Beloved

みのりみの

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私の名前

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目が覚めたら隣に彼が眠っていた。

夢、じゃないんだ。

そっと起き上がって落ちているワンピースを着て彼の寝顔を見ていた。

無造作に乱れた髪がかすかにパサリと動いた。それがやたら雰囲気があって昨日の事を思い出しながら寝顔を見つめていた。

あの後、私のマンションに来てセックスした。
身体がその余韻かまだ残っているかのようで、どこかくすぐったくて変なかんじだった。

TVをつけるとちょうどSOULの ニューシングルのCMだった。
自分の声で気づいたのか彼はぼんやりと起きた。

「おはよう」

「・・おはよ」

足元に落ちてるパンツやTシャツを拾い無造作に着て顔を洗いに行った。

まだ、彼がここにいる事に信じられなかった。

「朝ご飯食べる?」
「朝ご飯なんて久々。食べるよ」
「いつも食べないの?」
「うん。1日1食の日もあるよ。ライブ前は食べるけど」

私はパンを一口かじったところで彼に聞いた。

「仕事は?東京に帰らないの?」

コーヒーを飲んでいた彼は置いて私の顔を見て少し笑った。

「3日、オフもらったんだ。一緒にいようよ」

この言葉だけで信じられなくて何も言えなかった。

時計を見たらもう9時を回っていた。
「ごめん。私もう局行かなきゃ」
「仕事が終わるの何時?」
「21時」
「じゃあ21時に局の前で待ってる」

私は部屋の鍵を渡して家をでた。

まだ夢なんじゃないのか、とさえ思った。

局まで歩く道にはSOULのニューシングルの看板がデカデカとビルの上に立っている。
私はそこに映る彼を見ていた。
写真の彼はクールな眼差しでこちらを見ている。

まだ、抱かれた身体が熱いんだ。


「ねーねー昨日、HARUさんから帰り際何か渡されてたでしょ?あれ何よ。もしかして何かあったの?」

私は飲んでたカフェラテを吹き出しそうになった。

「蓮くん。よく見てたのね。なんでも、ないわよ」
「うそ!絶対何かあったと思うんだけど正直に言いなさいよー」
「何もない!なんか、私が落としたプールの会員証を渡してくれたのよ。それだけよ」

こんな「HARUとやっちゃったの!今家にいるよ!」なんて言える訳がない。当たり前だ。私は気を落ち着かせるかのごとく目の前の女性誌を手にした。
ぱらりとめくると女性誌なのにSOULのグラビアとインタビュー記事が載っていた。

「でもさ、HARUさんとひろこは何があっても不思議には思わなかったから絶対何かあったと思ってたんだけど。つまんなーい。連絡先の交換くらいしておきなさいよ」
「不思議ってなんで?」

髪を職人技のようにぐっと高めのポニーテールに結いながら蓮くんは手を止めずに話した。
「収録中、HARUさんずっとひろこ見てんの。見すぎて途中でマネージャーにこっそり呼ばれて怒られてて笑っちゃった。だから絶対ひろこに興味はあるのよ」
「そ、そうかなぁー」

女性誌の4人の対談を読み入っていた。
メンバーの中でHARUが天然、マイペース、と3人から言われている。

天然。

天然?

まだ何も彼の事を分かっていないけど、私にはただただ年上のセクシーなお兄さん。

そんなところだ。

雑誌の彼は冷たそうに口を閉じて睨んでいるかのようにも見える。

この人に抱かれたんだ。

そう思うと今も信じられなくてどうしていいのか分からなくなってくる。
なぜ、昨日の晩プールまで来ていたのだろう。私に会いに?行くところがないから私の部屋に泊まったの?オフ3日も一緒にいられるの?
頭の中がぐるぐると考えている。

21時を過ぎてしまい急いで局を出るとガードレールに寄りかかったキャップ姿の彼がいた。
遠くからでもすぐに分かった。

私は走って彼の元へ行った。

「ごめん。待った?」

「ううん。大丈夫」

深く被ったキャップの隙間から目が見える。
顔を少し斜めにして笑っていた。

こう見るとただの街にいる若者という風貌だ。服装だからだろうか。
今日買ったであろうTシャツとデニムが異様に街と馴染んでいた。

「そこにスタバ見たよ。寄っていい?」

私は彼と排気ガスがムンムンとする空気の悪い国道沿いを並んで歩きながらスタバに入った。

店内に入るとコーヒーの良い香りがして癒される。
夜の店内は国道沿いだけど駐車スペースもない事から閑散としていた。

いつもは1人で入るこの店も今日は2人なんだと思うといつもの店でもどこか違う気分で少し心が躍る自分がいた。

「アイスコーヒーのトールサイズ1つと、ひろこも、何か好きなの飲んで」

レジでカードを出して私にさらりと言った。

『ひろこ』

今、ひろこと言った。

私は一瞬彼を見つめたけど何だか嬉しくなってふふっと笑った。

・・ひろこって呼んでくれた。

「甘いのがいいな。新作かな?この抹茶ホワイトチョコクリームフラペチーノがいいな」

「なんだかすごい甘そうだな」

店員さんから受け取り2人で外に出て飲みながら歩いた。

「美味しい?」
「甘いよ。美味しいよ。」
「じゃあ一口ちょうだい」
「あげない」
「俺が買ったのにー?」

悪戯に彼は笑う。
私も心がどこかふわふわとしてこんな些細な会話で嬉しくなる。

夜の国道沿いは人が歩く気配もなく車の通る音がなければ多分静まりかえっていただろう。
夏の終わりを知らせるかのような気持ちの良い風が首元にあたる。

「じゃあくれなくていいから、安藤ひろこをちょうだい」

彼は立ち止まって私に言った。

キャップの隙間から見える目が真剣なのが分かった。

動揺した。

どんな意味なんだろう。
どうゆう事なんだろう。
ちょうだいって言われたらあげるもの?

「・・私はものじゃないからあげられない」

持ってた甘いフラペチーノを彼にそっと渡した。
彼はそれを受け取らず私を見ている。

「ものじゃないよ。じゃなくてひろこの心をちょうだい」

心はもう、この人の事ばかり考えてる。

「心なら昨日から持ってっちゃったじゃない」
「昨日から?」
「うん」
「プール?」
「イルカを捕らえに来てくれたんでしょう」

彼はあっはっはっと笑い出した。笑いすぎてアイスコーヒーがこぼれそうになり私はそれをとっさに抑えた。

「そ。イルカは捕獲したんだ俺が」

笑いながらクールな彼の目は私を見て笑っている。

「イルカは特定なんちゃらって規定があって法律では食べちゃダメなんだよ。」

「分かってるよ。大切にするから」

「・・・」

「大切にするから。」

優しい目をしていた。

お互いしばらく見つめていたけど、彼が優しく笑っているから私も笑顔になっていた。

右手で彼の右腹のTシャツをつかんで歩いた。彼も左手で私の肩を抱いて歩く。

いつもは嫌だなと思うこの帰路の国道沿いの排気ガスが嫌とも思わなかった。

隣の彼の温もりを感じなら私は喉も焼けるような甘い甘いフラペチーノを飲んだ。
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