloved

みのりみの

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自転車

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『HARUと安藤ひろこは付き合ってる』

掲示板ではそんなスレッドがひっそりとあった。

時計が同じ、ハワイに一緒に行っていた、同じ時期に日焼けしていた。
検証は諸々あったが、とどめはどうゆう人がタイプなのか私が雑誌で語った事と春がラジオで全く同じ事を言った事だった。

ありえない、春には似合わない、え?お似合いだと思うけど?美男美女でいいね、やりまくってんだろ?安藤ひろことセックスしてるハルがうらやましい。やりまくって飽きられて安藤ひろこは捨てられそう。もう2回中絶してる。実はもう破局済。ハルの5股のうちの1人が安藤。

言いたい放題。
中には安藤ひろこがムカつくなんて山ほどあった。

「有名税みたいなもんだ。とにかく気にはするなよ」
「うん」

会社で遊井さんと画面を見ながらそっとパソコンを閉じた。

分かってはいたけど、自分の身は自分で守らなきゃいけない。
遊井さんは側にいるとは言うけれど、いつどこで何が起こるか分からないんだ。

暗い気持ちになりながら、助手席から通り過ぎる景色を見ていた。

「別に、春くんと付き合うなって事じゃないんだぞ。上手く付き合えって事」

遊井さんの言葉を聞きながら頷いた時、携帯が鳴った。歩からだった。

ピリリリリリ

佐奈美ちゃんはどうなったのだろう。

『慶と別れました』

別れて、ニューヨークに行って、慶は本当に何がしたいのだろう。

ただ、私は佐奈美ちゃんを見れなかった。3年前の惨めな私を直視するようで私にはそれが堪えた。

『ひろこっ!佐奈美ちゃん、病院!運ばれた!』

「え?」

歩の電話に私は焦った。

絶対自殺未遂だ。

私は遊井さんに言って車を歩の指定した地元の病院まで向かってもらった。

「ここで待ってて!」

駐車場で遊井さんに事情を話して走って病院に入るとロビーには歩と佐奈美ちゃんの女友達3人がいた。

「ひろこ!」
「佐奈美ちゃんは?」
「ひろこ、ごめん!階段から落ちただけだったわ」
「ええ?」

私は少しホッとして椅子に座った。

「マンションの階段から落ちてたところ、ちょうど友達が来てすぐ救急車呼んだけど頭打って意識なかったんだよ。あー本当良かった」

「・・そっか。よかった」

「俺、聞いてテンパってひろこに電話しちゃったよ。ごめんな。仕事あるのに」

自殺、じゃなくてよかった。

私も胸を撫で下ろした。

歩は安堵の表情をしていたが、女の子の友達の1人は泣いていた。

「慶、酷いよ。佐奈美が勝手に階段から落ちた事だけど、慶の事考えてたからでしょ?佐奈美がかわいそうすぎる」

女友達は震えていた。 

同感だった。
私だって一被害者である。

でも、慶への感情はなんともいえないあのしつこいくらいに自分を追い詰めてくるような気持ち。
それが分かるんだ。
佐奈美ちゃんの気持ちが手に取るように分かるんだ。

「ひろこ、マネージャーさん大丈夫か?」
「そうだね。帰ってもらう」

私は駐車場に出て遊井さんの元へ行った。

「実家に1人で帰るのか?タクシー乗るのか?」
「うん」
「いくら友達でも男とは帰るなよ」
「分かってる」

明日も仕事だ。
いくらここにいてももう私に意味はない。
いる事が優しさだとしても、大好きな男と一緒になってほしいと願う女がいるなんて普通どう思うのだろうか。

私は佐奈美ちゃんに会う顔もない。
遊井さんが帰ったところで、歩に言って帰ろうと思った。

病院の待合室に入ろうとしたら慶が目の前にいた。

「慶」

「あ、ひろこ」

力なくお互いその場に佇んでいた。

「佐奈美ちゃん、会った?」

「いや」

気まずそうにしながら下をむいた。

「歩達が今は会わないでくれって」

「・・そっか」

2人でただ黙っていた。

そこへ歩がこっちに来た。

「慶、大丈夫だから。気にすんなよ、って言っても無理か」

「ごめん。歩。何かあったら電話して」

歩も言葉少なで私達は病院を出た。

「送るよ」

私はドキッとした。

「慶、ごめん。私に事務所に言われてて」

最後まで聞かずに慶は走って行ったところは自転車置き場だった。

「あ・・自転車」

あの、凹んだ白い自転車だった。あの日転んだ後がくっきりと残っていた。

「慶、まだ乗ってたの?」
「これ?乗ってるよ」
「・・・」
「ひろことの、思い出だよな」

慶は自転車を優しく触ったと思ったら私を見た。

「後ろ、乗る?」 

「・・・」

慶は、やっぱりズルい。

「ひろこ、軽っ」

「安全運転でね」

私は3年前と同じように後ろに乗った。
風を切る夜の風景を観ながら。

「慶は、ニューヨークに行くの?」

「あ、聞いたの?歩から?」

「あ、うん」 

佐奈美ちゃんから聞いたと言っていいのか分からなかった。

「なんだよー。ちゃんとひろこの目を見て話たかったのに」

「ウワサは早いよ」

慶はあっはっはと笑った。

「そうだよな。俺のファミリー事情も知ってるもんな。親がニューヨークにもう引っ越すんだよ。俺もついてってゆくゆくは親の会社継がないと。大学もニューヨーク校に編入するよ」

「そっか」

慶の自転車はどんどん風を切って走る。
私はとっさのスピードに慶の首に手をまわしていた。

「あ!ごめん!」

「いいよ。」

慶は私の腕を引っ張った。

「捕まってて」

「・・・」

ずるいよ。
こんな事しないでよ。

心でそう思っても私は慶にしがみつきながら目を瞑って慶の体温を感じていた。

3年前の想いを蘇らせてしまう。

『ひろこと一緒にいたいな』

春のかすれた声が耳に残ってる。
私は何をしているんだろう。

慶の体温を感じれば開けてはならない3年前の想いが込み上げる。

これってどっちか選べって事?
心の中の私が呟く。
ダメだダメだ思ってもその想いはどんどん膨らんでくるようだ。
自分で未だに慶を好きだという事を押し殺しているんだ。

違う。私には春がいる。

自転車は実家の前で止めてくれた。

「送ってくれてありがとう」

「自転車、懐かしいよな。思い出すよ」

慶が私の好きな笑顔で言った。
ドキッとする。
違う違うよ、春がいるんだよ。

また私の心の中で葛藤が走る。

「・・慶」

「なに?」

私は言いたい事が多分いろいろあるんだと思う。しばらく何も話せないでいた。
でも言わなきゃならない事がある。

「佐奈美ちゃん、大切にしてあげてよ」

私の振り絞って出た言葉だった。

私は慶を見ずに走って家に入ろうとしたら慶が腕を掴んだ。ビクッとした。

「待ってよ」

「・・・」

「別れようとしてるのに、なんでこんな事になるの?」

これってどういう意味なんだろう。考えれば考えるほど沈黙が続くようでその沈黙が痛かった。私はどんな顔で慶を見ているのだろう。私の表情を見て慶はハッとしたような顔をした。

「ごめん。」

慶がそっと私の腕を離した。

「・・・」

「おやすみ」

慶はそのまま自転車で走った。

お腹が痛いと思ったら、その夜は生理になった。
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