Beloved

みのりみの

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バイバイ

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日にちの感覚がない。

もう何日経ったの?お腹は減らない。
お風呂にも入ってない。
ただひたすらひたすら眠るだけ。

人間って何日ご飯食べないと死ぬんだろう。
まだ死にたくないけど。

あの蝉はそのまま死んだのかな。生き返ったりした?する訳ないか。蝉だもん。10日しか生きれないんだもん。
あれ7日だっけ?


慶の事を考えない方がいいと脳は違う事を考えてくれているかのようだった。



あの後、歩に電話をした。
言いづらそうに躊躇いながらも歩は私に言葉を選びながらゆっくり話してくれた。

ひろこがグアムに行った後、全然話した事もない大学の同じクラスの「サナミちゃん」という女の子から突然告白されていつものように丁寧に断ると思ったら付き合いだしてどちらかというとひろことは正反対のタイプの子で普通の控えめな子で。
周りは疑問だらけで俺もよく分からないと話していた。

なんで?どうして?


今日何日だろう。何曜日?

近くに落ちていた小さなラジオレコーダーに手が届いて、ボタンを押したら優しい曲が流れてきた。

これ、慶の好きなSOULの曲だ。

カラオケで歌っていたあの曲を思い出す。
涙がポロポロとあふれてきた。

悲しくて悲しくて。

私はこのまま立ち上がる事ができるのだろうか。

これからどうすればいいのだろうか。


ドンドンドンドンドンピンポーンピンポーン ガチャガチャガチャガチャ

玄関のドアが騒がしくなった。

怖いけど、無視してればいいかと思ったけど絶対に遊井さんな気がする。

「ひろこ!ひろこ!開けろ!」

立ち上がったらヨロッとしたけど壁に手をつきながら玄関へ向かいそっとドアを開けた。


「・・・」


遊井さんの顔が固まっていた。

相当酷い顔になっていたのか。


「ひろこ、電話も出ないし実家のお母さんに聞いても帰ってないっていうし。・・・自分の顔見てみろよ」

ゆっくり脱衣所へ行って自分の顔を見た。
見れないような顔をしていた。

髪はボサボサ。
化粧も落とさずぐちゃぐちゃの顔。
頬はこけて顔の骨が浮き彫りになりまるでガイコツのお化けのようだった。

「これ、わたし」

遊井さんは部屋に上がり込みぐちゃぐちゃの布団に開いたままのキャリーケースに事の流れを何か察したかのような鋭い顔をした。

「グアムから帰って、ずっとこのままか」

警察の尋問みたいな口調に抵抗する力もなくて私はその場にしゃがみこんだ。

膝が冷たい。
もう涙が溢れていた。

「ひろこ。おい。」

鼻をすする私の泣き声は言葉にはできずしんとした部屋は私の泣き声で響いていた。

「ひろこ!しっかりしろ!」

遊井さんの喝が飛ぶ。

そんなのお構いなしに私はワンワンと声をあげて泣いた。

泣いて泣いて、もう涙腺は壊れていたのかもしれない。
遊井さんはもう無駄だと思ったのかしばらく泣かせてくれた。

遊井さんは窓の外を見ながら私の顔を見なかった。
自分がスカウトしてきた女のこんな落ちた姿は見たくないだろう。
もう私もクビかな。事務所クビ。短い間だったけど、仕事ができてよかったと思う。社長にも、あんなに優しくしてもらったのに。
こんな顔見せられない。

「大阪に行かないか?」

私は涙をぬぐって遊井さんを見た。

遊井さんは鞄をあさってすぐ私の前にしゃがみファイルに入った書類を渡した。

「大阪放送。準キー局だよ。そこで週1のレギュラー番組の司会がとれた。あと細かに大阪放送内の番組ちょいちょい出れるから」

私は黙って遊井さんのファイルを受け取った。

「大阪?」
「そう。」

東京生まれ東京育ちの私は一度も行った事はない土地だ。

「普通は週1なら東京から通ってもいいけど、他のローカル番組もあるし大阪でしばらく暮らすんだ。局所有のマンションも手配するから」

私は絶句した。大阪?1人で?

「嫌。嫌よ。絶対に嫌!遊井さん分かってるでしょ?そんな、大阪になんて引っ越したら慶に会えなくなるじゃない!そんなの嫌に決まってるでしょ!」

ファイルを壁にバンッと投げつけて私はまたうずくまって泣いた。

こんな態度とって、絶対遊井さんに殴られるんじゃないかと思ったけどそんな事はもうどうでもよかった。
慶の元だけは離れたくない。
でも慶にはサナミちゃんがいる。
じゃあ私はこれからどうするの?
どうすればいいの?

もう泣きじゃくるしかなかった。


「慶、が好きな男か?」


遊井さんは落ちたファイルをゆっくり拾い上げた。

「なら、見返すんだ。」

「・・」

「次会った頃にはひろこも売れて手の届かないところまでいってその男に後悔させるくらいの気持ちを持て!そのまま好き好きって追いかけるのか?そんなの続けてたら永久にその男はお前のものにならないぞ!」

その言葉に、何か頭の中に亀裂が入ったような気がした。

「そんなの、分かってるわよ!」

私は床を思いっきり叩いた。

手の痛みなど関係なかった。
こんなに怒鳴ったのは多分人生で初めてかもしれない。床に手を叩きつけたおかげで指の関節が麻痺して血が滲んできたのが分かった。

遊井さんに私は怒鳴った。

「渋谷で、お前をはじめて見た時、他の子と違う何かがあるって俺は思った。絶対俺が育てようと思った。分かるか?言ってる意味」

私は顔をあげられず下を向いたまま遊井さんの話を黙って聞いた。

「ワンナイは枠20人中コネや大人の事情でメンバーはほぼ決まってた。だけどひろこだけは秀光さんや他の人までが採用を推してた。まぁ秀光さん1人の力でどうにかなるけどな。」

『ひろぽん!』と呼ぶいつも優しく声をかけてくれていた秀光さんの顔が浮かんだ。

「こんなにひろこのファンがいてこんなチンケな失恋ひとつで安藤ひろこが終わりなんて世の中のファンが怒るぞ。」

遊井さんはティッシュを取ってきて渡してくれた。
私はそれで涙と鼻水を拭った。

「大阪に行け。ひろこ。一からやり直して立派になってまた東京に戻るんだ」

「・・・」



また涙が溢れてきて気付いたら遊井さんの胸の中で子供のように大泣きしていた。

心のどこかでこれで泣くのは最後ね、と思って泣いていたのかもしれない。

遊井さんのシャツは私の落ちた化粧と涙でぐちゃぐちゃになった。







慶が好き。




宅配便にグアムのお土産を山程詰めて美咲に手紙を付けて送っておいた。

大きなキャリーケースにはお気に入りのワンピースも詰めた。
赤いmiumiuのワンピースも入ってる。

『赤で、似合ってるよ。』

慶の言葉を思い出す。




「ひろこ。そろそろ乗るぞ。」

タバコを吸い終えて遊井さんが喫煙所から出てきた。

「特上ステーキ弁当楽しみ。早く食べよ。」
「太るなよーまぁちょっと体重戻ったからいっか。」

遊井さんは私を送ったらまた東京に戻るらしい。
完全なる私は単身赴任。
そんな気持ちだ。

夕暮れの東京駅から新幹線が発車する。
なぜだか珍しい夕陽の色で辺りはピンクと紫とほんのりオレンジ色だった。

頑張れってどこからか言われている気がした。


凹んだあの自転車はまだ乗るのかな。


19歳の夏は慶に会えて本当に嬉しかった。

けど苦しさも隣合わせだったね。
甘くて苦い。そんな気持ち。

バイバイ。慶。
悔しいけどやっぱり好きだわ。
また会う日まで。

元気で。
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