Beloved

みのりみの

文字の大きさ
上 下
47 / 71

ドライブ

しおりを挟む
お団子頭を崩して、マスクをした私は聖司さんとマネージャーの澤本、沢村さんと4人で局を出た。

遊井さんはかなり渋っていたけど、もうメンバー3人と秋元さんもいる訳で、噂の2人にはならない分まだいいかな、との解釈だったのかもしれない。

「俺達、みんな髪型変わってから何もリリースしてないからファンは気づかないよ」

この聖司さんの言葉が遊井さんには刺さったようだ。

聖司さんは深々と帽子を被り、髪は縛っている。夜ならさすがに分からないだろう。

「可愛いワンピース着てるね」

聖司さんと並んで歩いていたら笑顔で私を見つめていた。

「これ、局内の衣装で買ったから安いですよ。」
「え?衣装で買うの?おもしろしいね。でも可愛いよ。似合ってるし。春が買った服かな?と思った。」
「あ、靴は春からのプレゼントです。」

そう言うと私は赤い靴を脚を揃えて聖司さんに見せた。

「うーん。ひろこちゃんと赤い靴。似合うな。今度赤い靴って歌作ろうかな」

「へー曲作りって題材はけっこう身近なとこから来るものなんですか?」

「全部周りの事や自分の気持ちだよ。だから色んなもの見たり聞いたりしてるよ。」

私と聖司さんは妙に会話が弾んでずっと喋り続けているとお祭りの入口にさしかかった。すぐ目の前にリンゴ飴が鮮やかな色で飾ってあった。私はそれを見つめていた。

「お祭りってさ、この屋台がなんともいえないよね」

聖司さんと2人で心躍るのが分かる。
すらりとした長身から私の表情を伺うかのように優しく笑う。
さりげない気の使い方にこの人の人柄みたいなものを知った。

「すいません、これ」

手早く聖司さんがリンゴ飴を買った。

「お土産。靴と似てない?」
「あ、本当だ!」

春から貰った赤いパンプスはどこかガラス細工のような光沢感を持ちそれがリンゴ飴の赤の質感とそっくりだった。

「ありがとうございます。嬉しい」

聖司さんを見て私は笑うと聖司さんも優しそうに笑った。

「ひろ!」
「わ!ゆうき!」

ゆうきが現れたと思ったら今度は誰かが私のほっぺたをつねった。
見るとケンが無表情で立っていた。

「愛車紹介、でるぞ」

私のレギュラー番組の事を言うのでハッとなった。
ケンが出演するという事に驚きを隠せず声をかけようとしたら正面に眼鏡をかけた春がいた。
隣には秋元さんが険しい顔をしている。

「あ、春!」

春は笑っておつかれ!という風に手をあげた。

立ち止まってると目立つと言うのでこのマネージャーもいる厳戒態勢でゾロゾロと一行は歩いた。

「さっき、取ったんだ。あげる。」

春が横から赤い水風船を渡してくれた。

「えーありがとう!1人で取ったの?」

リンゴ飴をかかえた手で赤い水風船を受け取った。

昔、慶にも水風船取ってもらったな。
赤い水風船ではなかったけど。

水風船を見て懐かしささえでてくる。

もう、慶は過去の事なんだ。
私はちょっとこないだ会って懐かしい気持ちのひとつでキスしただけなんだ。
やめよう。考えるの。

罪悪感を打ち消すかのように心がズキンと痛くなる。

「来て」
「え?」

大通りに出たと思ったら止まっていたタクシーに私は春に無理矢理手を引かれ乗せられた。

「待って!みんなは?」
「いいよ」

春はやったー!と言わんばかりの表情をした。

「運転手さん行ってください」

タクシーはそのまま発車した。

「もーみんなに悪いよ!戻ろうよ」

私がゴネると春は眼鏡越しで私を見つめた。

「2人でどこか行きたいなって思ってさ」

心がキュンとする。

私はきっと春のそうゆうところに弱い。
2人でいたい、2人だけ、2人で。
私だって2人でいたいよ、と言いたくなるんだ。

タクシーは春のマンションの裏にある駐車場入口に入ってもらった。
私は入る時屈んで外から見えないような体勢になった。タクシーは車の前で止まってくれて、私達はそのまま春の車に乗り込んだ。

「ひろこ、ごめんね。少しの間横になってて」
「うん」

助手席に座るなんて許されない。
記者に最大限気をつけて私は後部座席で横になりいないフリをする。

マンションの駐車場に入った時、春の部屋に入れるのかと一瞬思ったけど、入ったら入ったで朝出る時が大変だろうと読むのは分かっていた。
そんな苦労してでも2人でいる時間が必要なんだと春が考えてくれてるようで、それは嬉しかった。

「記者のいなそうなところ、どこかなぁ」

そう言いながら車を走らせて考えていた。
すると東京タワーの近くを通った。

「見て。東京タワーすごい近くない?」
「わ、本当。すごい迫力。」

東京タワーの真下に来ると赤くライトアップされた東京タワーが堂々とそびえ立つ。

「下から見る東京タワーってなかなか力強いよね」
「うん。でも赤くてキレイ」

私達は車を停めて東京タワーを見つめていた。

「こっち、おいでよ」

後部座席の私を呼ぶ。不安な私は辺りを見回した。

「大丈夫。記者はいなそう。」
「うん」

私は助手席に乗ってシートベルトをした。

「この車、カイエン?春かっこいい車乗ってるね」
「ポルシェだよ。ひろこ車知ってるの?」
「愛車紹介の番組出るからけっこう最近車見てるんだ」
「あ!それ。ケンにオファーが来たらしいよ」
「ケンって車好きなの?」

2人で盛り上がって時間が経つのが気にならない。
というより2人でドライブ自体がはじめての事で嬉しくなる。

時折、双方の携帯から着信が鳴り響いた。気にせず2人で都内を走った。そんな意味のない時間がやたら充実していた。

車はお台場に差し掛かるとレインボーブリッジを渡った。
観覧車がキレイに輝いて2人で眺めながら、お台場に路駐して2人で人のいない暗がりのお台場を歩いた。

「あーいい風」

少し涼しく感じる秋の予感をのせた風が吹いた。

2人で手を繋いで歩いた。
辺りは静かで、街灯もそこまで明るい訳でもなく春は眼鏡をとってTシャツにひっかけた。

「ひろこが東京戻ってから、外でデートなんてしてないなーと思ってさ」

そう言われてみればそうだった。

「・・だから、無理矢理連れ出してくれたの?」

私を見て笑っていた。私も笑った。

「春は普段ほわんとしてるのに無理矢理連れ出すの、好きだね」

「無理矢理?あ、あれ?知り合った時の?」

「そうだよ」

なんだか付き合い当初の事を考えて恥ずかしくなってくるけど、あれがなければ、今の自分はない訳で今となっては大切なきっかけだったとは思っている。
懐かしいのか春も景色を見ながら気持ちよさそうに風に当たっていた。

「あーここまで来て、ひろこを家に連れて帰りたいのに入れないってなんなんだろうな。普通の恋人同士みたくしたいよ」

ポツリと言った。
外でデートだってやっとの事だ。自分の置かれている状況はよく分かっている。人気ロックバンドのボーカルと、まさしくこれから売り出すタレント。
週刊誌の格好の餌食になるのは当たり前だ。

「ずっと、ひろこと一緒にいたいな」

春の横顔は疲れているけど穏やかだった。
前髪の隙間から見えるクールな目は目力があって私も春を見つめた。

「私はいるよ。もし子供できてたらもう一生じゃない」

「あ、昨日の?」

そう言うとふふっと笑って私を引き寄せてそっとキスをした。

私には優しい春がいる。

抱き寄せる手から温もりを感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

見えない傘

藤平雨模様
恋愛
ラブコメのメインキャラクターのようには、なれなかった男のお話。 在り来りな設定の中に、本当はいたかもしれないもう1人のモブキャラ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...