Beloved

みのりみの

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不安

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深夜日付けが変わってエイプリルフールになった時に、私のダイヤモンドのCMが初めて東京で流れた。

15秒のCMでは私が泡のお風呂の中からダイヤを拾い上げイタズラに笑う。

放送が終わった直後に春と遊井さんと美咲から一気に電話がかかってきた。

2人の共同作業のようで幸せであり記念すべき初のCMは瞬く間に全国で流れ出した。

ちょっとCMなんて出ると顔が知られてくるのは早いもので、ネットなんかではあのCMの子誰? ダイヤモンドのCMの子大阪の音楽番組の子だ!とか私の事を気にかけ出す人がチラホラといるんだなと感じるようになった頃、遊井さんがまた仕事を持って来てくれた。

「全国区?」
「まぁ全国区だな。」
「何?何何何?」

私は鳥肌が立った。
ついに東京に戻れるかもしれないと思うとやはり嬉しさがこみあげる。

「ロックバンド、のPV主演」
「!」
「SOUL」
「な訳ないでしょ。春から何も言われてないもん」
「うん。SOULではない」

遊井さんは持ってきた紙袋からファイルを出した。

「キルズアウトって京都出身の4人組ロックバンド。インディーズからデビューして3年目くらいかな。今ジワジワきてて、サードシングルのカップリングがバースデーソングでひろこ主演で踊ってほしいって」

「踊り?私踊れないよ?」
「あー大丈夫。ゆるーいかんじの。当日の打ち合わせ程度でできるってよ」
キルズアウトは私の番組にも来た事はない。というか知らない。
「でも東京で収録するの?」
「名古屋だってよ。名古屋にスタジオがあるらしくて。」
名古屋であれば近いし良いだろうと思い私は了承した。とにかく、顔が知れ渡ればもうそれでいい。

翌月、私は名古屋まで行った。

スタジオ内ではキルズアウトのバースデーソングが流れる。
私はバッグダンサー2人の間に入りフワフワとしたドレスでゆるいダンスを踊った。
こんなものでいいのか、と思った慣れないダンスにその気の抜けた感じが良いと監督に言われたけど、後から確認したら気が抜けている、というのが分かる感じがした。
妙にフワフワと、誰でもできるような振り付け。

「ひろこよかったぞ。」

この撮影のために東京から飛んできた遊井さんはいつもの仏頂面だと思ったら笑顔だった。
使わない肉を使ったのか筋肉痛がジワジワと体にくる。
その後ろでバンドのメンバー達やスタッフ達が拍手で私達の方に来た。

「ありがとう。すごくかわいかったよ。イメージ通り。」

ボーカルの俊と言う男はあたしの手を握りしめた。

「本当に出てくれてありがとう。」
「とんでもないです。こちらこそありがとうございます。」

私の変わりに遊井さんが挨拶した。 

「安藤さんのCM見て絶対この子にお願いしようって思ってたんですよ。」

待望のサードシングルらしい。
カップリングに値するこの依頼を受けた『birthday』という曲は彼女の誕生日をお祝いするという曲。
ビジュアル系なのか?と思うほどポップなサウンドだった。

なんでもこのボーカルの俊がわざわざ指名してきた理由はCMだった。
バンドとの絡みはなくただ女の子のダンスシーンを挿絵的に入れるらしく彼等の収録はもう撮り終えていて普段着で立ち会っていたのだがこのキルズアウトも蒼々たる面々だ。

みんな魅力的なスタイル。普段着なのに。

やはり芸能人とはオーラが違うんだ。

突然決まった仕事に春に電話で話すとキルズアウトの事はもちろん知っていた。

「ひろこのダンスみたいな」

春はいつも通りだけど、最近は毎日レコーディングで大変そうだ。

「おつかれさまでーす」

楽屋はバックダンサーを勤めたふたりの女の子が着替えていた。
自分と同じくらいの歳のようだ。

衣装のピンクのふわふわの短いドレスが、スパンコールが邪魔して背中のファスナーが開かない。
それを見ると1人のロングヘアーの女の子がファスナーを開けてくれた。
ありがとうございますと言う間もなくストンとドレスが落っこちて足くびにひっかかった。

「エロい体してるねー彼氏と毎日やってるでしょ!そのくびれ!胸もお椀みたい!」

もう1人の外ハネの髪の女の子はあたしに言った。毎日はやってないないと手を振った。

「えーそんないい時計してるくらいだからパパがいると思ってた。」

「あたしも!スポンサーじゃないの?彼氏?」

あたしはびっくりした。
ふたりの女の子は悪気も何もなくあっけらかんと言う。  

「みんな寝て仕事とるの?」
「誘われて寝て仕事くれるってなったら寝ちゃうよね。だってこのバックダンサーの仕事もオーディションだったんだよ。あたしダンサーでもないし。ひろこちゃんはバンドから指名だから関係ないけど。うらやましいよ。俊のご指名でしょ?」

「このまま誘われたら俊と付き合っちゃえば?なんか売れっ子になりそうじゃん。かっこいいし」

ふたりは互いにうなずきながらある意味笑いはなく言う。
あたしは呆気にとられた。

「彼氏いるから裏切れないよ」  
「彼氏?パパじゃなくて?」

ロングヘアの子はイタズラっぽく笑う。

「このまま彼氏とずっといたければ遊びじゃないか見極めとかないと。」

「そりゃ、信じてるわ。東京に住んでる人だから遠距離だけど信じるしかないのよ」

2人はそれ怖い怖い!とまくし立てた。

「東京にまた別の女がいて一緒に暮らしてるかもしれないし、大阪の女って思われてるかもしれないよ。男はやらせてくれる女には優しい生き物なんだから」

「・・・」

会うたびに春とはセックスをする。
それは会えない時間をセックスで埋めてるのと同じだと思っていた。

東京の家には一度も行った事がない。私が東京に行かないだけだけど。

目の前がぐるぐるとまわる。

でも、スタッフに紹介してくれたし、ハワイにも連れてってくれた。

もし、もう気が変わっていたら?

夢から覚めたような気分だった。

CMは話題を集めたのに、仕事は増えたが東京からのオファーはない。
春の東京での生活も知らない。

不安は増えるとさみしさになるのが今日分かった。

遊井さんは東京へ戻ると言う。

「今SOULのあのCMソングがオリコンロングヒット1位。これで初登場キルズアウトが2位につけたら1位2位に絡んだのは安藤ひろこだと絶対注目されるはず。それに期待してる」

歩きながら淡々と話す遊井さんの横顔が遠くを見ていた。 

遊井さんは終電の大阪行きの新幹線のチケットを手渡してきた。

「ねぇ、遊井さん。注目されるかな。本当に注目されてあたし東京に戻れるかな。」

遊井さんは肩を叩いて離れて行った。手を振る後姿が余計にあたしを不安にさせる。

「元気ないね。疲れちゃった?」

打ち上げの席でボーカルの俊に声をかけられた。
「それともあんまり話さない子?」
俊はにっこりとあたしに微笑む。 

あまりに考えつめハッキリ言って打ち上げを断って早く帰りたかった。あたしの横で鼻歌のように自信があるのか、俊はPVの曲を口ずさんだ。

「ひろこちゃんかわいかったな。嬉しいよ。本当PVでてくれて。俺たちの一生残るものだからね」

「こちらこそありがとうございます」

お礼を言ったがやはりうまく笑えない。

「うわ、すごい。いい時計してるねー」

不意に俊が手首を掴んで春とお揃いの時計をまじまじと見た。

「おい!俊!もう口説いてんのかよ!」

うしろでスタッフやメンバーが冷やかす。

「でも2人ともお似合い」

ロングヘアーの女の子がちゃかすように言った。
掴まれた手首を離そうとした時、時計を見た。もう22時は半前に差し掛かっていた。

「終電の新幹線22時55分なんです。ごめんなさい。失礼します」

あたしは急いで荷物を持とうとした時俊があたしのプラダのバッグを持っていた。 

「送るよ」
「大丈夫です」
「いいから急ぎなよ。間に合わないよ」

冷やかす声が遠くに聞こえたが俊に手を引っ張られそのまま走っていた。ちょうど来たタクシーに乗り込み駅へ急いで向かった。
息を切らしてタクシーに乗ったが手を離さない。手を離そうとすると、ぎゅっと掴んだ。

「うそうそ、ごめんね」

俊は顔を近づけて笑顔で言った。離した手でカバンを受け取った。

「手、つないでたかったな」

俊はぽつりと言ってわたしを見つめた。

「CM見て、一目惚れ。PVに出てくれるってなってガッツポーズしちゃったよ。だから本当嬉しい」

タクシーの中は暗くてなんだか雰囲気がある。
「俺、しつこいからさ。ごめんね。お友達にならない?今日から」
「いいですね。お友達って」
「お友達じゃなくて本当は彼氏のがいいんだけどな」
「あたし彼氏はいるんです。だからお友達」
「え?」

タクシーは名古屋駅前に着いた。もう出発まで5分しかない。手早くお金を払った。

「ここでいいです。ありがとうございます!」

カバンを持ってタクシーから飛び降りた。

「じゃあ彼氏いてもいいからー!」

俊の声がうしろから聞こえた。

とりあえず振り返って手を振って走った。
もうギリギリだった。

大阪行きの新幹線の中で走り去る名古屋の夜景を見た。
まだ走った余韻で息が荒い。
名古屋から帰るのが東京行きの新幹線に飛び乗る日は来るのだろうか。
そしていつか東京に戻れたとしても春と一緒にいられるのだろうか。


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