Beloved

みのりみの

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彼女の涙

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春とドライブしてから遊井さんがピリピリしだした。どうやら秋元さんと2人で大騒ぎしたようだ。金輪際、外出はひろこと同伴すると言い張る。
それだけはやめてほしいと私は遊井さんに何度も言った。


「ひろこちゃん!ちょーカワイイ!」

会うなりテンション高く私に抱きついてきたのはアーティストの支倉大介だった。

「こっち見てこっち見て!ヤバい。かわいすぎ。」
「ひろこちゃん家どこ?」
「僕、ひろこちゃんがタイプなんだよね」

支倉さんはトーク番組2回目のゲストに来てくれたのだけど、会話が私に寄りすぎて一向に進まず、私に抱きついてきたり追いかけまわすわでスタッフも手がつけられず、相当カットする部分が多いのではないかと思った。

「支倉さん、ひろこのファンなんだよ。」
「うん。キョーレツだったよね」
「支倉さん、自由人すぎてマネージャー3人いるけどみんな止められないって言ってたぞ」

遊井さんと私はゲッソリとした顔つきで楽屋へ戻った。

「まぁ芸術家と同じだからな。突出した才能ある人はどこか偏るだろ。歌も映像も自分で作れるもんな。」

遊井さんもやれやれと言ったところで私も同感だった。
見た目はモデル体型で美青年といったキレイな顔立ち。曲をだせば圧巻の売上。音楽業界ではここ5年でこんなにもトップに躍り出た躍進劇は目を見張るものがあった。

「ひろこちゃーん!写真とろー!」

楽屋の前では支倉さんがマネージャーと待っていた。
うわっと言いそうになったけどここは出演してくれた手前お礼を言いながら写真を撮った。

「ありがとうー!ひろこちゃん会えて嬉しかったよ。春と別れたら僕のとこにおいでね」
「え?!」

支倉さんはニコニコと私の肩に手を置いている。

「支倉さん、春と、知ってるんですか?」

支倉さんはあれ?知らないの?と言った顔で私を見る。

「音楽業界ではちょっとしたウワサだよ。でも春から聞いてはいたけど。」
「春とお友達?」
「超・友達」

支倉さんはニコニコと顔が嬉しそうだ。


『大ちゃん、おもしろいよな』

その後すぐに春に電話をしたら苦笑していた。
聞けばデビューは春達より早かったけどインディーズの頃からの友達らしい。

「私と春の事、噂になってるって言ってたよ」

『音楽業界ではじゃないかな。アッキーはピリピリしてるけど』

遊井さんもだけど、秋元さんも。
2人は仕事柄それが仕事みたいなものだけど。

帰りの遊井さんの運転する車の中で色々と考えていた。
これで熱狂的なファンに知られてたら?

「遊井さん、私と春ってウワサになってるの?」

遊井さんは私をギロっと見た。

「掲示板では噂になってるぞ。お揃いの時計も怪しまれてるし。」
「え?掲示板?」
「そう。」

遊井さんは運転しながら厳しい顔をした。

「熱狂的なファンが、ひろこに嫌がらせしないか不安なんだよ。ひろこも、もっと意識持てよ。こないだみたいな2人で外でデートなんて絶対するなよ」

車は私のマンションの中に入った。遊井さんの言葉が心に刺さって何も言えないでいた。

ピリリリリリ

電話が鳴って画面を見たら着信相手は歩だった。

『もしもし?ひろこ?まだ仕事?』

「歩、どうしたの?」

『美咲から、ひろこのマンションの場所聞いて今ひろこのマンションの下なんだ。出てこれる?』

歩の声がいつものような楽しそうなテンションではない。
一瞬嫌な予感がした。
けどマンションの下にもう来ていて、なおかつ男1人。いくら心置ける歩でも抵抗があった。

「歩、ごめん。私は全然行けるけど歩と勘違いされて記者に写真撮られたら、、」

『あ、大丈夫。女の子も一緒だから。』

「え?」

女1人男1人ならこれは大丈夫だろう。だけど女の子は誰?

私は歩をマンションに通し1Fのロビーで待たせた。 

「ひろこ!」

ロビーには人がいないので少しホッとする。すると歩の後ろに女の子がいるのが分かった。

「・・・え?」

佐奈美ちゃんだった。


「ひろこ、ごめんな。突然。佐奈美ちゃんがどうしてもひろこに会いたいって」

ドキンドキンと脈が打つ。
こないだ慶とキスした事でも聞いたのか。身体の関係はないにしても人の彼氏に手を出したのと同じ事だ。関係を疑ってるのは確かだ。

「ごめんなさい。突然。」

佐奈美ちゃんは泣き腫らした顔をしていた。私の顔を見ると小柄な体で涙を堪えているのが分かる。

「ひろこさん、私、慶と別れました」

「え?」

私は耳を疑った。


『この先別れる事は絶対ないよ』


忠告した美咲の言葉がよぎった。

「え?なんで?どうしたの?もう3年も付き合っているんでしょ?」

佐奈美ちゃんはぐっと涙を堪えていた。手には余程泣いたのだろう。持っているタオルはぐちゃぐちゃだった。

「年明けから、ニューヨークに引っ越して留学するからって。」

「留学?」

「ひろこさん、知らなかったんですか?」

佐奈美ちゃんも驚いた顔をした。

「なんで?ニューヨーク?佐奈美ちゃんも行くの?」

事態がうまく把握できず私も混乱していた。
ニューヨーク?
なんでニューヨークなの?

「私もついて行くって言いました。でもそれは無理だって、別れようって」

佐奈美ちゃんはわっと泣き出した。それを支える歩も必死だ。しばらく佐奈美ちゃんは泣いて声を振り絞って言った。

「私、ひろこさんが羨ましかったです。慶は私と付き合っててもひろこさんが好きなのは分かってました。私は好きだから追いかけるばかりだけど、心はひろこさんにあるってずっと分かっていたんです。無理矢理慶と付き合っていたのと同じです」

「・・・そんな、」

泣き崩れる佐奈美ちゃんに3年前の自分が被る。
佐奈美ちゃんの気持ちがよく分かるから。

「お願いです。ひろこさん、慶と一緒にいてあげてください。慶には大好きな人といさせてあげたいんです」

佐奈美ちゃんは大泣きしていた。
好きな人が他の人を好きだからその人といて幸せになってほしい。
そう考えられる佐奈美ちゃんは本当にいい子なんだと思った。

私にはできない事だった。

「佐奈美ちゃん、泣かないでよ」

私は佐奈美ちゃんの手を取った。血の気のない冷たい手をしていた。
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