Beloved

みのりみの

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1年後

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大阪に来て1年が経った。
あっという間だ。

「おはようございまーす」
「おはよー!よろしくね」
「ひろこちゃんおはよー今日もよろしく!」

大阪の仕事にも馴染んだ。
大阪弁も少し覚えた。
東京でしか住んだ事のない私にはどれもこれもが新鮮だった。1年前の私には適した環境だったのかもしれない。今思うとあの時の遊井さんの判断に感謝以外何もない。

後から聞いたら私の所属事務所と大阪放送局は密月の関係らしい。住むところは局借り上げのマンション。レギュラー番組ももちろん大阪放送。仕事では周りの人達を裏切る事だけはしたくなかった。与えられた仕事には感謝と誠意を持って対応しようと思った。

忘れられない事はある。

慶だ。

たまに思い出す慶の事。
まだ心にシコリはあるけれど、目の前の仕事に没頭し何より大阪という街が私に温かかった。

私はまたひとつ歳を取り20歳になった。

普通20歳なんて恋愛真っ只中の青春中だろう。声をかけてくる優しい男の人達もいた。私は特になびかなかった。恋愛はしたいけどそんな事より仕事を優先した。

いや、優先したかったんだ。

「今日のゲストね。SOUL!楽しみね」

ヘアメイクの蓮くんが私の髪をお団子頭に結く。いつも上手なお団子頭。
私は渡されてた資料にある4人の男達のアーティスト写真を見ていた。

「ひろこは誰が好き?私はHARUだけど実物見たらSEIJIもかっこいいのー!今日は落ち着かないわ。ライブもチケット即完だってね。大阪まで来てるんだから私も行きたかったわよ」

蓮くんが嘆くように言う。
資料を見ながら昨日はSOULを徹底的に勉強はしてきた。

インディーズでデビューしてから3年。4人組ビジュアル系バンド。スポーツメーカーのCMタイアップから火がついて去年くらいから人気がジワジワとでてきた。最近のオリコンランキングだと新曲をだせば5位以内には入る。

「この写真だとこの赤い髪の色、キレイ」
「HARUでしょ?ボーカルの。セクシーよねー」

蓮くんは男の子だけども、今日は収録中は最初から最後まで見届けると張り切っている。

「あとでねー!今日はガンガンヘアメ治ししてあげるから」

バタンとドアが閉まって私も笑ってしまった。

慶が好きだったSOULとまさか仕事で会うなんて夢にも思わなかった。あと、そうだ。ワンナイのメンバーもカッコいいと騒いでいたSOULだ。
遊井さんの与えてくれたこの週1のローカル音楽番組の司会もだいぶ板についてきたところで仕事の幅も増えた。

いろんなアーティストを見てきたけど、芸術家タイプや変わり者、天才肌、いろんな人がいる。
でもそれぞれみんな人々に夢を与えて素晴らしい楽曲を提供したい気持ちは一緒だ。そんな姿勢を見ていると私も失恋如きで泣いてはダメなんだ、と思う。

その時扉をノックする音が聞こえた。

「はーい。どうぞー」

ガチャリと扉が開いたら知らない人が立っていた。 

「?」

白にほぼ近い金髪の頭に何やらド派手なネクタイをして首からはカメラを下げている。

「安藤さん?安藤ひろこちゃんでしょ?」

「はい。安藤です。」

わーっと笑顔で室内に入ってきた時に気づいた。この人はSOULのベーシストのYUKIだ。

「今日お世話になるYUKIです。ひろこちゃん、ゆーき、でいいよ。」

突然挨拶に来てくれたと思い私は背を正して挨拶をした。

「あ、はじめまして。安藤ひろこです。よろしくお願いします!」
「お団子かわいー!いつもお団子だよね?ひろこちゃん。あ、ひろって呼んでい?」 

馴れ馴れしい、とは思う以前にかわいらしい人懐っこさにつられて私は何もできないでいたところまた扉を叩く音がする。

「お弁当でーす」
「わー!一緒に食べよ!」

腕を掴まれて一緒にお弁当を見ると和食洋食中華とお行儀よく積んで並べられてあった。

「僕ねー洋食!ひろは?」
「私は和食で」
「へーいつも和食なの?僕は主食ハンバーガーだよ」
「アメリカ人みたいね」

意外と気が合いなぜか2人で机に座りお弁当を食べていた。

「うちの春もいつも和食だよ。それって何?健康考えて?洋食のが美味しいのにー」

天真爛漫なこのゆうきに押されそうだが嫌味がなく純粋な話しやすい人だった。

「僕さー写真好きで。1枚記念に撮らせてよ」

カメラをぶら下げてたのが気にはなっていたのだが、このまま衣装としてカメラも付けて収録に望むらしい。カメラの紐にSOULとド派手なロゴが縫い込んであった。

「あ、いいね!そうそう。そんなかんじ。撮るよー」

廊下に出てカメラの前でポーズを撮った。
カシャリという音と共に私の右側に人が来た。
誰?
ゆっくり右に首を曲げると黒髪の男の人がいた。
4秒くらい見つめ合っていた。 

「ゆーき!お前はまた何してんだよ!俺が先に行くって言ったのに、、」

その後ろから背の高い男の人が走ってきた。
SOULのリーダーのSEIJIさんだった。
じゃあ私のこの右側の人は?

ボーカルのHARUだ。

前髪の隙間から私を見つめる。
なんでこんなに私を見てるんだろう。

「すいません。ご挨拶行くのにゆうきが先にお邪魔しちゃって」
「ひろとロケ弁食べてたのー」
「一緒に弁当!?安藤さん本当すいません」

お父さんみたいな立ち位置のSEIJIさんがどことなく可笑しくて私は笑ってしまった。

「改めましてSOULのSEIJIです。ボーカルのHARUと、もう1人ギターのKENってのがいるのでまた後ほど」
「安藤ひろこです。今日はよろしくお願いします。」

挨拶を済ませるとSEIJIさんにひっぱられるのにYUKIが少し抵抗した。

「ひろ!明日、ツアーの打ち上げあるんだよ!来てよ来てよ!」
「明日?」
「うん。22時くらいから。絶対来てー!あ、番号交換しよ?携帯?スマホ?」

私はYUKIと連絡先を交換した。
やれやれと言ったSEIJIさんに対しHARUは無表情で私を見つめていた。

収録中もなぜだか不意に彼を見ると目が合う。
気まずいので見ないようにして脇にあるモニターに目を落とすとその画面からでも私の事を見ていた。

冷静な目。冷たい目。涼しい目とでも言えばいいのか。

切れ長の目は力があって太刀打ちできないような雰囲気だ。

「すいません。ワンナイの時からのファンです。握手してくれませんか?写真もご一緒に・・」

収録が終わった頃オタクのような風貌の太めの男が寄って来た。 

「山ちゃーん」

みんなが笑っている。
誰なのだろう。

「山ちゃんはKENのマネージャーなんです。安藤さんすいません。写真だけでも」

「並んで並んでー!」

YUKIがまた写真を撮ってくれた。

「安藤さん、打ち上げ是非いらしてくださいね」
「ひろ!約束だからね!」

この山ちゃんとYUKIに急かされて私は感じ良く笑ったつもりだけど行く気はなかった。チラッと見たらまた、HARUという人は私を見つめていた。

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